■ 後 編
『ぁれ・・・ もう、地上・・・?』
拍子抜けした感じでキョロキョロと見回すアサヒ。
小さかった地上に立つ係員の姿が、段々大きく、等身大に近付いてくる。
『降りなきゃ・・・。』 ナツが降りる準備を整えている。
(え・・・ まだ・・・ キ、キス・・・。)
戸惑っているうちに、アッサリ地上に着いてしまった。
ほんの少しゴンドラを押さえ気味にして速度を緩める係員が、外からの鍵を開け
扉を開けた途端、アサヒが早口で言った。 『もも・・・もう1周します!』
『え? 怖いんじゃないんですか?』 ナツが心配そうな目を向ける。
(だって・・・ まだ、・・・して、ないじゃんか・・・。)
『一旦、ベンチで休んでも良かったのに・・・。』
(だからー・・・ まだ、キス、がー・・・。)
『無理しなくても・・・。』
(無理じゃないっての、まったく・・・。)
『先輩、ちょっと震えてるじゃないですか・・・。』
(高いってだけで震えてる訳じゃないんだって・・・。)
『ねぇ・・・ 先輩?』
『もう・・・少しは黙ってろ! 口ふさぐぞっ!!』
その言葉に驚いてかたまるナツ。
パチパチと高速で瞬きを繰り返している。
そして、少しだけ不満気に口を尖らせ小さく漏らした。
『・・・ぜんぜん、ふさがないくせに・・・。』
そう言って、真っ赤になってナツが俯いた。
言われて、アサヒも真っ赤になりながら、ぽつり。
『だーからー・・・ もう1周、したんだろー・・・。』
互い、照れまくって無言になった。
再び、ゆっくりゆっくり空へ吸い込まれてゆくゴンドラ。
つないでいた手をそっと離すと、アサヒが少し震えるその日焼けした手を
ナツの頬に当てた。
再びぎゅっと目をつぶるナツ。
やはり鼻にシワが寄っている。
小さく微笑んで、鼻の頭に短くキスをした。
そして、静かに顔を傾けて寄せ、ふたりの唇と唇がゆっくり触れた。
熱い息が遠慮がちにかかる。
それは、やわらかくて、あたたかくて、涙が込み上げる程やさしい感触だった。
気が付くともう、空はやわらかい橙色に包まれていた。
ゴンドラがゆっくりと天辺までいざなわれると、
遠く、夕陽が目の高さに見えている。
そっと体を離すと、微笑み合うふたり。
ふたりの顔も夕陽の色に染め上げられ、眩しさにそっと目を細める。
指を絡めてつなぐと、互いの右手首のお揃いのミサンガが小さく揺れた。
『あたしも・・・。』
『ん?』 ナツの言葉に目を向ける。
『あたしも・・・ ひとめ惚れ、だったと思うんです・・・。』
『・・・え?』
『入学式の、朝・・・ ダッシュ、した。 あの時・・・。』
(ケッコー速いじゃーん。 ・・・陸上やってたの?)
愉しそうに笑う陽だまりみたいにやさしくて温かい表情を向けた、
あの日のアサヒを思い出す。
『あぁ・・・。』 アサヒが嬉しそうに目を細め、頬を緩める。
『なんか・・・ 照れんな?』 小さく、微笑んで。
そしてもう一度、顔を寄せキスをしようとした時また地上の雑踏が耳に入った。
顔を見合わせ大笑いする、ふたり。
『どーする?』
『・・・もう、1周・・・?』 ナツが照れくさそうに肩をすくめた。
『えー・・・ チュウ、せがまれてるー!!
このヒト、チュゥしようとしてまーーーーーーーっす!!』
アサヒが大袈裟に茶化し、係員に聞こえそうなボリュームで叫ぶ。
『ちがっ!そんなことゆってないでしょ!!』
真っ赤になってナツがまた拳を振り上げた。
(もー・・・ 心臓やばいって・・・。)
『・・・どーしてくれる。』
アサヒの呟きに、ナツが『やっぱり降りる?』 覗き込んだ。
『ん・・・ 怖い。 やばいくらい怖い・・・。』
ナツを強く抱きしめ、小さく耳打ちをした。
そして、もう一度やさしくキスをして微笑み合った。
アサヒの言葉に、花が咲いたように笑うナツの瞳から大きな雫がひとつ零れた。
”ナツが ・・・好きすぎて、やばいよぉ・・・。”
夕暮れの観覧車で3周した、ふたり。
抱きしめ合うふたりの幸せそうなくぐもった笑い声が、
狭いゴンドラに響いていた。
【おわり】




