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短編集

いつまでも

作者: 小田 浩正

 去年は先輩たちを見送ったのだけれど、今年は自分が後輩たちに見守られて卒業する。

 これからは中学生から高校生と呼ばれることになる。

 私はその言葉通りにしかことを受け止めていなかった。

 特に変化を感じるところはない。

 通う距離が長くなって、勉強も難しくなる。

 ただそれだけのこと。

 結局は中学も高校も学校という単語で括れてしまう。

 私にとってはたったのそれだけのことだった。



 校長先生から卒業証書をもらい、自分の座席につく。

 その後三年生全員による合唱があったのだけれど、泣いている生徒が多くて若干ズレたりしたようにも見えたが、保護者もまた泣いている人が多くて、どうやら感動の瞬間による脳内補正が行われているようだった。

 私は泣かなかった。

 たぶん泣くこともできただろうけど、そうはならなかった。

 どうしてなのかはわからない。

 泣く理由がなかったんだと思う。

 終わりが近づき、体育館から私たちは有名なアーティストによる卒業ソングが流れながら二年生や保護者の方々に見送られる。

 それは押し出されるように感じた。

 そしてそれは、まるで列の先頭で歩いている先生に強制的に引っ張られるように。

 だったら自分から出ていきたい。

 私はこっそりと体育館から出た後、校舎に入った。



 私は一年前から恋をしていた。

 それがいけないことなのはわかっていたけれど、一度恋に落ちればそんなことなんて関係なかった。

 でも、そう思っていたのは私だけ。

 相手の方は私の気持ちを気にしていなかった。

 気付いていなかった。いや、たぶん敏感に感じてくれていたと思うのだけれど、うまく避けてくれていたんだと思う。お互いのために。

「やっぱここにいたんですね」

 私はその人に聞こえるほどの声量で声をかけた。

 屋上に出た私は、体育館から出たあとも後輩や先生たちと最後の別れの前に保護者も含めてお話している、校門前に溢れ返っている卒業生たちを見ながら、その人物に近づいていく。

 その人は去年からこの学校に入ってきた先生だった。

 見た目は若いのだけれど、すでに三十路を通り過ぎている、美術の教師だった。

 私はこの人に恋をしていた。

 思いはなんとなく伝えているつもりだけれど、彼は一度も自分からどう思っているのか言ってきたことはない。たぶん彼からは私に伝えることはできないと思う。

 教師と生徒の関係なんだから。

 別に私は絵を描くことが上手だったというわけじゃない。だけど目は知らず知らず彼を追いかけていた。

 顔が好みだったわけじゃない。

 無精髭が若さを損なわせているように思えて、あまり好きじゃなかったから剃ったらどうなの? と聞いてみたけれど、その時はめんどくさそうな顔をしていた。

 そんな先生だ。

 どこから見ても私が恋するところなんて見つけられない。

 おかしなことにね。

「……佐々木か」

 あまり人の名前を覚えることが得意でない彼にも私の名前は覚えてくれた。一年はかかったのだけれど。

「ねぇ、なんで下にいかないの?」

 下では鬼教師が号泣していて、ちょっと笑ってしまう。

 私は彼もあの中に入れば生徒たちに囲まれて最後の別れを惜しむんじゃないかな、なんて有り得ないことを考えてしまう。

彼は先生の中でも若い存在だから生徒から好意の目で見られることは多々あった。

 だけど、それは一時期の迷いというか、そのうち卒業してしまえば別の男性に目を移すことになる。

 それに彼はもう結婚もしてしまっていたのだけれど。

「別に行く理由がないからだ」

 いつもめんどくさそうな顔をしている人だから、私はどうしてもその言葉を聞くとめんどくさいだな、なんて思ってしまう。

だけどこの二年間、彼を見ていてわかったのだけれど、そんな人じゃなかった。

「理由、聞いてもいい?」

 私は下にいる生徒たちに背を向けて、空を見上げる。

 見上げればとんびが風にのって宙を舞っていた。

「……言ってしまえば、巣立ったものは戻ってこないからだ」

「……?」

 私はその意味を理解できなかった。

 困っているのを感じてくれたのか、先生は私に教えてくれる。

「ある程度成長した動物は自立しなければならない。親元を離れてしまえば二度と帰ってくることはない。会うことはあるかもしれないが」

「それが理由?」

「下にいる佐々木の担任を見てみろ」

 そう言われて私は担任を見つけるために目を細くする。

 背が高いからそれほど時間をかけないで見つけることができたのだけれど、それがいったい何なんだろう。

「あの人も泣いていたのは見ただろ?」

 体育館から出て行く時に目が充血していたのを見ていたから、たぶん泣いていたというのは間違っていないと思う。

「あの人のように教師が親のように感じなければ泣けないだろう。生徒を大事に思っているからな」

「先生はそうじゃないの?」

 そうじゃなかったら私は悲しい。

 やっぱり私のことなんて何とも思っていなかったことになるのだから。

 でも、私の考えは間違いだった。

「俺はあの鬼教師のように泣くだろうな。涙もろいからな」

 そういえば先生の顔を屋上に来てから見ていなかった。

 ずっと下を眺めてしまっていてこちらを振り返りはしなかった。

「そうは見えないけど?」

「……顔だけでそう判断するなよ」

 いつもめんどくさそうな顔をしているから、すっかり生徒のことなんてどうとも思っていないように思ってしまっていた。

 でも、違うだね。

 愛情の伝え方は人それぞれだけだから。

 あの鬼教師がああやって泣いているのは、一人ひとりを大事にしていたから。

 そしてこの人も。

「……卒業はただの通過点だ。学校から巣立って、新たな住処に移るのは大事なのかもしれないが、別にふとした時に戻ってきてもいい」

 彼は独り言のように呟く。

「他の動物とは違う。道に迷っている時、壁で道が行き止まりになっている時、俺はその時迷わず進めとか、壁を乗り越えろなんて言わない」

「……?」

「そんなときは俺たちの元に戻ってくればいい。ヒントぐらいのことは言ってやれる。佐々木、危険な道をあえて通れば何があるかわからないんだから」

 そして彼はようやくこちらを見た。

 泣いてはいなかったけれど、心の中では泣いているのかもしれない。

「先生――」

 私はそう言ってから気づいた。

 そして言い直す。

「もう卒業したから先生じゃなくて――浅田さん」

 そう彼と真正面に向き合って彼の名前を告げると彼は一瞬だけだけれど、悲しそうな顔をしたのは私の見間違いだったのかな。

でも、私はあえてそう言った。

 なぜなら。

「やっぱ浅田さんのこと、好きだよ」

 ひとりの男として好きだから。

 そう言って私は目をつぶる。

 その言葉に対して彼は何も告げない。

 私は一度息を吸ってから体にたまったものを吐き出す。

 なら、と思って私はにっこりと笑って告げる。

「やっぱ先生のこと、好きだよ」

 私は目をまたつぶる。

 そして彼の震えた声が聞こえてくる。

「あぁ、ありがとう」

 たぶん、私と彼はこういう関係にしかなれないんだと思う。

 いつまでも。

 ずっとね。

 でもね、この時に私は帰る場所が一つ増えた。

 そしていつまでも見守ってくれる人がいることを知ったような気がした。






感想・評価待っています。


仲間の『卒業』をテーマにした作品を紹介します。


『卒業の日』byアルモン

(http://ncode.syosetu.com/n6032bm/)


『私はあなたから卒業したい』by平野彩菜

(http://ncode.syousetu.com/n9558bn/)


『Leaving my school』by*月星光レイラ*

(http://ncode.syosetu.com/n1914bo/)


『卒業を迎えて』by千砂

(http://ncode.syosetu.com/n3626bo/)


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― 新着の感想 ―
[一言] 実らなくても、振られるのはわかっていても……主人公が先生への気持ちを伝えて、新たな一歩を踏み出したんですね(^_^*) 素敵なお話でした^ ^ 今考えると、先生達って……め…
[一言] お邪魔します。 ありふれた学園ものと思いきや、結構、心理的な言葉の配置に感心してます。 回りくどい言い回しはありますが、それが特徴でもあるのでしょうね。 迷いなく一気に読める作品でした…
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