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そして田中もいなくなった

「ちょっとすいません。人を探しているのですが」

「はあ」

「貴方が、田中さん?」

「そうですけど……」


 月曜の朝。

 私がいつものように通勤していると、普段は人気のない狭い路地に数名の男達が(たむろ)っていた。無視して脇を通り抜けようとする私に、サングラスにスーツ姿の男達がひょいとそんなことを尋ねてきた。

 人助けしたいのは山々だが、生憎こちらにも都合というものがある。私は腕時計を覗き込みながら頭を振った。


「すいません……私、急いでるので」

「まあまあ。おい皆、いたぞ」

「へえ、こいつが」

 屈強な男達が、私を指差しながらそう呟いた。私は声を上ずらせた。


「こ、こいつ?」

「なるほどね。こいつが通り魔事件の、田中容疑者か」

「と、通り魔!? 容疑者だって!?」


 背の高い数名の男達が私を取り囲み、物珍しいものを見るような目でじろじろ眺めた。あまりに突然の出来事に、私は持っていた鞄を取り落とした。

 状況が全く理解できない。

 一体何を言ってるんだこいつらは。

 初対面でいきなり人を犯罪者呼ばわりとは、あまりにも失礼すぎる。


「通り魔って……私が!? アンタ達は一体……!?」

「嗚呼、申し遅れました。私達はこういうものです」

「!」


 男の一人が、思い出したかのように胸から黒い手帳を取り出した。

「け、警察の方でしたか……!」

 その手帳に刻まれた旭日章に、私は思わず身じろぎしてしまった。

 いくら潔白な一般市民だとはいえ、警察に声を掛けられたら緊張せざるを得ない。だが、彼らが何故私の前に現れたのかは一向に分からなかった。

 昨日まで、私は社会人として三十六年間、これと言った大きな事件・事故に遭う事もなく平和に過ごして来た。突然警察に通り魔呼ばわりされたところで、全く身に覚えがなかったのだ。


 もしかして、全く別の事件の犯人と顔が似ているとかで、誰かと間違えているのではないだろうか?


「いえ……そういうことではございません。貴方が犯人なんです」

 私の問いかけに、男の一人が薄い笑みを浮かべゆったりと首を横に振った。私は焦って唾を飛ばした。

「犯人だって? い、一体何の!?」

「ですから、通り魔事件のですよ。ここ、”北通り十三人殺傷事件”の」

「馬鹿な!?」


 私は絶句した。

 あり得ない。私が通り魔? そもそも、この通りで通り魔事件が起こったというのか? 毎日通っているが、全く気がつかなかった。


「あり得ません! 私が!? 一体いつ、私が人を刺したっていうんです!?」

「ああ、それは、今からなんですよ」

「はい……!?」

 意味が分からず、私はぽかんと口を開けた。背の高い男達が、まるで迫る壁のように私の周りへとにじり寄ってきた。


「此処だけの話……私達は二十四世紀に創設された、”時空二課”の者なんです」

「!?」

「”タイムトラベル”……といえば、貴方は信じてくれますかな?」

「私たちは、未来から来た時空警察です」

「貴方はこれから一時間後、この通りで十三人もの人間を刺して回るでしょう」

「でしょう、って言われても……!」

「見てください、これ。明日の朝刊です。貴方が一面で載ってますよ。そしてこれが、二百年前の”明日”回収した凶器です」


 時空警察? 

 二十四世紀? 

 一時間後に、私が人を刺して回るって?


 どうやら冗談、と言った感じではない。

 彼らは何処までも本気のようだった。大の大人達が、至極真面目な顔をして”未来から来た”だとか”タイムトラベル”だとか(のたま)っているのだ。たとえ嘘だとしても危ない。

 頭を抱える私に、男は新聞と出刃包丁を取り出して見せた。私は差し出された新聞を覗き込んだ。

 ”一月八日”……見覚えのある”北通り”の写真……そして、無表情で虚空を見つめる”私”の顔写真……その下には、田中”容疑者”の文字が踊っている。

 それからどす黒い血のこびりついた出刃包丁を手渡され、とうとう私は背筋が凍りついた。


「ふ、ふざけるな! 捏造だこんなもの!」

「田中さん……」

「いい加減にしろ! 何が時空警察だ! 人を通り魔呼ばわりしやがって!」

「落ち着いてください、田中さん」


 こんな馬鹿げた話、落ち着いていられるものか。


「信じるもんか! 今時そんな作り話、子供だって騙されないよ!」

「別に信じなくてもいいですけど、こっちも仕事なんでね……」

 男達はそう言って、一歩、私に近づいて来た。私は生唾を飲み込み、思わず後ずさった。


「ア、アンタ達は……私をどうしようって言うんだ。捕まえに来たのか!?」

「いえ……実はそこなんですけど。二十四世紀でも議論されているのですが、現時点では貴方はまだ犯罪を起こしていない。だからまだ、我々も手を出すわけには行かんのです」

 男達が少し困ったように顔を見合わせた。私は構わず喚き散らした。


「冗談じゃない! 私は……私は通り魔なんてしたくない!」

「ええ。分かっています。ですがこれはもう、確定した未来ですから。貴方が事件を起こさなければ、それはそれで未来が変わってしまうことになる」

「本来は死ぬべき人が生き残ったり、起こるべきことが起こらなかったり」


 私は手渡された出刃包丁を取り落とした。私が犯罪者になることは、未来ではもう決まっていることだというのか? 嫌だ……私は絶対に、人を刺し殺したくなんかない。 


「じゃ……じゃあ、私を逮捕してください! 何処かに監禁するとか! 犯罪を未然に防ぐのが警察の仕事でしょ!?」

「いいえ」

「!?」

「貴方をきちんと歴史通り犯罪者にすることが、我々の務めです」


 気がつくと、私はすっかり男達に取り囲まれていた。


「いるんですよねえ……我々時空警察が来ると、”犯罪なんてしたくない”なんて駄々を捏ねる”困った人”が」

「でも犯罪が起こらなきゃ、歴史が変わってしまいますから」

「それにね、ぶっちゃけた話、どうでもいいんですよ。二百年前に誰が死のうが。貴方、どうですか? 江戸時代に侍に斬られた人の話を聞いて、何を感じますか?」

「観念しろ、田中」

「お前が犯人だ」

「た……助けてくれぇ! 誰か! ”殺され”させられるぅ!!」


 サングラスの男が私を羽交い絞めにした。目の前のもう一人が落ちた出刃包丁を拾いなおし、ゆっくりとその柄を私に向けて差し出した。助けを呼ぶ私の悲痛な叫び声が、人通りの少ない路地に空しく響き渡った……。


□□□


 『……さて、次のニュースです。今朝七時ごろ、北通りで通り魔事件が発生した模様です。犯人はすでに取り押さえられていますが、被害者は現時点で十三名にも及ぶとの発表がありました。犯人は、”どうしても逮捕してくれなかったから、彼らを刺して回った”、などと、意味不明の供述をしており……」

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