3 武器と教官
翌日
非常に豪勢な昼食を取ったオレ達は、今度は訓練場――数百人もの人間が掛け声とともに剣を振っている、広大な土の広場の端に立っていた。
「初めまして、俺の名前はリオ・グレイスだ。一応騎士団長なんてたいそうな役職についているが、リオでもグレイスでも団長でも好きな呼び方で呼んでくれ」
そう自己紹介したのは、騎士風の、いや実際に騎士だから騎士の格好をした大柄な男。身長は優よりも高く、また筋肉質というわけではないがその鍛え抜かれた身体は服の上からでもわかるほどだ。
「あ、初めまして、オレは……」
「まあ待て、お前たちの話はすでに聞いている……ユウ・サカキバラ、シグレ・ハナミヤ、コウスケ・アイハラだろ?」
どうだ、と言わんばかりの表情でグレイスは、オレ、幸助、優の順に指さした。
すみません、思いっきり外れてます。一体どんな話の聞き方をしたらこうなるんだ。
「ありゃ?そいつは失敬!わかった、がたいがいいのがユウ、そこの美少年がコウスケで、最後の少し眠そうなお前がシグレか」
今度は正しかったのでオレ達は頷く。しかし徹夜していないから目覚めは最高だったはずなのに眠そうとはこれいかに。
「それで、なぜ撲たちはここに呼ばれたのですか?」
美少年呼ばわりされたが、幸助は動じることなくグレイスにそう聞く。
「ああ、少しやってもらわないといけないことがあってな。戦いの素人のお前たちを一人前の勇者にするためにだいたい一週間後から訓練が始まるわけなのだが、そのために武器や防具を準備する必要があるんだ」
ちなみにこの世界には、勇者専用の伝説の剣とかそんなものはない。なのでオレ達は、普通に鍛冶屋かどこかで作られた普通の武器を使うことになる。
「それで今ここに来てもらっているわけだ。非常用だが、ここにはすべての武器がそろっている」
グレイスがオレ達の背後を指さす。振り返ってみると、南京錠のかかった無骨な扉の上に、知らないはずの文字で「武器庫」と書いてあるのが見えた。
グレイスが腰にかかっていた鍵束を取ると、内の一つを南京錠に差し込み解錠する。外開きの扉の内側を視界に収めたオレは、思わず感嘆の声が漏れた。
「すげえ……」
奥へと長く続く部屋の壁に掛けられているのは、無数の長剣や盾。壁際の床には幾本もの槍が寝かせられており、また部屋を二分割するような棚にも斧、弓、ハルバード……数百はくだらない数の武器が、暗い部屋の中を埋め尽くしていた。
「『光よ、ここに《点灯》』 奥の方にもたくさんあるから、好きなのを選ぶといい」
呪文を唱えたグレイスの掌から丸い光源が生まれる。そこまで強い光ではなかったが、室内を照らすのには十分なものだった。
唾を飲み、石製の床に一歩踏み入れる。
やはり使うとなると、剣が一番無難かな。
剣はすべて壁にかかっている。同じ型のが何本かまとめて並べられているが、ナイフより少し長い程度のものから、2メートルはありそうなもの、フェンシングで使うようなレイピアから、もはやロマンの域ではないかと思えるような鉄塊まで長短太細様々だ。
試しに一本、刃渡り1メートルちょいのロングソードを手に取ってみる。
ずっしりとした重さが手に伝わる。2キロぐらいだろうか、つやのない刀身は等しい幅で伸びており、先端のみが三角に尖っている。両手で持つのか柄は長く、棒状の鍔は刀身と垂直に交わっている。
うーん……
一旦壁に戻し、その隣の別の型の剣を取る。
先のと比べて軽いのは、刀身が短いからだろう。刀身は根元が太く、剣先に行くにつれてだんだんと細くなる形だ。柄は短く、鍔は手を覆うような歪んだ半球。
……うーん……
その後、計5種類の剣を手に持ったオレは結論を出す。
うん、何一つわからん。
好きなのを選べって言われても、素人だからどれがいいのかもわからん。唯一わかったことといえば、刃物を持っただけではトラウマスイッチがオンにならないことくらい……いや、今日の今日まで鋏でもカッターでも包丁でも何ら問題はなかったのだから、再確認ができたって程度か。
(適当に選んでも問題はないかな……これから訓練をするわけだし)
そう割り切ってオレは、最初に手に取った剣を壁から取る。一番よく見る西洋剣の形であったし、一番持ちやすい感じがしたからだ。
武器庫から出ると、すでに選び終えていた2人がいる。手にする武器は、幸助が片手剣を2本、優はちらっと見えたロマン鉄塊――かの有名なゲームで言うところの大剣だった。
「……なあ、優。お前それ使う気なの?」
幸助はまだわかる。手数重視の双剣スタイルでもやる気なのだろう。だけど優、いくらゲームで一撃重視なお前だとしても現実でそれ選ぶか普通。
「ああ、もちろんだ」
「というか、お前それ持ち上げられるのか?」
「不思議なことにな」
そういうと、優は地面に突き刺さった大剣を両手で抜く。
軽々といった様子ではなかったが、数十キロはありそうなそれを両手で持ちあげて構えて見せた。
……マジかよ。これがあの国王の言っていた勇者の力ってやつなのか?
「お、全員選べたようだな」
どこかに行っていたグレイスが帰ってきた。その腰には、さっきまではなかった1本の剣がかかっている。
「よしお前たち、1人ずつ順番にかかってこい」
「……え?」
ちょっと待て、グレイスさん今なんて言った? かかってこい? 蚊買ってこいの聞き間違えじゃないよね? いやそんな聞き間違えはないか。
「かかって来いというのは、その、グレイスさんと戦うという意味ですか?」
「当たり前だ。それ以外に何かあるのか?」
いや無理ゲーだろ! 騎士団長相手に戦うとか、秒殺される未来しか見えないんですけど!
「安心しろ、武器の使い心地を試してもらうだけだから俺は攻撃をしない。というか、素人を甚振るような趣味なんて持ち合わせていねーよ」
心外だなと言わんばかりのグレイス。それなら安心……なのか?
「それで、最初は誰から来るんだ?」
「では、俺が先に行かせてもらいます」
大剣を引きずって、優がグレイスの正面へと立つ。これから振り回されるであろう鉄塊に巻き込まれないよう、オレと幸助は壁際まで下がる。
「遠慮はいらんぞ。好きなように攻撃して見せろ」
鞘から剣を抜いたグレイスは自然体のまま。ただその言葉には、騎士団長としての絶対の自信が含まれていた。
優が一歩踏み出す。そして間合いに入ったグレイス目がけて大剣を、遠心力頼りに横薙ぎに振る。
しかし一瞬早くグレイスは後ろに跳ぶ。大剣は、紙一重のところで回避された。
空振った大剣を、優は器用に体を捻らせて勢いを保ったまま上段へと持ち上げる。そして勢いよく振り下ろされた大剣は、半身を引いたグレイスに躱され彼の足元をえぐるにとどまった。
……優のやつ、全く容赦がないな。いやグレイスさんに攻撃が当たるとは思えないけど、普通はもうちょっと躊躇したりしないのか?
その後も大ぶりな攻撃を繰り出す優だったが、ことごとくグレイスに躱され受け流されていく。
優の袈裟懸けの一撃をグレイスが正面からはじき返したのを最後に、二人の戦いは終わりを迎えた。
「体の軸もしっかりしているし、今の時点でそれを振り回せるパワーもある……うむ、ユウはその武器で問題ないだろう」
膝に手をついて息を整える優と対照的に、グレイスは涼しい顔でそう分析する。どうやらこの模擬戦には、オレ達が選んだ武器を扱えるかどうかの確認の意味合いもあったらしい。
「さて、次はどっちだ?」
「時雨、先に行かせてもらうね」
汗だくの優と入れ替えに、短剣を両手に幸助が出た。
グレイスの前に立つと、幸助は深呼吸を一つ。
「……行きます!」
掛け声とともに、幸助が突っ込む。そして繰り出される連撃を、しかしグレイスは剣一本ですべて捌く。
突きを躱し、斬撃を弾く。下段からの切り上げを左に跳んで躱したとき――
「む!」
どこか見たことのあるステップで幸助が、グレイスの正面にぴったりと張り付いていた。そして幸助は振り上げていた剣を、そのまま斜めにグレイスへと叩きこむ。
が、やはりそこは素人と玄人。左足で急な切り返しを行うと同時に身体を沈め、頭上で剣を円を書くように降り、幸助の一撃を受け流した。
勢いが強かったのか、幸助がバランスを崩す。そして転びそうになったところを、グレイスが幸助の腕をつかんだ。
「あ、ありがとうございます……」
「なに、大したことじゃない」
……ラブコメでも始まりそうなセリフだな。両方男だけど。
「そうだな、コウスケも大丈夫だろう。……それにしても最後のは少し驚いたな。何か武術でもやっていたのか?」
「武術と言いますか、スポーツですね」
ああ、なんか見覚えあると思ったらあれバスケのディフェンスの動きか!いやしかしバスケのステップを戦闘に応用するとか……幸助ってやっぱり何か持ってるだろ絶対。
「すぽーつ?なんだそれは?」
おっと、どうやらこの世界にはスポーツがないらしい。まあこの世界殺伐としてそうだから、そんな余裕はないのだろうな。
「あー……娯楽としての運動?かなあ」
「ほう……やはりお前たちのいた世界は平和だったのだな」
グレイスが感心するような、どこか羨むような声でそう言った。
「それじゃあ、最後にシグレか」
その言葉を聞いた瞬間、重い何かがのしかかったような感覚を覚えた。
ゆっくりとオレはグレイスの前へと進む。一歩歩くごとに、足取りが重くなっていった。
「……お願いします」
そういって、剣を構える。握る手が汗ばみ、かすかに震え始めた。
今にも押しつぶされそうな心を奮い立たせ、視線を真っすぐグレイスに向ける。春先であるというのに、一筋の冷や汗が頬を伝って落ちる。
「さあ、どこからでもかかって来い!」
わかってる。オレ如きじゃあこの人には傷一つ与えられない。見ただろ? さっきの2人との試合をさ。大丈夫、大丈夫なんだよ。
足を一歩前へと出す。そしてオレは自分の身体とは思えないほどの俊敏さで、一気にグレイスに詰め寄り剣を振り上げ――
結論から言うと、半分ほど押されていたトラウマスイッチが完全に押し込められたオレは剣を振り下ろすことができず、さらには突っ込んだ勢いを上手く抑えることができずに盛大にこけてファースト頬ずりを父なる大地に捧げることになった。
誰だよトラウマなんて克服してやるとか言ったやつは。全ッ然克服できる気がしないんですけどちくしょう。
「時雨、はい」
地面で胡坐をかくオレに、幸助が濡れた布巾を差し出す。これで汚れを拭き取れってことなのだろう。
「大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫……いつっ」
布の水分が傷口に染みる上に、あまりよろしくない布地が傷口に擦れて地味に痛い。
「『彼の者を癒せ』……どうだ、少しは良くなったか?」
綺麗になった傷口にグレイスが魔法をかけてくれた。触ってみると、完全に塞がったのか血は一滴も手についてない。まあ擦り傷だから、見た目はひどくても実際は深い傷などなかったが。
「それで、一体どうしたというんだ?」
「……いえ、その、昔にいろいろと……」
「……いや、すまない。無理に言わなくてもいい」
言いにくそうに言葉を濁すと、グレイスはそういってオレを制した。
どかりと、グレイスがオレの正面に座る。
「刃物が怖いのか?」
「……どうなんでしょう」
刃物を振るのが怖いのか、傷つけることが怖いのか……どちらにせよ、剣を振れなかったという事実に変わりはない。
(これだけ聞くと、オレが善人みたいだな……)
オレは思わず、自嘲じみた笑いを浮かべそうになった。
「そうか……シグレ、魔法の適正はどうだったんだ?」
「え?えーっと、あんまり……というか、ほとんどダメ……」
「……そうか」
眉を顰め、顎に手を当てるグレイス。オレの身勝手な心傷を親身になって考えてくれている彼は、きっといい人なのだろう。
「……そうだな、今すぐというわけにはいかないだろうけど、その心傷はやはり治す必要があるだろう。魔法士が無理な以上、戦い方は限られてくる」
「まあ、そうなりますよね」
結局そこなんだよな。攻撃魔法の適正が欲しかった……
「この話はまた訓練が始まるときでいいだろう……立てるか?」
立ち上がったグレイスが右手を差し出しながらそう聞く。オレは頷いて、まだ少し震える膝に手をついて立ち上がった。
「一応、武器はこれで決まったわけだが、これからのことは聞いているか?」
「いえ、何も……」
「……あー、まじか。一応鎧や普段着の為に採寸するって聞いたんだが……俺が送るわけにもいかんしな」
困ったように頭を掻き、グレイスがちらっと訓練中の騎士たちの方を見る。オレ達が来た時から今まで剣をずっと振り続けている彼らには、オレ達の話が聞こえるはずもないのに表情に期待の色が混ざっているように見えた。
……グレイスさん、鬼教官なのかなあ。
「御心配には及びません、グレイス様」
自分の将来にわずかな不安を感じていると、突然背後から声が聞こえた。驚いて振り返るとそこには、侍女さんが音もなく立っていた。
「私が案内いたします故、グレイス様がなさる必要はございません」
「お、そうか、なら頼んだ」
まるでいきなり現れるのが普通のことであるかのように、グレイスは眉一つ動かさない。
「そんじゃ、また訓練が始まったときにな」
グレイスはそういうと、振り返って訓練中の騎士たちの方へ。彼らの顔に絶望の色が現れたのをオレはしっかりと見てしまった。
……グレイスさん、鬼教官なんだな。
その後、部屋に戻されたオレ達はいつの間にかスタンバイしていた侍女さんズに服を脱がされ身体の隅々まで調べつくされるという人生初の経験をしたが、特に面白味も何もなかったので割愛する。
読んでいただきありがとうございます。
17/10/7 改稿版投稿しました