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8、のどかな村に響く音

 辺りは岩のみ、殺風景な荒野を歩く者が二人。

 

 一人は少年、グレイ・ソイル。

 家族と鉱山の近くに住んでいたが、ある目的のために旅に出た。

 

 もう一人は少女、マリン・ネイビー。

 新人冒険者で、彼女もまたグレイと目的を同じとする仲間だ。


 彼らの目指す先はウード村。

 小さな村だが、平和で人も多い。

 フォルレイトを目指す上で、最も安全なルート上にあるのも目指す要因だった。


「あっ!」


 マリンが急に大声を上げ、立ち止まる。

 グレイもそれに驚き、歩みを止めた。


「そう言えば私、グレイのお父様にご挨拶をしてなかったわ……。どうしよう……」


 彼女はグレイの亡き父ランドの墓に、息子を連れ出す報告をしていない事を悔やむような表情を見せる。


 それに対し、グレイは特に気にしていないようだ。


「僕がちゃんと報告したから大丈夫だよ」


「でも……」


「いいよいいよ。父さんはそんな心の狭い人じゃない。それに、いつか帰るんだ。その時に挨拶をすればいいと思う」


「そう言ってくれると、ありがたいわ……」


 マリンは普段の明るい笑顔を取り戻す。

 そんな彼女を見て、グレイも少し微笑んだ。


「そろそろ休憩しようか。ちょうどお昼頃だし」


 マリンはその意見に賛成し、リュックを降ろして岩に座る。

 降ろしたリュックをゴソゴソと漁り、中から二人分のパンとジャムを取り出す。


 その片方をマリンに渡し、グレイは自分の分にジャムを塗り始めた。


「へへっ、一人で来たときは焦ってて、殺風景なところだなぁとしか思わなかったけど、二人だとなんだか風情があるというか……、悪くなくない?」


「うーん、僕は見慣れてるから……。嫌いではないけど……」 


 意見は噛み合わなかったが、「二人だと」の部分はグレイも同意する。


 その後、二人は黙々と食べすすめた。

 リュックから飲み水の入った瓶を取り出したグレイは素朴な疑問を述べる。


「そういえば、水魔法って飲めるの?」


「飲めるって話よ。ただ、威力が強すぎると内蔵がやられそうだな、っていつも思うけど。あ、やってみたいって顔してる?」


 表情から感情を読み取ったような口ぶりのマリンだが、ただの提案である。


「いや、いい」


 シンプルな回答をした後、二人はごくごくと瓶の水を飲み、立ち上がる。

 そして、再び荷物を背負い、服を正す。


 二人の視線の先には、微かに木が見え始めている。

 それをじっと見据え、彼らは再び歩き出した。




 ▲ ▲





「よぉーし! 着いたわ! ウード村よ、グレイ!」


「ふー、久しぶりだなぁ」


 村の入り口には『ウード村へようこそ』と書かれたアーチが建てられている。

 そのアーチを潜り、二人は村に足を踏み入れた。


 村は木組みの家が立ち並び、質素ながらも落ち着いた雰囲気がある所だ。

 

 比較的魔物が弱いといわれるグゥリン島の中でも、このエリアは特に弱い。

 フォルレイトや他の大きな街で暮らしていた者が、老後や療養時に過ごす事もある程だ。


 ギルドへ依頼の受注や報告を行う事が出来る建物『ギルドスペース』は無いものの、街の方に定期的に討伐の依頼をだし、魔物を近寄らせないようにしている。


 そのうえ、村の者の中には元冒険者もおり、有事の際には戦う準備もできていた。

 と、言っても今までそのような事態に陥ったことはない。


「で、なにをしようか」


 村の中心部まで来たとき、グレイが訪ねる。


「とりあえず宿に置きっぱなしの荷物を回収して……、どうする? そのままフォルレイトまで行く? 今からなら、夜には着くと思うけど」


「うーん、どうしようかな……。マリンは疲れてない?」


「少し休憩を入れたいけど。まあ、とりあえず宿に置いてきた荷物を取ってくるから。その辺ぶらぶらしながら考えといて」


 マリンはそういうと、村の中心部の一角にある宿屋へ、ドタドタと駆け込んでいった。

 一人残されたグレイは言われた通り、そのへんをぶらぶらと散歩し始める。


 村には最低限の施設が揃っている。

 野菜や肉を売っている店、宿屋、小さな診療所、食堂などなど。


 旅に役立ちそうな武器や防具は見つからない。

 この村で、武器が必要なることは少ないからだ。


(やっぱり、早くフォルレイトに行ったほうがいいかな……)


 穏やかな村のベンチに腰掛け、グレイはぼーっとしていた。

 すると――。


「おおっ! グレイじゃあないか!? 久しぶりだなぁ!」


「あっ、アントムさん! お久しぶりです」


 グレイに話しかけてきた中年の男性――アントムはグレイの父の知り合いである。

 ウード村に住んでいて、何かとソイル家のことを気にかけてくれる人物だ。


「なんだ? 何か足りないものでも、買いに来たか?」


「いや……、あのっ、騎士試験を受けるためにフォルレイトを目指してるところです……」


 自分の問いに対する意外な回答に、アントムは目を丸くする。

 

 グレイはこの時、叱られるのではないかと思った。

 家族を放り出して、旅に出る自分を。


 しかし、それは杞憂だった。


「おおっ! そいつはすげぇ!! えっと、試験って何をするんだっけか?」


「おーい、荷物とってきたよ! あら、その人は……」


 アントムがうーんと頭をひねり出した時、マリンが荷物を背負って戻ってきた。

 いきなり寄ってきた少女に驚き、アントムの思考は中断される。


「お、俺はこの村に住んでるアントムってもんだ。グレイの父さんと知り合いでな。えっと……、お嬢さんはどこかで……」


 マリンの顔を、まじまじと見つめるアントム。

 見つめられている本人は、まんざらでもない顔をしている。


 しばしのそのままの状態が続いたと思うと、アントムはいきなり大声をあげた。


「ああっ! あんたっ、魔物を取り逃がしてた嬢ちゃんかい!? その様子だと、無事に仕留められたみてぇだな!」


「あ、あの時のおじさん! いやぁ~、その件はお世話になりました」


 魔物を取り逃がしたマリンに、鉱山のソイル一家の事を教えたのは、アントムだった。

 ある意味、彼はグレイを冒険に導いた存在と言える。


「という事は、嬢ちゃんとグレイはパーティーなのかい? そりゃビックリだ! 何かいる物はあるかい? 少しならおごってやるぞ!」


「わぁ! おじさんありがとう!」


 グレイは、目の前で繰り広げられる大声の応酬に、安心を感じていた。

 家族だけの鉱山では、なかなかお目にかかれない状況だ。


 三人はその後、おしゃべりをしながら、最低限の食料を買って回った。

 

 何日もかかるような、長い道のりではないが、途中で戦闘の可能性もある。

 買うものはそれなりに真剣に選ばれた。




 ▲ ▲




「もう行っちまうのかい? 一日ぐらい止まっていけばいいのに……」


「いやー、思い立ったが吉日といいますし、お気持ちだけ受け取っておきます」


「それに、依頼でまたここに来るかもしれないですから」


 若き冒険者達の言葉に、アントムは渋々うなずいた。

 

 マリンとグレイは感謝の言葉を述べ、ウード村を後にしようとする。

 その時であった。


「ヒヒーーーーンッ!」


 突如、何かの鳴き声が三人の頭に響く。

 この鳴き声は馬、と判断する前に、三人の近くの森の中から暴れ馬が飛び出してきた。


「暴れ馬だぁ!」


 マリンが叫び、村の方に引き返そうとする。

 グレイもそれに(なら)おうとしたが、逃げないアントムを見て、その場に踏みとどまった。


 暴れ馬には馬具が取り付けられており、野生ではないことがわかる。

 

 アントムは向かってきた馬の手綱を上手く掴み、馬を落ち着かせようと(こころ)みる。

 しばらくはそれを振り切ろうとしていた馬も、徐々に落ち着き、数分後には大人しくなった。


 そばに突っ立っていたグレイとマリンは、アントムの手腕に感嘆の声を上げた。


「アントムさんすごい!」


「おじさんカッコいい!」


「へへっ、まあこんなもんよ。それにしても誰の馬だぁ?」


 馬具には名前などは書いていない。

 三人が途方に暮れていた時、上の方から声が降ってきた。


「あのー、その馬ならきっと、そこの女の子と同じ時期に来た冒険者のものだよ」


 声の主は、フォルレイト側のアーチの近くに住んでいる女性だった。

 家の二階のベランダから、声をかけてきたのだ。


「その馬、模様が特徴的だから良く覚えてるのよ。飼い主のお兄さんと一緒に、コイグ森に入っていったのも見たわ」


「その冒険者が、帰ってきたところは見ましたかぁー!」


「いや見てないよ、ずっと森の入り口を見ちゃいないから、ハッキリとは言えないけど……」


 マリンは腕を組んで、グレイに問いかける。


「どう思うグレイ? 私みたいに、遠くまで魔物を追いかけて、帰ってこれなくなったんじゃ……」


「この馬は人に慣れてるし、飼い主に見捨てられて、ここに来たわけじゃなさそうだ。森の中で何かあって、はぐれたのかも」


 この時点で、二人の意見は一致していた。

 そして、次の行動も。


「おいおいお二人さん。つまり……、どういうことだ?」


「冒険者が森の中で、助けを待っているかもしれないんです」


 アントムの問いに、グレイは簡潔に答える。

 マリンもその回答に頷く。


「助けに行くのか? コイグ森には魔物がいるぞ、俺も行こうか?」


「いえ、二人で大丈夫です。もし、僕達も帰ってこなかったら、その時はフォルレイトのギルドに救助を依頼してください」


 冒険者二人は、その場で装備を確認し始めた。

 買った食料の一部とキズ薬を持ち、残りはアントムに預ける。


 最後に武器を確認する。

 グレイは『クレーアート』、マリンは『ミカゲ』を。


 確認作業が終わると、二人は馬が出てきた木々の間の前に立った。


「あんまり無茶すんなよ! 正式な依頼じゃないんだ。失敗しても誰も責めやしない。あくまでも、自分の命を優先だ!」


「ありがとうございます。アントムさん」


 そもそも、助けを求めている者がいるとは限らない。

 報酬も期待できない。


 それでも、二人は何かを感じている。


「いこう! マリン」


「ええ!」


 その言葉と共に、グレイとマリンはコイグ森に足を踏み入れた。

7月10日 本文始めにグレイの父ランドに関する会話を追加。

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