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召喚勇者は死にました  作者: 黒桜
序章 エインズ王国
1/37

1 始まりは紅い光から

 揺れる紅葉の隙間から、赤く染まった半分の月が覗き見る。手を伸ばせば届きそうだけど、その両手はもうどこにもない。


 頬を、生暖かい感触が伝る。鼻孔を突き刺すのは、湿った土の匂いと鉄の味。


(腹が、熱い)


 炎は燃える。命を喰らい、糧とするかのように。


「……まだ……死ねない……」


 血塊とともに吐き出されたかすかな言葉は、火花の散る音にかき消された。




 連休明けの昼下がり、もうすぐ2時15分を指す時計に、最前列のオレは大きな欠伸をする。夜更かしが習慣になっているオレには腹も膨れるこの時間が一番つらい。教壇に立つ国語科の話す言葉も、まるで頭に入って来やしなかった。


 秒針が進み、分針が3を指す。十秒ほどのタイムラグの後に、教室の隅のスピーカーから授業の終わりを告げるチャイム音が鳴り響いた。


「それじゃあ、今日の授業はここまで。あ、今日ホームルームはないから、もう部活行っていいぞ」


 手に持つ教科書を籠に放り込むと、国語科教師はいそいそと教室から出ていく。途端に、静かだった教室がしゃべり声と片付けをする雑音で埋め尽くされた。


 オレは椅子の背に寄りかかり、座り続けていたことで凝った肩を伸ばす。


「時雨、今日は起きてたね」


 首を回すストレッチをしていると、不意に後ろから声をかけられる。


「仕方ないだろ。席替えで一番前になっちまったんだから。寝たところですぐに起こされるし」

「あはは、勉強ができるって考えればいいことじゃないか」

「……その分、お前はいいよな幸助。なんせ勉強も大してしてないのに、いつも学年トップ取ってるんだから」


 藍原幸助(あいはらこうすけ)、160センチほどの小柄な身長にかなりの童顔である彼は、女子と間違えられることもしばしば。


「それを言うなら時雨。お前はもう少し勉強をしたらどうだ」


 幸助の後ろに立つ短髪の巨漢。182センチもの体格を持つ榊原優(さかきばらゆう)が、ため息交じりにそう言った。


「いやだね面倒くさい。なんでわざわざ楽しくないことする必要があるんだよ」


 オレの反論に、優は再び深くため息を吐く。


「まあまあ優、追試になっても補修になってもそれは時雨の自業自得だしさ。とやかく言っても意味ないよ」

「おい幸助。お前さりげなくオレのこと馬鹿にしてないか?」


 確かに入学後すぐの実力テストで追試になったけどさ、確かに高校一年生なのに連休中に補修入ったけどさ!苦手教科なんだから仕方ないだろ!


「……それもそうか」

「……なんか腑に落ちねーな……というかお前ら、もう帰る準備はできたのか?」


 オレの言葉に、幸助はスカスカのリュックを、優は野球部のようにパンパンに詰め込まれたドラムバッグを見せて答える。この学年二位の秀才サマは、どうやら毎日全教科持ち帰っているらしい。


「それにしても、みんなが部活してる中帰るのって今だ慣れないね」


 教室に残るクラスメイトを見渡して、幸助がそうつぶやいた。職員会議か何かで早まった今日の時間割は、どうやら部活の時間にも余裕を生んでいるよう。大会の為早々と練習着に着替えている野球部、適当な席に集まって雑談をしている女子テニス部、はたまた教室の隅で女子二人を相手にナンパまがいなことをするサッカー部期待のエースと、それぞれがそれぞれの時間をつぶしていた。


「なら、お前もバスケ続けてればよかったじゃねーか」

「そうもいかないよ。高校に入った今僕らにはそんな余裕はない」

「まあ、それもそうだな」


 時間的な余裕もだし、金銭的な余裕もそんなにない。ちょっとした買い物なら問題ないが、高校の部活は何かと金がかかると聞くしな。


 それにしても、今日はどうしようか。こんなに早く終わった上に今日はバイトのシフトも入っていない。久しぶりにラノベでも買って読もうかな?ちょっとした買い物をする程度の金銭ならオレは今月はまだ使っていないし。


 そんなことを考えながら、親友二人に続き廊下に足を一歩踏み出す。


 異変は、その瞬間に起きた。


 突如足元から、一筋の赤い光が生まれる。それは生き物みたいに動き始めると、あっという間に幾何学的な模様―まるで魔法陣のような模様を描いた。


 驚いたオレは、思わず足を引き戻そうとする。しかしまるで地面にくっついたかのように、一ミリたりとも足を上げることはできなかった。


 そして急速に、何かに吸い込まれるように意識が遠ざかっていく。教室の隅に現れた閃光を視界に収めたのを最後に、オレの視界は闇へと落ちていった。


 




 気が付くと、不思議な部屋に立っていた。天井も、床も真っ白。幾本もの柱には精巧な彫刻がなされており、松明に灯る燐光が部屋を明るく照らし出す。


 ……どこだここ。


 オレ達が立つ一段高い台には血のように赤い、円形を基準とした複雑な紋様が描かれている。そしてその台を囲むように白いローブを着た百人以上もの人間が、祈るように手を合わせて跪いていた。


 ……一体これは、どういう状況なんだ。


 ツンツン。


 突然、オレの肩が何かにつつかれる。振り向くと、幸助が困惑を多分に含めた表情で立っていた。その隣には優もいる。


「……ねえ時雨、一体何が起きてるの?」

「……オレにわかるわけないだろ」


 天才神童の脳みそでも、この事態を処理することはできないらしい。秀才優クンに至っては呆然としたまま身動き一つしていない。


 ……あれ? 今、オレは何語で話した?


 咄嗟に手で自分の口を押えてしまう。この違和感が気のせいではないことは、同じく口に手を当てた幸助を見れば明らかだ。


 オレが混乱の極みに達していると、突如白ローブの集団が動き出した。一本道を開けるように左右に退くと、赤い宝石のついた長杖を持った老人が、モーセのごとくゆっくりとオレ達の方に歩んでくる。跪く者たちと同じ真っ白いローブを着ているが、ところどころに施された金の刺繍がその身分の高さを証明していた。


「ようこそ勇者様、我々の世界へ」


 知らないはずの言語で、老人は確かにそう言った。


 ……もうわけがわかんないよ。


「驚かれるのはもっともです。しかしまずは、私の話を聞いていただきたい」


 心の中でひそかに頭を抱えていると、老人が再び口を開く。やはりオレ達の知らない言語――それもおそらく、オレと幸助の口から出たものと一緒の言語だ。


「勇者様方の持つ疑問は、それによってほぼすべて解決するでしょう」


 そういわれてしまえば、オレはただ頷くことしかできなかった。



 ローブの老人――グリム・モルドールの話をまとめると、まず重要なことが一つ。この世界は、オレ達のいた世界とは違う世界、つまり異世界らしい。


 そう、異世界なのだ。伊勢海でも伊勢海老でもなく、というか伊勢海なんて海はないのだが、異世界なのだ。


 それも、魔法やスキル、“神格”と呼ばれる特殊能力的なものが存在するファンタジーな世界。オレ達がここにいるのも、召喚魔法で召喚をしたからだそうだ。


 なんとも心躍る話――とはならない。モルドールはまだ、何故オレ達を召喚することになったかの経緯を何一つ話していなかった。


「それで、あなた方はなぜ僕らをこの異世界に呼んだのでしょうか?」


 モルドールの話す言語と同じ言語で、幸助が質問をする。オレ達がそれを話せるのも、理解することができるのも魔法によって知識を与えられたかららしい。


「申し訳ございません。私の口からそれを言うことはできないのです」


 ふーん……まあ、だいたい予想はできる。

予想に近ければ近いほど、オレにとっては良くない話ではあるが。


「勇者様方には、今からエインズ王に謁見していただきます」


 エインズというのはオレ達を召喚した国、つまりエインズ王は、その国王というわけである。


 ……いきなり国王サマと会うとか、ハードル高すぎやしませんかね……


 しかしオレのそんな心の嘆きなど聞こえるはずもなく、「ついてきてください」と一言いったモルドールは踵を返しゆっくりと歩き出す。慌ててオレ達は台から降り、人垣の道を後を追っていった。


 白い部屋の先は、石造りの廊下だった。飾られている甲冑や壁に立てかけられた肖像画を見るに、どうやらここは城の中らしい。


 ガラスのはまった窓から見えた風景に、オレは思わず息を飲む。そこに広がっていたのは、まるで中世ヨーロッパにでもタイムスリップしたかのような、鮮やかな異世界の街並みだった。


 しばらく進むと、意匠の凝らされた巨大な、白い部屋の扉よりも大きな扉の前にたどり着く。


「中に入ったらゆっくりと十五歩、右膝を地に着け、顔を伏せてください。謁見の時の礼儀作法です」


 ぽつりとモルドールがそう言ったのと同時に、巨大な扉がひとりでに開かれた。


 白と黒の大理石が交互に並べられた床に、赤い絨毯が入り口から真っすぐ伸びる。キャンドルによって照らし出された煌びやかな室内には絨毯を挟んで幾人もの文官・武官が並び立ち、一様に直立する彼らは視線さえもこちらに向けない。


 モルドールの後を一歩一歩、細心の注意を払いゆっくりと踏みしめる。教えられた通り十五歩数えたところでオレ達は左膝をつき、顔を下へと伏せた。


「面を上げよ」


 重厚な、威厳のある声が室内に響く。赤絨毯の伸びる先、部屋の奥中央にある王座に座る人物――28代目エインズ王国国王、クラウス・レクス・エインズが発したものだ。


 命令の通り、オレは顔を上げる。王座の背後の窓から日光が差し込んでいるせいでよく見えないが、声の割には若い容姿だ。だいたい20代後半から30代前半だろうか?西洋風の顔立ちなので、いまいちよくわからない。


「アルス教教皇グリム・モルドール。勇者の召喚、大儀であった。控えるがよい」

「はっ。ありがたきお言葉」


 国王の言葉に、モルドールは立ち上がる。そして並び立つ文官たちの、ちょうど一つぽっかりと開いていたスペースへと下がっていった。


 ……モルドールさん、超偉い人じゃねーか。


 国王の視線が、オレ達へと向ける。


「そう硬くなるな、楽にせい」


 そういわれて楽にできる人物が、果たしてどれほどいるのだろうか。少なくともオレにはできない。先輩然り上司然り、なんで目上の人はそんなにオレを楽にさせようとするんだろうか。


「まずは、そなたらの名が聞きたい。一人ずつ名乗り上げよ」

「華宮時雨です」

「榊原優と申します」

「藍原幸助です」


「ふむ……名前が先で合っているか?」

「いえ、苗字が先でございます」


 優が返事をする。オレ達の中で一番礼儀正しいのは優であり、優もそれをわかっているのでこういう時はだいたい任せていた。


「なら、今後は名を先に言うがいい。この国ではそれが当たり前だ」


 なるほど。これからは気を付けないと。


「それでは本題に入るが…そちらを呼んだのは、我らの世界に危機が訪れようとしているからだ」

「危機、と申されますと?」

「うむ。……魔王という存在を知っておるか?」


 それからの国王の話をまとめると、数か月前、この国の聖職者が『5度季節が巡る後、魔の王が現れこの世界に危機が訪れる』といった神託を受けたそうだ。過去にもそういった神託は出ており、そしてそのたびに魔王は現れていた。


 過去の人たちはその魔王を倒すために、毎回特殊な力を与えられた異世界の人間――勇者を召喚して平和を取り戻していたらしい。


 その勇者役が、今回はオレ達ってわけだ。まさにテンプレ。そして同時に、オレが予想していた通りのものでもあった。


「勇者たちよ。魔王討伐をそなたらに頼みたい。もちろん報酬は何なりと用意する。受けてくれるか?」


 言葉では選択肢があるように言っているが、実際はないようなものだ。ここで断ったら、何をされるかわからない。


「「わかりました」」


 だがオレは、即答することができなかった。


「…ハナミヤといったか。そちはどうなのだ?」


 無言のままのオレを、国王が訝しむような視線で見つめる。そしてどんどん強くなっていく周囲からの視線に嫌悪感を覚えながらも、オレは何とか言葉を紡ぎだすことに成功した。


「……受けます」


 その返事に、国王は満足したように大きくうなずく。


「快い返事を聞けて何よりだ。……よい、もう下がれ」


 その言葉にオレはやっと、この堅苦しい空気から出られると安堵するのだった。


 


「こちらになります」


 謁見室から出たオレ達は、あらかじめ待機していた侍女さんに連れられ一つの、謁見室からかなり離れた部屋へと案内された。


 シックな内装の部屋だ。それもかなり広い。7,8人は座れそうなL字のソファに、広々としたローテーブル。天井にはシャンデリアが吊り下げられており、奥には食卓が。

また部屋の奥には、同じような三つの扉があった。


 この部屋が、オレ達がこれから住むことになる部屋である。


「そちらの扉は寝室へと繋がっております。今はこの通り共有となっておりますが、ご要望であれば別々にすることも可能です」

「いえ、このままで大丈夫です」


 そんなことをオレ達が気にするわけがない。とある事情により、オレ達三人は同じ家に住んでいるのだ。


「かしこまりました。もし何かおありでしたら、そちらの呼び鈴を鳴らしてくださいませ」


 そういうと、侍女さんは部屋から退場していく。三人だけとなったオレ達は、やっと緊張の糸から解放された。


「あー、緊張したよ。時雨が何かやらかしそうでやらかしそうで」

「おい、いくら適当なオレとはいえさすがにやっちゃいけないことはわかってるっつーの」


 ソファにどかっと座り込みながら、からかってくる幸助に反論する。うお!このソファめちゃくちゃ柔らかい!?


『それだけお前の信用がないってことだろうな』

「失礼な!って優、今日本がしゃべった?」

『日本語を意識すると普通にしゃべれるぞ』

『リア充爆破しろ!…あ、ホントだ』

『寄りにもよってなんでそれで試すのさ…』


 なんでって言われても、なんとなく?


「まあ、三人の時は日本語で話すか。忘れちゃまずいしな」

「うん、そうだね。……ところでさ時雨。本当に良かったの?」

「うん?何がだ?」

「国王様の依頼を受けることにだよ。……討伐って言ってたから戦うことは間違いないよ?」

「……あそこで断ったら、もっとヤバいことになってたと思うぞ」

「でも、時雨は……」

「五年以上も前のことだ」


 幸助の言葉を遮って、突き放すように答える。


「……まあ、こればかりは俺たちが口を出せることじゃない。時雨、無理はするなよ」

「わかってるさ」


 お前らが心配してるってのは、よくわかってる。ただ、これはオレの問題だ。


「ところでさ、ごはんってまだなのかな?いつもだとそろそろ夕食の時間だから、お腹がすいてきちゃった」

「どうなんだろうな。時間的には夕方ではあるのだが、こちらの人の生活がオレ達と同じとは限らない。もしかしたら朝と昼しか食べないっていう場合もありえる」

 「まあ、最悪呼び鈴鳴らせばいいでしょ」


 明らかな話題転換、オレに気を使ったのだろう。心の中でひそかに二人に感謝をしながら、オレ達はたわいもない雑談を続けた。


読んでいただきありがとうございます

17/10/7 改稿版投稿しました

18/8/12 神託の内容を少し変更、場合によってはまた変更もあり。これもすべてプロットを上手く作らない私が原因です


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