10、穴底に住む魔蜘蛛
グレイ、マリン、ジムの前に立ちはだかる蜘蛛の体高は二メートル程、緑と黒の縞模様が毒々しい。
「【昇り岩】!」
先手を取ったのはグレイだ。
ピッケルを地面に突き立て、『穴蜘蛛』の真下の地面から岩を隆起させようとした。
しかし、相手もすでにその魔法を知っている。
あの大穴はあくまでも罠、本来の巣は大穴の深い所に掘られた横穴。
そこから罠にかかった獲物を観察し、助けに来た仲間をも襲う。
それが、この魔物のやり方だ。
つまり、グレイが足場を作る所は見られていた。
この魔物は道具の機能を見たうえで、仕留められる、と判断したのだ。
自らに迫る金色のひびを横跳びで避け、『穴蜘蛛』はそれの発生源に糸を発射する。
「【水流撃】!」
グレイに襲い掛かろうとする糸を、空中で受け止める水柱。
二つの力は拮抗している。
「もう一回! 【昇り岩】!」
マリンと力比べをしている敵へ向かって、グレイは再び魔法を放つ。
それに対し、蜘蛛は尻から糸を発射。
背後の木にくっ付け、自らの体を後退させた。
隆起した岩は、すんでのところで敵の体を逃す。
「キリがないわ、グレイ!」
「うん、こういう時は……」
グレイはキッと敵を睨みつける。
相手もその殺気に気付いたのか、口から溶解液を垂れ流して威嚇する。
数秒間続いたその状況は、不意に終わった。
「逃げろ!」
「へぇっ!?」
「ほら! ジムさんも早く!」
グレイは他二人の背中を叩き、真っ先に駆け出す。
意図が察せなかったものの、マリンもジムの手を引き、それに続いた。
『穴蜘蛛』は一瞬、状況が呑み込めず硬直した。
しかし、そこは魔物。
すぐさま追撃に移る。
不安定な森の地面を、八本の脚を使い、人間の走り以上の速度で移動する。
始めにそのスピードの餌食になったのは、グレイだった。
「うわあああっ!!」
慌てたグレイは木の根に足を取られ、派手に転んだ。
そのまま、地を這い、近くの木の陰に隠れようとする。
蜘蛛はそれを見逃さない。
すかさず糸を吐き、『クレーアート』を持つ右手を絡め取った。
「ぐぅ……っ! マリン! ジムさん!」
周りに向けて叫ぶグレイ。
しかし、その声に返事は帰ってこなかった。
糸を引く力を強めていく蜘蛛。
それに対し彼は木の幹を掴んで抵抗する。
しかし、純粋な力は人より魔物が勝る。
グレイの手は徐々に力を失い、遂に木の幹から手を離してしまった。
引き寄せられた餌を前に、『穴蜘蛛』は口を開け、溶解液を垂らす。
その溶解液を使い、その場で溶かして食べるつもりだ。
「マリン!」
もう一度グレイは叫ぶ。
「【水流撃】!」
蜘蛛から見て、右斜め前の木の幹からマリンが飛び出した。
それと同時に魔法も放つ。
完全に捕食するつもりだった蜘蛛は、判断が遅れる。
尻から糸を出し、下がろうとしたところに水柱が直撃した。
「キシャアアアア!!」
ダメージを受けた蜘蛛は、怯み、後ずさる。
それでもまだ、その目は二体の餌を捉えていた。
「【加熱】!」
『穴蜘蛛』の真後ろから、回り込んでいたジムが姿を現す。
手に握られている剣は『ヒートソード』。
彼が持つC級道具だ。
その名の通り、刃部分を魔力により発熱させることが出来る。
所持者が幾分か余裕のある状態ならば、蜘蛛の糸を溶かす程に加熱させる事も可能。
ジムは、剣を穴蜘蛛の尻――糸の発射口に突き入れた。
「うわあああっ!」
ありったけの魔力を籠め、高熱を発生させる。
尻に剣を突っ込まれて、冷静でいられないのは魔物も一緒だ。
『穴蜘蛛』は半狂乱で暴れ出した。
「【鋭い岩】!」
「【水風船】!」
暴れる魔物に止めを刺すべく、グレイとマリンは強力な魔法を放つ。
地面から突き出た鋭い岩と上から降ってきた水の爆発に挟まれ、その胴体は岩に貫かれる。
断末魔の悲鳴を上げながらも、魔物はしばらく動いていたが、やがて動かなくなった。
「やった! うまくいったね!」
マリンが『ミカゲ』でグレイを扇ぎながら言った。
「自分から言った事とはいえ、囮はもうやりたくないな……」
当のグレイは地面にへたり込んでいる。
「助かった……、のか……。すごいね、君達! 改めてお礼を言うよ」
ジムが頭を下げる。
それを見てグレイはすぐに立ち上がり、頭を上げさせた。
「いえいえ、魔物を倒せたのは、ジムさんの一撃があったからです」
「助けたお礼は、さっき聞きましたしねー」
二人の言葉に、ジムは笑顔を見せる。
ジムはもう一度、軽く頭を下げると、話題はこれからの事に移った。
『穴蜘蛛』の溶解液や糸は素材として価値がある。
しかし、今それらを取り出し、持って帰るのは難しい。
溶解液や糸の持ち運びには、特殊な処理が必要というのが理由だ。
持ってきたロープを使い、死骸そのものを引きずるという案も出たが、これも却下された。
引きずることで、残りわずかな体力を消耗し、そこを新たな魔物に襲われることを危惧したからだ。
そのうえ、日が沈みかけている。
移動速度が遅くなれば、暗くなり、さらに危険も増す。
致し方なく、死骸は放置することになった。
「うーん、もったいないけど、仕方ないか……。無事に帰ることが優先ね」
そういうとマリンは、腰のベルトにぶら下げた袋から、何かを取り出す。
それは透明な球体で、中央には、針のようなものが浮かんでいた。
針の先端は赤く塗られている。
「なにそれ?」
「『導き玉』よ。これは二つで一つの玉で、中の針は常にもう一個の『導き玉』を指しているの。それだけなんだけど、まあ帰り道がわからなくなった時とか便利ね。丁度、今とか」
「あっ!」
グレイは、自分がどこにいるのか、わからない事に気付いた。
「もう一方はどこに?」
「アントムさんに預けた荷物の中! ふふっ、ちゃんと考えてるでしょ?」
「うん、ありがとう。このまま、森の中を彷徨うところだった」
マリンの意外な注意深さに救われた三人は、すぐに帰路についた。
自分達を見つめる人影の存在に気付かずに。
▲ ▲
「おおお!! お前達! 無事帰ってこれたか!」
グレイ達がウード村に戻ると、真っ先にアントムが寄ってきた。
その後ろから、手綱を引かれた馬もやってくる。
「モリー! ここにいたのか! 心配したぞ!」
ジムが大声を上げ、愛馬――モリーに駆け寄る。
二人は頬を摺り寄せ、再会を喜んだ。
「へへっ! 無事、依頼完了ってとこか?」
「ええ、危ない所もありましたが、なんとか」
立ち話もなんだ、とアントムは三人と一頭を、村の食堂へ誘う。
そこで今回の出来事を話し、食事をとり始めると、外はすっかり暗くなっていた。
「なぁ、今日はもう暗いから、村に一泊していかないか?」
酒で顔が赤いアントムが、冒険者たちに訪ねる。
「僕は賛成です。マリンは?」
「私も疲れたし、暗い夜道は危険だし、さんせーい!」
ジムも、この村で採れた野菜のサラダを食べ終えてから答える。
「私もそうします。せっかく助けてもらった命、無下には扱えません」
満場一致で、今日はウード村で一夜を過ごす事となった。
食堂を出て、宿屋に向かう途中、何気なくグレイが訪ねる。
「そういえば、ジムさんはフォルレイトに戻った後、どうするんですか?」
青年は少しの間、黙って考えた後、口を開く。
「正直、このまま冒険者を続けるかを、迷ってはいます……」
蜘蛛の糸に捕えられ、死を間近に感じた人間ならば、当然の答えだ。
ジムはさらに言葉を付け加える。
「とりあえず、フォルレイトまでは一緒に行っても良いかな? ギルドに依頼の結果を報告したいのと、両親に無事を伝えたいので……」
「両親……」
両親、という言葉に反応したマリンを見て、ジムは気まずそうな顔をした。
「す、すまない。つ、遂……」
マリンは慌てて、手をぶんぶんと大げさに横に振る。
「あっ、そう事じゃなくて! 私の両親は元気元気です。はい。ってことは出身はフォルレイト?」
「ええ……。最近、冒険者になったばっかりで……。こんなにすぐ続けられなく……」
「あー! あー! その話は明日明日! 今日はもう寝ろ! 宿代も出してやるよ!」
暗い顔をしたジムの事を気遣ったアントムが割って入る。
グレイもその意見に同意した。
「ぐっすり寝て、起きてから考えましょう」
「……ええ、そうですね」
ジムは少しだけ笑顔を作った。
その後、宿屋でアントムは部屋を二つ借りた。
一つはマリン一人で、もう一つはグレイとジム、男二人で使う。
部屋の前で三人は、他愛のない短い会話を交わす。
そして、それぞれの部屋のベッドに潜り込み、すぐ眠りに落ちた。




