9、冒険者を探せ!
「うーん! 意外と気持ちいところねー」
コイグ森に入ってから数分、グレイ達は木漏れ日が射す中を歩いていた。
森の中は涼しく、静かで、とても魔物が出るようには思えぬ雰囲気である。
「風は涼しいけど、日差しは少し暖かくて、お昼寝がしたくなってきたわ」
「油断しちゃだめだ……。先に進むほど、暗くなってきてるよ」
気を抜くマリンに注意をするグレイ。
だが、彼も初めて入る森の奥地に落ち着きがない。
「にしても、どこに行っちゃたのかな。何の手がかりもないけど」
「依頼内容もウード村周辺の魔物討伐……。ざっくりとしすぎてて、参考にならない」
馬の持ち主は単独行動をしていたらしく、狙った魔物の種類もわからない。
二人は、大声で呼びかけようとも考えた。
が、森の静かな雰囲気はその考えを実行には移させない。
時は昼下がり。
このまま、だらだら森を彷徨えば、すぐに暗くなってしまう。
焦りを感じ始めた矢先、二人はあるものを見つけた。
「あ! これ見て!」
マリンが声を上げ、その場にしゃがみ込む。
そして、地面に落ちている物を拾い上げた。
グレイはそれに見覚えがある。
「これは……、冒険者バッジかな? マリンが持ってるのと一緒だ」
「そうね。誰のかはわからないけど、おそらくは……」
二人はお互いの目を見て頷く。
探している人物が、この辺りで何かに巻き込まれた、と判断した。
「このバッジから、持ち主の位置は探れないの?」
「うーん、そういう機能は無い……」
マリンの言葉はそこで途切れる。
二人は口をつぐみ、道具に手をかけて、辺りを見回す。
「どうやら、バッジを落とした理由はハッキリしそうね……」
ガサガサと草をかき分ける音、獣のうなり声がかすかに聞こえている。
その音の方向を向き、二人は道具を構えた。
直後、草木の間からこげ茶色の魔物が現れる。
四足歩行で赤い目、鋭い牙と爪を持つ獣で、肩までの体高は、グレイの腰と同じぐらいだ。
その魔物はマリンたちの方を睨み、様子をうかがっている。
「『木狼』ね。大したことないはずよ」
マリンが、魔物から視線を外さずに説明した。
そのまま扇子を構え、狙いをつける。
すると、その魔物のすぐ隣に新たな『木狼』が顔を出した。
「あっ」
グレイは辺りをきょろきょろと見回す。
周りの木々の間から、魔物の一部が見え隠れしていた。
「マリン! 囲まれてる!」
「えっ!」
あたふたとマリンも辺りを確認する。
コイグ森の魔物は弱い、その事を魔物自身も理解していた。
『木狼』は必ず集団で行動し、大人数の敵には近づかない。
単独行動している者を狙い、囲い込み、有利な状況を作ってから襲う。
この事を知らずに森に入り、酷い目にあう新人冒険者は多い。
マリン達が探している人物もそうであった。
「えーっと、戦闘の時はグレイが前に出て……。この場合、前はどっちかな……?」
「マリン、一点突破だ。とりあえず囲いを抜けよう!」
作戦が決まった矢先、ウルフたちが二人に跳びかかる。
「【昇り岩】!」
「【撃ち水】!」
隆起した岩や飛び出した水の塊が、空中のウルフに衝突する。
初めに跳びかかったウルフは、ほとんど叩き落された。
が、後ろに控えたウルフによる第二波が、すぐ二人に迫る。
再び能力と魔法を行使するも、一回目より集中力を欠いた状態では、すべてを落とすことが出来ない。
攻撃を抜けた数匹が二人の腕や足に噛みつき、その牙が服を切り裂き、肌に接触した。
魔法輝の働きで、いきなり皮膚を裂かれる事は無いが、痛みはある。
二人は顔をしかめながら、ウルフを振り払った。
「キリがない! 【囲い岩】!」
グレイたちの周りを囲むように岩が飛び出す。
以前『腕巨魔』に使用した物よりも、高さがある岩だ。
しかし、ウルフ達は岩を駆け上り、二人に襲い掛かろうとする。
「マリン!」
「【水風船】! 伏せて!」
マリンが頭上に水の球体を放つ。
それは岩の先端ほどの高さで一旦縮小し、爆発した。
「うぐ……っ!」
背中に衝撃を感じるグレイ。
彼は同時にウルフ達の悲鳴も耳にした。
爆風が過ぎ去り、二人は耳を澄ます。
足音や唸りが声がある一方向から聞こえてくる。
新手だ。
その方向にウルフ達のねぐらがある、と判断した二人は、反対方向の岩を崩し、走って逃げだした。
▲ ▲
「はぁ……、危なかったわね」
走りながら、後ろを振り返りグレイに話しかけるマリン。
二人の背後に、ウルフの姿はない。
新手は仲間の惨状を目の当たりにし、撤退の判断を下していた。
「私たちの連携、うまくいったよね!」
「うん! ああっ! マリン、前、前!」
「へ?」
マリンの行く先には、直径五メートル程の穴が存在していた。
森の草生い茂る地面の中、不自然に。
「あっ! ぎゃああああっ!」
「【昇り岩】!」
グレイは自らの体にもブレーキを掛けつつ、マリンを止めるための岩を出す。
穴の直前で岩にぶつかり、マリンは「ぐえっ」と声を上げて止まった。
「は、はりがほお……」
「ゴメン! これしか方法が無くて……」
「ひ、ひいよいいよ」
鼻を抑えながら、マリンは穴を覗き込む。
「あ、いた!」
続いてグレイも覗き込む。
穴は深く、その中ほど辺りには、大きな蜘蛛の巣が張り巡らされていた。
その巣の端の方に、人の様なものがくっついている。
「服装的に冒険者みたいだし、きっとあの人だよ! そうじゃなくても助けないと! 蜘蛛も今はいないみたいだし」
「分かった。足場を作ろうか」
グレイは穴の側面にピッケルを突き立て、螺旋階段状に岩を隆起させる。
岩階段を下り、巣の近くまで寄ってきた二人は、その深さに恐怖した。
そこの方には、魔物の骨の様な物がたまっている。
「は、早く助けて戻ろう……」
「そうだね……」
引っかかっていた人物は、グレイたちと同じ人間族の青年だった。
手には剣が握られており、その目は閉じられている。
「し、死んでるのかな……?」
グレイは無言で、その青年の体の下まで岩を伸ばす。
そして、マリンの【水刃】で糸を切り取った。
岩に降ろされた時、青年は目覚めた。
うめき声をあげ、体を起こそうとする。
「うわぁ! じゃない! 大丈夫ですか?」
「ううっ……、君たちは……、冒険者か……」
青年は、マリン支えられながら立ち上がる。
ゆっくりと岩階段に向かいながら、青年は名乗った。
彼の名はジム。
フォルレイトから魔物討伐にやってきたものの、大した戦火が上げられなかった。
そのため、他の冒険者が引き上げた後も、彼は森に入り、討伐を続けようとした。
結果、多くの冒険者が出入りしている時は動かなかったウルフに襲われ、逃げ出したと思ったら、今度は穴に落ちたとの事だった。
「まったく、情けないよ。君たちが来なかったら、どうなっていたことか……」
「まあまあ、今は取り敢えず、生きてる事を喜びましょう!」
岩階段を上り始めたマリンとジムの後を、グレイも追おうとする。
その時、彼は気付く。
先ほどまでジムがいた岩の下から、大きな槍の穂先の様な物が飛び出ていることに。
それは蠢いており、全部で八本あった。
グレイは叫ぶ。
「マリン! 早く昇れぇ!」
「えっ? ……っ!」
マリンの顔が引きつる。
彼女のいる位置からは、岩の裏にいるソレが見えた。
ジムを急かし、岩階段を急いで昇りだす。
「【破岩】!」
岩階段に移り、ソレが張り付いている岩の根元を砕き、下に落とすグレイ。
砕かれた岩は、回転しながら落下する。
その際、裏に張り付いてた大きな蜘蛛型魔物――『穴蜘蛛』が姿を現した。
蜘蛛は抱き込んでいた岩を離し、口と尻から糸を放つ。
その糸は両側の壁にくっ付き、糸と蜘蛛でできた橋を作った。
(なんだアイツ……。何がしたいんだ?)
グレイはてっきり一度下に落ちた後、壁を駆け上ってくると考えていた。
岩階段を駆け上りながら、蜘蛛を観察する。
すると、蜘蛛は体を上下に揺すり始めた。
次第に揺れは大きくなり、伸縮性のある糸がギシギシと音を立てる。
「グレイ! どうしよう!」
「逃げられるなら、逃げよう。 ジムさん、走れますか?」
「ああ、なんとか……」
逃げる算段が付いたとき、穴から蜘蛛が跳び出してきた。
糸の上下運動のエネルギーを利用し、上に跳んだのだ。
空中の蜘蛛は、グレイめがけて糸を放つ。
「うっ!? でも、これぐらいなら!」
グレイはそれを躱す。
外れた糸は地面にくっついた。
蜘蛛はその糸を強く吸引し、自らの体を引っ張り、地面に着地させる。
着地の拍子にドシッと鈍い音をたて、鋭い足先が地面に刺さった。
「逃げるって選択肢は、もう無いみたい」
自分たちを餌としてみている『穴蜘蛛』を前に、グレイとマリンは意を決し、再び道具を手に取った。




