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田中は語る

「大変なんです! わたしの部屋に……し、したいがころがっていて……!」

「ははぁ」


 スマートフォンが鳴り出した時、私は丁度帰宅途中で、カーステレオからお気に入りのラジオ番組のエンディングを聴いていた。カーナビの横に固定された通話ボタンを押すと、ラジオのDJの声は徐々に小さくなり、代わりに電話口の向こうから女性の慌てふためいた声が流れ始めた。


 今夜はもう店仕舞いのつもりだったが、仕方がない。

 ”したい処理班”を生業にする私は、早速Uターンを切り、依頼主である女性の住む一人暮らしのマンションへと車を走らせた。


□□□


「こんばんは。したい処理班の坂口です」

「はやく! こっちです!」


 ”田中”と、太字で表札のかかった扉の呼び鈴を鳴らすなり、怯えた様子の女性の手が伸びて来て私を部屋へと引っ張り込んだ。

「!」

 部屋に入るなり、私は真っ先にしたいと目が合った。肝心のしたいは、部屋の隅で小さく体操座りしていた。したいは黙ったまま、無表情でじっと私を見上げて来た。

「…………」

 そのしたいはまだ中学生くらいの、幼い少女の姿をしていた。私は唸った。


「なるほど……これは酷い」

「一体何で……。誰がこんなことをしたのでしょう……」


 混乱する女性が、すがるように私に問いかけた。部屋の隅々に鋭い視線を飛ばす。箪笥やベッドなど、特段荒らされた様子はない。外部の犯行ではなさそうだ。私は彼女を手で制した。


「まぁまぁ、落ち着いて。それはしたいに直接聞いてみましょう」


 そう言って私は、今にも泣き出しそうな顔のしたいにゆっくりと近づいた。小さなしたいは、依頼主にそっくりの顔をしていた。依頼主と同じように目にうっすら涙を浮かべ、体をガタガタ震わせ、その小さな手にはどこから持ってきたのか、包丁が握り締められていた。怯えるしたいに、私はできるだけ優しく話しかけた。


「やぁ、こんばんは。君は一体”何したい”なんだい?」

「…………」

「…………」

『……たい』

「ん?」


 小さな少女のしたいはチラリと私を見上げ、すぐに目線をそらすと、やがて小さな声でぽつりとつぶやいた。


『……恋がしたい』

「恋……君は『恋がしたい』なんだね」

したいがゆっくりと頷いた。

『……うん』

「ほかには?」

『……活躍したい。……おしゃれしたい。……楽したい。話したい! 愛したい! それから……!』

「ははぁ」


 私は頷いて、優しく「したい」の頭を撫でた。ぎゅっと自分の体を抱きしめていた「したい」は、緊張が解けてしまったのか、やがてその目から大粒の涙を流し始めた。


「あのぅ、何か分かりましたか……?」


 私の後ろから、依頼主の女性が恐る恐る声をかけて来た。私は振り返って彼女に頷いて見せた。

「ええ。この『したい』は……貴方が生んだものですね」

「ええっ」


 驚く彼女に、私はゆっくり説明を始めた。

 『したい』は、貴方が心の中で『こうしたい』という欲求の具現化したようなものであること。貴方が自分を殺し、欲求を抑えれば抑えるほど『したい』は苦しみ続け、今後も『したい』は増えていくだろう、ということ。


 私の話を聞いて、この『したい』の”殺人犯”である依頼主は、バツが悪そうに部屋の隅っこにいる『したい』少女を眺めた。


「そんな……私は別にそんなこと……!  こ、この『したい』は、どうすればいいんでしょうか…?」

「『して』あげてください。自分の本当に『したい』ことなんて、自分なら余計に分からないものですよ。今度は貴方も『したい』と一緒に、心の声にちゃんと耳を傾けて」


 私は彼女を見つめながらそう告げた。彼女は一瞬戸惑ったような表情を見せたが、やがてゆっくりと、恐る恐る自分の幼い頃の姿をした『したい』のそばに腰を下ろした。


「ごめんね……。あなたは、私だったんだね……」

『…………』

「でもこれからは……私の『したい』ことに、自分でちゃんと向き合うから……!」



 彼女は震えながら掠れた声を絞り出した。幼い『したい』は、その小さな顔をゆっくりと上げ、やがて”母親”の胸の中に飛び込んだ。

「!」

 小さな部屋の中に、小さなしたいの泣き声が響き渡った。気がつくと、依頼主もまた大粒の涙を流していた。私は帽子を深く被りなおした。

「やれやれ。私もそろそろ帰宅したくなって来たな……」

 『したい』処理班の私の仕事はここまでだ。私はそっと、その現場を後にした。

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