表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

第五話

「まさかこんなことが起こるなんてな」


頭上からポツリとジークムントの声が落ちる。


アレクとジークムントはバルコニーで、広間から漏れる音楽に乗って踊っていた。

アレクはすでに二回ほど、ジークムントの足を踏んでいた。

今まで覚えていた動きと逆の動き、リードするのではなくリードされる。

なまじ男性パートに慣れている分、頭で考えて動かなくてはいけない。

いきなり脈絡なく始まった話にアレクは生返事を返した。


「うん?」

「あなたとこうして踊っていることが不思議だ」

「自分で誘ったんじゃないか」

「そうだが、三ヶ月前の自分は想像もしていなかった」

「それはそうだろうね。兄とダンスを踊ることを想像する弟なんていないだろう。

今だって僕はムズムズしてるよ」

「ムズムズ?」

「君もカールと踊ってみればわかるんじゃないかな」


アレクはジークムントの顔を見ていなかった。

今踊っているのはステップが複雑な曲で頭の大半はそっちにいっている。


「あなたはまだ俺のことを弟扱いか?

しかも自分のことも男だと思っているんじゃないだろうな?」

「どうだろうね。それに近いものはあるかもね。

少なくとも、広間にいるご令嬢方と同じ考えではないな」


ジークムントはアレクの腰をぎゅっと引き寄せる。

怪訝に思って見上げると、意地の悪い笑みを浮かべたジークムントと目が合った。


「あなたが女性だと言う事を、思い知らせてやろうか?」

「・・・・」


アレクは目をすっと細めると、思いっきりジークムントの足を踏みしめた。

驚いたのか痛かったのか、緩んだ手を振り払ってジークムントから距離をとる。


「全く。ジークってばそれが素なのか?

前は僕の前では真面目な王子様を気取っていた癖に。そんな危険な人と一緒に居たくないね」

「悪かった。調子に乗った。許してくれ」


手を合わせ懇願するジークムントにアレクは胡乱な目を向ける。

こんなやりとりがつい最近もあった気がする。


「君は本当に反省しているのかい?

とりあえず謝っておけばいいと思っているだろう」

「そんなことはない。これからは女性として敬い、稀有な宝石のように大切にすると約束する」


人をすぐに俵担ぎしようとする人間が、嘘くさい。

だいたいジークムントが宝石を大切にするところなど、想像も出来ない。

装飾品嫌いで極力つけないジークムントは式典用の衣装でさえ幾つかの飾りを省いてしまう。


「アリーセ、続きを」


ジークムントがアレクに向かって手を差し出す。

一瞬断ってしまおうかと思ったが、ジークムントと踊る機会などもうないだろうし、せめて一曲は踊り切ろうとその手を取った。


曲に乗ってダンスを踊る。

月明かりの下、二人でいるといつかの夜を思い出す。


アレクがアレクシス王子として最後にジークムントと会った夜。

アレクは月明かりに誘われて、普段は行かない回廊へ行き、街を見下ろしていた。

街を見て、その先に広がる大地を見て、この国の未来を想った。


無事に十八歳を迎えたジークムント。

自分の役目は終わった。

後は彼が良い王となるのを遠くから祈るのみ。


と思うのだが、十八年兄弟として過ごしてきたのに、ジークムントとあまり話せなかったのは残念だと思う。

いろいろな話をしてみたかったな、などと思っていたら当のジークムントが現れた。


少しの間だが話をして、笑いあった。

もう満足だと思った。

口には出さず、心の中で別れを告げた。


しかし、すぐに再会。

今こうしてダンスを踊っている。


「確かに不思議だね、こうして踊っているのは」

「だろう?」

「僕はさ、王宮を出たらもうジークと会う事もないんだろうなーって思ってたんだ」


ジークムントが聞きたくなかった言葉をさらりと言ったアレク。

その言葉を受け、ぎしりっとジークムントの体が固まった。


「けれど、一生という訳じゃない。

いつか君も事のあらましを知る事になる。

知って、僕に会いたいと思ってくれたなら、会うつもりでいた。

まあ、その時に僕がどこで何をしているのか見当もつかないけどね。

ただ、会うのはもっとずっと先、お互いにもっと年を取ってからだと思っていたから、こんなにすぐに再会するなんて驚きだよ」


アレクはクスクスと笑ったが、ジークムントには笑い事ではなかったようだ。

ジークムントはじっとアレクを見下ろす。

何も言わないジークムントを見上げ、アレクは首を傾げた。


「どうした、ジーク?」

「あなたは何も知らない」

「?」

「何も分かっていない」

「ジーク・・」


ジークムントはアレクの言葉を遮り、まるで逃がさないとでもいうかのように、性急に、そして力強くアレクを抱き締めた。


「ちょ、ジーク。苦しいって」


アレクの文句をジークムントは無視した。


「あなたが亡くなったと聞いた時、俺がどれほど絶望したか・・・。

俺はずっと、あなたと話がしたかった。

あなたに俺を見て欲しかった。

あの日・・・、あの月の夜。

あなたに笑いかけられて、話をして、俺がどれほど嬉しかったのかあなたは知らない。

これからは、あなたと話が出来る。

王となるあなたを支え、共に国を守っていこうと心に決めた。

何者からもあなたを守ろうと決めた。

そのあなたが亡くなった。

その喪失感は、あなたには想像も出来ないだろう」

「ジーク・・・」


アレクはジークムントがそんな事を思っていたとは知らなかった。

ジークムントはすぐにアレクを思い出にして、王太子として過ごしていくのだと思っていた。

ほんの少しでもアレクがいなくなった事を寂しいと思ってくれたら嬉しいな、ぐらいに思っていたのだ。


「あなたが生きていると分かって、今度こそ守ると決めたんだ。

もう離さない。俺はあなたから決して離れない」

「・・・・」

「例えこの世の果てに逃げようとも、追いかけて必ず捕まえる。

泣いたって喚いたって許さない。

絶対に、絶対に逃がさない。

それでも俺から離れると言うのなら、どこか、誰も来ない場所に閉じ込めて・・・」

「待て待て待て待て、怖いって!」


たまらずにアレクは叫んだ。

がばりと顔を上げ、ジークムントから距離を取ろうと、腕を突っ張る。

ジークムントは多少腕を緩めたが、アレクを離さなかった。


「途中までは、『そうかージークはそんな事を考えてたのかー』なんて、ちょっとしんみりしてたのに、どうしてそういう話になるんだよ」

「あなたがあまりにあっさりと、俺と会う気はなかったなどと言うから、少し思い知らせてやろうかと思って」

「だからって、さっきのはないだろう。

暗い、重い! 冗談でも怖い」

「冗談じゃない。本気だ」

「なお悪い!」


真顔で言い募るジークムントに、アレクは頭突きでもしてやろうかと思った。

背中と腰にまわっているジークムントの腕がなかったら実行できたのに残念だ。


アレクはジークムントを見上げるのをやめた。

そうすると、アレクの目線はジークムントの胸元になる。

昔は自分より小さかった、一ヶ月違いの弟。

今は見上げるほどに大きくなり、逞しい青年になった。

アレクは過ぎ去った年月を想った。


「・・・ジーク」

「なんだ?」

「僕だって、何も思わなかった訳じゃないよ。

君と会えなくなるのは寂しいし、何も言わずに去ってしまうのは心苦しかった」


ジークムントは緩んだ腕にまた力を込めた。

アレクはそれに逆らわずに抱き締められる。


「君が僕を見てたのは知っていたよ。

僕は知ってて無視した。

僕と仲良くして、王太子に掛けられた呪いが君に影響したらいけないからね。

それはカールハインツやルードヴィッヒにも言える事だ。

僕は三人の弟達になるべく関わらないようにしていた。

君も僕にはあまり近付かないように言われていただろう?」

「ああ」

「けれど、君もカールもルードも」


アレクはぷっと吹き出した。


「式典などで会う度に僕を見てただろう。

君はじーっと。カールはちらちらと。

ルードは僕に突進して来そうになって、いつも誰かに止められてた」


その時の事を思い出して、アレクはクスクスと笑う。


「三人とも性格が出てたよ。

僕はいつも笑いそうになってた。

君達と仲良く出来たら、すごく楽しいだろうなって思っていたよ」

「それなら、戻ってくればいい。

アレクシス王子は亡くなったが、アリーセとして、俺達の側に居てくれ」

「うーん、それはけじめっていうかさ。

君達だって、兄だと思っていたのに実は他人でしかも女でした、なんて言われたら嫌だろう?」

「俺は気にしない。女性だったと知って、むしろ嬉しい」


ジークムントは断言する。

アレクは呆れた視線を投げた。


「君の切り替えの早さは異常だと思うんだ。

カールとルードは悩むと思うよ」

「そうか? 奴らもあっさりと納得すると思うぞ。

特にルードは俺と同じようにその場でアリーセに求婚するかもしれない」

「ルードはまだ十歳だよ」

「だからと言って油断は出来ない。

あいつは手が早そうだ」

「・・・・」


アレクはルードヴィッヒの笑顔を思い出していた。

母譲りの金髪の少年はとても愛らしく、その微笑みは天使の微笑みと言われている。

そのルードヴィッヒが女性に手が早い。

そんなの想像したくない。


「ジーク、僕は王宮を出たんだ」


アレクは逸れてしまった話を元に戻した。


「僕達の生きる道は分かれたんだよ」


ジークムントは今まで以上に強くアレクを抱き締めた。


「分かれた道はその先で繋がっているかもしれない」

「・・・・」

「繋がっていないのならば、無理やりにでも繋げる」

「ダメだよ」

「なぜだ!」


ジークムントは悲痛な声を上げる。


「あなたはこれから女性として生きるのだろう?

結婚する気もあるんだろう?

誰か、心に決めた人がいるのか?」

「そんな人はいないよ」

「なら、相手は俺でもいいだろう?

あなたは白蛇の姫の愛し子だ。誰よりも王妃に相応しい。

もし、それを隠すとしても、今のあなたは侯爵令嬢だ。

俺と結婚する事になんの問題もない」

「・・・・」


アレクはジークムントから離れた。

ジークムントに背中を向ける。


「君の事は今でも弟だと思っている」


ジークムントの息をのむ音が後ろから聞こえた。


「弟と結婚は出来ない。

それに、僕はやっと自由になったんだ。

これからは自分のしたいように生きる。

王太子妃なんて、面倒な事はごめんだよ」

「アリーセ・・・」


アレクは背中でジークムントの声を聞きながら、前を見据えていた。


(君の想いには応えられない。僕には、まだやる事がある)




お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ