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殺戮にいたる田中

 僕には”殺人衝動”があると告白すると、今まで付き合った彼女達は決まって態度が変わった。


 一人目の彼女、彩乃は「なにバカなこといってんの」と笑い飛ばしてくれた。彩乃は自身も一度大怪我をして障害を患っていて、その分周りにも優しすぎるほど優しかった。彼女の優しさが、抑えられない黒い衝動に悩む僕をどれだけ勇気付けたことだろう。だから僕は彼女を高校の近くの公園の湖に沈めた。


 二人目の美里香なんかは、あからさまにそわそわして僕から逃げようとした。そりゃそうだ。「人を殺したくてしょうがない」なんて、そんなこと真顔で言う人間なんて、誰だって関わりたくないに決まってる。美里香は運動神経抜群の旅行好きの女の子で、休みの日には二人で良くキャンプに出かけたものだった。だから僕は彼女を人気のない山の奥地まで連れて行って、悲しみを堪え静かに彼女”を”キャンプファイヤーした。


 それから六人目の武は、逆に僕を殺そうとしてきた。「貴方を殺して私も死ぬ」なんて、ドラマでしか聞いたことのないような歯の浮いた台詞に、当時の僕は吹き出しそうになった。武はそういえば、劇団所属の舞台俳優の卵だった。僕は殺したいが、殺されたくはない。だから僕は、もちろん彼女も殺した。


 信じようとしない者。

 冗談だと笑い飛ばす者。

 怖がって逃げ出す者。

 僕を救おうと励ましてくれる者。


 今まで付き合った彼女達の反応は本当に様々だった。けれど、その中で……十三人目の神奈だけは、少しだけ違っていた気がする。


□□□


 それは、とあるクリスマスイブの夜のことだった。

 窓の外にはおぼろげな月が浮かび、空からは雪が舞い落ちて、いつものごちゃごちゃした色合いの街を真っ白に染め上げていた。とてもロマンチックだったので、抑えきれなくなった僕は神奈を抱き寄せ、「君を殺したい」と告白した。すると、彼女は黙って頷いた。


「……そう。まだ治っていなかったのね、田中君」

「”まだ”?」

「聞きなさい。私を殺してもいいけれど……そうしたら貴方が死んだ時、今まで殺された女の子達の元へ貴方の魂を”時空転移”するわ」

「?」

「貴方は自分が殺した女の子達に、”タイムリープ”して生まれ変わり続けるのよ。どんなに懇願しても、抵抗しても無駄。だって貴方は、それでも殺してきたんですもの。それが貴方の罪」


 神奈は、どこかスピリチュアルなところのある、謂わゆる”不思議ちゃん”だった。彼女は至って真剣に、どこまでも真面目な表情で僕を見上げていた。突然意味の分からないことを呟く彼女に、僕は目を白黒させた。

「何を言ってるんだ? 転移って? それ、何のアニメのセリフ?」

「女の子として殺される側に回って、一生終わることのない輪の中で自分の罪を見つめ続けなさい」

「つまり……”朝起きたら僕の体が女の子になっちゃってて、僕に殺される”ってこと?」

 彼女はクスリともせず真顔で頷いた。笑うべきなのか、突っ込むべきなのか、僕は迷った。

「……あの世でまた会いましょう。さよなら、田中君」

「おい!」


 僕が止める間もなく、そう捨て台詞を吐いて神奈は部屋を出て行った。


 彼女の死体が発見されたのは、次の日のことだった。およそ「あんな死に方だけはしたくないなあ」と思えるほど悲惨な死に方で、彼女は自殺していた。


□□□


 それから三年が経った。僕の生活は何ら変わりない。

 ロマンチックな星空の下、今日も僕は新しく出来た彼女に”告白”をする。


 そういえば……こんな風に雪の降る夜には、いつだかの”彼女”の言葉を思い出す。

 僕が死んだら、僕は時空を超えて今まで殺して来た女の子に乗り移って、今度は殺される側に回る……とかなんとか……。


「……だってさ。笑えるだろ?」


 そう言って僕は、十八番目の彼女・小枝に微笑みかけた。彼女はわき腹に刺さった果物ナイフの柄を握りしめ、信じられない、と言った目で僕を見上げていた。僕は彼女に寄り添い、頬を撫でながらそっと耳元で囁いた。


「おいおい、抜くなよ。血が吹き出るぞ。映画とかでよくあるだろ……そのナイフが栓になってんだよ。だから、生き残りたかったら……」

「……ぁアアアアアアアああああッ!!」

「!」


 彼女は血走った目でナイフを勢いよく引き抜くと、渾身の力を込めて僕の胸に突き出した。一瞬の出来事で、僕は避ける間も無く……。


 白い雪が覆った道路に、二人分の真っ赤な鮮血が降り注いで重なり合った。糸が切れたように全身から力が抜け、僕は膝をついた。薄れ行く意識の中で、僕は錯乱する彼女を何とか”宥めて”あげようと、必死に胸に突き刺さるナイフの柄に手を伸ばした……。


□□□


 そして次の瞬間。

 僕が目を開けると、真っ白な天井が目に飛び込んで来た。

「…………」

 慌てて起き上がろうとしても、何故か思うように体に力が入らない。

 そこでようやく、僕は目が覚める前のことを思い出した。


 そうだ。

 確か僕は返り討ちにあって、胸を刺されたんだった。


「……!」


 僕はどうやら、ベッドの上に寝かされているらしい。だとしたら、ここは病院かどこかだろうか?現状が分からず途方に暮れる僕の耳に、右側から扉の開ける音と、誰かが僕に近づいてくる音が聞こえて来た。音の主は僕のそばまで来るなり、僕の右手をぎゅっと掴んで涙ながらに叫んだ。


「無事だったのね……! 良かったわ、”彩乃”ちゃん!」


 僕は必死に首を曲げ、声の主を見ようとした。そして、ガラス張りの戸棚に映る自分の姿を見て、僕は目を見開いた。


 そこに写っていたのは……いつもの見慣れた僕の顔ではなく……数年前の僕の初めての彼女・彩乃の、驚いたような表情だった。

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