ジョイス
土砂降りの夜には、窓の外で怪獣が唸り声をあげる。
男の子はそう思っていた。
「ジョイス、雨が降り出したよ」
男の子がそう言ってジョイスを抱きしめた。
「ジョイスが一緒にいてくれるから、僕はひとりでお留守番しても平気なんだ」
雨粒が夜の暗闇の中から窓をたたく。
男の子の両親は共働きで、男の子は一人で留守番していた。
今夜は帰ってこられないと連絡があった。
「何の音だろう?」
男の子は自分の体と同じくらいの大きさのジョイスとともに、一歩一歩階段を上った。幼い男の子はまだうまく階段を登れない。一段上がるときには必ず右足から踏み込む。
「大丈夫だよ、ジョイス僕が一緒だからね」
音をたどって、二階の窓がひとつ開いているのを見つけた。
外から雨が降りこみ、床が水浸しになっている。
「大変だ。何とかしなくちゃ」
男の子は、できるだけ足を濡らさないように爪先立ちで床にできた水溜りを避けようと歩く。
けれど幼い男の子のがんばりもむなしく、足は濡れてしまった。
避け切れないくらいの量が降り込んでいた。
男の子は窓を閉めると、入り口で待たせていたジョイスの元へ戻ってきた。
「ジョイスはここにいてね」
濡れた足が足跡を作る。
手すりに縋り付き、一歩一歩左足から降りた男の子が一階から持ってきたのは、雑巾とバケツだった。
乾いた雑巾で水溜りを無くしてしまおう。
男の子は両親の見よう見まねでぞうきんを絞り、床をふく。
全然終わらない作業に、幼い男の子はつらくて泣きそうになった。
瞳に涙がたまり始めた時に、扉の前のジョイスが見えた。
「僕一人で大丈夫だよ、ジョイス」
袖で不器用に顔を拭うと、元気が出てきた。
大人からすると、不完全な結果だけど、子供にとってその仕事は上出来だった。バケツには雑巾を絞って集めた雨水がたまっている。
「言ったでしょ、一人で大丈夫だよって」
ズボンの膝までびしょびしょに濡れてしまったから、男の子はお風呂に入って着替えた。
お風呂を沸かすのは男の子一人でもできた。
お風呂のスウィッチを押すのは、いつも男の子仕事だった。
お風呂上がりに、母親がレンジで温めるだけにしておいてくれた夕食を食べる。
テレビが見やすいソファーの隣にはジョイスがいる。
突然、窓の外が白く光り、家中の電気が消えてしまった。
その轟音の正体は雷だ。
それまであった穏やかな環境が一変し、男の子はジョイスを抱きしめる。
その大きくて柔らかなジョイスは男の子の大切な友達だ。
ピカピカ光り、叫ぶ怪獣が遠くへ行ってしまったと男の子が思うまでジョイスに抱きついていた。
壁にぼんやりと光るものがある。
非常用の懐中電灯で、夜光塗料のシールが張られていた。
男の子はジョイスを抱きしめたまま、暗闇の中を進む。
やっと手に入れたライトが照らし出した家の中は、不気味だった。
ライトに照らされた物の影が男の子にはおばけに見えた。
「いこう、ジョイス。ベッドの中なら恐くないよ」
ベッドの外にはおばけがいて、手足を出すと掴まれてしまう。
そんなおばけから隠れるように、男の子は頭まで布団にくるまった。
男の子の両親が帰ってきた。
電気は復旧していて、家には明かりが灯っている。
つけっぱなしのテレビと、食べかけの夕食。
子供部屋に向かうと、布団にくるまって眠っている。
幼い男の子は、両親からの誕生日プレゼント、大きなイヌのぬいぐるみをしっかりと抱きしめていた。