死にそうだ……
ピンチだ。イカつい男に殺されそうになっている。 この場に、沙羅先輩がいなかったら、この男はすぐにでも俺を殺すだろう。
俺は今、沙羅先輩に助けられている。まぁ、この状況の元凶はこの人なのだが。
マジで怖いなこいつ! 特に左目の傷が怖い。こいつ、絶対何人も殺してるだろ!
「悠希君行こうか」
「は、はい!」
俺は先輩の助け舟にすぐさま便乗して、先輩の後に、即座にくっついていく。 その際、離れすぎたら殺されそうなので、先輩にベッタリくっつくようにして、隣を歩く。
「悠希君ちょっと近すぎない!」
普段なら、「悠希君大胆だねぇ」とかからかってくるが、今回は俺がガチでくっついているので、先輩も動揺しているようだ。
肩と肩が触れ合って、先輩の吐息が聞こえてくる。しかし、今は後ろからの殺気に警戒することしか考えられなかった。
後から気づいたが、この行為は逆効果だった。まぁ普通に考えればわかるよな。彼氏宣言された直後にベッタリくっついて、イチャつきだしたら、挑発してると思うだろう。 まぁこの時は、冷静な判断ができなくなっていたのだ。
先輩にベッタリくっついたまま、ギルドに入る。中には、冒険者たちが、酒を飲んで騒いでいた。 その中の一人の冒険者が、俺たちに気づき、声をかけてくる。
「おー沙羅ちゃんっ! ん? 彼氏かい?」
細身の男性だ。俺に敵意は向けてこない。
「う、うん。そうだよ!」
「ほぉ〜。俺らのアイドル沙羅ちゃんに彼氏かぁ。羨ましいーな坊主!」
先輩は俺を彼氏で通すつもりなのか?
「はい、沙羅さんとは良いお付き合いをさせてもらってます」
敵意がないことで少し落ち着いた俺は、先輩の嘘に乗っかることにした。
「そうかそうか! 沙羅ちゃんをよろしくな!」
「はい、任せてください! 沙羅さんは俺が必ず幸せにします!」
「もう! 悠希君行くよ!」
沙羅先輩が照れてるだと⁉︎ これは面白い! そして、かわいい。
「先輩、頰が赤くなってますよ」
「悠希君のバカ!」
下を向いて、もじもじしだす先輩。この人可愛すぎません? もっといじりたくなるな。
「先輩、キスしてもいいですか?」
「え⁉︎ ……ごほん、なんでか教えて欲しいな悠希君」
自分がいじられてると自覚して、落ち着こうとしてる先輩かわいい〜。 この人は、顔だけじゃなく、行動もかわいいな。
「さっきまで、お酒飲んでた、冒険者たちが、俺たちのことめちゃくちゃ見てるんですよ。だから、ここはキスくらいして、見せつけてやりませんか? 恋人だからいいですよね?」
「う、うんいいよ」
「先輩ってもしかして、キス経験なしですか?」
「当たり前だよ!」
当たり前なのか。そういや、先輩に彼氏って話は聞いたことないな。なんで、こんなにモテるのに、彼氏作んないんだろ。
「まぁ、それは人それぞれか」
「なんか言った?」
「いえ、なんでもありません。あと、キスの件も忘れてください。あれ、冗談なんで」
「……うん、わかってるよ」
沙羅先輩をからかうのは楽しいし、かわいい先輩を見れるけど、さすがに、やり過ぎましたね。ちょっとみなさん目が怖いですよ。
「沙羅先輩、ここには何をしにきたんですか?」
俺は、沙羅先輩から離れる。
「こっち来て」
「はい」
沙羅先輩の後ろについて行くと、そこはギルドの受付だった。ちなみに、受付は女性だった。
「どういったご用件でしょうか?」
「この子の、ステータスを測りにしました」
ステータス? もしかして。
「少々、お待ちください」
「先輩、ステータスってもしかして」
受付嬢が、裏に引っ込んだあとに、先輩に話しかける。これは、最重要事項だ。
「うん、君の求めてる答えだと思うよ」
「その言葉を待ってましたよ」
「お待たせしました。それでは、ここに手を乗っけてください」
受付嬢が、水晶玉みたいなモノを持ってくる。これでステータスを測れるのか?
心臓がドクンドクン言ってる。この後の、結果を知ってるからといっても、やはり、緊張する。 俺は震える右手を、水晶玉の上に置く。水晶玉は光りだす。光はすぐにおさまった。受付嬢は、水晶玉の裏を見て、カードになんか書いてるな。
「全ステータス、平均より少し高めです」
え⁉︎ 平均より少し高め? もっと、凄い数値が出てくるんじゃないのかよ⁉︎
「沙羅先輩、話が違います!」
「まぁまぁ、落ち着いてよ」
「落ち着けませんよ。これはれっきとした、詐欺です!」
「悠希君、こっちに来て」
沙羅先輩は、俺の手を引いて、ギルドを出て、街の中を歩いていく。
「先輩? どこに行くんですか」
「ここでは、話せない話だから。一旦、家に行くよ」
「先輩の家⁉︎」
「うん、だから黙ってついて来てね」
この人の方が、よっぽど大胆だろ! 今日、知り合ったばかりの男を、家にあげるなんて。まぁいいか、先輩の家には興味があるし。
「着いたよ」
「ここって、最初の家じゃないですか」
魔法陣を介して、異世界に来た時にいた家だった。
「うん、ここ私の家だから。異世界でのね」
「そういうことですか……」
「なんか落ち込んでる?」
「別に、落ち込んでませんよ」
「ふーん、まぁいっか。それより、話の続きね」
「はい、お願いします」
先輩と家の中に入る。先輩はすぐさま、ソファーに腰掛ける。俺は床に座る。
「まぁ、ぶっちゃけると、そんな都合よくいきなり世界最強にはなれないわけよ」
「そうですか……」
まぁ、そりゃそうだよな。そんなうまい話あるわけがない。
「あ、勘違いしないでよ。世界最強になることはできるよ。時間をかければね」
「本当ですか?」
「うん、実質、私もこの世界では名の知れてる冒険者だよ」
「前々から気になってたんですけど。先輩っていつからこの世界に来てるんですか?」
先輩はいつ魔法陣見つけて、いつこの世界に来たのだろう。
「うーん、一ヶ月くらい前かな。ある日、偶然、あの魔法陣を見つけてね」
「そうなんですか。よく見つけられましたね。第二校舎なんて普通行きませんよ」
「一人になりたい時もあるんだよ」
先輩もそういう時があるのか。まぁ、でもそうか。この人は、いつもいろんな人に見られてるからな。一人になりたい時もあるだろう。
「俺は常に一人ですけどね」
「悲しいこと言わないでよ……」
「すいません」
ついつい、本音が漏れてしまった。
「じゃあ、話を戻すと、俺は一ヶ月くらいで強くなれるんですか?」
「うん、そうだよ。レベルを上げることで、ステータスも高くなっていくからね」
「レベルって結構簡単に上がるんですか?」
「そうそこなんだよ!」
俺の何気ない質問を待ってましたとばかりに勢いよく立ち上がる沙羅先輩。
「私がこの世界で気づいたことの一つとして、私たちと、こっちの世界の人とでは、レベルの上がり方に大きく差が出るんだよね!」
「え? ってことは、俺たちは簡単にレベル上げできて最強になれるってことですか?」
「そゆこと! 私の今のレベルは、この世界で10人しかいないんだよね」
「ってことは、先輩は一ヶ月弱で、世界で10番以内に入ったことですか?」
「まぁ、そうなるねー」
凄いけど、こっちの世界の人が可哀想だな。こっちの世界の人がめちゃくちゃ頑張って、ここまで来たのに、沙羅先輩に一ヶ月で追いつかれたんだ。ドンマイとしか言えないな。