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第八話

前に進み出たアレクに、魔女は胡乱な目を向ける。


「関係ないのは引っ込みなさいよ。死にたいの?」


アレクは暢気を装って軽く肩を竦めた。

短剣を持つ右手は後ろに隠したまま。


「つれないな。今まで私を付け狙っていたのは君だろう」

「・・・・」


魔女は分からないのか眉を顰める。


「アリーセ! 下がれ!」


焦ったようなジークムントの声。

しかしそれを無視し、魔女と視線を合わせていると、魔女は気付いたのか、はっと目を見開いた。


「なっ! その顔! おまえはアレクシス王子! 」


魔女の言葉に広間は今までにないほど、どよめいた。

あちらこちらから、アレクシスと呟く声が聞こえる。

しかしアレクは魔女の言葉には答えず、微笑むにとどめた。

魔女がアレクの方に体を向ける。

ロスヴィータを掴む左手はそのままで腕がにゅるりと伸びた。

女性の「ひぃっ」という声が複数あがった。


「はじめまして、西の火の魔女」

「おまえ、生きていたの・・・」


魔女は呆然と呟く。


「死んだと思ってた?」

「なぜ死んだなどと・・」

「さあ? なぜかな?」


アレクはまた肩を竦める。

魔女の顔に不快感が浮かんだ。苛立っているのだろう。

魔女はコツコツとヒールを鳴らし、アレクの方に歩いてくる。

どんどん、魔女の左手は伸びていき、そのあり得ない光景に何人かの女性が倒れたようだ。


「聞いているのよ、あたしが」

「その問いには答えられないな」

「おまえっ」


魔女は一瞬、激高の気配を見せた。

しかしそれをなんとか飲み込んだようで、アレクから五歩ほど間をあけ立ち止まり、嘲笑を浮かべる。


「おまえ、なんなのその格好。女装趣味? 気持ち悪いわね」


魔女との距離。

魔女をロスヴィータから離せたのはいいが、まだロスヴィータの首を掴んだままだし、アレクと魔女の距離は遠い。

アレクは冷静に機を見計らい、表面では戯けてドレスの裾を掴んだ。


「そう? 結構似合ってない?」

「似合ってなんかいないわ。気持ち悪い。

こんなのが王子だなんてこの国は終わりね」

「おや、心配してくれるのか?」

「そうね、一応この国に住む者として、こんな気持ち悪いのが王になったらと思うとぞっとするわ」

「あまり気持ち悪いなんて連呼しないでくれ。

さっきは私の顔を褒めてくれてたじゃないか。

陛下だって褒めてくれた。よく似合うと。サリビアの花のようだと」


アレクの挑発。

サリビアの花は白や薄紫、桃色の花びらを持つ清楚で美しい花だ。

『サリビアの花のよう』とは若い女性を褒める時に使われる言葉で、若い時の王はよく使ったそうだ。ーー目の前の魔女にも。

魔女の右手が伸び、アレクの首に巻き付く。


「うっ」


そのまま魔女の前まで引きずられた。

首が締まっても死なない程度に加減しているらしい。

魔女の前に、足が床につくかつかないかのギリギリで立たされても、苦しいが声を出す余裕がある。


「・・気に、障った?」

「黙れ、首の骨を折るわよ」


魔女は低く唸るように言うと、アレクを力づくで跪つかせ、左手をアレクの顎にかけ、上向かせた。


「許せないわね。男の癖にこの顔、この肌。本当にむかつくわ」

「許せないと言われても、私は困ーーうっ」


アレクの言葉を、魔女は首に巻いた手に力を入れることによって遮る。

苦しさに顔を歪めるアレクを見て、魔女は愉悦に歪んだ笑みを見せた。


「いい顔ね」


魔女は右手をアレクの首から解き、アレクの頬を撫ぜる。その動きは艶かしく、気持ち悪い。

アレクの背中を悪寒が走った。


「触るな」

「あたしに逆らっていいの? あんたの妹の命はあたしが握っているのよ。

ほら、あたしに逆らうと王女は・・・嘘・・」


振り返った魔女は呆然と呟く。

魔女が振り返った先、先ほどまでロスヴィータを捉えていた魔獣は、首と胴が離れ、腕も切り落とされて、床に転がっている。

もちろんロスヴィータの姿もそこにはない。

代わりにジークムントとクレメンス、近衛隊の面々が魔女に剣を向けていた。

アレクは魔女が呆気に取られ、アレクから意識を外した隙に、体を起こし短剣を魔女の心臓に向けて突きつけた。


「ーー!?」


向き直った魔女は声も出せず、目を見開く。


「動くな! 動けばおまえの命はない!」


魔女が動く前にアレクは鋭く警告の声をあげた。

短剣は魔女の胸に浅く刺さっている。

魔女が抵抗の素振りをみせれば、すぐに短剣を押し込み心臓を貫くことが出来るように、左手で短剣を持ち右手を柄頭に添えた。


「おまえを殺すつもりはない。

おまえが金輪際、王家にも国にも害を与えないと誓うなら、立ち去る事を見逃そう。

否と言うなら、命をもらう。どうする?」


魔女は目を見開いたまま、アレクと視線を合わせていたが、やがて目を細め口元に皮肉気な笑みを浮かべる。


「殺さないの? あたしはあんたの兄さん二人を殺したのよ?

ああでも、あの子達が死んだのはあんたが生まれる前の事ね。

あんたはあの子達の顔なんて知らないからどうでもいいのよね?

でも、王様と王妃様はどうかしら?

あたしのことを殺せって思ってるわよ」


魔女は楽しそうに王達を見やる。

アレクは短剣に力が篭るのをなんとか抑えた。

亡くなった王子達の姿は、絵姿として残っている。

一人は利発そうで、もう一人は幼く愛らしかった。

アレクはマクダレーナがその絵姿を見ながら泣いているのを何度も見ている。

声を殺して泣くその姿は痛ましく、見ていて辛かった。


「あんたもあたしのせいで、殺されそうになる恐怖を味わったでしょうに。

善人ぶってないでさっさとやったら?」

「・・・・」

「そうか、あたしが死んだらあんたに味方してるあたしの妹も死ぬものね。

あたしたちは一心同体、生きるも死ぬも一緒だというのに、妹ってばこんな短剣をあんたに渡して。

自分も殺して下さいって言ってるのも同然よね」

「・・・おまえには人の気持ちが分からないのか?

マクダレーナ様の気持ちも、おまえを想う妹の気持ちも!」


アレクは奥歯をぎりっと噛み締めながら、魔女を睨んだ。


「おまえの妹は、おまえが元の姉に戻ってくれることを祈っている。

この短剣を僕に貸してくれたのだって、おまえを殺す為じゃない、止める為だ。

私が十八歳になって呪いが返ったら二人とも死んでしまうことも、仕方がないって、姉とならいいって言っていたのに、なんで分からないんだ!」

「・・・・」


魔女は一瞬、無表情になった。

しかしすぐに、嫌悪も露わに顔を歪めた。


「あんたには関係ないわ」


ぐずりと、手に嫌な感触が伝わる。

魔女がアレクに顔を近づけると同時に一歩進み出たため、アレクが持つ短剣は深々と魔女の心臓に突き刺さったのだ。しかしーー


「今のあたしは心臓を刺されても死なないわよ」

「なっ!」


アレクが驚愕の声をあげ、後ろに下がろうとした刹那、アレクの首と腰、足に紐のようなものが巻き付く。


「ぐっ」


アレクは反射的に首に巻きついた何かを手で掴み、締まらないように隙間を作る。

しかし、その手も何かに絡め取られ、短剣を握る手が緩んだ。

カランと短剣が床に落ちる音が響く。

アレクに巻き付いているのは魔女の手、複数であるから指だろう。

指に絡めとられ、アレクの体が宙に浮く。

横を見れば、魔女も宙に浮いていた。


「こいつは貰っていくわね。

言っておくけど、こいつは生きたまま返さないわよ。

散々遊んで、飽きた時に気が向いたら死体を返してあげる。

どんな状態か楽しみにしておくのね」


魔女は楽しそうに笑い声をあげる。

一見なんのダメージも負っていなさそうだが、心臓の傷跡からは黒い膿のようなものが流れ出し、全くの無傷というわけではなさそうだ。

この状況を打開するに、短剣を落としてしまったのが悔やまれる。


「ジーク! クレメンス! 僕はいいからその短剣でーー」

「うるさいわね」


魔女はアレクに巻き付けた指に力を込めた。


「うぐぅ」


アレクは苦しさと痛さに苦悶の声をあげる。魔女はニヤリと笑った。


「あたし、あんたの顔嫌いだったけど、その歪んだ顔は好きだわ。

楽しみね、あんたの泣き叫ぶ顔が」

「ーー!」


アレクは魔女の醜悪な笑みに、嫌悪に身を震わせた。

大きな瞳に形のいい唇、造作は美しいのに、こんなに邪悪で醜い顔は見たことがない。

魔女はジークムント達を見下ろす。

だれも追ってこれないことを確信しているのか、見せびらかすようにアレクを掲げている。

とーー、

魔女の後ろに影が走った。

魔女が振り向く前に、その影は剣を振り下ろし、魔女の右腕を切断する。


「なっ!」


魔女が振り向くと同時に、その影ーー黄色いドレスがひらめくーーはさらに剣を煌めかせる。

魔女が空中で後退するのを見ながら、アレクは落下していた。

体中、魔女の指が巻き付いたままで受け身も取れない。


(床に叩きつけられる!)


なんとか頭から落ちないように身をよじり、衝撃を覚悟して固く目を閉じる。

衝撃は思っていたものとは違い、誰かに抱きとめられたのだと分かった。

目を開けると、心配そうなジークムントの顔が目の前にあった。


「アリーセ、無事か?」

「・・・ジーク。ああ、ありがとう。助かった」


ジークムントはアレクを床に下ろすと、アレクの体に巻き付いた魔女の指をすぐに取り去ってくれた。

アレクはほっと息をついた。

巻き付かれて苦しいし痛かったが、とにかく気持ち悪かった。

アレクは魔女を見上げる。

魔女は胸元を抑え、忌々しそうにある場所を見下ろしていた。

その視線の先にいたのは、黄色いドレスの小柄な少女ーーマルディナだった。


「助けてくれたのは、マルディナか?」


剣を構えるマルディナは一端の剣士のようで、アレクは驚きを隠せない。

魔女からしてみても晴天の霹靂だっただろう。

まさか、ドレスを着たお姫様が剣を振り回し、自分に斬りかかるとは。


「なんってことをするのよ! ネックネスの鎖が切れたじゃないの!! ふざけんじゃないわよ」


魔女はマルディナに向かい、激高している。それは今日一番の剣幕だった。

魔女は左手をにゅるりと伸ばし、落ちた右腕を回収する。

指が伸びたままのそれは、夢に見そうなほど気持ち悪い。

あんなものが自分の体に巻き付いていたのかと考え、身震いした。


魔女は右腕ーーと、ジークムントが力任せに引きちぎったため、ちょっと飛び散った指ーーを回収し終わると、王に向かって吠える。


「出直すわ! 首を洗って待っていなさい!」


そして踵を返す途中で、ふと目に止まったほどのあっけなさで、アレクに言い捨てる。


「みんなに守られて、まるでか弱いお姫様ね、気持ち悪い」

「なっ」


アレクは絶句する。

言い返す前に、魔女はアレクから興味を失ったように他に顔を向けてしまった。


「あんたも! ただじゃすまさないから、覚悟しなさい!」


魔女はマルディナに言い捨てると、天井近くまで浮かび上がる。

広間にいる者を睥睨すると、窓を突き破り去って行った。


散々引っ掻き回した挙句にあっさりと去って行った魔女に唖然とするも、アレクの中でフツフツと怒りが湧き上がる。


(誰が、か弱いお姫様だ!!)


アレクは自分の格好も忘れて、魔女が突き破った窓に向かって盛大に怒鳴り声をあげたーーー心の中で。



お読みいただきありがとうございます。

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