17、初めての夜と始まりの朝
「ふーっ! 食べた食べた!」
寄宿舎のグレイが宿泊している部屋で、マリンはベッドで大の字になりながら言った。
窓の外はすっかり暗くなっていたが、街にはまだ活気があり、火魔法を使用した街灯が通りを温かく照らしている。
「食べてすぐ寝て大丈夫?」
夜の町を行きかう人々を眺めていたグレイが、ぼんやりと呟く。
その瞼は重く、睡魔との戦いが始まっていた。
それを察したマリンはベッドから起き上がる。
「じゃ、そろそろ寝ますか! 私も……、んぅ……、眠いわ」
大きな欠伸をした後、マリンは部屋の扉に向かう。
ドアノブに手をかけて、グレイにおやすみの言葉をかけた。
「おやすみなさい! 別に明日の予定も無いから、ゆっくり寝てね」
「うん、おやすみ。なんだか、こういう部屋で寝るの初めてだから、緊張しちゃうな」
廊下に出た後、マリンはもう一度扉を開き、隙間から顔を出して手を振った。
その仕草にグレイも笑顔で手を振り返す。
その後、パタンと扉を閉めてマリンは深呼吸をした。
(明日からは二人、か……。出来ることも増えるわ。三人になったらパーティ名も決めないと!)
決意を新たに自分の部屋へ戻ると、下着だけになり、ベッドに潜り込む。
しかし、明日からの事を考えると、マリンの眠気は意識の片隅に追いやられてしまった。
(あっ、もしかして……)
何度も寝返りをうっているうちに、のぼせあがった頭はある考えを思いつく。
(グレイは一人で寝るのが寂しかったのかな? 家族と仲良しだったし……、最後に言ってた事も、もしかしたら……。うん、ここはお姉さんとして……)
マリンは布団をはねのけ、枕を持ち、ベッドから起き上がる。
そのまま自室を出ようとしたところで、思いとどまりシャツとショートパンツを着た。
そろっと廊下を歩き、隣のグレイの部屋の前にやってくると、ゆっくり扉を開く。
中はすでに暗く、光源は窓から入ってくるわずかな光のみだ。
「あ、もう寝ちゃった……」
微かな寝息を立てている事を確認し、マリンは扉を閉めようとする。
ギイイィィ……
開ける時は静かだった扉が軋み、派手な音を立てた。
「……んっ。誰?」
浅い眠りから醒め、グレイの視線は物音の方に向けられる。
「マリン……。何かあった……?」
「えっ! あ、えーと……」
起こしてしまった罪悪感と舞い上がっていた事への恥じらいから、マリンは身を固くした。
「ああっ! そうだ! 扉よ、扉! 鍵がかかってなかったわ! 誰かには勝手に入られたら大変! だから確認しに来たのよ」
咄嗟に良い言い訳を思いつき、ホッと胸を撫で下ろすマリン。
その言葉にグレイは起き上がり、のろのろと扉までやってくる。
「あ、ホントだ。普段は鍵なんてしないから、油断してたな……。ありがとう、わざわざ起こしちゃってごめん」
「うんうん。私こそ起こしてごめん。じゃ、今度こそおやすみ」
「おやすみ……」
鍵がしまる音を確認した後、マリンはそそくさと部屋に戻り、寝た。
▲ ▲
グレイ達がフォルレイトに着いた次の朝――。
実家にいた頃のように朝早くに目覚めたグレイは、服を着込み、部屋を出た。
いつものように外へ出てストレッチをしようと、一階に降りてギルドスペースを目指す。
ギルドには早朝にもかかわらず、数人の冒険者と受付嬢が依頼について話し合っている。
その中に、グレイにとって数少ない知り合いがいた。
話を終え、依頼の詳細が書かれた紙を受け取ったその人物は、チラリとグレイの方を見て、彼に近寄る。
「おはよう。意外とすぐ会えたね」
「おはよう、えーっと……」
「ピスタ。そう、呼んでくれて構わない」
「あっ、ピスタはこんな早くから依頼?」
エルフの少女、ピスタは無言でコクリと頷く。
依頼は急ぐものでもないという事なので、二人はまだ人の少ない休憩所の一角に座る。
「昨日のこと、振り返ってみると、冷静さに欠いてたと思う」
「いいよ、そんなこと。でも、どうして待ち伏せできたのかは気になるな」
グレイの疑問に、ピスタは窓から差し込む朝の光を眺めながら答える。
「コイグ森で見たの。あなたと女の子、あと男の人が居るところを。そして、S級道具も」
「あっ、そんなところから見られてたんだ。なんか……、ちょっと恥ずかしいね」
照れくさそうな表情を見せるグレイに、ピスタは少し微笑んだ。
「助けに入ろうかと思ったけど、すぐに決着がついた。良い戦い方だった。だから、戦いたくなった」
キッチリと戦いを挑んだ理由を説明した彼女に、グレイはもう一つ質問を投げかける。
「ピスタはどこ出身? 僕はアース鉱山の近くに住んでたんだ」
その問いに、ピスタはしばし目を瞑り、思案した。
数秒の間の後、彼女は口を開く。
「このフォルレイトの南の森……。その奥地にあるエルフたちの集落『アルーヴ』が、私の故郷よ」
「へー、エルフたちの村か。なんか神秘的だね」
グレイの無邪気な言葉に、ピスタは自嘲気味に笑う。
「今どき、同じ種族同士で固まって生きようなんて考える、つまらない所よ」
「へ?」
「あなたと同じ田舎者なの、私も。だから、ちょっとちょっかい出したくなった」
視線を外し、早口気味に言い放つピスタ。
居心地の悪さを感じて、彼女は話題を変える。
「あなたと一緒にいた女の子、マリンだったけ? どこで知り合ったの?」
「あ、マリン? 彼女はアース鉱山まで逃がした魔物を追ってきたんだ。彼女より先に魔物が来たから、僕は戦って……。その時、アレを見つけた。そのあとマリンが追いついてね。一緒に騎士試験を受けることになったんだ」
アレは今、寄宿舎の部屋に置いてある『クレーアート』を指している。
グレイはかなり掻い摘んで話したが、ピスタには十分理解できた。
切れ長で見る者に威圧感を与える目も、今は柔らかな眼差しをしている。
「私も……、受けるつもり。彼女は優秀よ。少し抜けたところもあるけど」
「あれ? 二人は知り合いだったの?」
ピスタはゆっくりと首を横に振る。
「勘と、この瞳がそう言ってる」
彼女は着ているオーバーコートに似た、深い紺色の目を見開く。
その吸い込まれそうなほど深い紺に、グレイは目を奪われる。
その時突然、ピスタは立ち上がり、傍に置いていた袋を手に持った。
中身は無論、『グロウラント』だ。
「そろそろ、行くわ。あなたと話せてよかった。瞳に特別な力は無い。でも、嘘ではない」
「わかってる。一人で大丈夫?」
「大丈夫な依頼を受けてる。受付の話はよく聞いておくといい」
その言葉に頷き、グレイはギルドの入り口でピスタを見送った。
にわかに増え始めた冒険者たちの中、彼女は後ろ手に手を振りながら、悠々と歩いて行く。
「いやぁ……。朝からいいもん見ちゃったな……」
グレイの背後から掠れた声が聞こえた。
声をかけたのは、私服を着て、やつれた顔をしているアメリアだ。
「若者たちの甘酸っぱいところを見てると……、吐き気も少しはましになる……」
アメリアは昨晩、食堂を離れた後、自宅で酒をがぶ飲みした為、酷い二日位酔いに悩まされていた。
吐き気が特にひどいので、会話中も時折真顔になり、無言で何かを抑えている。
「きょ、今日もお仕事ですか……?」
頭に響かないように、小さな声でグレイは尋ねる。
「そう……。マ、マリンが起きて、ご飯も食べたら……、私のところに来なよ……。初依頼を……、用意して……、ううっ! あるから……」
果たして、グレイ達の食後まで体が持つのか定かではないが、彼女はそれを伝えると、ギルドのスタッフ専用入り口に入っていった。
「……マリンはそろそろ起きてるかな」
ギルドスペース前の通りも人が増え、ストレッチどころではなくなっている。
彼も自室に引き返す事にした。




