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21、初仕事を終えて

 グレイ、マリン、ペローの三人は運よく魔物や冒険者にも見つからず、『緑巨岩(りょくきょがん)』までたどり着いた。

 移動中は周りに気を配り、会話は無かった。


「ふー。ここまで戻ってくれば、とりあえず安全ですね」


「……ペロー、さっきはごめんね。その、ワザとではないんだ」


 突然の謝罪にペローはポカンと口を開け、意味が分からないという顔を見せる。


「あ! 黙ってずっと見てたことですか? いやー、それは仕方ないですよ。訓練中に話しかけられても、ビックリして襲い掛かってたかもしれませんし」


 頭巾の奥から彼女は満面の笑みを浮かべた。

 グレイは真意が伝えられず、困っているところにマリンが助け舟を出す。


「あのね。ペローがさっき木に登ってるときにね。グレイは下からパンツを見ちゃったの。それをごめんって、謝ってるわけ。私は黙ってればいいと思ったけど、そーいうところ融通が利かないみたい」


「そういう事なんだ。ごめんね」


 それを知ったペローは顔を赤らめ、恥じらいから頭巾を百八十度回転させ、顔を隠してしまった。


「あっ、あー、そういう事でしたか。あの、そうですね……。言わないでいてくれると嬉しかったです。はい」


 頭巾の向こうから、くぐもった声が聞こえている。

 その話し方は随分と早口だった。


「いやっ! 私にも落ち度がありますね。いくら変化出来るとはいえ、森にスカートで来るのが間違いでした。今度からはしっかりした服装にしましょう。ふぅー!」


 強く息を吐き、自ら気持ちを落ち着かせると、ペローは頭巾を元に戻した。


「さっ! 帰りましょう」


「うん!」


 一行は『緑巨岩(りょくきょがん)』から、街道へと戻った。

 ここまで来れば、街までそう時間はかからない。


 黙々と歩き続けた三人はフォルレイトの門をくぐり、東通りを抜けて、ギルドの建物の前まで帰ってきた。


 観察と会話に意外と時間を割いたせいで、朝早めに出たにもかかわらず、帰ってきたのは夕暮れ直前だ。


「まあ、初日に終わっただけ良いとしましょうよ! 正体もこんなにかわいい女の子だったし、アメリアさんにお礼を言わないとね」


「私はこれからどうなるのでしょう?」


 ペローには少し不安の色が見える。


「大丈夫。ちょっと乱暴そうに見えるけど、他人に優しく出来る人だから。きっと、君の事を考えた上で依頼を出してると……、思う」


「……最後、自信がなくなりっ」


「ここでうだうだ言ってもしょうがない! 行こう!」


 おびえるペローの手を引き、マリンはギルドに突撃する。


 ギルドスペースは奇跡的に空いており、受付ものんびりしていた。

 が、ブースの中にアメリアの姿は無い。


 仕方なくグレイが他の受付にアメリアの居場所を尋ねる。


「あの、受付のアメリアさんは……」


「む! 帰ってきたのね新人君! アメリアなら奥で休憩してるから、呼んできてあげるね!」


 そういうと受け付けは足早に奥の扉に入っていった。

 そして、数分もしないうちに、すっかりいつもの調子に戻ったアメリアが出てきた。


「おー、戻ってきたかい。私の思いは届いたみたいだね。ちゃんと説明すべきだったかなー、と後悔してたけど杞憂(きゆう)だったな」


 その口ぶりから後悔の念は感じ取れない。

 始めから気づくことが出来ると信じていたのだ。


「読みはバッチリ当たってましたよ。この子があの……」


 正体を話そうとした瞬間、アメリアがグレイの口に指を当てた。


「わかってる。ま、隠す事も無いんだけど。それで、どう? 本人は?」


 アメリアの視線はグレイの後ろに立つペローに向けられている。


 ペローはそれに気づき、頭巾を取る。

 現れたのは金色で編み込まれた髪。

 彼女流に言うと、動くのに邪魔にならない髪型、だろう。

 

 美しい髪を晒した彼女は前に出て、自己紹介を始めた。

 内容は先ほど樹海で聞かされた事と同じである。

 運送騎士になるという目標を、特に熱心に言い聞かせていた。


「うんうん。わかった。じゃあ、冒険者にならないかい?」


「は?」


 アメリアの脈絡のない提案に、ペローは目を丸くして黙ってしまった。


「あ! 騎士になる事を止めろって言ってるんじゃないよ。私は人の夢をどうこう言える様な人じゃないしね。でもあんたまだ若いし、運送騎士試験の年齢基準を満たして無いだろ? その年齢になるまで、冒険者として活動しないかって事さ」


「はぁ……。まあ、そうですけど」


「それに、魔物を倒したこともあるでしょ? 冒険者ならそれでお金も入る。悪くない話だろ?」


「……実はそれも考えていたんですけど、道具が特殊でして」


 ペローはすっぽりと頭巾をかぶりなおした。

 描かれた刺繍はいつみても美しく、見る者の心を奪う。


「ほぉ! それがあんたのS級道具か……。美しいし、有用で、強い。正直、機能が無くても欲しくなるかもな。でも安心しな。いくら試験に必要だからって、奪うような奴は冒険者に少ない。一人で森にいるよりは安全なはずさ。ま、保証はできないが……」


 後ろに行くほど、その声は小さくなっていったが、嘘というわけではない。


 彼女にも、小さな少女を森にいつまでも一人で居させたくないという思いがある。


 ペローにその思いは伝わっており、しばらく腕を組み考え込んでいた。

 少しの間の後、彼女は口を開いた。


「今日、すぐお返事とはいきませんが、冒険者……、それもありかもしれませんね」


「だろ? いつでも頼ってきなよ。申請なんてすぐ出来る。グレイも昨日、冒険者になったばっかりだからな」


 本日何度目かわからないが、ペローがまた驚いた顔をする。

 それを見て、グレイは少し照れくさそうに笑った。


「もし冒険者になったら、いっつも知り合いの運送騎士が通る、僕の故郷への道を教えてあげるよ」


 何気ない一言だったが、言ってからグレイは後悔した。

 こんなことを聞いて、ペローが冷静な判断を下せるわけがないからだ。


「え! え! ホントですか!? なります! 冒険者に!」


「えっ! いや! そんな秘密の近道とかじゃないよ? 一本道っていうか、何もないし……。アース鉱山って知らない?」


「アース鉱山……? うーん、聞いたことがあるような……、ないような……」


「そんなに知名度ないんだ……。僕の故郷……」


 軽く落胆するグレイの肩に手を置き、マリンがフォローに入る。


「ま、これからよ。騎士試験に受かったら、出身地として有名になるから。きっと……」


「……別に人が増えて、豊かになってほしいわけでもないんだ。出来ればみんな、ウード村辺りにでも移住してほしい。でも、あの鉱山での思い出を捨てられないのもわかる。僕も生まれた場所だからね。だから、なんていうか、みんなの記憶から消えるのが嫌なのかも?」


 グレイ自身にもよくわかっていない為、最後は誰かに答えを尋ねるような形になった。

 それにマリンはただ笑顔を返す。


「さ! お三方! 話がまとまったならゆっくりお休み。今日はおごってやれないけど、なんかいい店でも探してみればどうだ? いずれ他の島に行くとはいえ、単純計算で二か月以上はいるわけだしな。行きつけの店でも作っておくといいぞ」


 アメリアに(うなが)されるまま、三人はギルドを出る。

 ペローは一晩ゆっくり考える事を命じられたが、もう心は決まっているようだった。


「さぁ! 先輩方! どこに行きましょうか? よろしければ、私が小さいころから贔屓にしているレストランにでも……」


 すでにグレイ達の事を先輩と呼ぶペローの言葉に甘え、一行はレストランに向かった。




 ▲ ▲




「はーっ! 食べた食べた! おいしかったね! 流石先輩に進めるだけある……、って言ったら調子に乗り過ぎかな」


 グレイとマリンは食事の後、実家に帰るペローと分かれ、寄宿舎に戻ってきていた。


 昨日と同じようにグレイの部屋に集まり、今日の出来事を振り返る。


「ふふっ、それにしてもグレイが女の子のパンツを見て、驚くとはね。あんまりそういう事、興味ないと思ってた」


「ま、またその話? まあ、まだ小さい妹でも恥ずかしがるからね。申し訳ないと思ったんだ」


 視線を窓の外に向けたまま、グレイが反論した。

 マリンは面白がってさらに話を掘り下げる。


「へー。えっと、ミリィちゃんだっけ? かわいいよねー。意外とおませさんなんだ」


「ちょっと前は、そんなことなかったんだけどね……」


「女の子は何歳でも女扱いしてほしいのよ。きっと」


「そうかな……」


 上機嫌なマリンに対し、グレイの表情はアンニュイだ。

 彼女はグレイを少しでも元気づけようと、家族の話を続ける。


「お母さんも綺麗な人だったね。病気って聞いたけど、元気そうだったし、少しずつ良くなってるの?」


「マリン会った時は、かなり調子が良かった。たまに一日寝てることもあるよ」


「……ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」


「いや、いいんだ。直りにくいけど、死ぬような病気ではないし、最近は落ち着いてる」


 グレイは視線をマリンに向け、微笑みながら言う。


「鉱山にいて、大丈夫なのかな? お薬とかは届けてもらうにしても、お医者さんとか……」


「病は気からというし、父さんが生きた鉱山に居たの方が良いみたい」


「そう……」


 マリンはグレイを鉱山から連れ出したことに自責の念を感じ、俯いた。

 それを察したグレイが、静かに口を開く。


「僕はマリンと出会えてうれしいよ。いつかは、外に出てみたいと思ってたし。またとない、いい機会だったと思ってる」


「そう言ってくれると……、私もうれしいけど……」


「ね! 外に昨日飲んでたジュースを買いにいかない?」


「へっ!?」


 戸惑うマリンの手を引き、グレイは部屋を飛び出る。


「初仕事の報酬が入ったんだから、ジュース二本ぐらい買っても大丈夫でしょ」


「……そうね! 飲もう飲もう!」


 二人は寄宿舎からギルドを通り、中央通りへと飛び出す。

 空は暗くなっていたが、街灯で通りは明るく、人もそこそこ行きかっていた。


 マリンが昨日飲んでいたジュースは、ギルド近くの果物屋で売られているものだ。

 普通の果物屋なら夜には閉まってしまうが、この店は果実酒も売っている為、夜でも開いている。


 そこでおそろいのリンゴジュースを買い、昨日グレイが据わっていた『大樹の広場』のベンチに座った。


「ふふっ。夜の街ってのもいいわね」


「そんなに遅い時間でもないけどね」


 広場には夜景を見つめるカップル、通りには酔った冒険者や農家などなど、様々な人が居る。


「じゃ、乾杯! 毎日って訳にはいかないけど、今日はね!」


「乾杯。明日も頑張ろう! やる事はたくさんあるけど、一個づつこなしていこう」


 ビンとビンがぶつかる音が、辺りに小さく響いた。

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