4、冒険者の少女マリン
「これ……、どこで手に入れたの? これって……、アレだよね……?」
「そこの坑道の奥に埋まってたんです。あのー、これに見覚えでも?」
マリンは手を離し、大きく深呼吸をした。
グレイは黙って相手の出方を見る。
しばらく彼女は深呼吸を続け、数秒後、再び話し始めた。
「私、試験を受けることを目標に冒険者をやってるの。あっ、試験の話を聞いてから始めたわけじゃないよ。一かげ……、三か月ぐらい前から……、かな」
「試験って、新騎士試験のことですか? 条件厳しいのに、すごいですね! チームはもう組んでるんですか? 確か……、よ、五人必要でしたよね? それにS級つ……!?」
突然、グレイの口を手で塞ぐマリン。
その顔には少々焦りが見える。
「まあまあ、その話は置いといて。とりあえず家に戻ろうよ。ご家族が心配してると思うの。弟君に私が来たことは伝えてあるけどね」
「あっ、ハイロと会ったんでしたね。様子はどうでした?」
「うん、上手に馬に乗っててびっくりした。若い男の子と老いた馬の組み合わせがとてもロマンチックね」
「あー、そういう様子じゃなくて……。しゃべり方とかどうでした?」
「んんっ? 慌てた様子で『助けて!』って言ってきたから、私は『任せなさい!』って言ってあげたわ。アイツぐらいなら私一人で十分だから。ま、逃がしたんだけどね……」
偶然とはいえ、ハイロはその役目を立派に果たしていた。
彼の目にもマリンは冒険者に見えたのだろう。
魔物は彼女から逃げ出していた。
ということは確かに実力は十分なのだろうが、グレイは不安を覚える。
(ちょっとこの人……。不思議な人だなぁ。装備や立ち振る舞いは強そうなんだけど……。どこか、天然なのかな)
しかし、そのことをここで指摘しても意味はないと、彼は考えた。
まだ出会って数分、彼女には彼女なりの事情があるのだろうと。
そして、何より家族の事が気になった。
「みんな無事だったし、今回のことはもういいです。家族に無事を報告したいので、家に戻りましょう」
「そうね。まずはご家族に無事を伝えないとね。歩きながら話しましょう!」
二人は並んで歩きながら、会話を交わす。
グレイが一番気になった事は、やはり戦闘についてであった。
あの魔物を追い詰める、その方法が気になったのだ。
「にしてもあの……、『腕巨魔』でしたっけ? あいつを追い詰めるってすごいですね」
「アイツは魔法に弱いからねー。それに動きも直線的だし、慣れれば問題ないわ」
「やっぱり魔法道具を扱えるんですね」
「そりゃあ、冒険者だからね。必須条件みたいなもんよ」
そう言うとマリンは、腰に差していた大き目の扇子を抜いた。
それを開き、顔の前に持ってくると彼女の顔はすっぽりと隠れる。
地紙にはマリンの防具と同じく滴の模様が描かれていた。
「これが私の道具。名前は『ミカゲ』。水属性のB級武器よ。使い勝手はかなりいいけど、接近戦には向かないわ」
「僕のは……、『クレーアート』。えっと、あれ? なんでこれの名前と機能がわかったんだろう?」
「それはね……、きっとこのピッケルがS級武器だからよ!」
「えっ!」
グレイは驚いてマリンを見つめる。
彼女の目は爛々と輝いていた。
「あそこの岩もこのピッケルがやったんでしょ? きっと、S級武器よ! あんな事、市販の道具じゃ不可能だし!」
「そう……、なのか……」
「まっ、いろいろ話したいこともあるわ。あのー、後で家に上げてもらえると嬉しいんだけど……。も、もちろん嫌なら外でいいわ」
「僕も聞きたいことがありますし、どうぞ来てください。初めてのお客さんだから、弟たちがうるさいかもしれませんが」
気づけば二人は避難所の近くまでたどり着いていた。
避難所もところどころガタがきているものの、住居よりはまだ頑丈で、安全な場所と言える。
グレイは閉ざされた扉の前で、中の家族に呼びかける。
「おーい! もう大丈夫だ! 出てきていいよ!」
呼びかげてすぐに扉が開け放たれ、中からハイロとミリィが飛び出してきた。
「お兄ちゃん大丈夫だった!? 怪我してない!?」
「ちょっとだけ。全然平気だよ」
「えっと……、お姉さんありがとう。兄貴を助けてくれて」
「いやー、私何もしてないよ。謙遜とかじゃなくて本当に何も」
騒ぐ弟妹たちの後ろから、血相を変えたリートがおぼつかない足取りでやってきてグレイを抱きしめた。
「グレイ……、よかった……。母さんなにも出来なくて……」
「か、母さん! 大丈夫だから! ほら、砂で服が汚れるって!」
今にも泣きだしそうなリートを体から離し、体付いた服を払うグレイ。
リートは傍に立っているマリンにも話しかけた。
「息子を助けていただき、ありがとうございます……」
「いや、本当に私は……」
マリンは困ったように視線を泳がせる。
「母さん、その話は後にして。マリンさん、門を閉めるのを手伝ってくれるかい? 錆びついてて動かしにくいんだ。しかも四方に四つある。めんどくさいけど、こういう事もあるからね」
「もちろん、手伝わせてもらうわ」
グレイとマリンは避難所を離れ、門へ向かった。
二人で四苦八苦しながら、錆びた鉄門を四つとも閉め切る。
これでひとまず、住宅街の安全は確保された。
「ふー! これにて一件落着……、かな」
大きく息を吐き、グレイは言った。
自宅にはすでに家族が戻ってきている。
マリンを連れ、彼は自宅の戸を開いた。
「ただいま。ちゃんと門は閉めてきた。一回整備しないと、今度は開かなくなりそうだったよ」
「お邪魔します」
「おかえり。二人ともそこに座って」
帰ってきた二人は言われた通り、リビングの椅子に座った。
すると、リートがコップに入った茶を二人の前に置く。
二人はそれを見て、喉が渇いている事に気づき、コップを掴むとそれを一気に飲み干した。
「ぷはぁ! あー、おいしい!」
コップを机に戻し、マリンは腕を組んだ。
「……じゃあ、何から話そうかな」
チラリとグレイを見た後、彼女はそう呟いた。