23、ブローラの戦い
ブローラは眠りに落ちたグレイを机の上に伏せさせた。
彼は深い眠りに落ちており、起きそうな気配はない。
次に彼女は、紅茶とアップルパイの代金を支払う。人気の店なだけあって値段も相応だ。
(うっ……、高くついたわね……。でもっ、我慢我慢……)
苦々しい表情を浮かべながら、彼女はグレイの眠る席に戻る。そして、彼を器用に背負った。
身長はブローラが勝っている為、その光景にあまり違和感はない。
彼女はそのまま、足早に喫茶店を後にした。
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(はぁ……。身長の割に重かったわね……。筋肉のせいか……)
現在、ブローラは南門近くの人目につかない路地裏にいる。
運んできたグレイも一緒だ。彼はまだすやすやと眠っている。
(速攻性の眠り薬のはずが、意外と時間がかかった。流石、S級道具所持者と言ったところか。こんなに若くても、魔法輝の制御が出来るんですもの。薬を意識されてたら、効かなかったかもしれない……)
ブローラは以前、グレイがギルドスペース前で起こしていた騒動を目撃していたのだ。
そして、その時に彼のS級道具に目をつけていた。
(にしても……、寝顔はかわいいものね……。さぁ、女の子のお仲間に気付かれる前にさっさと運び切るか)
彼女は人が少ないタイミングを見計らい、南門を抜け、森の中へと入っていった。
南門先の森もまた、鬱蒼と茂っているがマウテスト樹海ほどではない。
それはこの森の奥に住むエルフたちが、適度に管理している為とも言われている。
しかし、その事を聞いても本人たちは答えようとしない。
ブローラは森の南を目指さず、少し東のルートを行く。
方向的にはマウテスト山に向かっている事になる。
少年とはいえ、人を背負い少し足場が悪い森を進む。
彼女は時折、周りを警戒するように視線をめぐらせていた。
数十分後、彼女は目的地にたどり着いた。
そこは木の蔦と根の間に、人より一回り大きめの穴が開いている場所だ。
垂れた蔦を払いのけ、穴の奥、つまり洞窟の奥へと進む。
洞窟の壁には、松明を立て掛けるための道具が打ち付けられており、ここに人が居たことを確信させる。
構造は意外に複雑で、分かれた通路の先に、いくつか部屋と呼べるような開けたな所もあった。
彼女はその中の一つ、物置の様な部屋にグレイを降ろす。
(ふぅー、疲れた。でも本番はこれからよ!)
ブローラは地面に寝転がるグレイの腰の袋に手をかける。
袋を外すと、中にはS級道具『クレーアート』があった。
(予想通り! まあ、とっても分かり易かったけどね)
口角を吊り上げ、ニヤリと笑ったのもつかの間、彼女はすぐ真剣な表情に戻った。
それに対して、グレイはまだ気持ちよさそうに眠っている。
「さぁ、そろそろか……」
その言葉とほぼ同時に、洞窟の入り口の方から声が響いてきた。それも複数だ。
その声たちはブローラの通った通路と別の通路を通り、奥へと向かっていく。
彼女はそれを聞き届けると、袋に『クレーアート』をしまいなおし、声を追った。
行き先は一番奥。
この洞窟に居る者達が『戦利品置き場』と呼ぶ場所だ。
そこから確かに複数の人、十人以上の声が聞こえる。
(大丈夫、大丈夫よ。今の私にはS級道具がある。技もこの目で見た。いけるはずよ……)
彼女は大きく呼吸をした後、そこへ飛び込んでいった。
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『戦利品置き場』と呼ばれる洞窟の最奥は、大広間と言っても差し支えないほど広かった。
その中には男女合わせて十三名が、持ち帰ってきた袋の中身を確認している。
彼らは商人や冒険者、その他もろもろを襲う山賊団だ。
確認している袋は今日、誰かから奪ってきた物。彼らの言葉でいうところの『戦利品』だ。
「へへっ、ほとんどの団員を使っただけあって、今回は大量ですぜ分団長!」
「あったりめぇだ! アジト入り口の見張りすら投入したんだからよぉ。俺もこいつの見張りに付きっきりだったしなぁ」
分団長と呼ばれた熊人の大男は、手に握られた鎖をジャラジャラと鳴らし笑う。
鎖の先には肌の浅黒い少女が繋がれている。その顔はブローラと似ていた。
「おっ! 噂をすればお姉さんのお出ましだ。別行動をしたからには、それなりもんを持ってきたんだよなぁ」
「ええ、みんな腰を抜かすわよ」
自信あり気に笑みを浮かべるブローラを見て、山賊共はケラケラと笑う。
その中で分団長だけは、静かに手に持った袋をにらんでいた。
「……ぜひとも、その腰を抜かすもんを見せて貰いてぇもんだ」
「せっかちね。今見せてあげるわ」
ブローラは焦らすように、ゆっくりと袋から『クレーアート』を取り出した。
それをしっかりと握り、彼女は皆の前に掲げる。
「ほぉ……、そのピッケルがなんだってんだ? それで、このアジトを広くリフォームしてくれるってのかぁ!?」
『クレーアート』の正体も価値も分からぬ下っ端山賊が、見た目に比べて甲高い不快な声をあげた。
「だまってろ!」
洞窟内に響く声をかき消すように、分団長が叫んだ。
叫びに怯えた下っ端山賊は身を小さくし、大きな箱の陰に引っ込む。
「……そいつぁ。もしや」
分団長は立ち上がり、ブローラに近寄っていく。
その際、鎖に繋がれていた少女が引っ張られ、地面に倒れこんだ。
「ぐぅ……」
少女は小さく悲鳴を上げる。
「おいおい、出会った頃はあんなに暴れてたってのによぉ。あの時の元気はどうしたってんだ。あぁ!!」
分団長は更に鎖を引っ張る。
地面に引きずられる少女を、他の山賊たちもにやけながら眺めていた。
「【昇り岩】!」
突然、ブローラの叫びが響き、地面に突き立てられた『クレーアート』から、金色のひびが凄まじい速さで伸びる。
そのひびの先が少女をつなぐ鎖の真下に辿り着くと、そこから岩を出現させる。
ガキィン!
勢いよく飛び出した岩は、ピンと伸ばされていた鎖を断ち切った。
「なぁにぃ!?」
分団長は驚き、突然出現した岩を見ている。
「くっ!」
それに対して、ブローラは苦しげな表情を浮かべている。
彼女の思惑では、今の【昇り岩】で部下の半分以上を持っていくつもりであった。
複数の岩を別の場所に隆起させられる事は、確認済みだった。
しかし彼女の場合、妹を解放することに集中し過ぎた為、ひびは一本しか出なかったのだ。
(もう一度! 今度こそ!)
ブロ―ラは再び【昇り岩】を使おうとする。彼女はこの技しか見ていないので、これに頼るほかない。
S級道具とはいえ、そもそもは道具。
正しい持ち主でなくとも、使い方を知っていれば機能を発揮できる。
といっても、認めた持ち主であるグレイの時の様に、名前や何が出来るのかを教えてはくれない。
「【昇り岩】!!」
今度は五本のひびが出現した。
うち四本は困惑していた山賊にうまくヒット。
彼らは岩により弾き飛ばされ、気を失なった。
最後の一本は分団長に向かうが、彼はそれを素早く避ける。
「はっ! 少し驚いた。S級道具か! なかなかいいもんだぁ!」
何も持っていない分、分団長の動きは素早く、あっという間にブローラを格闘の射程に収めた。
「こうなったら!!」
ブローラは、接近戦では不利と『クレーアート』を入口の方へと投げ捨てる。
そして、慣れた手つきで腰布をめくりあげ、太ももに隠されていた風属性のC級道具『エアクロー』を両手に装着した。
この道具は手甲と一体化した五本の鉤爪が特徴的だ。
「【風爪】!」
風を纏った鉤爪を分団長に向け振り下ろすブローラ。
分団長は体格に見合わない素早さでそれを避けると、彼女の足に向けて蹴りを放つ。
大振りで威力の高い蹴りを最低限の動きで躱すと、彼女は回避からの流れで分団長の胴を引き裂きにかかる。
「【火玉】!」
山賊の一人が杖をブローラに向け、魔法を撃つ。
杖型のC級道具から放たれた火の玉は、決して速くないものの、正確に対象を狙っていた。
「きゃあああ!」
火の玉を腰に受けたブローラは悲鳴を上げ、その場に倒れこんむ。
地面をのた打ち回り、腰布についた火を消火しようとする。
「分団長! これを!」
火の玉を放った山賊とまた違う山賊が、分団長に二股の槍を渡した。
「ふんっ! なかなかやってくれるじゃねぇか! ええっ!!」
分団長は、立ち上がろうとうつ伏せになっていたブローラの首を槍の股に挟みこみ、地面に固定した。
ブローラは逃れようともがくが、大男によって支えられた槍はびくともしない。
「お仕置きが必要だなぁ……! 【荒風】!」
その言葉と共に、槍の先端から風が巻き起こる。この槍もまた魔法道具だ。
風は鋭く、衣服を裂き、肌に浅い切り傷をいくつも作る。
「姉さんを離せ!」
鎖から解放されていた少女は、いつの間にか隠し持っていたナイフ型の魔法道具で分団長の足の腱を狙う。
しかし、あと少しのところで山賊に抑え込まれ、姉と同じく地面に叩きつけられた。
「ちっ! 油断の隙もねぇガキだ!! お前もあとで姉のようにしてやるよぉ」
分団長は震えるブローラに向きなおり、槍を地面から抜く。
「今日は良い薬が入ったんだぁ……。多少の刺し傷ぐらい、簡単に治っちまうようなのがよぉ……。その効果、お前で試してやるぜぇ!!」
二股の槍が、ブローラの背中を貫こうと迫る。
「【鋭い岩】!」
新たな人物の声が洞窟内に響いた。
その時、分団長は腕に違和感を感じ、見る。
すると、両腕には地面から伸びた細く鋭い岩が刺さっており、傷口から血が滲み始めていた。
「ぐあああっ!」
叫びをあげると彼は岩から腕を引き抜いた。
栓を失った傷口からはとめどなく血が溢れる。
「【昇り岩】!」
再び声が響いたかと思うと、山賊たちが吹っ飛び、悲鳴を上げながら壁に叩きつけられた。
「だ、だれだ!!」
傷口を抑えた分団長が、入り口に立つ人物に向けて叫んだ。
その人物は無言のまま、地面に倒れるブローラに近寄ると、傷の状態を確認する。
そして、無言のまま分団長に向き直ると、言った。
「グレイ。グレイ・ソイル」
それ以外の言葉は無く、彼は素早く道具を構えなおす。
その目には、確かな敵意と怒りが宿っていた。




