儚い田中たちの祝宴
「どうしたの?」
「ううん……。なんでもない」
駅のホームで、小春が何だか申し訳なさそうに首を振った。
もう夕陽が眩しい時間帯だというのに、駅の中は茹だるような暑さだった。帰りの下り電車は、一時間に一本。寂れた無人駅には私達以外誰もいなかったが、トタン屋根の上には、今日もひぐらしの鳴き声が止めどなく降り注いでいた。
「リョウちゃん……。今日は、その……ごめんね……」
「ん? ああ、いいのいいの。気にしないで」
先ほどから隣でちらちらと私の顔色を伺っていた友人が、蚊の泣くような声でそっと囁いた。私はできるだけ平気な振りをして笑った。
「でも……リョウちゃんも、北村くんのこと好きだったんじゃ……」
「だーかーらー、もういいんだって。告白されたのは、小春なんだし!」
私を見上げる小春の顔はそれでも不安そうで、憎らしいほどに可愛かった。
□□□
……参ったな。
こんな可愛らしい幼馴染み相手なら、元から私に勝ち目なんてあるわけないじゃない。
小春は昔からずっと、私と正反対だ。正反対の、お嬢様。小顔で色白で、背もちっちゃくて、私みたいに素足でドロボウ猫追っかけてったりしない。でも、こんなに正反対なのに、まさか好きな人だけは同じだったなんて……。
「あーもー! やめやめ! こんなの調子狂っちゃうよ!」
「リョウちゃん……」
「いい!? 小春、ちゃんと幸せになりなさいよ。私がいつでも、応援してるから……!」
「う、うん……」
戸惑ったような表情の小春に、私は今までの人生で一番無理して笑ってみせた。やがて小春も、いつもの可愛らしい笑顔を私に見せてくれた。それから彼女は少し恥ずかしいのか私から離れて、やたらと誰もいない向かいのホームを気にし始めた。トタン屋根にひぐらしの声が降り注ぐ。遠くの方で遮断機が降りる音がして、通過する特急列車が私達の方に唸りを上げて迫ってきた。
私は小春の背中に近づくと、聞こえないようにそっと囁いた。
「私がいつでも……背中を押してあげるからね」




