16、冒険者食堂にて
「ちょっと混んでるね……。どこに座る?」
食堂内は四人掛けの四角い木製のテーブルが幾つか置かれているほか、厨房の近くにはカウンター席もある。
現在、カウンター席はほとんど埋まっていて、空いていても二つ並んでおらず、食事をしながら会話が出来そうにない。
テーブル席も空いているものの、一テーブルまるまるとはいかず、見知らぬ誰かと相席しなければならない状況だ。
「うーん、私も知り合いほとんど居ないんだよねぇ……」
マリンは困った顔をしながら食堂内を見渡す。
無論、グレイの知り合いなど居るはずもない。
「ほ、他をあたろうかなぁ……」
入り口の脇で途方に暮れ、立ち尽くしている二人。
しかし意外にも、そんな二人に声をかける者がいた。
「おぉー! お二人さん! お困りかい? 私とでよけりゃ、一緒に食べないかい?」
食堂の入り口から見て左奥に、四人掛けテーブルを一人で使うアメリアがいた。
その顔は赤く、酒が入っていることは明らかだ。
一抹の不安を感じながらも、頼る相手のいない二人は、アメリアの言葉に甘え、椅子に腰を下ろす。
「今日はもうお仕事は……?」
普通に考えれば分かる事だが、グレイはあえて質問した。
「そう。こっからは夜のシフトだからね。てか、仕事中に酒飲むわけないじゃん! それより食べな。ここにあるのは私のおごりだよ」
思った通りの答えが返ってきて、ホッと胸を撫で下ろしたグレイは、テーブルに目をやる。
テーブルの上には、たくさんの料理が置かれていて、それはとても一人で食べきれそうもない分量だ。
「わー。これ、一人で食べるつもりだったんですか? テーブル埋まっちゃってますよ!」
マリンが驚嘆の声を上げる。
その目はすでに、何から食べようかと品定めをしていた。
「へへっ……、いやーなんか気づいたら頼んでたみたいな。カウンターじゃあ置ききれなくて、こっちに移されちゃた」
そう言いながらも、アメリアはフォークでビーフステーキを突き刺し、口へ運ぶ。
溢れる肉汁とソースが口元に付着し、彼女は置いてあったナフキンでそれを拭った。
食べ方は雑だが、机の上は意外に綺麗で、肉類などはすでに食べやすい大きさに切り取られている。
「意外と几帳面なんですね……。あっ、ごめんなさい!」
グレイが思わず心の声を口に出してしまった。
アメリアは意外と上品な笑い声をあげ、酒の入ったジョッキをあおる。
「逆よ。いちいち食べながら切るのが面倒でね。後はまぁ、これでも管理職だしねぇ……。そんな事、どうでもいいかっ。それより今日のアレよ、アレ!」
「あぁ……。やっぱり、ああいう事したら、ダメですよね……」
昼間の騒動を思い出し、申し訳なさそうな顔をするグレイ。
それに対して、アメリアは満面の笑みだ。
「いや、いいんじゃないか別に。あいつらも最近調子に乗ってたし、良い薬だ。今回は度を越えてたからねぇ。今までは一応、依頼をそれなりにこなしてたから、黙っててやったがな」
そこまで言って、アメリアは再び酒をごくごくと飲む。
一息ついた後、今度は逆に彼女がグレイに訪ねた。
「でさぁ……。どこで覚えたの? 『輝強化』なんてさぁ……」
「『輝強化』ってなんですか?」
トマトソースのパスタを頬張りながら、質問に質問で返すマリン。
彼女の食べ方は意外ときれいだ。
可愛い後輩の為に、アメリアは一から説明を始める。
「んー。『魔法輝』は知ってるな? それを体の一部に集めて、そこだけ爆発的に強化するのさ」
魔法輝には『保護』と『修復』の機能が備わっている。
『輝強化』はその二つの機能を肉体の強化に転用したものである。
要するに、グレイの放ったパンチは『保護』により拳が石の様に硬くなり、『修復』により筋肉が活性化されていたのだ。
「輝は見えないほど薄い銀色でね。一点に集めると濃くなって、銀色に輝くのさ」
「へー、なんかすごい! 私も使えるようになりたい! ねえねえ、教えてグレイ!」
マリンはグレイの服の袖を引っ張り、目を輝かせながら叫ぶ。
「えっと……、んー、ちょっと難しいかなぁ……。僕はゲイルさん……、知り合いの運送騎士の人から習ったんだけど、なんというか……、擬音だらけの教え方で、何故出来る様になったのか、自分でもよくわからないんだ」
困った顔をしながら、自らの手のひらを眺めるグレイ。
そこへアメリアが助け舟を出す。
「一朝一夕で身につくものでもないんだよ。嬢ちゃんあんた、常に右肩がほんの少し上がってるね」
「へっ!? そうですか?」
指摘された右肩を手で揉みながら、マリンは不思議そうに言う。
「一部に偏らせる事は簡単なんだ。ただ、戻すのが難しくてね。意識し過ぎると癖になって、常に偏った状態になっちまう。そうすると、歩くのもぎこちなくなるんだよ」
顔は真っ赤、目もトロンとしているが、アメリアの言っている事は事実だ。
「そうなんですか……。うーん、残念……」
「まあ、そんな落ち込まなくていいよ。これは一般的な話で、もしかしたらすぐに使いこなせるようになるかもしれない。フォルレイトにいる間に習得できれば、後々有利だしね。頑張ってみればいいさ」
マリンをあっさりした励ましを述べた後、彼女は席を立つ。
机の上の料理はかなり量が減っており、残った二人でも食べ切れそうな量だ。
「あたしが頼んだ料理の金は払っとくから、二人で仲良くお食べ。新しいのが欲しくなったら、自分で頼んでね」
料金を支払い、入り口近くで二人に手を振ると、アメリアは悠々と外へ出ていった。
残された二人は、黙々と料理を食べ進めていく。
「どう? なかなかイケるお味でしょ?」
「うん。家にいた頃は、新鮮な食物を届けられた日にしか食べられなかったから。ちょっと感動してる」
「水魔法発生装置で冷水保存はしてなかったの?」
「魔鉱石を結構消費するからね……。あんまり冷水は使ってなかったんだ。基本、保存が効くようにその日のうちに調理してたね。後は、地下倉庫は少しひんやりしてるから、そこに入れたり」
水魔法発生装置に限らず、水魔法は制御力と消費魔力を高めることで、冷水と温水をある程度使い分けることが出来る。
「ねぇ! 何か他に食べたいものは無い? 先輩として、一品だけおごってあげるわ!」
マリンは胸を張り、グレイの目を見据える。
「え、でも……」
「いいのいいの! ほら、メニューよ!」
メニューをグレイに押し付け、注文を促すマリン。
彼は悩むかと思いきや、すぐにある品を選んだ。
すでに気になる物があったのだ。
「この……、『とれたて果物シロップのかき氷』を……」
グレイがメニューをマリンの方へ向け、ある一点を指で示す。
それを見て、彼女は目を見開いた。
高い、メイン一品よりかき氷は高い。
「あぁ……、うん」
マリンが呻く。
氷を人工的に作る発生装置は、既に存在する。
しかし、その装置は水魔法発生装置を純粋に強化したもので、魔鉱石の消費量も多く、なかなか手が出せない。
一般的に氷は、冬場に水を凍らせたものを氷室に保存し、それを次の冬が来るまで使う。
数に限りがあり、その分高価なのだ。
「ごめん、調子に乗った。じゃあ……」
他の品を探し始めるグレイ。
マリンは意を決し、叫んだ。
「店員さん! 『とれたて果物シロップのかき氷』を……、ひ、ひとつ!」
「はーい! 『とれたて果物シロップのかき氷』ひとつ、入りました!」
店員の威勢のいい返事が響き、後戻りはできなくなった。
「グレイ。女に二言は無いのよ……」
虚ろな目をし、ぼそぼそと呟くマリン。
いたたまれなくなり、グレイはフォローに入る。
「あ、ありがとう。マリンも少し食べない? せっかくだし……」
「……そう言うならまあ、少し分けてもらおうかな」
程なくして、ガラスの皿に盛られたかき氷が運ばれてきた。
氷の上には、赤いイチゴシロップがかけられており、皿の端にはサクランボが二つ添えられている。
「じゃあマリン。いただききます」
「どうぞどうぞ」
グレイがスプーンで氷を口に運ぶ。
そして、それを口に入れた瞬間、彼はイチゴの甘さと微かな酸味、そして氷の冷たさに身をギュッと縮めた。
「ん! 甘さと冷たさが……、こんなの初めて! ほら、マリンも!」
氷を掬ったスプーンをマリンの口に近づけるグレイ。
それを彼女は大きな口を開け、受け入れる。
氷を口に含んだ瞬間、虚ろだった目が輝きだし、顔もどんどん緩み始めた。
「これ、おいしい! いやー、奮発してよかったわ!」
その後、かき氷を分け合い、添えられていたサクランボもそれぞれ一つずつ食べた。
大満足の二人は意気揚々とかき氷の代金を払い、寄宿舎に帰って行った。




