■ 中 編
のんびり一通り園内を見てまわると、動物園の一番奥にまるでラスボスの
ようにそびえる観覧車に向けてアサヒの手を引いたナツ。
『あたし、観覧車大好きー!』 と、にこやかに口角を上げるナツとは
対照的にアサヒはそれに近付くにつれ、どんどん口数が減っていった。
(の・・・乗んの・・・? アレ・・・。)
実は高所恐怖症なアサヒ。
遊園地の回転系は得意だが、高所系だけはなにをどうしても苦手だった。
しかし、そんな恰好悪いところはナツに見せたくない。
ましてや今日は初デート。 怯えて震える姿など、絶対に見られたくない。
なんとか涼しい表情をつくり、なるべく景色は見ないように注意して観覧車の
ゴンドラに恐る恐る乗り込んだ。
ゆっくりゆっくり空へ吸い込まれてゆくゴンドラ。
なるべく景色を見ないよう、ナツの顔だけに集中しようと必死なアサヒを余所に
ナツはやたらと、ちょこまか動き回る。
(ムダに動くなってぇぇえええええ!!!)
この時ばかりはナツの落ち着きのなさを、本気で叱り飛ばしたいくらいだった。
身を乗り出して外の景色を眺めているナツ。
動きまわる度に小さくゴンドラが揺れる。
アサヒはガッチガチに固まり、両腕を各々伸ばしてサイドバーを掴もうと
するも片手しか届かない。
そろりそろりとお尻をズラして右側に寄ると、右サイドバーを手汗で
ぐっしょりの右手で握りしめた。
『象が小さい』 やら『あのビルより高い』 やら、呑気にまくし立てる
ナツの言葉に適当に相槌を打っていた。
殆どナツの言葉は聞いてなどいなかった。
ほんの一瞬、横目で景色を見たアサヒ。
ガラス張りのそれは、情け容赦なく地上から高く遠く離れている事を
知らしめる。
(・・・や、ばい!!!!!)
思わず肩に力を入れ、ぎゅっと目をつぶった。
途端に足がガクガク震えだした。
膝の上で拳にした手も汗で濡れて、小刻みに震えている。
すると、ナツがその拳にそっと触れた。
『もしかして・・・ 高いトコ、苦手・・・?』
心配そうに顔を覗き込む。
『あー・・・いや、ぁ・・・、うん。 実は・・・ あんまり・・・。』
もごもごと歯切れ悪く口ごもるアサヒに、『ごめんね!』 とナツが申し訳
なさそうに呟いた。
そして、ゆっくりゆっくりゴンドラが揺れないようにアサヒの隣に座ると、
もう一度やさしく手をにぎり、それをぽんぽんと叩いた。
『だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・。』
おまじないのように小さく唱える。
『怖えぇよぉおおお・・・。』
高所が苦手なのがもうナツにバレてしまったので、誤魔化す必要もなくなった
アサヒはまるで泣き出しそうな子供のように、小さく震えるその体を隠そう
ともしない。
(先輩のこんな顔、はじめて見た・・・。)
思わず、ナツがそっと抱きしめた。
小さなナツに抱きしめられた、大きなアサヒ。
『だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・。』
筋肉質のキレイな背中をナツの小さな手がトントンと叩いて、
まるで子供をあやす母親の様で。
すると、ふっと我に返ったナツ。
自分の頬と、アサヒのどんどん熱を帯びてゆく耳が触れ合っている、その距離。
『ぅ。』 ひとこと発すると、無意識に自分のとった結構なレベルの大胆行動に
途端に真っ赤になり慌ててアサヒから離れようとした。
しかしその気配を察し、ナツの体にしっかり腕をまわして離さないアサヒ。
『怖いからもう少し、こうしててよ・・・。』
アサヒの小さな呟きに、一瞬戸惑い、しかしコクリ。ナツが赤い顔で頷いた。
そして、ぎゅぅぅうう・・・っと、
その腕に力を込めるアサヒに抱き締められていた。
ナツのシャンプーのかおりは、アサヒの鼻をくすぐり、
アサヒの整髪料のにおいは、ナツの頬を赤くした。
相手の胸を打つやたらと速いリズムが、直接自分の胸に響いている。
それは、自分のリズムも相手に響いているという事で。
それくらいに、ぴったりくっ付いた胸と胸。
恥ずかしくて恥ずかしくて、呼吸が満足に出来ない。
高所は苦手じゃないはずのナツも、どんどん震えだしてゆく。
『ねぇ、先輩・・・?
あの場所で・・・ ”ごめん ”って言ったの、
・・・あれ、どうゆう意味なんですか・・・?』
あまりの恥ずかしさを紛らわそうと、
ナツが気に掛かっていた事をぽつり口にしてみた。
『あぁ・・・。』 アサヒが思い出し笑いをしながら、尚もナツを抱きしめる。
耳のすぐ横で聴こえるアサヒの低い声色が、ナツの小さな耳にくすぐったい。
『お前が入学する前にさ・・・
あそこで、俺・・・ ひとめ惚れした子がいてさ・・・
雨の日に傘さして紫陽花みてて・・・
カタツムリつついて、笑ってたんだー・・・
俺、そん時。 心臓全部もってかれたかと思うくらい、掴まれて・・・
なんか・・・ 忘れらんなくなってさー・・・
で。 お前たちが入学して、
俺・・・
勘違い、しちゃったんだよなぁー・・・
お前、あの時、もっと髪長かったよな・・・?
今みたいに、ショートじゃなかったろ~・・・?』
ナツが慌てて体を離して、アサヒを見つめる。
その顔は、驚きで目を見張っている。
『・・・え? ・・・ひとめ惚れ、って・・・?』
コクリ。頷くアサヒ。 照れくさそうに目を伏せ、『お前、だった・・・。』
パチパチとせわしなく瞬きをするナツ。
頬が、耳が、焼けるように熱い。
じんわりと目頭も熱くなってゆく感覚を憶える。
すると、照れくさそうに頬を緩め、
『胸に名札でも付けとけば良かった~。』 と笑った。
そっと見つめ合った、ふたり。
その目には互い以外、なにもそこには映っていない。
ナツの火照ったまるい頬にそっと手を当てた。
そして、ゆっくり顔を近付けてゆく。
”その気配 ”に慌ててナツがぎゅっと目をつぶった。
緊張してガッチリつぶった瞳、鼻にまでシワを寄せている。
(力、いれすぎだろ・・・。)
思わず目を細め、鼻と鼻がくっ付きそうな距離でその顔を見つめていた。
愛おしくて愛おしくて、仕方がない。
(やべぇ・・・ 心臓いてぇ・・・。)
いつまで経っても ”それ ”が無いことに、ナツがそろり片目を薄く開けると、
アサヒが笑いながら見ている事に気が付いた。
『ちょっ!!! ひどいー!! バカぁぁああああ!!!』
真っ赤になって拳を振り上げるナツ。
アサヒのボディーを狙って、闇雲にグーパンチを繰り出す。
『やめれ! 揺れる、揺れる!!』 笑いがおさまさないアサヒ。
『もぉおおお!! 見んなぁぁああああ!!』 尚もナツはジタバタと暴れた。
笑いながらそのナツの両手首をそっと掴んだアサヒ。
そして、少しだけ身を乗り出してナツのおでこに小さくキスをした。
『・・・やばい。』
『ん? やっぱ怖い・・・?』 おでこのキスに照れまくりながら、
アサヒを上目づかいに覗く。
『ん・・・ ある意味、怖い。』 そう呟くアサヒに、
『ある意味・・・?』 ナツが小首を傾げた。
すると、アサヒがもう一度、ナツをぎゅうううっと抱きしめた。
ゆっくり体を離すと、アサヒはナツを見つめて再び頬に手を当てた。
そっと顔を寄せ、キスをしようとした。その時・・・
園内の賑やかな雑踏が、段々近付いてきた。




