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アトラス  作者: うちょん
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いつかの日まで

 人の世に失敗ちゅうことは、ありゃせんぞ。

            坂本龍馬



















 第三匠【いつかの日まで】














 「あんたらの師匠ってさ、やっぱり強いのか?いや、多分俺達の師匠の方が強いけどな」

 「何を言ってるんだ。銀魔さんの方が強いに決まってるだろ」

 「だって、武闘会で優勝したのはうちの師匠だろ?」

 「あれは、銀魔さんが棄権したからだ。実際に戦っていれば、結果は逆だった」

 「そんなこと言って。本当はお前だって俺の師匠の方が強いって思ってるんだろ?正直になれ。素直になれよ」

 「いい加減にしろ。お前ごとき、俺がひと捻りしてやる」

 「やれるもんならやってみろ」

 「天馬やめておけ。本当にひと捻りされるぞ」

 なぜか師匠同士のことで言い争いになってしまった天馬と飛闇。

 しかし、この二人の対局はきっと飛闇が優勢だろうと感じた蒼真は、一向にその口を閉じない天馬の首元を掴んで引っ張った。

 「蒼真離せよ!まだ話は終わってねぇんだぞ!!!」

 「誰彼構わず喧嘩を吹っ掛ける癖は止めろと師匠に言われただろ。それに、こいつらに手を出しても、多分お前じゃ無理だ」

 「なんてこと言うんだ!やってみなくちゃ分からねえだろ!こんな無愛想な奴に、俺が負けると思ってんのか!?」

 「無愛想とかは関係ないから。そういうところでもう負けてるから」

 何を言っても暴れる天馬に蒼真が手を焼いていると、そこへ森蘭がやってきて、天馬の髪を掴んだかと思うと、そのまま軽々と放り投げてしまった。

 それを呆然を見ていた蒼真だったが、その視線の先にはまだ元気そうに動いている天馬が見えたため、ホッとするのだった。

 「まったく。若いというのは、力が有り余っておるらしいのう。なら、水でも汲んできてくれんか」

 「俺は水を汲みに来たわけじゃねんだよ!」

 森蘭に反論した天馬だったが、杖で一発強く叩かれると、大人しくなった。

 それから、四人は森蘭に言われた通り、水を汲みに行ったり、薪を割ったり、魚を釣ったり肉を確保したりしていた。




 その頃、海埜也たちは戦っていた。

 「傀儡というのは、厄介なもんなんだな」

 これまで、何人もの厄介な者たちと戦ってきた海埜也でも、傀儡相手は初めてだった。

 普通の人間であれば、攻撃をしてまともに喰らえば多少なりともそれは蓄積されていくため、いつかは動きが鈍くなる。

 しかし、傀儡相手ではそうはいかない。

 どんなに強い衝撃を与えたとしても、どんなに身体にダメージを与えたとしても、また動き出す。

 それも、不気味な関節の曲がり方をしながらでも・・・。

 やはりここは、傀儡たちを操ってる邂を倒さないとダメかと、海埜也は標的を邂に絞る。

 「(前に斬ったはずの腕も繋がっている)」

 以前対峙したときに海埜也が斬ったはずの邂の腕は、なぜかもう治っていた。

 治っていたというのか、直っていたというのか、とにかく、身体にしっかりとくっついていたのだ。

 それを確かめたうえで、海埜也は邂を見据える。

 すると、海埜也は傀儡たちに繋がれている糸の上を走って行き、邂のもとまで向かって行く。

 なぜそんな芸当が出来るのかと聞けば、きっと海埜也は平然と、目が慣れてきたから、とそう答えるだろう。

 邂の近くまで来たところで、再び傀儡たちが前に現れて邪魔をしてきたため、海埜也は傀儡ごと邂を蹴り飛ばした。

 太い木に背中からぶつかった邂だが、特に何も無かったようにして立ち上がる。

 「・・・自身も傀儡となるか。なんとも哀れで虚しいことだ」

 ボロッと剥がれた邂の顔の奥には、人間のもののような筋肉の筋と血の他に、人間のものとは思えない、土や粘土で作ったような壁のようなものがあった。

 衝撃を受けたせいで、邂の腕はあらぬ方向に曲がっていたが、邂はその腕を自分で掴むと、ぐきっと曲げて元に戻した。

 「キリがないな」

 一歩後ろへ足を進めようとした海埜也だったが、そこには傀儡を操る糸があったようで、それ以上後ろには行けなかった。

 海埜也の周りには、まだまだ沢山の傀儡たちが取り囲む。

 邂が指を動かすと、その傀儡たちは一斉に海埜也に向かって飛びかかってくる。

 海埜也は片足を軸にして、もう片足で自分の足下に円を作るようにして動かすと、腰にクロスして入れてあった短剣を持ち、傀儡たちの身体を操っている糸を斬りながら、傀儡たちを斬って行った。

 バラバラになって行く傀儡たちを潜り抜けながら邂に近づこうとするが、海埜也は違和感を覚える。

 「・・・!」

 背後から感じるその気配に振り返ると、そこにはついさっき自分が身体をバラバラにしたはずの傀儡が、また身体を元の状態に戻していた。

 いや、正確に言うと、元の状態というわけではなく、右腕も左腕も、左足も右足も、首も、身体も、別人と思われるその組み合わせで一体が出来ている状態だ。

 その姿はあまりに醜く滑稽であるが、それでも海埜也に向かってくる。

 再び短剣を持った海埜也だったが、その海埜也の腕は、傀儡を操っている糸によって動きを封じられてしまう。

 短剣を地面に落とした海埜也の前には、見るも無残な姿の傀儡たちが。

 「・・・・・・」

 傀儡たちは、海埜也の首、頭、心臓、それ以外の部分も狙ってきたが、海埜也の身体に触れる前に動きを止めてしまった。

 そして、ボロボロ、と先程海埜也に斬られたように、腕、足、胴体、首がバラバラになって倒れて行った。

 海埜也の腕を拘束していた糸も緩まると、海埜也は地面に落ちている短剣を拾い、それを腰に収めた。

 何が起こったのか分からない邂に、海埜也はこう呟いた。

 「死とは、誰しにも与えられた、生同様に与えられし同等の権利。その死さえ赦さずに愚弄するとは、許さん」

 ふと、邂は自分の指に絡んでいるはずの糸が、するすると落ちて行くのを感じた。

 気付かないうちに全ての糸を斬られてしまったのか、それとも別の理由なのか。

 海埜也はゆっくりと邂に近づいていき、邂は自分のもとに来る海埜也に向かい、まだ残っている傀儡たちに襲わせる。

 しかし、その傀儡たちは海埜也に近づく前にバラバラにされてしまい、糸でも動かすことが出来ず、ただ地面に伏していた。

 「・・・・・・」

 こんな状況は初めてだからか、邂は此処に来て初めて人間らしい表情を見せるが、その時にはもう、海埜也が目の前にいた。

 「      」

 海埜也が邂を斬る際、邂が何か言っていたような気がする。

 口を開き、真っ直ぐに海埜也を見て、何かを訴えていたような気が。

 果たして何を言おうとしていたのか、海埜也には分からなかったが、邂は倒れて行く中、少しだけ微笑んでいたような気がする。

 それは海埜也の気のせいかもしれないが。

 邂の身体を綺麗に二つに斬ると、その身体は一度マネキンのような人形に変わり、そして徐々に砂になっていき、そのうちに風に攫われていった。

 風化してしまった、そこにあった身体に向かい、海埜也はこう告げる。

 「・・・安らかに眠れ。それもまた、同等に与えられたものだ」

 その姿はすっかりあとかたもなく消えてしまったが、後ろを振り返れば、そこには幾つもの傀儡たちがあった。

 これも同じように消えるのかと思っていたが、どうやらこれらはすべて、以前は人間だったようだ。

 これだけ死人を集めるという行為自体、普通の感覚ではないだろう。

 しかも、それらを操っていただけではなく、海埜也が身体を斬ったあと、それらを糸で適当に繋げていたのだから。

 細い腕も太い腕も、女性の顔も男性の顔も、そこには似つかわしい小さな身体まである。

 海埜也は片膝をついてそっと腕を伸ばす。

 バラバラになった身体の一部の腕を拾い上げてみると、肉も骨もあって、人間ならではの重みもあった。

 こんなものをよくも操っていたものだと少し感心しながらも、海埜也はそこに散らばっている傀儡という名の遺体を、ひとつずつ埋めて行くのだった。

 名前も知らない、会ったこともない、話したこともない、そんな幾つもの身体たち。

 パズルのように一体を作りあげるごとに、両手を合わせて葬って行く。

 この傀儡たちの中に、あの男がいなかったことを本当に良かったと思う海埜也。

 「〵煉、お前は蘇ってくれるなよ」

 昔の同胞が傀儡になろうものなら、何の気持ちも無しにその身体を切り刻めるわけがないだろう。

 そんなことを願いながら、海埜也はまた隣の身体を埋める。

 「土に還るべきが人のさだめか・・・」




 「ったく。そう簡単に他人の心読んでちゃあ、女には苦労しねえんだろうな」

 「なんなら伝授してやろうか」

 「いや結構だ。女の心は読めねえ方が幸せだろうからな」

 一体何の話をしているのか、この二人は。

 銀魔は造卅に攻撃を仕掛けるが、それはあまりに簡単に避けられてしまう。

 そして、何よりも攻撃は出来ないと思っていた造卅だったが、そうでもなかったのだ。

 「心が読めれば、弱くても攻撃は出来る」

 銀魔の攻撃を避けながら、ちょっと蹴りを入れたり服の裾を掴んで投げるだけで、銀魔は自分の攻撃で自分が攻撃されるようなものなのだ。

 どうしたものかと、銀魔はふう、とため息を吐いた。

 「おいおいどうした。おじさんってのは大変だな。もう体力切れか?」

 「おじさん相手って分かってるなら、おじさんの心読まないでほしいね」

 「あんた、単純なんだよ。考えてること丸わかり。これなら、別に読心なんて出来なくても俺は勝てそうだね」

 「そうかい。なら、読心しないで戦ってみるか」

 「そうしたいのは山々だけど、生憎、この力は制限出来るものじゃなくてね。産まれながらに持ってるものだから」

 聞きたくないと思っていても、聞こえない方が良いと思っても、それは聞こえてしまうらしい。

 耳を塞いでも聞こえてくるその他人の声というのは、なんとも耳障りらしい。

 「・・・・・・」

 ふむ、と銀魔は顎に手を当てていた。

 そして何を考えていたかというと、造卅には分かっていた。

 本気を出して戦うべきなのか、それともこのまま戦うべきなのか。

 普通ならば、こんなこと考えなくても本気で戦う事を選ぶはずなのだが、なぜ銀魔が悩んでいるのかと言うと、そこに海浪がいるからであった。

 知ってる顔だからなのか、銀魔のプライドなのか、海浪にはあまり見られるのは好まないらしい銀魔の本気というやつ。

 「あんた、今の状況分かってるのか?本気出さないと、俺には勝てないって分かっただろ?何をそんなに出し惜しみしてるんだ?」

 「まあそうだな」

 そう言うと、銀魔は耳たぶを軽く摩る。

 これが何かを示しているのか、それとも癖なのか、それは分からなかった。

 造卅は余裕そうに笑っていたのだが、銀魔は足の土をいじりだし、それを造卅に向けて投げてきた。

 小賢しい真似を、と思った造卅だが、目を瞑っていても聞こえてくるその銀魔のものと思われる心の声に、思わずニヤリとする。

 そして攻撃をしてくるのが分かり、構える。

 「・・・!?何!?」

 ちゃんと受け止めたはずだった。

 はずだったのだが、造卅の身体は一度宙へと弾かれてしまった。

 空中に浮いて身動きが取れなくなってしまった造卅の耳には、また別の声が聞こえてくる。

 それに対してまた構えるが、先程までの銀魔とは思えないほど軽やかな動きをしてきたそれは、造卅の身体を吹き飛ばして地面に叩きつけた。

 久しぶりに痛んだ身体を起こして、造卅は銀魔をみる。

 「!?お前は・・・誰だ?」

 砂塵が去って行ったあと、そこに佇む人影に声をかけるが、どう見ても銀魔ではなかった。

 銀魔よりも背の低い、綺麗な女性だった。

 そしてその女性は今度、小さな子供へと姿を変えると、造卅の方に泣きながら近づいてきた。

 事の次第が掴めないまま、造卅はただ茫然とその子供を見ていると、その子供は造卅の前に来ると泣き止み、いきなり二メートル以上ある大男へと姿を変えた。

 「!?!?!?!?!?!?!?!?」

 そして、造卅の胸倉を掴むと、勢いよく放り投げた。

 「なんなんだ!?一体!」

 銀魔の声とは全く違っていた。

 最初は若い男の声であって、次はあの綺麗な女性のもの、そして子供、それから大男の声。

 かと思うと、次に造卅が目にしたのは、腰の曲がった老人だった。

 杖をついた老人は、ゆっくりと警戒しながら立ち上がる造卅の方を見たまま、ピクリとも動かなかった。

 造卅に耳に聞こえる声は、多分、おそらく、目の前にいる老人のものだ。

 攻撃をしてくる気配のない老人だったが、急に背筋が伸びたかと思うと、その老人は今度、小さな男の子になった。

 ニコニコと笑っている男の子の胸倉を掴もうと、造卅は初めて自分から近づいた。

 すると、男の子は造卅からひょいっと逃れると、造卅の背中に乗っかった。

 きゃっきゃと遊ぶその姿は、本当に小さな男の子と思われたが、次第に重くなっていったかと思うと、顔をそちらに向ければそこには銀魔がいた。

 口角をニヤリとあげると、造卅の後頭部を掴んで木の幹に思いきり顔面をぶつけた。

 鼻血が出たかと、造卅は思わず自分の鼻を触ってみたが、そこから血は出ていなかった。

 きっと本気でぶつけられれば血など簡単に出てきたのだろうが、銀魔はぶつけた後造卅の後頭部をパッと離した。

 「便利な力だわなぁ、それ」

 「お前・・・!何を!?」

 その時、造卅は何か思い出した。

 そういえば、銀魔という男には注意しろと言われていた。

 噂でしか聞いたことがないが、その男は自分さえ偽り繕うことが出来るのだと。

 変装という域を越えた、もはや別人格を作りあげられるというその噂を、造卅は軽く聞き流していた。

 変装なんて出来たとしても、所詮は一人の人間の所業であって、心が読めるのだから問題はないと。

 しかし、違っていた。

 この男、姿形だけではなく、心も思考もその別人として成りきることが出来る。

 いや、なりきるなどと言ったことではなく、別人になっているのだ。

 「ここからが本番だぜ?しっかりしてくれよ?」

 「なっ・・・!!」

 1人だけを相手にしているならば、思考は読みやすかった。

 しかし、別人としての人格を形成出来る銀魔相手となると、まるで話が違っていた。

 その人その人によって思考は異なり、動きも違い、背も違い、反応も違い、攻撃も違っている。

 「攻撃というのは、読めるだけでは意味がないものよ」

 「お兄ちゃん、僕と遊んで!」

 「ワシは老いぼれ。戦いは好まぬぞ」

 「もっと一緒に楽しもうぜ!!」

 「ねーえ?もっと楽しいことしましょ?」

 自分が誰と戦っているのかさえ分からなくなってくる。

 そしてついには、攻撃を次々に受けるようになってしまった。

 その攻撃さえ、相手によって異なった。

 何人もの敵を一度に相手にしてる気分だ。

 「げほっ・・・!はあ・・・!」

 「なんだ、もうしまいか?」

 ゆっくりと顔をあげると、そこには銀魔がいた。

 悠々と立っている銀魔の心を読むが、そこからは何も感じ取ることが出来なかった。

 「若いお前に、一つ良いことを教えといてやろう。まあ、これはお前より長生きしてる俺からの警告だ」

 「ふざけたことを・・・!!」

 「まだそんな口を効く元気があったか」

 心が読めたとしても、避けられなければ意味がない。

 すると、銀魔は次々に姿を変えて行く。

 まるで映画のワンシーンでも見ているかのように、体格も性別も身長も中身も、全てが違うものだ。

 そしてそれらの人物の心の中の声が聞こえる造卅にとっては、入れ換わり立ち替わり、別の声が聞こえてくる。

 その時、ふと一瞬、銀魔と思われる声が聞こえてきたが、聞き逃してしまった。

 次の瞬間には、造卅は鳩尾を強く蹴飛ばされてしまった。

 その次は背中、顔、腕と、ただ軋む身体。

 「ぐっ・・・!!!」

 「心を読まれるなんて初めてだ。そんなに良い気分じゃねえなぁ」

 「ふん。例え俺を倒したとしても、まだ瑪能生も邂もいる!お前等、全員死ぬんだよ!」

 その造卅の言葉に、銀魔はすうっと目を細めてから、また笑う。

 「あいつらも可哀そうになぁ。あいつらが相手じゃなけりゃあ、こんなところで倒されずに済んだだろうにな」

 「お前らこそ!良い気になるなよ!」

 その言葉を最後に、造卅は意識を手放した。

 手放したというのか、手放されてしまったというのか。

 倒れた造卅をそのままに、銀魔は造卅の腕に腰掛けた。

 「時には、聞こえねえ方が良いもんってのが、世の中にはあるんだよ」

 それから少しして、銀魔は立ち上がって辺りを歩いていると、海埜也が何かしているのが見えて近づいていった。

 海埜也がしていることが分かると、暇だった銀魔も手伝う事にした。




 そんな中、海浪は瑪能生を相手にしていた。

 しかし、瑪能生は違和感を覚えていた。

 瑪能生は海浪が攻撃をしてくると、それが当たらないように、そして海浪にダメージが向くように言霊を発していた。

 それだというのに、なぜか海浪の攻撃は瑪能生を避けることはなく、海浪にも何のダメージも向かなかった。

 どうしたことかと思いながらも、瑪能生は自分の言霊が通じていないことが分かると、海浪の攻撃を何とか避けるのだった。

 「・・・どういうこと?どうして私の言葉が現実にならないの?」

 さすがに、言霊の攻撃を無しに、瑪能生は海浪に勝てる気がしなかった。

 なんとか避けてはいるものの、それはきっと、海浪がわざと避けられるような攻撃をしているからだとも分かっていた。

 瑪能生が呟いた言葉に対し、海浪は何の反応も見せない。

 「・・・そういうこと」

 何か分かったようで、瑪能生は海浪に向かって何度か言霊を発した。

 それでもそれが現実化しないことに、瑪能生は理解した。

 「あなた、私の言葉が聞こえないようにしてるのね」

 「・・・ああ、そういうことだ」

 「あら、聞こえてないのに、私が何を言ってるか分かってるの?それとも、ただあてずっぽうで会話してるだけ?」

 「そんなわけないだろ?ずっと、何を言ってるかは知ってた。けど、別に返事をする必要はねぇだろ?俺達は別に、ダチじゃねえんだ」

 「・・・・・・」

 自分の言葉が聞こえていないから返事をしないだけかと思っていたが、海浪は答えた。

 それに対し、瑪能生は聞こえないわけではないのかと、少しだけ顔を歪めた。

 「私の言霊は破滅を導く。それなのに、どうしてあなたには通じないの」

 「厄介なもん背負ってるよな、お前等も。破滅だの贖罪だの絶望だのと、まるでこの世の終わりを呼びよせる連中みてぇに」

 「それが事実。私達は滅ぼす力を持っているの」

 そんな瑪能生の言葉に、海浪は可笑しそうに肩を揺らした。

 やはり、この男は自分が何を言っているか分かっている。

 それなのに、どうして現実として起こらないのか。

 瑪能生の中で疑問は膨らむばかり。

 「なんで自分の言ったことが、前みたいに現実として目の前で起こらなくなったのか、って思ってるのか?」

 「・・・・・・」

 そんな瑪能生の思考を読みとったのか、海浪がそう言うと、瑪能生は目を細める。

 答えを待っているのか、それとも単に海浪に対して睨みつけているだけなのか、何にせよ、2人は互いをじっと見ていた。

 少しの沈黙があったあと、先に口を開いたのは海浪だった。

 「言霊なんてもの、俺は信じてなかったんだが、まあ、こうして実際に自分がその攻撃を受けたとなると、そういうものがあるんだと受け入れざるを得ない」

 「?何が言いたいの」

 海浪の言葉の意図が読めず、瑪能生は怪訝そうな表情をする。

 「つまりだ」

 すると、海浪は自分の耳に人差し指を当てて、トントン、とさせた。

 「これは一種の実験でもあった。言霊相手に太刀打ちする方法は何か、それがこれだったってわけだ」

 海浪はポケットから小さな何かを取り出すと、それを瑪能生に見せる。

 少し距離があるためはっきりとは言えないが、多分、耳せんのようなもの。

 「声っていうのは、まあ、分かってると思うが耳から入ってくる。だから耳せんを使ってみようと思ったわけだ。けど、声とか音っていうのは厄介で、耳せんをしても聞こえてくるときは聞こえてくるし肌で感じられる。お前さんの言霊っていうのが、どこで遮断出来るのかが分からなかった。だから、実験として耳せんをしてきた」

 「・・・それで、私の言葉はその耳せん一つで通じなかったというわけ」

 「そうなるな。俺は助かったよ」

 「なら、聞こえていないはずの私の言葉を、どうしてあなたは分かるの?」

 聞こえていないのなら納得がいくが、聞こえているように普通に返事をしてくるのに、聞こえていないなどということがあるのか。

 瑪能生の問いかけに対して、海浪はこう答える。

 「唇を読んだんだよ」

 「読唇・・・」

 耳の聞こえない、そんな人たちが身につけるという唇の動きを見て、そこから言葉を理解する能力。

 そうなると納得はいくが、そう簡単に唇を読むなんてことが出来るだろうか。

 それを海浪に聞いてみても、今の自分には必要ないし、海浪が正直に答えるとも思えなかった。

 海浪はというと、どうして読唇が出来るようになったかと聞かれても、いつ、何処で、という明確な答えは見つからなかった。

 生きて行く中で身につけた、それが一番しっくりくる理由だろうか。

 「聞こえないのは残念だけど、私の言霊は絶対」

 そう言うと、瑪能生は再び海浪に向かってこう告げた。

 「真っ暗闇な世界へ堕ちなさい」

 海浪がすうっと目を閉じると、あたりは一気に静かになった。

 瑪能生の言霊の通り闇の中へ堕ちてしまったのか、しかし本当の世界では、海浪は瑪能生の前から消えてなどいないだろう。

 もう一つ、瑪能生の力に関して、分かったことがあるのだ。

 「お前さんの言葉は、確かに現実になっているのかもしれない。だがそれは、現実じゃない」

 「何を言ってるの」

 ゆっくりと目を開けながら、海浪はニヤリと笑う。

 「所詮は、脳内が作りだした幻覚、妄想ってわけだ」

 「・・・・・・」

 「本当に言った何かが現実になるなんてことがあるなら、そりゃえれぇことだ。本当に世の中をひっくり返すことが出来るだろうな。だが、言霊が聞こえる相手、ましてや聞こえるくらいの範囲という制限があるんじゃあ、そこまで恐れるもんでもなかったな」

 「・・・・・・」

 「お前さんの言ったことを脳内で理解した時には、もう手遅れってことになる。一方で、それが現実じゃないと分かっていれば、回避することも出来る。脳っていうのは本当におかしなもんだ」

 「・・・それでも私の言霊は負けない」

 まだやるのかと、海浪は髪の毛をガシガシかきながら、耳せんを外した。

 瑪能生の言葉が聞こえてしまうというのに、それをポケットにしまう。

 「そんな言霊大好きなお前さんに、俺の言霊を教えてやろうか」

 「?」

 いきなり何を言い出すのかと、瑪能生は首を傾げる。

 すると、海浪は軽く腕まくりをした。

 女相手だからといって、手加減する心算がないのだろうか、それともちょっと暑かっただけなのか。

 それは海浪本人にしか分からないが、瑪能生は少しだけ恐怖を感じた。

 真っ向から勝負をしても勝てないだろう、そんな威圧感が海浪から溢れているのだ。

 瑪能生は、何度も何度も言葉を発した。

 何度も何度も、言霊を述べた。

 それは海浪を溺れさせるものであったり、身体を引き千切るものであったり、息が出来ないものであったり。

 耳せんを外した海浪には確かに聞こえているはずで、瑪能生は頭に浮かんだ言葉を次々に言葉にしていく。

 しかし、それでも海浪は笑っていた。

 「お前は俺に勝てねえ」

 「!?何を言ってる・・・。私の言葉に跪き、ただ屈すれば良い」

 「俺はお前に負けねえ」

 海浪は瑪能生の目の前まで来ると、拳を顔面まで持って行った。

 思わず目を瞑った瑪能生だったが、次にきた衝撃は顔面ではなく、両腕だった。

 瑪能生が目を瞑ったタイミングで背後に回った海浪は、瑪能生の両腕を掴んで後ろで一つにまとめた。

 そして持っていた紐で強く縛ると、続いて瑪能生の口をタオルで縛った。

 「やれやれ」

 もごもごと何か言っているようだが、何を言っているかは分からない。

 そのままにして行こうとした海浪だったが、話せないようにしたにも関わらず、まだ瑪能生はモゴモゴと何か訴えようとしていたため、海浪は瑪能生のもとに歩み寄る。

 そしてその首筋をトン、と叩くと、瑪能生を気絶させた。

 「確かに、言葉ってやつは口にした方が現実味を帯びるな」

 ふう、と息を吐いた海浪のもとに、銀魔と海埜也がやってきた。

 「おう、そっちも終わったのか」

 「終わったのか、じゃねえだろ。俺だけ不完全燃焼じゃねえか」

 「なんで」

 どうやら、海浪は自分だけ思いきり戦えなかったことを不満に思っているようだ。

 銀魔にしろ海埜也にしろ、ある程度身体を動かしての戦いになったが、海浪はそうではなかった。

 一度は本気で殴ろうかとも思ったようだが、やはりそうはいかなかった。

 瑪能生が気を失っているのを見て、銀魔が「ああ」と理解したようだ。

 「お前も人の子だな。結局、女には甘かったってわけか」

 「なら、お前がこいつをブン殴りゃあ良かっただろ。自分よりも力の弱い奴相手に、本気でやれるわけねぇだろ」

 「それがお前の甘いとこだな」

 「銀魔だけには言われたくねえよ」

 男女差別をするわけではないが、やはり男女にはそれなりに力の差は出てきてしまうものであって。

 腕力の強い男が、それよりも弱い女を手加減なしに殴る、または手を出すというのは、どうも気が引けた。

 これが銀魔相手ならまた違っていたのだろうが、そうはいかない。

 これが差別だと言われても、きっと海浪は瑪能生を殴るような真似はしなかっただろう。

 「で、こいつらどうする?放っておいたらまた何かしでかすかもしれねえぞ」

 「どうするんだ?海埜也」

 「そこで俺にふりますか」

 瑪能生と造卅、この2人を追放しても良かったのだが、追放した後はどうなると言われれば、どうにもならないだろう。

 「師匠んとこにでも弟子入りさせるか?」

 「・・・そうなると、俺達の弟分ってことになるぞ」

 「・・・それはちょっとな」

 きっと頼れる人達もいないのだろうと、三人は悩んでいた。

 すると、そこへ1人の男が現れた。

 「え?」

 それは確かに、海埜也が倒したはずの邂であって、けれどそこに身体も手足も顔もあった。

 いや、邂であって邂でないのかもしれない。

 邂は三人を見たあと、倒れている瑪能生と造卅を担いだ。

 そしてそのまま姿を消そうとしたため、海埜也が一歩踏み出してみると、そこにはピン、と張られた糸があり、躓きそうになった。

 次に顔をあげたときにはもうそこに邂はおらず、気配さえ無くなっていた。

 「なるほど。傀儡になった男か。死んでも死にきれねえとは、哀れな末路だな」

 「・・・・・・」

 傀儡として生きて行くことを望んでしまった男は、その一生を己以外の意思で動くことしか出来ない。

 しばらくそこでただじっと座っていた三人だったが、海浪が立ち上がった。

 「さて、そろそろ帰るか」

 「・・・そうだな。あいつら、師匠にこてんぱんにやられてなきゃいいけどな」

 「海埜也は戻るんだろ?」

 「はい。使命がありますので」

 海浪と銀魔に向かって一礼をすると、海埜也は2人の前から消えてしまった。

 普段から飛闇や風雅と一緒にいる銀魔であっても、海埜也の動きや気配というのは、なかなか掴めないものがある。

 海埜也がいなくなってから、2人はまた、山道を歩いて行くのだった。

 「あ」

 「どうした?信」

 「なんか、海埜也が戻ってきた感じがする」

 「・・・信ってさ、普段はそういうの疎いくせに、こう言う時は鋭いんだね」

 「なんだよそれ」

 信の言うとおり、李たちも海埜也が戻ってきた感じがしていた。

 すると、ふわっと木の葉があたり一面を舞い、そこから海埜也が姿を見せた。

 信に向かって片膝をつき、頭を下げた状態でそこにいた海埜也は、ゆっくりと顔をあげるが、信の足元あたりに目線を置くくらいで止める。

 「遅くなりました。凵畄迩海埜也、只今戻りました」

 「おう!お疲れさん!」

 軽く一礼をしてまた影から信を守ろうとしたとき、信がこう言った。

 「たまには、海埜也も一緒に飯食おうよ」

 「・・・・・・」

 凰鼎夷家にいた頃にはきっと考えもしなかった、外での生活。

 海埜也の分も用意してあるのか、そこには良い具合に焼かれた魚があった。

 海埜也の席も用意してあるようで、信はそこをポンポンと叩いている。

 しかし、海埜也は目を閉じる。

 「いえ。私は信様を影からお守りするのが役目ですので」

 「そんな堅いこと・・・」

 言うなよ、と言おうとしたが、それよりも先に、海埜也は消えてしまった。

 気配が消えたところを見ると、きっと本業に戻ったのだろう。

 いつもならば、信だけでなく、李たちにだって気付かれるような気配の出し方をしない海埜也が、ここに戻ってきたときには気配を出していたということは、少なからず気を抜いていたということだろう。

 ならば、今は少しだけ休んで欲しいと、信は塩焼きを頬張るのだった。




 一方、森蘭のところまで戻って行った2人が目にしたのは、まるで昔の自分達を見ているかのように喧嘩をしている天馬と飛闇だった。

 蒼真は1人で瞑想をしているし、風雅は何やら不思議な物体を調理していた。

 喧嘩をしている2人を見て、銀魔は顎に手を当てていた。

 「飛闇が喧嘩してるとこなんて、珍しいな」

 「天馬が喧嘩してるのは珍しくないぞ」

 「お前んとこの坊ちゃんと一緒にするな。俺んとこの飛闇はな、いつも冷静なんだよ。キレることもそうそうないはずなんだけどな」

 「天馬を馬鹿にするなよ。あいつはな、どんな奴相手にだって喧嘩を吹っ掛ける天才なんだ」

 「それはいらねぇ才能だ」

 すると、そんな2人のもとに森蘭が現れた。

 「あやつはどうしたのじゃ?」

 「ああ、あいつなら・・・」

 「いるべき場所に、帰っただけだ」

 そんなことを話していると、4人が2人に気付いたようだ。

 一番先に飛びかかってきたのは勿論と言ってよいのか天馬だ。

 「師匠―――――!!!!!無事だったんだーーーー!!!!!俺、俺、師匠なら大丈夫だって信じてましたーーー!!!」

 「はいはい、分かったから離れろ」

 勢いよく海浪に抱きついた天馬だったが、その顔からは出るもの全部出ていた状態だったため、海浪は天馬の顔を両腕で必死に遠ざけていた。

 蒼真はその後軽くジョギングするくらいのスピードで近づいてきて、海浪を見て安堵の表情を見せた。

 「怪我もなさそうで」

 「ああ、お前等こそ身体は良いのか?」

 「すっかりです」

 まだ離れない天馬に、海浪は愛の鞭という名の鉄槌を喰らわす。

 それでようやく離れた天馬に、蒼真が大きめの葉っぱを渡すと、鼻水を思いきり啜っていた。

 一方、銀魔の方も、飛闇と風雅が同時に出迎えてきた。

 「銀魔さん、御無事で何よりです」

 「銀魔さん!心配したんですからね!それに、私達が修行不足だったばかりに、ご迷惑を・・・」

 傀儡ごときに操られてしまったことを謝ると、銀魔は飛闇と風雅の頭に手をポン、と置いた。

 「そう暗い顔するな。それより、俺の師匠はどうだった?」

 「「・・・すごく怖かったです」」

 「だろうな」

 ふと、ここで気付いたのだ。

 天馬と蒼真は銀魔を見て、そして飛闇と風雅は海浪を見て。

 自分の師匠と見比べたあと、驚いたように目をぱちくりとさえ、何度も何度もあっち見てこっち見てをしていた。

 「に・・・に・・・」

 「似てるーーーー!!!めっちゃ似てる!」

 「兄弟みたい・・・」

 「親戚ですか?」

 2人は確かに、見た目が似ていた。

 髪型は少し違うものの、目つきが鋭いところも、耳にピアスをしているところも、顎鬚があるところも。

 特に合わせたわけでもないのだが、なぜか似たような風貌になってしまったのだ。

 しかし、それを聞いて、2人が黙っているはずがなかった。

 「俺とこいつが似てるだぁ!?」

 「悪い冗談は止めろ。海浪と似てるなんて、最悪だ」

 「最悪はこっちだ。銀魔に似てるなんざ、猿に似てるって言われてるようなもんだ」

 「そうだな。お前は猿に似てるっていうよりも、猿そのものだもんな」

 「てめぇ、その減らず口、今日こそ引き裂いてやろうか」

 「面白いことを言うな。よし。今日こそは決着つけるようか?」

 弟子たちはゴクリと唾を飲み、自分達の師匠が勝つか負けるか。

 いよいよその勝負の時が来るのかと、海浪と銀魔の2人をじーっと見ていた。

 「「いてっ」」

 「馬鹿者」

 しかし、その空気を簡単に台無しにしたのは、誰でも無い、2人の師匠だった。

 ご自慢の杖で、海浪と銀魔を交互にポンポンとまるで木魚のように叩いて行く。

 その杖を掴もうとした海浪だったが、森蘭はひょいっと杖を持ちあげると、空振りして杖を掴み損ねた海浪の頭をまた叩く。

 「何をしておるか。まったく情けない」

 「ジジイには関係ねぇだろ。これは俺と銀魔の問題だ」

 「そうだな。これは俺達2人の問題であって、師匠は他言無用だ」

 「口ばかり達者になりおって」

 好き勝手、目の前に自分達の師匠がいるというのに、感謝の“か”の字も知らないような言い草である。

 やれやれとため息を吐いた森蘭は、杖で海浪と銀魔、2人の膝裏を叩いて強引に座らせようとすると、何度もやられているから学習しているのか、2人は片膝だけをついたような姿勢になった。

 何か言おうとした2人だったが、その前に森蘭が2人の前に立つ。

 「前にも言うたじゃろう。過去の栄光に縋るなど愚の骨頂。次の時代にはまた新たな強さが芽生え、それらがまた新たな強さを生む」

 「「・・・・・・」」

 「形なき正義に意味はなくとも、形なき強さには何かしらの意味がある。優しさも大事じゃが、それだけでは何も守れん。そう教えたからこそ、お前たちは何よりも強さを求めてきたはずじゃ」

 叱られているのか諭されているのか、どちらかというと諭されているのだろうか、2人はすっかり静かになってしまった。

 そして勝負はお預けにしようとしたその時、森蘭はこう続けた。

 「これ以上喧嘩をするというなら、お前達の昔のことをここで弟子たちに教えてやってもよいのじゃぞ」

 「なんだよ昔のことって」

 「例えば海浪。お前はしょっちゅうおね・・」

 「だー!!!!うるせえな!!!言うんじゃぇねえよ!!!!」

 慌てて森蘭の口を塞ごうとしている海浪を見て笑っていた銀魔だったが、そんな銀魔も慌てることになる。

 「銀魔、お前はワシの元に来たばかりの頃、よく迷・・・」

 「海浪!俺達、師匠の厳しい特訓にもよく耐えてきたよな!!!!」

 「本当だな!!」

 大声を出して森蘭の言葉をかきけすと、森蘭は楽しそうに笑っていた。

 何やら色々と疲れた様子の海浪と銀魔は、森蘭に御礼を言って、それぞれ去って行くことにした。

 「帰るぞ、お前等」

 海浪が、まだ楽しそうに走り回っている天馬の首根っこを掴む。

「帰って小屋も直さねえといけねぇし。やることは山積みだ」

 「師匠、俺もう少しここで修業したいです!」

 はい!となぜか挙手をしてそう述べた天馬に、森蘭はこう言った。

 「焦るな。お前はまだ若い。海浪のもとでしっかりと修行をすれば、今よりもずっと強くなれるじゃろう」

 「・・・わかった!!!ありがと!爺さん大師匠!!!」

 手を大きくブンブンと振っている天馬の横で、蒼真は軽く一礼をしていた。

 海浪は何かを言う事もなく、ただ少しだけ森蘭を見ると、ふいっと顔を背けてしまった。

 そして数歩進んだところで、片手を軽くあげて一度だけ動かした。

 「ほっほっほ。相変わらず不器用な男じゃ。のう、銀魔?」

 「・・・不器用なんだか器用なんだか」

 飛闇は岩の上や木の上を移動して、辺りに何かいないかを確認すると、ひょいっと下りてきて荷物を持った。

 「じゃあ、俺達も行くよ。せいぜい、長生きするんだな」

 「生意気言いおって」

 「お世話になりました」

 風雅がにっこりと笑いながらそう言うと、飛闇も深深とお辞儀をした。

 そして海浪たちが去ってから少しして銀魔たちも去って行くと、森蘭はまた、静かなその空間で1人目を瞑るのだった。




 「師匠!あいつらすごいですよ!!忍者ですって忍者!!ニンニン言うのかと思ったら、言わないんですって!!」

 「天馬、ずっとこの調子なんです。あの飛闇とかいう男にずっと聞いてるんです。忍者だからシュタタタって走るのかとか、口に巻物咥えるのかとか、黄門様を追いかけるのかとか。俺恥ずかしくて仕方なかったです」

 「なんかごめんな」

 天馬は楽しかったようで、しまいには自分も忍者になるなんて言いだしてしまった。

 多分天馬の性格から言うとそれは難しいだろうと思った海浪と蒼真だが、天馬があまりに顔を輝かせて言うため、頑張れとしか言えなかった。

 その頃、銀魔たちも同じような会話をしていた。

 「どうだった?向こうの弟子は」

 「・・・あの天馬といかいう男は、ちょっと厄介な性格かもしれませんね。蒼真という男も、剣の腕はたちますし、天馬の行動なども冷静に見て把握していますから、あの2人のコンビネーションは良いかもしれません」

 「元気な子だったわね」

 「それより銀魔さん」

 「なんだ?」

 ふと、普段は自分からあまり話かけてこない飛闇が、珍しく銀魔に声をかけてきた。

 「・・・いえ、なんでもないです」

 「なんだよ」

 本当に海浪と似ている、と言おうとした飛闇だったが、それを言ったらきっと銀魔の機嫌が悪くなるかもしれないと、口を紡ぐのだった。

 「そういや、お前等何背負ってんだ?」

 森蘭のもとを出たときから背負っているものに、銀魔は首を傾げた。

 荷物という荷物なんて持って行ってなかったような気がするのだが。

 すると、風雅はにこりと笑って背負っていたリュックを前に持ってきて、上を少しだけ開けて中を見せた。

 「見てください!あの周辺って、きのことかハーブとか採れたから、それを貰ってきました!」

 「じゃあ、飛闇の方にも入ってるのか?」

 「・・・俺のは」

 そう言うと、風雅とは違い、袋に紐が通してあるだけの簡単なのを肩からおろしてそれを広げると、そこには予想以上のものが入っていた。

 「こちらには獣の肉・・・」

 「ああわかった。しまってくれ」

 だから何か臭う気がしたのかと、銀魔はやっと納得した。

 そんな臭いをつけていたら、忍びとしての仕事が出来ないのではと思ったが、風雅が持ってきた何かのハーブですぐに臭いが取れるそうだ。

 「じゃあ、寝床はなくても飯はあるってわけだな」

 ふと、海浪の弟子たちも何か荷物を持っていたことを思い出した。

 「あいつらも何か持っていったのか?」

 「ええ。何しろ、最初に見つけたのは天馬ですから」

 「さすがだな。野生の血は海浪から受け継いだか?」

 風雅の話によると、師匠たちが帰ってくるのを待っている間、それぞれ好きなように過ごしていた。

 風雅や飛闇は修行をしていて、蒼真も修行や瞑想をしていたのだが、ただ1人、森を駆け回っている男、天馬がいた。

 天馬はあちこちから食べられるものを見つけてきては、持って帰ってきていた。

 毒かもしれないと怪しんでいた風雅を他所に、天馬はそれは毒じゃない、これは毒だと、言い切っていた。

 それは本当に当たっていて、どうして知っているのかと聞けば、なんとなくと答えられただけだった。

 「だから、おこぼれみたいなもんなんですけどね」

 「・・・・・」

 「銀魔さん、どうかしましたか?」

 「・・・いや何。昔、海浪が持ってきたきのこを見て、俺が喰えるか分からないもんを拾ってくるなって言ったら、『これは喰えるやつだ』ってはっきり言ってたのを思い出しただけだ。野生の勘ってやつァ、すごいな」

 「っくしょい!!」

 「師匠、風邪ですか?」

 「・・いや、違うな。誰かが俺のこと何か言いやがったんだ」

 急にくしゃみをした海浪は、鼻を手の甲で啜る。

 「師匠―!!!これ!これ美味そうですよ!採っていいですか!?」

 「ああ、好きにしろ」




 森蘭は1人、白く長い顎鬚を摩りながら笑っていた。

 「ほっほっほ。師匠が師匠なら、弟子も弟子じゃのう・・・」



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