表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/32

孤島の田中

「お話しください、田中さん。一体何故貴方は、あれほどまでに愛した夫を殺したのですか?」

「それは……」


 一人の男が静かに、部屋の中央に蹲る貴婦人にそう尋ねた。

 長い沈黙の中、部屋の片隅で暖炉がチロチロと燃えた。貴婦人は俯いたまま、声にならない声を絞り出すのがやっとのようだった。二人を取り囲んでいた関係者たちも、固唾を飲んで今目の前で開かれている”推理ショー”を見守った。

 探偵の男と、犯人の女。

 中央に陣取る二人から、今や誰も目を離せなかった。なんせ自分達が泊まっていた旅館で起きた殺人事件の犯人が、とうとう追い詰められて目の前で座り込んでいるのだ。


「…………」

「話しにくいことでしたら……」

「……いいえ。大丈夫よ」


 肝心の部分を、中々話しだそうとしない犯人。

 都会からふらりとやって来た、探偵を名乗る男がその先を促す。

 彼の名前は確か、そう、鳳凰院(ほうおういん)凰鳳堂(おうほうどう)。明らかに偽名であろう。人を信用してなさそうな腫れぼったい目つき。パーマ頭に、無精髭。ヨレヨレのTシャツに破けたジーンズという、見た目も明らかに安っぽくて怪しさ満点だ。


 だがこの風来坊が、地元の警察でさえ匙を投げていた怪事件を、一夜にして見事に解いて見せたのもまた事実だった。彼にトリックを暴かれた女性が、今まさに動機の告白をしようとしている。

 一体何故……。

 その場に居た誰もが、声を詰まらせる女の次の言葉を待った。


「……あの人……あの人、不倫してたのよ……!」

「!」


 床の一点を見つめたまま、犯人がポツリと話し出した。周囲にいた宿泊客達に動揺が走る。


「まさか……」

「それだけじゃない! あの人ったら、一週間前から私に生命保険に入るようにやけに勧めてて……怪しいと思ったの。きっと私を殺して、別の女のところに逃げ込むつもりだったのよ!」

「!」


 女が長い髪をクシャクシャに掻き上げ、すっかり取り乱して泣き叫んだ。気まずい空気が辺りに漂う中、鳳凰院探偵が唸り声を上げながら一歩前に進んだ。


「うーむ……」

「……?」

「……何よ?」


 鳳凰院は不揃いの無精髭を撫で、少し落胆したように肩を落とした。


「少し、弱いな……」

「弱……?」


 顔を上げた犯人が戸惑った表情を浮かべた。他の客達も同様である。その中の一人、犯人の妹が赤い目を擦りながらおずおずと探偵に尋ねた。


「あの、どういう意味ですか探偵さん? ”弱い”って」

 すると、鳳凰院は肩をすくめて嗤った。

「何ていうかな……。言葉は悪いけど、”ありがちだな”って意味で……」

「は?」

「これじゃ、全国じゃ戦っていけないって意味ですよ」

「全国? 戦うって何ですか?」

 鳳凰院の意味不明な言葉に、客達は一斉に首をかしげた。

「しょうがない、皆さんの知恵を借りるか」

「?」


 鳳凰院は客達を無視し、ボソリとそう呟いた。そしてポケットから颯爽とスマホを取り出すと、何やら連絡を取り始めた。先ほどから犯人にやたら熱い視線を送っていた中年男性が、それを咎めた。


「ちょっと! 犯人が動機告白中ですよ! 通話はご遠慮願いたい」

「すぐ済みますから。あーもしもし? ”レンタル動機ショップ”ですか? オレオレ。鳳凰院だけど」


 だが風変わりな探偵は御構い無しに、場に削ぐわない明るい声で話し始めた。悲痛な表情を浮かべ感傷に浸っていた客達が、呆気に取られたようにそれを眺めた。


「そう。また事件なの。そ、また不倫。これじゃワイドショーと変わんねえからさ。もっと訳わかんねえ、センセーショナルな奴無えかなって」

「何なの?」

 探偵の通話から漏れ聞こえる話に、客の一人が眉を顰めた。

「そりゃ推理小説にも引けを取らないくらい、とんでもねえ奴よ。あ……一週間以内? オッケ」

「?」


 鳳凰院はそう早口で捲し立てると、推理披露中にも見せなかった白い歯を浮かべて電話を切り、それから犯人の方を振り返った。


「安心してください、奥さん。貴方方夫婦の個人的な人間関係の捻れは、決して表には出ないように手配しましたから」

「はあ……?」

「ちょっと。さっきから何なのよ? ”レンタル動機ショップ”って」

 痺れを切らした客が、とうとう鳳凰院に食ってかかった。鳳凰院探偵は爽やかな笑顔を浮かべた。


「動機をレンタル出来る、探偵御用達のお店ですよ。発表しても食いつきが悪そうだな、って事件には、ここで”心の琴線に触れる動機”を借りることが出来るんです」

「動機をレンタルだって?」

「何故わざわざそんなことを……」

「ちょっと待ってよ! それって捏造じゃないの?」

 部屋の中が騒がしくなってきた。鳳凰院がやれやれ、と言った具合に肩をすくめた。


「そうですよ、捏造です。誰だって、プライベートをある事ない事書き立てられたくないでしょう? 貴方方事件の関係者達を守るために、表向きは敢えて別の動機を発表するんですよ」

「そんな堂々と捏造って言われても……」

「何か納得できないわ」

「じゃあ、今回は一体どんな動機を?」

「それは秘密。発表を楽しみにしていてください」

 鳳凰院が茶目っ気たっぷりに含み笑いを浮かべた。すると今度は犯人の父親が、半ば憤りながら探偵に歩み寄った。


「さっきからアンタ、発表って何なんだ? 我々の事件を、一体誰に見せるつもりなんだ?」

 犯人の父親は探偵の襟元を捻り上げた。

「まさかアンタ、推理小説にでもするつもりじゃないだろうな? 冗談じゃないぞ。アンタにとっては格好のネタでも、こっちは実際に家族がバラバラになってるんだ……」

「以前あったレンタル動機だと、”被害者は実は犯人の妹の彼女の息子の友人の甥で、遠い血縁関係にあった”、なんてのもありましたね」


 だがボサボサ頭の探偵は父親を無視して、無言になった関係者達に御構い無しに話し始めた。


「おい!」

「失敬。もう何本か電話しなきゃいけないんで……あ、もしもし? ”レンタルトリックショップ”の大庭さん? オレオレ。鳳凰院だけど。久しぶりー……そうなのよ、密室。ううん、出来が悪くって。それから後ろから鈍器で殴ったってさ。どう考えても、”被ってる”じゃない。うん、俺じゃちょっと、良いトリック思いつかなくってさあ。ぶっ飛んでる奴頼むよォー」

「何なんだこいつは……」


 犯人の父親が呆れたように吐き捨てた。それから探偵は”レンタル動かぬ証拠ショップ”に”レンタル容疑者水増しショップ”、”レンタル閉ざされた空間ショップ”など、次々と電話を繋げて行った。


「……もしもし、”レンタル第二・第三の犯行ショップ”ですか? 恐れ入ります……ええ。旦那さん”のみ”だったんで。至急、被害者を派遣できますか? 場所は……」

「…………」

「ええ、ありがとうございます、では……」

「…………」

「さて皆さん、お待たせしました!」


 長い長い通話を終えると、鳳凰院が晴れ晴れとした表情で両手を広げた。散々待たされた関係者達は、ぐったりとしたまま彼を恨めしげに睨んだ。暇すぎてオセロに興じていた犯人とその妹が、ようやくその手を止めた。


「終わったの?」

「はい! ようやくこれで全国で戦えるくらいの、とんでもない怪事件が完成しそうです!」

「戦うって、誰と?」

「皆さん、早速移動しましょう。ちょうど、”一週間くらい外界と連絡が閉ざされた雪山山荘”をお借りできたので」

「何で我々が、わざわざそんなとこに移動しなくっちゃならないんだ!?」

 目をひん剥いて噛み付く父親に、鳳凰院がにっこりと微笑んだ。


「勿論、事件を”レンタル”するためですよ。これから奥さんにそこで、第二・第三の犯行に及んでもらいます」

「馬鹿な!?」

「心配ご無用。トリックも被害者も、舞台は全部こちらでご用意致しますので」

「訳が分からないよ……」

「関係ない人を殺せっていうの!? 何言ってるの、出来る訳ないじゃない!」

 部屋の中が途端に蜂の巣を突いたように大騒ぎになった。


「貴方こそ何言ってるんですか? 最愛の人が殺せるんだから、赤の他人なんてもっと楽勝でしょう?」

 だが探偵は全く意に介さず、父親はその様子にガックリと肩を落とした。

「埒があかんな……」

「皆さん、ほら! 何をグズグズしているんですか? せっかくの私の晴れ舞台なんですから。さっさと新しい殺人現場へと向かいましょうよ」

「……………」

「おい……もういっそ、こいつを殺しちまおうぜ」

「へ?」

 客の中の誰かが、そう呟いた。

 いつの間にか、鳳凰院の周りを関係者達が取り囲んでいた。鳳凰院は不思議そうに首をかしげた。


「何か言いました?」

 探偵の問いかけには答えず、客達は目配せして頷き合った。


「そうね……」

「幸い、トリックも証拠も、ぜーんぶこの人がレンタルしてくれたみたいだし……」

「こいつを犯人に仕立て上げるってのはどうだ?」

「そんな複雑なトリック、急には思いつかないわ……大丈夫かしら?」

「その時は、”皆さん”の知恵を借りよう。それもレンタルすればいいのさ」

「よし」

「何が”よし”なんですか?」

 首をかしげる鳳凰院に、やけに顔を近づけた貴婦人がにっこりと微笑んだ。


「何でもないわ。さ、探偵さん。早くその雪山山荘に向かいましょう」


□□□


「……もしもし? 真田探偵事務所ですか? ええ。探偵を一人、レンタルしたいんですけど……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ