7、旅立ちのアース鉱山
「うーん、良く寝たぁ」
窓から夕陽が射しこむグレイの部屋で、マリンは目を覚ました。
「どこでもぐっすりと眠れるってのも冒険者に必要な力よねぇ~」
彼女はあくびをし、伸びをする。
そして、ベッドから降りグレイを探す。
部屋の中には本や新聞の詰まった本棚、彼女自身が寝ていたベッド。
それ以外に特に目立つものがないシンプルな内装だ。
(ここは……グレイの部屋? 意外と本とか読むのねぇ)
マリンは部屋に目当ての人物がいないことを確認し、部屋から出る。
先ほど茶を飲んでいたリビングには、リートの姿があった。
「あの、グレイくん知りませんか?」
「あの子ならまた鉱山に行ったよ。あんまり遅くならないように言ってきてくれない?」
リートの言葉にマリンは多少驚きを見せたが、すぐに答える。
「了解です! 行ってまいります」
装備をしっかりチェックし、マリンは家を飛び出す。
(もしかして、一人で訓練してるのかな? 熱心ね!)
歩きながらそんなことを考えるマリン。
その顔はどこか嬉しそうだった。
▲ ▲
マリンが鉱山にたどり着いた時、グレイは手押し車に多くの鉱石を積み込んでいた。
「うわぁ、すごい数。よくこんなに掘り起こせたわね」
「あ、マリン。こいつの機能のおかげでね。S級道具の本領発揮ってところかな?」
グレイはピッケルを掲げる。
これから自らを導く希望の道具を。
それは夕陽を浴び、燃える様に赤く輝いていた。
「機能の確認の意味もあったけど、ここを離れる前に、出来るだけ掘っておきたかったんだ」
「ふふっ、そんなの見せられちゃ……。私も見せないといけないわね、魔法を」
不敵な笑みを浮かべ、腰に差した扇子を取り出すマリン。
そして、今朝グレイが仕留めた魔物に寄っていく。
魔物を貫いた岩はグレイがすでに砕いており、その死体は平地に置かれていた。
少女は扇子を大きく振り上げ、叫ぶ。
「【水刃】!」
勢いよく振り下ろした扇子から、水の刃が飛び出す。
その刃は『腕巨魔』の角を二本とも切り落とした。
凄まじい威力を目の当たりにし、グレイは驚愕の表情を見せる。
「す、すごい……。あんなに頑丈だったのに……」
「まあ、命を失って『魔法輝』が無くなったからなんだけどね」
魔法輝――。
それは、体を頑丈にしたり、魔力や自然治癒力を高めたりするものである。
魔物の多くが持っている力だが、人間には存在しなかった。
以前までは。
魔物研究の成果が実り、人間でも輝を発動できるようになった。
方法は輝く飴のようなものを飲むだけ、一生で一度、一つでいい。
国は詳しい製造方法を明かしていない。
推測では魔鉱石のように、魔力を固形化しているのだろう、と言われている。
「よっと。この角も何かの素材になるし、ギルドに渡せばお金がもらえるわ」
マリンは屈んで角を拾い、傍らに佇むグレイに見せつけた。
その後、角を手渡し、再び扇子を構える。
「パーティーメンバーには出来ることは教えとかないとね。私の主力魔法、見せてあげるわ」
マリンの構えは先ほどと違う。
手を伸ばし、閉じた扇子の先を的である岩に向ける。
狙いをつけ、彼女は再び叫ぶ。
「【水流撃】!」
その瞬間、扇の先端から凄まじい勢いの水柱が飛び出す。
水柱は的の岩に直撃し、表面をガリガリと削ってゆき、数秒で貫通した。
そして、岩だけに飽き足らず、背後の岩壁まで削り始める。
マリンはそこで水柱を止め、扇子を腰に差しなおした。
「ふーっ! 疲れるわ。今のが私のとっておき、【水流撃】よ。もうちょっと道具の級が上がれば、制御もしやすくなって、より細く鋭い水が操れるはずなんだけどねー」
グレイの方を向き、得意げに解説をするマリン。
初めての仲間の手前、語りにも熱が入る。
「でも、私は接近戦が苦手なの。ブラストも敵に数秒当て続ける必要があるし、近づかれ過ぎるとちょっとね。扇子も脆いし、だから……」
「僕が前に出ればいいわけだね」
暴走しそうなマリンを静止するかのように、グレイは口を挟んだ。
話自体は彼もしっかりと理解している。
そのことを示すように、話の内容を要約し、相手に伝えた。
「僕がピッケルの力で敵を封じ、マリンが仕留める。これが僕達の基本戦闘スタイルって事にしよう」
その言葉にマリンは大きくうなずく。
「やっぱり戦闘は基本よ。これから先、幾度となく戦いがあると思うし」
「そ、そんなに戦いばっかなの?」
戸惑うグレイに背を向け、マリンは腕を組む。
鉱山をじっくりと眺め、十分にためを作った後、口を開いた。
「人生の……んふっ、冒険者の先輩から言わせてもらうと、大変な仕事ほど評価も高いからね。これから一年で五個のバッジを取り切るとなると、強敵との戦闘は避けられないわ」
途中、カッコのつけすぎで思わず吹き出しているが、彼女の言葉は真実だ。
グレイはゴクリと生唾を飲み込む。
「まあまあ、そこらへんはグレイをギルドに登録してから話そうと思うの。あんまり、先の事ばっか考えても良い事ないし。今日はもう休もう? ね?」
そう言ってマリンは歩き出そうとした。
が、ハッと体をビクつかせると、魔物の亡骸の方へ向き直り、腰のベルトから棒の様なものを抜く。
「これは燃やしとかないとね。【火種】!」
棒の先から小さな炎が飛び出し、魔物の死体にくっつく。
それは少しずつ広がり、やがて全身を負い尽くした。
「これは『ファイアスティック』よ。C級道具だから名前もまんま」
「マリンは二つの属性が扱えるの!?」
「いやー、これが限界かな」
基本、人にはどの属性の素質も備わっている。
しかし、その中で戦闘に使える程のものは一つと言われていた。
一応、級の良い道具を使えば多少は素質の底上げが可能だ。
「んまっ、C級で効果が発揮できる分、優秀なんだよ?」
そう言うとマリンはグレイに近寄り、彼が押していた手押し車を奪い取って押し始める。
佇むグレイは、しばしの別れを告げる様に、夕陽に染まる鉱山を見渡した。
そして、両手を腰に当て胸を張る。
(きっと、戻ってこれる。それまで少しだけお別れだ)
彼は感傷に浸る自分に、少し恥じらいを感じる。
それを振り切る様に、勢いよく振り返ると、先に行ったはずのマリンを走って追った。
が、彼女はほんの少し先で、手押し車のバランスを取るのに悪戦苦闘している。
二人はぶつかり、手押し車の中の鉱石を辺りにぶちまける事となった。
▲ ▲
翌朝――。
グレイはいつもより少し寝坊した。
ウード村に向かうのは昼前の予定だ。
いつも通り外に出て、ストレッチを行うグレイの傍に、マリンが寄ってくる。
「おはよ~。早起きね。私はまだねむ……」
「おはよう、体を動かせば目も覚めるよ」
マリンはふらふらとしながらも、グレイに合わせて体を動かす。
ストレッチを終えるころには、彼女の目も覚めていた。
「さあ、いよいよね! いよいよって言っても、出会って二日目だけど」
「まあ、やると決めたら、すぐ動いた方がいいからね。期限があるから特に」
二人は年が近いからか、それとも偶然相性が良いからか、打ち解けるのも早い。
昨日も夕飯の時や寝る前に会話を交わしていた。
グレイは家族の事を主に話したが、マリンは身の上をあまり語らなかった。
ただ、グゥリン島出身ではないとの事だ。
彼女は代わりにこれから向かうフォルレイトのことを語った。
自然と生き物が多く、今は新人冒険者も多い、活気のある街。
しかし、グレイが気になったのは街の事ではない。
街のことを語るマリンの表情に、少し不安の色が見えた事だ。
その理由をを少年は尋ねなかった。
パーティーとはいえ、出会って二日の女性に深い詮索をしたくなかったのだ。
「マリン、何かあったら相談して。今は無理でもそのうち」
朝になり気分も明るいグレイは、それとなく気にしていることを伝える。
「……もちろん、そうさせてもらうわ。あなたなら、きっと」
朝食を食べながら、マリンは笑顔でそう答えた。
▲ ▲
朝食を終えた二人は準備に入っていた。
グレイの服装は作業の時とは違い、長ズボン、シャツ、上着などを着用している。
腰のベルトにはピッケルホルダーがあり、そこに『クレーアート』を収納。
リュックの中にはお金、薬、少量の食べ物など、最低限の物が入っている。
必要な物は街と村で揃える算段だ。
マリンに準備するものは無い。
道具以外の物は、ウード村の宿に置いてきてしまったからだ。
準備が完了すると、二人は家の外へ出る。
見送りの為、グレイの家族も出てきた。
「門は運送騎士の人か、僕たちが雇ったと証明できる物を持った人以外には、開けちゃだめだよ。開けるのも街の方向にある東門だけだ」
門を開けながら、グレイはもろもろの注意を家族に伝える。
その作業も終わり、彼は家族にしばしの別れを告げた。
「みんな、行ってきます。必ず戻って来るよ。ハイロ、ミリィ、頼んだぞ」
「行ってらっしゃいグレイ」
「任せとけよ、兄ちゃん!」
「いってらっしゃーい!」
ソイル一家が、別れのあいさつを済ませた後、マリンが口を開く。
「むっ、息子さんは、せせ、責任をもってお預かりします!」
「そんな硬くならなくていいのよ、マリン。あなたも無事、帰ってきてね。グレイがあなたを守るわ」
リートの言葉に、マリンは黙って頷く。
そして、二人の冒険者は門の外へ出る。
グレイは歩いては鉱山の方を振り返り、手を振っていたが、そのうち家族の影は地平線に消えた。
そのうち、彼らは前だけを向いて歩き出した。