19、レッドウッドウルフの調査
「ここまでは……、何とも出会わなかったわね」
鬱蒼とした木々を抜け、二人は開けた場所に出た。
目の前には先ほど街道から見えた岩――『緑巨岩』がそびえ立っている。
「近くまで来てみると、思ったよりもずっと大きく見える……。それに、なんだか不思議な力を感じる……」
グレイは引き寄せられるようにフラフラと岩に近寄り、苔の付いた岩肌に触れた。
苔が生えるだけあって、その表面は湿りを帯びており、触れた掌を濡らす。
柔らかな苔の感触とその下に感じる岩の硬い感触の差が、グレイには魅力的に思えた。
「グレイ! わかってると思うけど、形を変えたり壊したりしちゃダメよ!」
「うん……、そんなことしないよ。でも、何か力を感じるなぁ」
岩から手をはなし、再びそれを見上げるグレイの横にマリンが寄ってくる。
「こういう自然の力を感じるのは初めてでしょ? これは『魔鉱石』の塊って話よ。ここまでの物はなかなか無いから、保存されているの。だから、壊したらお尋ね者になっちゃう!」
岩は長い年月、雨風に晒されていた為、丸みを帯びてはいるが、ほぼ大きさは変わっていないと伝えられている。
フォルレイトに住む人々からは『力場』とも言われ、魔物もあまり近づかない。
「さ! 依頼を思い出して! とりあえず、ぐるっと岩を回って探そうか。ほら、行くよ」
グレイの肩をポンと叩き、マリンは歩き出す。
その背中をグレイは慌てて追う。
「アメリアさんの予想が当たってたらなー。すぐに帰れ……っ」
マリンは息をのみ、急に立ち止まる。
そして、後ろについて来ていたグレイを腕で静止した。
そのまま、二人は岩に身を隠し、そっと物陰から樹海の方を覗く。
そこに目当てのものがいた。
その体高は通常の『木狼』の倍、四足歩行のしている状態でグレイの身長ほどある。
二足で立ち上がれば、マリンがグレイを肩車しても勝てない。
「ど、ど、どうしよう……」
「僕たちも樹海に紛れて近寄るべきだと思う」
「わ、わかったわ……」
『赤木狼』は今、グレイ達に尻を向けている。
特に警戒している様子もない。
動くなら今、と二人は岩陰を飛び出し、なるべく音をたてないように木の陰に転がり込んだ。
パキッ
乾いた音が静かな樹海に響く。
マリンが地面に落ちていた木の枝を踏み、折ってしまったのだ。
「ひぃ……」
声を出しそうになった口をグレイが手で塞ぎ、そのまま頭を低くさせ、地面に伏せさせる。
グレイも同じように地に伏せ、露出した大きな根に身を隠す。
彼の耳には、狼の土を踏みしめる音が聞こえている。
枝を踏んだ音には気づいているようで、同じ場所で何度か足踏みをした後、警戒を解いたのか、音は遠ざかっていった。
「……こ、怖かったぁ」
マリンが頭を上げ、少し涙がにじんだ目を『赤木狼』がいた方へ向ける。
移動しているものの、狼はまだ遠くに姿を捉えることが出来た。
「見失う前に追おう」
「……うん」
戦いとなれば勇敢なマリンも、隠れて探るという行為には慣れない。
音をたてぬよう、ゆっくりと体を起こすと、二人は遠ざかっていく赤い点を追った。
狼はのそのそ歩いており、人の歩行速度でも十分追いつける。
それに、警戒心もあまり強くないようで、匂いに反応する気配もない。
足元に注意しつつ、木々に身を隠しながら、二人の追跡は数分間続いた。
「……っ!」
今度は先を歩いていたグレイが、後ろについているマリンを静止した。
標的は朽ちた大木の前で立ち止まり、それを見つめている。
(……木をどうするんだろう? 食べる……、わけないか)
グレイは木陰よりチラチラと視線を送り、観察を続ける。
同じく近くの木陰に隠れていたマリンが顔を出した瞬間、狼は行動を起こす。
掲げた右前足が炎に包まれたかと思うと、その前足で朽ちた大木を殴りつけた。
バゴオオオォォォォッ!
大きな音と共に砕かれた木片が辺りに散乱する。
朽ちた木なだけあって、その木片は乾燥しており、火がついている物もあった。
「……ぁ!?」
狼が自分の動きに反応した、と勘違いしたマリンが尻もちをつく。
しかし、火種を消さねばなるまいと、腰から『ミカゲ』を引き抜き、勇気を出して立ち上がった。
「まって……」
グレイの微かな囁きで、マリンはその手を止める。
そのまま彼は目で狼の方を見ろと促す。
そこには、木片についた火を足で器用に消している『赤木狼』がいた。
炎を纏うだけあって、強力な炎耐性を持っているようだ。
火を消し終えると、まだ残っている大木の一部に向き直り、再び攻撃し始める。
攻撃と消化の繰り返しは大木が粉々になるまで続き、二人はそれを唖然と見守った。
▲ ▲
「ねぇ? 何したいのかな? あれ」
数十分の間、グレイ達は『赤木狼』の奇行を見守っていた。
マリンは集中力が切れかかっている為、眠たそうにまぶたを擦る。
「あれはきっと……」
視線を標的から逸らさずに、グレイが何かを言おうとした。
その時、狼の全身が金色の炎に包まれた。
大きく燃え上がった体は次第に小さくなっていく。
「け、消した方がいいと思うんだけどっ」
焦ったマリンは腕をつかみ、ぶんぶんと揺さぶるも、グレイは黙って金色の炎を見つめ続けている。
その理由をマリンもすぐ理解した。
勢いが徐々に落ち着いてきた炎の中に人影が見えた。
人影は腕で残った炎を振り払うと、辺りをきょろきょろと見回す。
金色の刺繍が美しい赤い頭巾を深くかぶっている為、二人には顔を確認できない。
しかし、体つきやスカートと編み上げブーツという服装から、女性であることは分かった。
「……さて、そろそろ帰ろうかな」
少女の様な高い声を二人は聞く。
それと同時に、フードの人物はグレイが潜む木に向かって走り出した。
彼女は慣れた手つきで木にドンドン登り、てっぺんから辺りを見回す。
街へ帰るための目印である『緑巨岩』を探しているのだ。
グレイは下から少女を覗き、顔を確認する。
顔立ちは幼く、グレイと同じぐらいの年齢であると推測できる。
体に亜人のような特徴は無い為、人間族と判断した。
下着は見た目相応に白色で、特に柄などは入っていない。
「……あっ」
思わずグレイは声を上げた。
その声に反応し、木の上の少女が驚いた表情で下を見る。
「……見たな?」
「ご、ごめんなさい」
少女の声は少し震えているが、その顔は何とも言えない複雑な顔していた。
対するグレイも申し訳なさと、未知の力を持つ人物への対象法が分からず、複雑な表情を見せている。
「……ふー」
少女は息を吐くと、木の枝から跳んだ。
それと同時に体が金色の炎に包まれ、中から赤い狼の前足が飛び出す。
「っ!?」
殴られても仕方ないと思っていたグレイだが、流石に下着を見ただけでこの一撃は重すぎると判断。
仕方なく腰から『クレーアート』抜き、落ちてくる爪に向けて振り上げた。




