ゼロ・アワー【前編】
強制捜査官の任務は時によって、思わぬ場所への突入から始まることも有る。
横田榮がその命令を聞いて考えたのは、今回はサポートが受けにくくなるなと言うことだけだった。
少なくとも、いつものチーム編成で出動する事はできない。
「それで、観測チーフは誰が?」
一時的にチームを解散する事になる相棒のトーゴは、こんなときでもいつもどおりだ。
「チャルフティパルだ」
この任務が終われば、教習生訓練に回される事が決まっている観測官だ。強制捜査官の間では定評のある機械人だが、横田がチャルフティパルの加わる任務に参加するのは始めてだった。
「ああ、あいつですか。あいつなら、安心していいですよ」
「知り合いか?」
のほほんとしているように見えるから意外に感じるが、トーゴの人脈は案外広い。
「私の同期で、ケネスと並んで慎重派で知られてる奴です」
「ケネス?……ああ、ケネシダル観測官か」
横田も一度だけ、ケネシダル・チームと仕事をした事がある。危機的な状況下でもきっちりとした仕事をする、任務に関しては全く頑固な男だ。
「それにしても今回の編成、生身の局員がいませんね」
横田自身も含めた突入部隊は全員、生身の体は持っていない。サポートのチャルフ観測官とそのチームは機械人。
突入部隊中でも、もっとも装備が薄いカーニー強制捜査官のボディは戦闘タイプではないが、防弾性能くらいは備えている。
たしかに、生身のメンバーは一人も入っていない。
「これだけ非道い計画であれば、止むを得まい」
弾道宇宙飛行機でピボットに突っ込み、あちらに出た後は突入部隊は各自、カプセルで射出される。それが今回の行動計画だ。
予想死亡率は、考えたくも無い。
だからこそ、今回の件に最初から関わっていた横田・御舘チームは2分割された。
今回の作戦で横田が死亡しても、御舘が残っていれば、新たなチーム編成を行っても情報の引継ぎに支障はきたさない。
ハイブリッド戦闘体の横田をまず投入することで死亡率を下げながら、殉職者が出たときの保険も掛ける編成。それに不満は感じない。
「それにしてもまあ、えらく原始的なお話で」
「地上にピボットが無いんだからな」
気が付いてみれば当然の話なのだが、時間線を移動するときに使うゲート、ピボットはなにも地表にばかり出来るわけではない。しかし高度2万メートルの上空にあるピボットから移動と言うのは、そう有ることでもなかった。
トーゴに言わせると、ハインラインとか言う作家の書いた空想小説にそっくりらしい。
「あの小説だと、敵は昆虫でしたけどね。それにしても横田さん、高高度降下訓練なんか受けてたんですか」
「この半月、ほとんど毎日降下訓練だった」
慣れるまでとことん叩き込む。それは軍隊と同じだったし、だからこそ軍人でもある横田には理解しやすい方法だった。
なぜそんな訓練を受けさせられていたのか、それを理解させようともしないあたりも同じだ。いずれ必要になるから鍛錬しておく。任務は訓練終了と同時にやってくる。
「支局長によろしく伝えておいてくれ。任務が終わったら、たぶん東京経由で帰任する」
「判りました。あ、そうだ。不在の間、単車貸してください」
「構わんが、壊すなよ」
実際には多分、最高のコンディションで帰ってくるだろう。トーゴは機械のメンテナンスにはうるさい性質だ。
「それは神のみぞ知る、って事で」
トーゴはにやっと笑い、その場の話はそれで終わった。
2015/5/30 一人称の間違いを修正。