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18/26

17、初めての夜と始まりの朝

「ふーっ! 食べた食べた!」


 寄宿舎のグレイが宿泊している部屋で、マリンはベッドで大の字になりながら言った。


 窓の外はすっかり暗くなっていたが、街にはまだ活気があり、火魔法を使用した街灯が通りを温かく照らしている。


「食べてすぐ寝て大丈夫?」


 夜の町を行きかう人々を眺めていたグレイが、ぼんやりと呟く。

 その(まぶた)は重く、睡魔との戦いが始まっていた。


 それを察したマリンはベッドから起き上がる。


「じゃ、そろそろ寝ますか! 私も……、んぅ……、眠いわ」


 大きな欠伸をした後、マリンは部屋の扉に向かう。

 ドアノブに手をかけて、グレイにおやすみの言葉をかけた。


「おやすみなさい! 別に明日の予定も無いから、ゆっくり寝てね」


「うん、おやすみ。なんだか、こういう部屋で寝るの初めてだから、緊張しちゃうな」


 廊下に出た後、マリンはもう一度扉を開き、隙間から顔を出して手を振った。

 その仕草にグレイも笑顔で手を振り返す。


 その後、パタンと扉を閉めてマリンは深呼吸をした。


(明日からは二人、か……。出来ることも増えるわ。三人になったらパーティ名も決めないと!)


 決意を新たに自分の部屋へ戻ると、下着だけになり、ベッドに潜り込む。

 しかし、明日からの事を考えると、マリンの眠気は意識の片隅に追いやられてしまった。


(あっ、もしかして……)


 何度も寝返りをうっているうちに、のぼせあがった頭はある考えを思いつく。


(グレイは一人で寝るのが寂しかったのかな? 家族と仲良しだったし……、最後に言ってた事も、もしかしたら……。うん、ここはお姉さんとして……)


 マリンは布団をはねのけ、枕を持ち、ベッドから起き上がる。

 そのまま自室を出ようとしたところで、思いとどまりシャツとショートパンツを着た。


 そろっと廊下を歩き、隣のグレイの部屋の前にやってくると、ゆっくり扉を開く。

 中はすでに暗く、光源は窓から入ってくるわずかな光のみだ。


「あ、もう寝ちゃった……」


 微かな寝息を立てている事を確認し、マリンは扉を閉めようとする。


 ギイイィィ……


 開ける時は静かだった扉が軋み、派手な音を立てた。


「……んっ。誰?」


 浅い眠りから醒め、グレイの視線は物音の方に向けられる。


「マリン……。何かあった……?」


「えっ! あ、えーと……」


 起こしてしまった罪悪感と舞い上がっていた事への恥じらいから、マリンは身を固くした。


「ああっ! そうだ! 扉よ、扉! 鍵がかかってなかったわ! 誰かには勝手に入られたら大変! だから確認しに来たのよ」


 咄嗟(とっさ)に良い言い訳を思いつき、ホッと胸を()で下ろすマリン。

 その言葉にグレイは起き上がり、のろのろと扉までやってくる。


「あ、ホントだ。普段は鍵なんてしないから、油断してたな……。ありがとう、わざわざ起こしちゃってごめん」


「うんうん。私こそ起こしてごめん。じゃ、今度こそおやすみ」


「おやすみ……」


 鍵がしまる音を確認した後、マリンはそそくさと部屋に戻り、寝た。




 ▲ ▲




 グレイ達がフォルレイトに着いた次の朝――。


 実家にいた頃のように朝早くに目覚めたグレイは、服を着込み、部屋を出た。

 いつものように外へ出てストレッチをしようと、一階に降りてギルドスペースを目指す。


 ギルドには早朝にもかかわらず、数人の冒険者と受付嬢が依頼について話し合っている。

 その中に、グレイにとって数少ない知り合いがいた。


 話を終え、依頼の詳細が書かれた紙を受け取ったその人物は、チラリとグレイの方を見て、彼に近寄る。


「おはよう。意外とすぐ会えたね」


「おはよう、えーっと……」


「ピスタ。そう、呼んでくれて構わない」


「あっ、ピスタはこんな早くから依頼?」


 エルフの少女、ピスタは無言でコクリと頷く。


 依頼は急ぐものでもないという事なので、二人はまだ人の少ない休憩所の一角に座る。


「昨日のこと、振り返ってみると、冷静さに欠いてたと思う」


「いいよ、そんなこと。でも、どうして待ち伏せできたのかは気になるな」


 グレイの疑問に、ピスタは窓から差し込む朝の光を眺めながら答える。


「コイグ森で見たの。あなたと女の子、あと男の人が居るところを。そして、S(ランク)道具(ツール)も」


「あっ、そんなところから見られてたんだ。なんか……、ちょっと恥ずかしいね」


 照れくさそうな表情を見せるグレイに、ピスタは少し微笑んだ。


「助けに入ろうかと思ったけど、すぐに決着がついた。良い戦い方だった。だから、戦いたくなった」


 キッチリと戦いを挑んだ理由を説明した彼女に、グレイはもう一つ質問を投げかける。


「ピスタはどこ出身? 僕はアース鉱山の近くに住んでたんだ」


 その問いに、ピスタはしばし目を瞑り、思案した。

 数秒の間の後、彼女は口を開く。


「このフォルレイトの南の森……。その奥地にあるエルフたちの集落『アルーヴ』が、私の故郷よ」


「へー、エルフたちの村か。なんか神秘的だね」


 グレイの無邪気な言葉に、ピスタは自嘲気味に笑う。


「今どき、同じ種族同士で固まって生きようなんて考える、つまらない所よ」


「へ?」


「あなたと同じ田舎者なの、私も。だから、ちょっとちょっかい出したくなった」


 視線を外し、早口気味に言い放つピスタ。

 居心地の悪さを感じて、彼女は話題を変える。


「あなたと一緒にいた女の子、マリンだったけ? どこで知り合ったの?」


「あ、マリン? 彼女はアース鉱山まで逃がした魔物を追ってきたんだ。彼女より先に魔物が来たから、僕は戦って……。その時、アレを見つけた。そのあとマリンが追いついてね。一緒に騎士試験を受けることになったんだ」


 アレは今、寄宿舎の部屋に置いてある『クレーアート』を指している。


 グレイはかなり()(つま)んで話したが、ピスタには十分理解できた。

 切れ長で見る者に威圧感を与える目も、今は柔らかな眼差しをしている。


「私も……、受けるつもり。彼女は優秀よ。少し抜けたところもあるけど」


「あれ? 二人は知り合いだったの?」


 ピスタはゆっくりと首を横に振る。


「勘と、この瞳がそう言ってる」


 彼女は着ているオーバーコートに似た、深い紺色(こんいろ)の目を見開く。

 その吸い込まれそうなほど深い紺に、グレイは目を奪われる。


 その時突然、ピスタは立ち上がり、傍に置いていた袋を手に持った。

 中身は無論、『グロウラント』だ。


「そろそろ、行くわ。あなたと話せてよかった。瞳に特別な力は無い。でも、嘘ではない」


「わかってる。一人で大丈夫?」


「大丈夫な依頼を受けてる。受付の話はよく聞いておくといい」


 その言葉に頷き、グレイはギルドの入り口でピスタを見送った。

 にわかに増え始めた冒険者たちの中、彼女は後ろ手に手を振りながら、悠々と歩いて行く。


「いやぁ……。朝からいいもん見ちゃったな……」


 グレイの背後から掠れた声が聞こえた。

 声をかけたのは、私服を着て、やつれた顔をしているアメリアだ。


「若者たちの甘酸っぱいところを見てると……、吐き気も少しはましになる……」


 アメリアは昨晩、食堂を離れた後、自宅で酒をがぶ飲みした為、酷い二日位酔いに悩まされていた。


 吐き気が特にひどいので、会話中も時折(ときおり)真顔になり、無言で何かを抑えている。


「きょ、今日もお仕事ですか……?」


 頭に響かないように、小さな声でグレイは尋ねる。


「そう……。マ、マリンが起きて、ご飯も食べたら……、私のところに来なよ……。初依頼を……、用意して……、ううっ! あるから……」


 果たして、グレイ達の食後まで体が持つのか(さだ)かではないが、彼女はそれを伝えると、ギルドのスタッフ専用入り口に入っていった。


「……マリンはそろそろ起きてるかな」


 ギルドスペース前の通りも人が増え、ストレッチどころではなくなっている。

 彼も自室に引き返す事にした。

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