3、金色のピッケル
「グオオオオオオオオオオオオオ!!!」
魔物の大きな咆哮が坑道内にこだまする。
グレイはピッケルを一層強く握りしめた。
魔物はその大きな腕を胸の前でクロスさせると、グレイに向けて突進する。
狭い坑道の中では、このタックルを避けようがない。
それに対し、少年は冷静にピッケルを振り上げ、地面にたたきつけた。
「【昇り岩】!」
叫びと共に金色のひびが地面を走る。
そのひびが丁度、魔物の下に来た瞬間、地面から岩が突き出た。
突き出た岩は魔物の腕のガードと胴体の間にうまく入り込み、顎をアッパーのように打ち上げる。
「ウグォ……!」
脳へ強い衝撃を受け、魔物はよろめき、仰向けに倒れこんだ。
倒れこむ際のズシンッという大きな音を聞き、グレイは我に返る。
「はっ! い、今だ!」
先ほどまでの冷静さが嘘のように、グレイは慌てる。
彼は魔物が起き上がる前に、魔物の体と坑道の壁のわずかな隙間を抜け、坑道から出ようとした。
出てしまえば、入り口を先ほどの能力で塞ぎ、救援を待てばいいだけだ。
しかし、その考えも甘かった。
グレイは狭い坑道から抜け出しすことに成功。
入り口を塞ぐことも可能だった。
しかし、入り口を塞いだ岩は、起き上がった魔物のタックルに易々と突破されてしまった。
「くっ……。そう簡単にはいかないか……。でも、今はこれがある!」
魔物は再び岩を投げつけはじめる。
「【昇り岩】!」
グレイは再び岩を隆起させ、壁を作る。
ピッケルの能力によって隆起させられた岩は、魔力を纏っている分、通常の岩より強度が高い。
そのため、魔物が投げた岩を受けても砕け散る事はない。
岩の陰から魔物の位置をチラリと確認すると、グレイは再びピッケルから地面にひびを走らせ、魔物を狙う。
しかし、戦いにおいて魔物は馬鹿ではない。
ひびの進行方向を確認し、横へ避ける。
「ならばこれでぇ! どうだぁ!」
グレイはピッケルに力と精神を集中させる。
そして、一際大きくそれを振り上げ、地面に振り下ろした。
「【囲い岩】!」
その瞬間、魔物の周りを囲むように金色のひびが入り、そこから複数の岩が突き出す。
しかし、その岩の高さは魔物の膝ほどまでで、とても閉じ込めたとは言えない。
グレイの作戦は失敗したかに思われた。
「良かった……。高さ調整ぐらいは出来るみたいだ。たくさん出すと疲れるけど……」
グレイの言葉を魔物が理解することはない。
魔物は岩の囲いを飛び越え、咆哮を上げる。
そして、空中で巨大な腕を振り上げ、着地点にいるグレイを狙う。
重力の加わった一撃を食らえば、彼は無事では済まないだろう。
しかし、彼の顔にもう絶望はない。
「あの位の岩なら飛び越えられるのか……。良かった」
グレイは再びピッケルを力強く、地面に突き立てた。
「【鋭い岩】!!」
叫びと共に、魔物の着地点に岩が飛び出る。
その岩は今までの物よりも細く、鋭く、そして長い。
勢いよく飛び出た岩は、空中で体の制御が効かない魔物の胴体を貫いた。
「グギャアアアアアアアアアアアアア!!!」
魔物は凄まじい断末魔の悲鳴を上げる。
しかし、その大声も今のグレイには届かない。
彼の脚は震え、立っている事もやっとであった。
(魔力を……、使い過ぎた……、のか……? 倒せたのか……、確認……、しないと……)
敵の生死確認は基本、とゲイルも言っていた。
グレイはその言葉に従い、確認を行おうとしたが、それは叶わない。
崩れる様に地面に倒れ伏し、そのままグレイは意識を失った。
▲
バシャッ! バシャッ!
グレイは自らの顔に冷たいものをかけられた事で、意識を取り戻した。
ムクリと上半身を起こし、あたりを見回す。
「あ! 良かった! 生きてたのね! ほんと良かった……」
グレイに水をかけていたのは少女だった。
ポニーテールに青を基調とした服装。
金属製の胸当てとショートパンツ周りの腰布には、水色の滴の意匠が見られる。
服のデザインからグレイは、なんとなく少女の正体に気づく。
「あ、あなたがあの魔物を……、取り逃がした冒険者ですか……?」
「えっ! あっ! ……そう。私があの魔物を取り逃がして、ここまでやってくる原因を作ってしまったの……」
「……あの、立ち上がるの手伝ってもらえますか? どうも体がだるくって」
それを聞いた少女はグレイの体を支え、立ち上がらせようとする。
肩を借り、彼はふらつきながらも何とか地面に立つことが出来た。
「どうして、私が取り逃がした冒険者だとわかったの? 顔に出てたかな……?」
「いや、そういう事じゃなくて。弟が村に向かって、助けを呼んで、引き返して、鉱山までやってくる。それにしては早いと思って。太陽の位置はまだ低いから、長い時間寝ていたわけでもないようですし。そうなると、道中で魔物を追っていたあなたと出くわしたのかなって」
少女はしばらく口を開けて、黙っていた。
しばらくして、グレイの言葉の意味を理解すると、彼女は恥ずかしそうに笑う。
「その通りよ。お見通しみたいね……」
「村の近くの森から追ってきたとなると、結構な距離ですね。時間的に、深夜から走ってここまで……。体、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫。心配してくれてありがとう。本当は私が聞かなきゃいけないのに……。危険な目に合わせてごめんなさい」
一人で立つ事に成功したグレイに、少女は深く頭を下げる。
グレイは慌ててその頭を上げさせた。
「それより、魔物にトドメはさせてましたか? 個人的に手ごたえはあったのですが……」
「うん、ちゃんと倒せてたよ。あの『腕巨魔』は物理耐性が高いからね。あのピッケルじゃ大変だったでしょう? ほんとごめんね……」
少女の言葉を聞き、グレイは坑道の奥で手に入れたピッケルのことを思い出す。
そして、自分から少し離れたところに落ちていたそれを拾い上げる。
手に取ると、そのピッケルは未だ微かに金色の光を発していた。
(良かった……。今までのことは、夢じゃなかったのか。『クレーアート』、あの力はいったい……)
「でも、なんかここ、すごい形の岩が生えてる……、わね……」
ホッとした表情でピッケルを眺めるグレイ。
それに対し、少女がピッケルを見る目はギラついており、先ほどの笑顔が失われている。
「あのー、そういえば! 自己紹介がまだだったね。私の名前はマリン。マリン・ネイビーよ。これでも冒険者なの」
「僕の名前はグレイ。グレイ・ソイル。ここで一応、鉱員をやっています」
マリンと名乗った少女は自己紹介を終えると、ピッケルを持つグレイの手を取る。
そして、目を見開き、じっくりとそれを眺める。
金色の光はマリンにも見えているようで、その光が彼女の大きな瞳に映っていた。