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第七話

魔獣と魔女が王一家と対峙する。

それを取り囲むように遠巻きに見ている貴族の群れにアレクはいた。

ちょうど魔女たちを側面から見る位置にいるので、魔女たちの様子も王一家の様子もよく分かった。


人の何倍もの大きさの黒い魔獣が腕に抱えているのは、第一王女ロスヴィータ。

気丈な十五歳の王女は意識は保っているが、青い顔で震えている。

抵抗したのか金髪は乱れ、母親譲りのブルーグレーの瞳に涙を浮かべている。

そしてその横、アレクに近い方にいる赤いドレスの妖艶な魔女は、不自然に伸びた左手でロスヴィータの首を掴んでいる。

そのため、周りの近衛たちも動けない。


アレクは首を巡らし王一家を見る。

魔女の視線の先にいるのは、焦げ茶色の髪に白髪が混じり、刻まれた皺に威厳を感じさせる王、ヘルムフリート。

右足は義足で、右手の杖で体を支えている。傍らに第五王子カールハインツとカールハインツに支えられた王妃マクダレーナ。

側にいるジークムントは剣に手をかけているが、ロスヴィータが人質にとられているため、動けないでいる。

アレクはさらに視線を巡らせるが、王の護衛であるクレメンスが見当たらなかった。


「今さら何の用だ、魔女」


口火を切ったのは王ヘルムフリートだった。


「あら、ご挨拶ね。久しぶりに会うのに」

「私はお前になど会いたくはない。

お前は私の息子を二人殺したのだ」


重々しく告げる王。隣でマクダレーナがびくりと震えた。

魔女はそれを見て、その妖艶な顔を醜く歪め、笑う。

アレクの背筋がぞくりと震えた。あまりの悪意。あまりの禍々しさに。


「死んだのは三人でしょう?

あの忌々しい蛇女の犬も、いつの間にか死んだらしいじゃないの。

ええと、アレクシス王子だったかしら」

「お前にアレクシスの名を呼ぶ権利はないぞ、魔女」

「あら、そう? 呼ぶ権利はあると思うわ。私あいつの所為で死にかけたんだもの」

「死にかけた?」


(でも、やはり生きていた)


アレクは胸中で呟いた。

アレクが十八歳になった時点で呪いは術者に返り、その強すぎる呪いの反動で魔女は死ぬ。

その筈だったのに。


「うふふ、そうよ、死にかけたの。

でも今は元気よ、むしろ前よりパワーがあがったわ。

今のあたしはちゃちな呪いなんか使わなくても直接あなた達を殺せるわ!」


勝ち誇るような魔女の言葉は迷いがなく虚言だとは思えない。

何より城の警備を掻い潜り、広間まで来るとはどれほどの力なのか。

魔女は何かに気づいたように微笑んで続けた。


「そうそう、あの王子の話だったわね。

あたしあの王子、大っ嫌いだったのよ。

私の邪魔をしただけでも許せないけど、それよりお綺麗な顔ですまして、自分は特別だって思ってるところが胸くそ悪いったら」

「貴様はアレクシスに会ったことなどないだろう」

「会ったことなんてないわよ、こっちから願い下げだわ。

だけど、水晶玉で見たことがあるの。

蛇女の邪魔なのかすぐに見えなくなったけど、本当に綺麗な顔をしていたわね。

私の手であの顔をぐちゃぐちゃにしてあげたかったわ」


魔女は憎々しげに顔を歪める。だがすぐに、あははと笑い出した。


「あの王子って、あたしが殺したんじゃないのよ。

あいつが死んだのって呪いが解けた後のことだもの。

誰が殺したのかしら。呪いが解けたからもう用済み。

邪魔だから殺したんでしょうね、おお、怖い」


広間がざわざわとざわめく。

魔女の言いようはまるで、ジークムントを擁立するために邪魔なアレクシスを亡き者にした人間がいるような言い方だ。

魔女の戯言を本当に信じる者はいないだろうが、その言葉はこれからの王国に影を落としかねない。


「アレクシスは誰かに殺されたのではない。天命だったのだ」

「天命ねえ。それは都合のいい事。

呪いが解けてすぐに邪魔な王太子が死ぬなんて。

幸運だったわねぇ、王妃様。これであなたの息子が王位につけるものね?」


ねっとりとしたいやらしい目でマクダレーナを見る魔女。

王妃は怒りに顔を歪め口を開こうとするが、それを制し、王が答える。


「私も王妃もアレクシスを慈しんでいた。

アレクシスが亡くなったことは望外の悲しみだ」

「あらぁ、その割りには王妃様は随分と機嫌がいいらしいじゃないの。

前の王子達が死んだ時は寝込んだ癖に。

殺したんじゃないのなら、自分の子じゃないからどうでもいいのね」

「そんなことっ!」


マクダレーナが叫び、前に出かける。だがそれをカールハインツが抑えた。

カールハインツに肩を掴まれているマクダレーナは悔しいのか唇を噛む。

アレクも我慢ならず、ぎゅっと手を握り締めた。

マクダレーナがアレクシスを愛してくれているのはアレクが一番よく分かっている。

こんな中傷を受ける云われはない。


今この場でアレクシスは自分だと、生きているのだと言えば、あらぬ疑いは晴れるだろうが別の問題を生む。

ままならない状況に焦りが浮かんでくるが、アレクは必死に自分を抑えた。

魔女が注視している限り、ジークムントや王の周りにいる近衛隊士たちは動けない。

ロスヴィータを救い出すためにはきっかけがいるのだ。


「勘違いしないで? 王妃様。責めてるんじゃないのよ。むしろよくやってくれたわ」

「っ! ふざけないでっ! あなたの所為で、あの子達は!」


マクダレーナがカールハインツを振りほどきそうなほど腕を降り、叫ぶ。

魔女は煩わしそうに鼻を鳴らした。


「うるさいわね、それを選んだのはあんたの隣の男よ。責めるならそっちにしなさいよ」


ぞんざいに言い放つと、魔女はその目を王に向けた。


「ねぇ?」

「何が望みだ」

「望み? そうね、三十年前と同じものを」


その言葉に年配の人々がざわりと騒いだ。意味を知っているアレクも息を飲む。


「いいだろう、私が欲しければくれてやる。連れて行くがいい」


王が重い声で告げると、弾かれたような笑い声が広間に響く。

魔女はさもおかしそうに大声で笑っている。

なかなか収まらないその耳障りな甲高い笑い声は広間に不安を撒き散らした。

魔女は笑いを収めると、ニヤリと顔を歪ませ笑った。


「その言葉は聞きたかった言葉だけど、もう要らないわ。

あなたみたいな老いぼれ、私に相応しくないもの」

「・・・ならば、何を望む」

「ふふっ、あなたの息子、昔のあなたにそっくりね。その子をちょうだい。

そうすればとりあえずは王女様を解放するわ」


一際大きく広間がざわつく。

そんな中、アレクはやっと反撃のきっかけを見つけた。

魔獣の向こうの貴族の合間にクレメンスがいる。

クレメンスも貴族に紛れて、機会を伺っているらしかった。

アレクはそっと手を動かす。目敏いクレメンスがそれに気づいた。

クレメンスと目が合うと、アレクは手で合図を送った。


(僕が魔女を惹きつけるから、クレメンスはロスヴィータをお願い)


手の合図を悟ったらしいクレメンスは目を見張り、首を振って否を唱えるが、アレクはよろしくと合図を送って移動を開始した。

一度、魔女たちを取り囲む輪から抜ける。

そこでドレスを捲り、右足に括ってあった短剣を取り出した。柄の部分に緑色の石がついている短剣。

それを祈るように握りしめた。

この短剣が頼りだ。これ以外にアレクには魔女を出し抜けるものはない。


「アリーセ様、そんな短剣で何をなさるおつもり?」


後ろから声をかけられる。

振り向くと、マルディナが立っていた。

なぜか手に長剣を持っていたマルディナはアレクの眼鏡を外した顔を見て、目を瞬かせる。


「そのお顔・・・」

「マルディナ様、アーデルハイド様」


マルディナとマルディナの後ろに立つアーデルハイドを見据える。

アーデルハイドはアレクの顔に驚いた様子はなかった。


「あなたたち二人に頼みがある。私の短剣は魔女を殺せる。

それを、魔獣の向こうにいるクレメンスとジークムント殿下に伝えて欲しい。

私が魔女の気を引くからロスヴィータ殿下を救い出して、と。

私には策があるから、危なく見えても構うな、と」

「しかし」


マルディナは納得できないのか反論を口にする。アレクはそれを目で制し、


「今は時間がない。とにかくお願いします」


一方的に言い、アレクは二人を置いて、また貴族の輪を掻い潜り進む。

輪を抜けてみると、魔女は肩を震わせ笑っていた。


「断るの? 王女が死んでもいいのかしら。

ねぇ、悪い取り引きじゃないわよ。その王子を殺すつもりはないの。

ちょっと遊んだらちゃんと返してあげるから」


アレクは一歩踏み出した。


「なら、私と遊んでくれないかな?」





お読みいただきありがとうございます。

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