田中の証明
「免許証は?」
「…………」
片田舎のあぜ道で警官に停車させられ、私は黙ったままポケットから免許証を取り出した。時刻はすでに夜の二時を回っている。こんな夜中に検問だなんて、何かあったのだろうか。
「フン……田中エイジロウね」
私が田中エイジロウなことがそんなに不満だったのだろうか、警官はジロリと私の顔を睨み付けた。
「貴方が田中エイジロウである証拠は?」
「はあ?」
私は思わず首を捻った。
訳が分からず私がぽかんとしていると、警官は渋い顔で蓄えた顎鬚を撫で始めた。
「私が田中エイジロウである証拠って……免許証じゃダメなんですか?」
「数時間前、この付近で殺人事件が起きてる。手口が最近の連続殺人と同じだった。容疑者は吉田ケイノスケ三一歳。ちょうどあんたくらいの年齢だな」
「だから……免許証があるでしょう? その事件は確かにニュースで聞いたような気がしますけど、私は犯人じゃありませんよ」
「どうかな。連続殺人犯なら、カードを偽装するくらいやってそうだ」
「そんな無茶苦茶な……」
私は思わず苦笑いを浮かべた。まさか本物の殺人事件とやらに、自分が容疑者として疑われ巻き込まれることになるとは。警官の方は、ニコリともせずに私を睨み付けたまま呟いた。
「犯人を匿っているかもしれない。念のためトランクを調べさせてもらおうか」
「お断りします。大体、貴方が本物の警官である証拠はあるんですか?」
「なんだって?」
私の物言いに、警官がピタリと動きを止め眉をひそめた。
「さっき警察手帳を見せただろう?」
「分かりませんよ。犯人が逃走手段を確保するため、警官のふりをしているのかもしれない。未だに捕まってない連続殺人犯なら、変装の一つや二つ持っていてもおかしくないじゃないですか」
「フン……だったら話は早いな」
途端に彼の顔はまるで別人のように邪悪に歪み、銃口を私に向けた。
「さっさと車を降りろ」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!? まさか、冗談でしょう?」
「本当だよ。俺が吉田ケイノスケだ」
私は目を丸くした。ほんの冗談のつもりだったのに、本物を引き当ててしまうなんて。
「あ、貴方が例の吉田? 本物の?」
「だと言ってるだろ」
「しょ、証拠はあるんですか? 貴方が連続殺人犯だって証拠は……」
「もちろんあるさ。これが……」
男がニヤリと笑って、引き金を引いた。
「その証拠だ」
乾いた音が人気のないあぜ道に響き渡り、空薬莢がコンクリートに転がっていく。防弾チョッキにめり込んだ九ミリの弾丸を手で払いながら、私は勢いよく車のドアを開けた。おそらく何が起こったのかも理解できていない男が、驚愕の表情のまま地面に尻餅をついた。私はゆっくりと彼が落とした銃を拾い上げた。
「観念しろ、吉田。お前には射殺命令が出てる」
「け、警察?」
今更のように吉田が私の胸に光るバッジに気づき、途端に狼狽えはじめた。私は苦笑した。どうやらこの男、見事に勘違いをしているようだ。
「待て! 待ってくれ! あんた警官か? 本物の?」
「どうかな……このバッジが本物だって」
しっかりと狙いを定め、指先に力を込めていく。
「証拠はないんだ、残念ながら」




