5 魔法
「さて、早速始めたいのだけれど、あなたたちは魔法についてはどれくらい知っているかしら?」
それぞれ自己紹介を終えたオレ達は、ロールスがどこからともなく取り出した椅子に座って机越しに彼女と向き合う。
「ほとんど何も知らないです。僕らの世界では魔法はおとぎ話のものでしたから」
「なるほどね……ちなみに魔法を見たことは?」
「それは何回か」
ほとんど回復魔法だけだけど。
「ふむ……なら、簡単にだけど魔法がどんなものか説明しておくわね」
魔法とは、魔力を原動力に引き起こされるさまざまな現象。ロールスの説明を一文でまとめるとそういったものだ。
「それで、魔法には分類があるんだけど……」
「赤、青、黄、緑、白、無色の六種類ですね」
「あら、それは知ってるのね」
「分類の名前だけですけど……」
「そんなに難しいものじゃないわ。大まかに言うと赤魔法は火や燃焼に関する魔法、青は水や冷却、黄は土や変形、緑は植物や回復、白は光や雷に関する魔法ね」
なるほど、とオレは自分の適正魔法がないことに気が付く
「あの、無色魔法は?」
「うーん……無色魔法は難しいのよ。誰でも適性を持つから今の五つの魔法に分類できない魔法って考える人もいれば、魔法未満の魔法っていう人もいるし……ほとんど残っていないけど、空間に関する魔法は無色魔法に分類されているわね」
空間魔法……よく見る転移魔法とかかな?
「あ、そうそう。これは魔法を学び始める人によくあることなんだけど、スキルと魔法の違いって分かるかしら?」
「……すみません、スキルがどういうものかわからないです」
「あら、もしかしてあなたたちの世界にはスキルもなかった?」
幸助が頷くと、ロールスは少し難しそうな顔をする。一応オレは過去の知識からある程度の推測はできるのだが、知っていると言って間違った理解をしてはまずいので何も言わない。
「……そうね、いい機会だからスキルについても教えておくわ」
そしてこのロールスの説明もまとめると
スキルとは、簡単に言うと特殊能力の一種。ただしそれは天賦の才のようなぽっと出るようなものではなく、才能の影響はあるが鍛錬の結果に手に入るもの。ややこしい話だが縄跳びで例えた場合、二重とびができたら『二重とび』というスキルが手に入る、といえばわかりやすいだろうか。もちろんスキルはそこまでショボい感じのものではないが。
「さて、スキルというものが何かわかった時点でもう一回改めて聞くけど、魔法とスキルの違いって何だと思う?」
「……魔力、ですか?」
ロールスの問いかけに、オレは少し考えて口を開く。
「残念。スキルの中には魔力の関係するものもあるのよ」
……これ、オレらが答えられるわけないだろ。魔法もスキルも今さっき話に聞いただけなのに。
「流石に難しかったわね……正解は、使い方よ」
「使い方、ですか」
「ええ。スキルというのは念じれば発動する。いくらか例外はあるけど、基本的にはそうね……対して魔法は、使うのに術式を編む必要がある」
術式?
「そう。術式。魔力の流れ方とでもいえばいいのかしら。……まあ、私みたいに研究するわけじゃないならそういうものがあるって認識で十分よ」
これ以上は込み合った話になるのだろう。オレにとっても理解できない話に頭を痛めるのは馬鹿らしい。
「魔法師がみんな同じ魔法を使えるのはこの術式のおかげ。同じ術式を編めば、同じ魔法が使えるのよ……もちろん、個人の適性や魔力量によっては使えないこともあるけど」
適正……オレ、無色魔法にしか適正ないんだよなあ。やっぱり適正がない魔法は使えないのか?
「術式っていうものはどうやって編むんですか?」
「方法はいろいろとあるわね。魔方陣に描く、詠唱をする、体感で魔力を操作する一般的には無詠唱と呼ばれている三つの方法……魔方陣に描く場合は魔力を流せばいいけど、詠唱の場合は魔法のイメージをする必要があるし、無詠唱の場合にはその術式を完璧に理解する必要があるわ。詠唱と無詠唱の中間に魔法名だけで魔法を使う詠唱短縮ってのもあるけど……まあ、それはまたその時になってからでいいわ」
ふむふむ……当たり前だけどゲームのようにコマンド一つで、というわけにはいかないか。
「さて、話すだけじゃあつまらないだろうから実際に魔法を使ってみようか」
ロールスの提案にオレは内心大いにはしゃぐ。これだよ!これを待ってたんだ!
立ち上がったロールスは、ついて来いとばかりに歩き出す。ロールスの研究室を出て、その隣にある扉へと。
重そうな鉄製の扉をくぐった先は四角い、床に魔方陣が描かれている以外何もない灰色の部屋だった。部屋上部の窓から差す日差し以外、光源がない。
オレ達が入ったのを確認したロールスは、部屋中央しゃがんで魔方陣に手を当てる。すると魔方陣は仄かに輝きだし、同時に何かがオレ達を包んだのを感じとった。
「私の実験部屋だ。防壁魔法を貼ったから魔法が暴発しても城には一切影響は出ないわ」
「……暴発したら城に影響が出るんですか?」
物騒な言葉に思わず反応してしまうが、ロールスは笑って手を振る。
「安心して、流石にそんな魔法は今は試さないから」
……今じゃなければ試すこともあるんですね。いやそのための防壁魔法か。
「それじゃあ、まずは私が一回魔法を使うから、ちゃんと観察していて」
オレ達は頷き、深紅のローブから伸ばされたロールスの右手に視線を集中する。
「『火よ。我が手に生まれ玉となれ』」
ロールスが唱え終えた瞬間、上を向く掌の上に拳大の赤い火の玉が生まれる。
「これが初級赤魔法《火球》。攻撃する際にはこれを飛ばしたりするけど、殺傷力はかなり低いわ」
光り輝く火の玉は絶えず輪郭を変形させ、まるで鬼火のように宙に浮き続ける。
ロールスが握りしめるように手を閉じると、火の玉は跡形もなく消え去った。
「これで魔法のイメージはわかったわね。詠唱は私の唱えた通りだけど、覚えているね?」
オレ達は頷く。流石にあれだけ短いんだし、こんな短期間に忘れることはない。
「そ。なら早速……あ、危ないから人に向けちゃだめよ?」
横一列にオレ達は並ぶ。そして壁に向かって手を突き出し、同時に詠唱を始めた。
「『火よ、わが手に生まれ玉となれ』」
若干の気恥ずかしさを感じながらも、間違えずに唱え切る。それと同時にオレは、体内から何かが突き出した右手を通って流れ出たのを感じる。おそらくこれが、魔力というものなのだろう。
優の手には人の半身を包み込めるのではないかと思うほど巨大な火の玉が、幸助の手には人間の頭ほどの火の玉が、そしてオレの手元にはビー玉程度の火の玉が生まれていた。
どうやら、適性のない魔法も使うこと自体はできるらしい。《火球》が初級魔法というのもあるだろう。
……威力はもうお察しだけど。
「うお!?」
あまりの大きさに驚いたのだろう。優が動揺の声を上げるのと同時に火の玉が掻き消える。
「全員成功したわね。大きさとかは特に気にする必要はないわ。適正が高ければそれだけ威力も効率も上がるから、シグレはきっと赤魔法が適正じゃないのよ……いや、あなたたちって魔法の適正はもう調べたのかしら?」
「ええ、召喚された次の日には」
「あらあら、先にそれを聞くべきだったわ。……それで、三人はそれぞれ何が適正だった?」
「俺は赤魔法って言われました。色の濃さから、かなり強い適正だ、とも」
「赤魔法のみ、ね。まあ最初であれだけ大きいのが生み出せれば全然問題ないわね。むしろすごいわ」
満足げにロールスは頷くと、視線を幸助へと向ける。
「僕は全色でした。どれがいいとかは特に何も」
「あら、それなのにあの大きさが出たのね。全色持ちってだけでも珍しいのに、均等に適正が高いとなると宮廷魔法師にもそうそういないわよ……シグレは何が適正だったのかしら?」
幸助も優同様褒めちぎられた。そして次はオレの番なのだが、鑑定の時のあのモルドールの表情を思い出すとどうしても気が引けてくる。
「……無色魔法、です」
「え?」
結果どうしても声が小さくなってしまう。聞き取れなかったのか、聞き取れたけど意味を理解してもらえなかったのか、ロールスは首をかしげる。
「無色魔法のみって言われました」
「あ、うん、それは聞こえたんだけど……聞き間違いじゃなかったのね」
後者の方だったようだ。途端に眉を顰めるロールスに、オレは居心地悪く感じる。
「……無色のみ……普通であればどれかの属性に絶対に属すはずなのに、一体どういうことなのかしら……」
思案顔でぶつぶつ独り言を続けるロールス。しかし結論は出なかったのか、首を左右に振ると視線をオレへと戻した。
「とりあえずシグレ、あなたが少し特殊なのはわかったわ。適正云々も、神格を変えることはできないからどうしようもない」
「でも、適正じゃなくても今のように魔法は使えるんですね」
「使えると言ってもせいぜい中級までなら、ってところよ。それに威力も低いし、実戦に使うとなるとかなり厳しいわね」
「そうですか……」
やっぱりロマンは諦めるしかないのか……
「でも、無色魔法にも実戦向けのものは多くあるわよ。ほとんどが近接のサポートだけど……」
「それを教えてください!」
オレが食いつくと、ロールスは少しだけ身を引くようなそぶりを見せる。
「流石に無色魔法が簡単でもいきなりは無理よ。基礎から順番に段階を踏まないと」
それもそうか。基礎問題も解けないで応用に手を付けられるわけがない。先走る気持ちは恥ずかしさによって少し収まった。
「なら、その最初の一歩を教えてください」
「そうね、二人もそれでいいかしら?」
ロールスの問いかけに、優と幸助は首を縦に振る。
「それじゃ、まずは……《開門》」
そう短く唱えると、ロールスの目の前に直径30センチほどの魔方陣が生まれる。ロールスがそれに手を通し引き抜くと、その手に赤、青、黄の宝石が握られていた。
「あの、ロールスさん……今のは?」
恐る恐るオレが質問を口に出す。非常に聞き覚えのある魔法名に、もしかしてと好奇心が沸き上がる。
「今のは無色魔法《アイテムボックス》で、物をしまえる程度の魔法だけど……」
大当たりだ。オレは思わずガッツポーズを取りたくなる。
アイテムボックス。ライトノベルの中では定番中の定番と言っていいものだ。作品によっては名称が違ってたり、魔法じゃなくてスキルだったりと差異はあるものの一番よく見かけるだろう。
「もしかして、今からそれを教えていただけるので!?」
「そんなわけないでしょ。確かに便利魔法って感じのこの魔法だけど現存する数少ない空間魔法の一つだから、難易度はものすごく高いわよ。少なくとも今のあなたたちが使える代物じゃないわ」
なんだ、残念……
「私が教えるのはこっちよ。《理力》」
《理力》。どこかの宇宙大戦争にも出てきたような魔法名を唱えると、何も触れていないにも関わらず宝石がひとりでに浮き上がった。
「詠唱短縮は行ってないわ。無色魔法ってのは特殊でね、イメージさえ持てれば魔法名のみで発動する魔法なのよ……ゆえに魔法未満の魔法って扱われているわけだけど」
ロールスが話す間にも、宝石は宙を飛び回る。上昇、下降、平行移動。三つそろって飛んでいると思ったら、それぞれが意志を持っているかのようにバラバラの軌道を描く。
幻想的な光景に、オレ達は息を飲んだ。
「慣れればこれくらいのことは簡単にできる……《理力》の操作感覚は攻撃魔法、特に何かを飛ばすタイプの魔法の操作に通じるものがあるから練習して損はないとは思うわ」
ロールスが手を鳴らすと高速飛行していた宝石は急停止し、重力に引かれオレ達の足元に落ちた。
「一人一個、手に持った方がやりやすいと思うわ」
アドバイスに従い、宝石を拾い上げる。ずっしりとした重さを持つそのサファイアは、吸い込まれそうな深い藍色をしていた。
宝石を握って右掌を上に向け、指を開く。
頭の中に浮かび上がる宝石を生み、口を開く。
「《理力》」
魔法名を唱え切ると、先ほどと比べて緩やかな、魔力の抜ける感覚とともにサファイアが宙へと浮かび上がった。
顔の高さまで登ったところで、サファイアはその場に静止。右手を動かしても、石は一ミリたりとも動かない。
「あれ……? 意、外と難、しい」
隣を見ると、幸助がふらふらとするとパースに四苦八苦している。無言のままの優のルビーは、掌から5センチくらいしか上昇していない。
この違いはさっきの《火球》同じく、適性の差なのだろう。グレイスは何も言わなかったが、オレの適正は結構高いようだ。
ふと好奇心が沸く。一発目でここまで安定したのだから、ロールスがやったように自由自在に操ったりできたりしないかな?
やり方はわからなかったが、試しに右に動けと念じてみると――
「お!?」
魔力の流れ出る感覚とともに、サファイアはゆっくりと右へと動き始める。どうやら《理力》は物を動かすと魔力を消費するようだ。
少しずつ軌道を複雑なものにしていく。鋭角軌道、曲線軌道、円軌道、螺旋起動。オレの思考のままに、サファイアは自在に飛び回って見せた。
これが、これこそがオレが求めていた魔法なんだよ!
得も言えぬ興奮が、心の奥底から沸き上がってくる。
「……初めて使うとはにわかに信じられないわね。これが無色魔法の適正、なのかしら」
感嘆したようなロールスの言葉がオレに耳に入ると、高揚していた気分はさらに高まる。
《理力》の手を広げ、優と幸助の石をも支配下に置く。そして初めにロールスが魅せたような光景を、オレの手で再現して見せた。
再び生まれる幻想の空間。しかしオレがそれを、長く維持することはできなかった。
突然、視界が揺れる。まるでノックアウトでもされたかのように足がふらつき、オレは後ろに倒れる。
いったい何が起きたのか。そう考える暇もなく、オレの意識は遠のいて行った。
目が覚めると、鈍い痛みを後頭部に感じる。
後頭部をさすりながら起き上がると、そこはオレ達の住む客間だった。ソファで寝ていたようで、毛布が体に掛けられている。
……オレ、倒れたんだったな。
窓から差す日光はすでに朱色に染まっている。昼過ぎにロールスさんのところへ行ったから、そこまで長くは寝ていないようだ。
毛布を退かし、オレは立ち上がる。自室にいるのかどこかに行っているのか、優と幸助の姿は見当たらない。
床に降り、幸助の部屋のドアをノックする。
反応はない。優の部屋も試すが、結果は同じだった。
やはりまだ帰ってきていないようだ。
(喉が渇いたな)
食器棚からカップを取りだす。卓の上に乗っている金属製のポットを取り、侍女さんが入れ置きしていた紅茶をカップへと注いだ。
なんでオレは倒れたんだろうか。
ソファに戻って紅茶を飲みながらオレは考える。可能性としては貧血、もしくは頭に血が上ったのが原因……興奮につられるまま自分の行ったことを思い出し、少しだけ顔を覆いたくなる。
(貧血は……ないと思うけど、午前中に滅茶苦茶無茶してたからなー。回復魔法でも失ったものは戻せないとかそんなことを言っていた気がするし……あれ? 汗って血が原料だっけ?)
生物の授業で聞いたような聞いてないような気がするが、捨て教科だったのでよく覚えていない。
(やっぱり血が上りすぎたのかな? ……流石に血管が切れたとかそんな大ごとは嫌だけど)
オレがあれこれ推測を並べていると、人の足音を耳がとらえる。そして、客間のドアが開かれた。
「ただいまー……あ、時雨起きたんだ」
入ってきたのはやはり優と幸助。今やっと終わったようで、二人の顔には若干の疲れが浮かんでいる。
「おかえり。悪いな、急に倒れちまって。運ぶの大変だっただろ?」
「大丈夫だよ、ぶっちゃけちゃうと運んだの僕たちじゃなくて侍女さんたちだったし……それより時雨、体の調子はどう?」
オレの隣に座り心配そうな顔で、幸助がそう尋ねる。
……なんだろう、異世界に来てからずっと心配されっぱなしな気がするんだけど。
「少しだるい感じはするけど、それくらいかな。というかなんでオレは倒れたんだろ」
「あ、ロールスさんが言ってたんだけど、魔力を使いすぎたかららしいよ?なんでも魔力が切れると意識を失ってしまうんだって。初心者によくあることだって笑ってた」
ただの愚痴のつもりだったんだが、予想外なことに明確な答えが返ってくる。
どうやらオレの症状は貧血でも血管断裂でもなく、異世界特有のものだったらしい。調子に乗った結果だというのがなんとも情けないが。
「これからは自重しよう」
「多分、その必要はないと思うぞ」
右隣に座る優がそう言う。
どういうことだ?
「時雨が倒れた後の話なんだが、ロールスさんにいくつかの課題を出されてな。その中に一つ、睡眠前に魔力を使い切って寝るように、というのがあるんだ。魔力が減っている状態で寝ると、過剰回復によって魔力量が増えるらしい」
へえ……というと、オレが今日調子に乗って倒れたのは一応意味のあることだったのか。完全な結果論だけど。
「いくつか、ってことは課題は何個か出されたのか?」
「ああ。といってももう一つだけで少し被るところがあるのだが、魔力を使い切るための行動に魔力を放出して扱い方を覚えろ、というものだ」
「魔力の放出?」
ナニソレ、オレそんなの学んでない……オレが寝てる間にやったのか?
「僕たちはもうできるけど、そこまで難しいことじゃないよ。感覚は時雨も知っていると思うし」
「そうなのか?」
「ほら、時雨は魔法を使った時に何か出ていくような感じがしなかった?」
魔法を使った時……ああ、そういえば。じゃあやはりあの時に出ていったものが魔力で正解なのか。
「なんでわざわざそんなことをするんだ?」
「僕たちに魔力というものをしっかりと認識させるため、って言ってたっけ。自分の魔力を認識できないと、魔法の調整ができないし気づかないうちに魔力切れを起こす危険性もあるんだって」
あ、なるほど。確かにそれは重要だ。もし戦っている途中に魔力切れでも起こしたら目も当てられない結末になる。
「……それにしてもお前ら、随分とこの世界に順応してんだな」
ふと、いまさらながらオレはそんなことを思う。ファンタジー好きのオレと違ってこの二人は小説なんてほとんど読んでないから、魔法とかにもっと戸惑っててもおかしくはないんじゃないか。
「え? そうかな?」
「そうだろ。普通魔法とか見たらもっと戸惑うと思うんだが」
オレがそう聞くと、二人は首をかしげる。
「どうだろ……確かに魔法は驚いたけど、知らないことを見るのは勉強してても同じだしさ」
「あるって事実は変わらないんだ。それなら受け入れてそういうものだと理解すればいいだろ」
そういえばこいつら天才と秀才だった……思考回路がオレとは違っているんだった。恐るべし才能の思考。
「どうしたの時雨? そんなに難しい顔をして」
「オレがお前らと根本的に違うって理解しただけだ」
えー!とぶー垂れる幸助。そのままオレ達の会話は雑談へと転換し、夕食の時間になるまで続いた。
――夜――
自室のベットにオレは横になっている。暗い部屋の中、炎とはまた違った仄かな灯りのみが、室内をゆらゆらと朱色に照らしあげていた。
いつもならこのまま寝るのだが、今日からはやることが増えている。
昼間の記憶を思い起こす。《火球》《理力》を使った時の、あの感覚。
……出したっていうより、勝手に出てきたっていう方が近い感覚なんだよな。二人はどうやってこの感覚でできるようになったんだろう。
仰向けになり、右手を天井向けて伸ばす。重力の向きを除けば、《火球》を使った時と同じ体勢だ。
さて、どうしよう。踏ん張れば魔力は出てきてくれるのか?
……そんな馬鹿な話はないか。もしそうだとしたら、トイレに行く度にオレは魔力を放出していることになる。
いやでも、本当にどうすりゃいいのかわかんない。ここは一回、ダメもとで試してみるべきか……?
「ふんぬ!」
右手に思いっきり力を込めるが、やはり魔力の流れ出た感覚はしない。ただ無為に二の腕を疲れさせるだけに終わった。
(どうすりゃいいんだ?)
右腕を下げて再び横になる。いっそ二人に聞くか?この時間ならまだ寝ていないだろうし……いや、もし二人が課題をすでに終えてたら絶対寝てる。
うーん……何かヒントがあるかもしれないし、ロールスに教えてもらったことを一通り復習してみるか。
目を瞑り、今日の記憶を昼食後から順に辿る。
そして術式の編み方へと至ったとき、オレはあることに気付いた。
(魔力は、人間の意志に感応して作用する?)
フィクションでよくあるありきたりな設定そのものだが、根拠はいくつもある。
術式を魔方陣で構築するときは魔力を流すだけで十分なのは、魔方陣の形がそのまま術式になるからだろう。しかし詠唱で魔法を発動するときはどうか。もし詠唱だけで術式が導けるのならイメージする必要などいらないはず。
つまりイメージ=人間の思考は、魔力に何らかの作用を与えているのではないか。
そしてもう一つ、話に聞いただけの無詠唱について。術式を完璧に理解している必要があるということは、つまりは術式そのもののイメージを持っている必要があると言い換えられるのではないか。
術式の正確なイメージが魔力に作用し、術式を編み上げる。無詠唱のからくりとは、このようなものなのではないだろうか。
(……おっと、思考がずれたな。今は無詠唱のことはまだどうでもいい。重要なのは、魔力が意志によって操作できるのか、というところだ)
閉じていた瞼を開く。気付かないうちにそれなりの時間が経っていたようで、キャンドルの炎はすでに消え室内は真っ暗になっていた。
再び右手を宙に伸ばす。魔力は認識できないが、確実にオレの体内にある。まるで空気のようだと思ったオレは、右手から噴き出る魔力の風を頭に浮かべた。
途端に、昼と同じような感覚を覚える。しかし昼と違ってオレは、わずかにだがまるで水のように右手を流れる魔力の流れをも感じ取った。
仮説は正解だった。そして魔力の認識能力も、わずかにだが上昇したようである。
(だけどまだ魔力残量とかはわからないな……流れてるって事実だけだし)
とりあえず、毎日少しずつ地道にやればいいか。魔力の放出を維持したままオレは目を瞑り、五分もしないうちに眠りへと落ちた。
読んでいただきありがとうございます。
17/10/7 改稿版投稿しました