日常日記……その②
N○Kの大河ドラマというものの影響はたいしたものだ。
少しばかり関連がある地域と言うだけで人・人・人が全国から集まってくる。
今日も表通りの駐車場は観光バスでいっぱい。
そしてドラマに登場したという大きな神社の参道にある数多くの土産物屋さんはウハウハの好景気! 大繁盛だ。
そんな参道から三本ほど細い道を行くと濁った空気が蔓延している裏路地がある。
地元の市民たちは忌避して好んでは近寄らないスポット。
無論、旅の雑誌などで取り上げられることもない裏の町。
平成の世とは思えない時代遅れの貧乏長屋や掘っ立て小屋が立ち並ぶ。
その掘っ立て小屋の影に身を隠すように小奇麗な学生服が初々しい一人の少女がボロボロのアパートを見つめていた。
同じことを言うようですが、この地域は健全かつ一般人が住むに適した場所とは言えないのです。
崩れかけた壁にもたれかかる物乞い、警察の目を掻い潜り潜伏する不法滞在の外国人……性転換にしっぱいしたオカマ、表舞台から見放されたメンツが溢れているスラム。
だけど、皆生きている……生きることに必至なのです。
どうにかして生きていくために……表社会の僅かなおこぼれをあずかりながら、表社会の闇の部分を押し付けられた者たちがこのスラムに戸籍を置いている。
そんな掃き溜めたちや虚ろな目の者たちが屯する裏路地に、この小奇麗な学生服の少女は場違いなのです。
「えへへ……ここにあたしのひより兄っちんがいるのかぁ」
腰元まで煌めいた漆黒の黒髪が闇に溶けるように端整な顔を醜く歪ませた少女の姿が消えるのであった。
住めば都! 狭いながらも静謐な四畳一間。
中央に丸いちゃぶ台が鎮座して、最近ガタついている押入れにはせんべいのように硬い布団が国宝級の宝のように大切にしまわれている。
物を冷やしたり凍らしたりできる巷で噂の冷蔵庫や地デジ対応どころか昔懐かしい白黒テレビクラスの文明の利器もまったくない、とってもエコロジーすぎる僕のお部屋。
お湯を注いだコンビニ景品のマグカップをちゃぶ台に置いて僕、そう、七条ひよりはおもいっきり悩んでいた。
もう、悩みつくして抜け毛がわんさかで禿げちゃうよーっ!と言いたいほど悩んでいます。
目の前の包み紙の中にはお弁当……しかもタコさんやイカさん、そしてゾンビさんのウインナーが卵焼きに刺さっており、美味しそうな白ご飯の上に赤色の海苔で『きっと来るぅぅぅ』と書かれている……これが噂のキャラ弁? なのだろうか。
手のひらに三つほどゾンビウインナーを乗せた。
不器用なのだろう、大きなものや小さなもの、腕が折れていたり欠けていたり……まるで成功したものをわざと取り除いているようだ。
ただ、予想に反して美味しそうな香りがお部屋に広がっていくのです。
アパートの郵便ポストに『殺したいほど大好きなひより兄っちゃんへ』と書かれたメッセージカードとお弁当がくるまった包み紙。
本来なら胡乱な瞳を向けて『もったいない神様ごめんなさい』と言って捨てるのだが……給料日一週間前のため、ひよりのお財布事情と言う現実が三日目の強制断食を強要していた。
もう、飢えて死にそうなのです―っ!
「食べるべきか……それとも飢え死に覚悟で我慢すべきか」
今の自分の顔を鏡に映せば毒気をくらったような忌々しい顔色だろう。
腹の奥から込み上げる『さっさと食べてしまおうよ!』と狂喜乱舞に叫ぶ腹の虫を理性の司令塔である脳みそが『自我を保つのだ』と魂に呼びかけている。
「何、その毒々しいお弁当……いや、そのウインナーの包丁テクニック、もしや、ウインナー表千家の技の一つ、丑三つ時藁人形ゾンビ切りウインナー!?」
「えっと、は、春菜さんでしたよね、ウインナーにびっくりするよりも、鍵のかかった部屋に湧いて出てくる技術にびっくりですよ!」
「私の大切なひより、お姉ちゃんにむかって他人行儀すぎる! さぁさぁ、私の豊満なおっぱいに飛び込んでおいで……飛び込んでこないと鬼畜真っ黒乳首好きの乳輪大王と噂が発生する確率が高いわよ!」
「ひゃ、ひゃめひぇー」
春菜はむむむーっと唸ると流れるように人差指と親指を突然の登場に茫然としているひよりの口に突っ込むとグイッと唇の端を引っ張る!
涙目のひよりを尻目に自分の世界に入り込んで真面目な顔のまま額に青筋を立てている春菜。
一般人は顔立ちが知的で穏やかそうに見える春菜さんの雰囲気に騙されているだけで、こいつはドSです! とても面白半分で虐待しているようにみえないですよーっ!
「私の愛情……わかってくれるよね、ひより」
「ひゃい!」
目が血走り始めた春菜はふふふーん! と鼻息荒くとっても興奮して、すらっとした指先で舌をこねくり回す。
ドSすぎる仕打ちに根負けしたひよりの直感が『このままではヤバい気がするぅぅぅーっ』と警戒アラートを鳴らしていくのでブンブンと縦に首をふる。
もう涙がいっぱいたまった瞳のひよりにニヤリと微笑みながら後ろに回りこむと首に腕をまわしてびったりと抱きつく。
ひよりの背中には強く押し付けられた双丘の柔らかさが伝わる。
張りのある双丘の感触は至高! 女性免疫率ゼロに近いひよりは金縛りにあったように硬直して目を丸くする。
「あのね……いいこと教えてあげる」
わざとらしく耳元で囁く春菜の甘い声音。
若さと張りがある春菜の手がゆっくりとひよりの胸元に添えられる。
そして、頬と頬が触れ合い、春菜はクスっと笑い、とびっきりの優しさを宿した瞳で覗き込み、カチンコチンに緊張しているひよりに。
「オクラって刻んだらネバネバドロドロしていて危険なエロスでエクスタシーなのよ」
「春菜さーん、変態すぎですよ」
「ふふっ、愛情を込めて春菜お姉ちゃんと言えないところはまだまだ青いお尻の子なのね、そんなことだから血縁親族近親相姦好きのひよりと言う異名をつけられるのよ」
「もう、勘弁してください……お弁当を……お腹がペコペコで死にそうなのです」
「お腹がすいているの? なら最高の提案をしてあげるわ」
春菜は悪戯っぽい微笑みを浮かべながら唇をペロリと舐めて感情がこもった妖艶な嬌声で紡ぐ。
「ひより……お弁当より私の初めてをた・べ・て」
その言葉がひよりの耳元を空襲した途端、楽観視できないほどの威嚇効果抜群の明確な殺気がガタついている窓から降り注いだのです。