毒の錘
眼前に広がるのは、酷い顰めっ面で茶を啜る髪の長い、ひらひらした服を着た男と、青ざめて直立する、それでも職務を全うせんとティーポットを持つ少年。……滑稽だった。
「……で?」
「何だ」
「何なのよ坊や。ここまで人を呼び付ける程の好奇心とやらはどんなモンだった訳?」
「『坊や』と呼ぶな」
じゃあお嬢ちゃんと呼びましょうか、と切り返したらさすがにかわいそうかと、ノヂシャは内にとどめた。なので、どうでも良いだろう辺りから話を掬う。
「オーロラってお母さんの名前よね」
さっきのイリスのように頬杖を突いて話題を投げる。本来ならこんな砕けた喋り方もこんな態度もタブーだ。だがノヂシャは気にしない。すでに喧嘩を売った。今更礼儀作法など無意味だろう。
当たり障り無いと選んだお題は、しかし琴線に触れたようだった。イリスの眉間に皺が寄る。
「そうだ。第二王妃、オーロラ。お前も知ってるだろう。この国の王の子は皆、母親の名前がセカンドネームになる。私はイリス・オーロラだ」
「きれいな名前だね」
正直な気持ちだった。イリスにしろオーロラにしろ、その語感も意味もうつくしい、と思う。『ノヂシャ』と、少なくとも名付けた理由はどうあれ、付けられた自分より遙かに良い。
けれどイリスには不可解だ、と言う表情をされた。何が理解出来ないんだ、とノヂシャも眉を寄せて話す。
「きれいじゃない。虹彩に極光だっけ。イリスとオーロラ。両方とも光とか輝きとか。親の願いが詰まってんじゃない?」
言葉を重ねて「きれいだ」とした旨を説く。だけど、これは今度はイリスの顔を嘲笑に染めただけだった。
「親の願い、か……」
「何?」
嘲笑はノヂシャに向けられたものではなかった。ノヂシャではなく、それはイリス自身に向けられた自嘲と言う類いだった。
「第一王位継承者を知ってるか?」
「ああ、すぐ下の王子だっけ? 弟だよね」
頷くイリスに回答が正しいことがわかる。認識違いではないようだ。
ノヂシャの知る王家内情はそんなに多くはない。精々、現国王の妃が六人。内二人は大国からの人質だった、と言うことのみ。
ノヂシャが生まれるずっとずっと昔、ノヂシャの曾祖父母が子供のころ大きな戦争が起きた。ノヂシャの国に近隣諸国が組んだ連合と対するは北の大国だった。
大国は文明も経済も高度成長を遂げて素晴らしく繁栄した大きな国だったが資源が乏しかった。そこで、……まぁいろいろと。
よく在る話、と言うヤツだ。結局侵略を企てた大国は大きかったし技術も群を抜いていたのだが、小さくても力を合わせた近隣諸国とノヂシャの国の決断力を前に敗北を期したのだった。
そのとき、敗戦した大国は降伏の証として技術やそう言ったものを差し出すと共に王族同士の国際結婚を約束した。
細かい様々なことが在るが割愛して、とにかく“もうしません、兄弟になりましょう”と言うことでまず、確かノヂシャの国の、隣国に姫が嫁いだ。復興が一段落した国から順を巡りしばらくして、ノヂシャの国にも来ることになった。だが本来は一人の姫が来るのが通例で、けれどノヂシャの国には異例で二人嫁いで来たのだ。これが────。
「“二人の北の花嫁”」
「そうだ。母様は予定外だった」
第一王妃は大国の何番目か定かじゃないが王のお気に入りの姫で、うつくしかったのだけれど何より我が儘だった。現国王とのお目通りの、要するにお見合いの場でも、乳兄弟の侍女が窘めようと聞きもせずしたい放題だったそうだ。そんな状況で王が、妃にと望んだのが姫のそばの侍女であっても人間としては責められる者はいないと言うものだろう。
楚々とした、控えめな侍女は大国の公爵令嬢で、もし王に姫が無ければ代わりに嫁ぐ可能性は在った者だ。だけども、姫はいて、勿論揉めた。ましてや姫は大国一の美貌と自分本位な性格だった。乳兄弟のしあわせに身を引くなんて考えは、無い。
むしろ国一と讃えられる自分を差し置いて世話係の侍女を所望だなどと莫迦にするにも程が在る、プライドが傷付いた、と喚き散らして暴れたらしい。
しかし姫の我が儘にも根気強く接する包容力を持った侍女へ、一目惚れに等しい感情を持つ王も容易にあきらめられなかった。
そうやって二国の間で協議した結果「二人を妃とする」と決定した。そうして、二人の花嫁が来た。
「当時は凄いてんやわんやだった、って聞いたわ」
「……」
庶民にまで洩れるくらい大きく姫が騒いだせいで敗戦国の姫がそのような者で良いのかと物議を醸したのは当然の成り行きであったし、こんな珍事もそうそう無いものだから各国近隣の国も注目したものだった。
「そうか、あの姫たちが今」
「母親になっている」
つまりは件の愛された渦中の元侍女が第二王妃オーロラで、不貞腐れたように難しい顔をする佳人の母親な訳だが。
「成程。あんたが母親似で、その美貌で人格者なら、王様の目が眩んでも仕方ないわねぇ」
お気の毒だが、性格破綻が有名な第一王妃じゃ、どれだけうつくしさに勝っても仕様が無いと言う話だった。
「確かに」
「?」
ノヂシャが一人得心していると、突然、イリスが零した。ノヂシャはイリスに視線を向ける。
「母はやさしい人だった」
「へぇ、そりゃ良かったね」
「だが、」
ノヂシャが話を整理する間に無表情と化していた面が再度嘲りを浮かべた。やはり自身に対してのようだった。
「母は、確かにやさしかった─────だが、強さとやさしさは、別だ」
「───」
ノヂシャは、目を、見開いた。
「母は、やさしかった。けど弱い人だったんだ。いや、強かったのかもしれない。弱くなったのか。
……だとしたら、弱められたんだ。
第一王妃に。昔の主人に、乳兄弟に」
思わぬ告白だった。
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