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深層の祭  作者: 小虎
氷結の花
8/9

008 「前略、青々と繁る森も見慣れたころです。」

 

 

 

 

 

「それでさ、すーんごいでかいそいつをさ、一発で切り捨てちゃうんだぜ!」

 

現在、隅中の初刻。

ギルドから受けた依頼で現在ヴェルファーレより北西方面へ進行している。

やや整備された土の道の左右に、一定間隔で木々がはやされている。その向こうは延々と続く森のようだ。

懐かしき哉、この世界へ落とされた時を彷彿とさせる風景である。

 

「散々バカにした癖に、一発なんだぜ!」

「そうだねー。そんな凄い人に護衛をして貰えると安心できるよー。」

 

楽しげに話している相手はアンドルス・アンシプス≪Andrus Ansips≫、今回の業務の護衛対象だ。

イメージとしては、真っ白な秋田県、と言ったところだろうか。

好都合だったのは、闇市に行くに及んで馬車等の交通手段を持っていなかったことだ。

これにより護衛対象をすぐ傍に置けることにより、幾分か業務が楽になる。

持っていないというのは、彼が遠くの地から来たというわけではなく、自営業である事、またシスティーナ出身であるからである。

その上で、偶然にも貸し馬車が全て利用されており、立ち往生していたらしい。

「いつもはこんな事無いんだけどなー。」というのは、彼の弁だ。

また、もう一つ予想外の事があった。

 

「へっ、ソイツが単に弱かっただけじゃねーのかよ?」

「ちげーよ!こいつはホントに強いんだぞ!お前なんか目じゃないぞ!」

「ぁあん?んだと?俺がこんなガキより弱いだと?」

「おまえなんか、アイツみたいに斧で切りかかったところを切り伏せられるんだからな!」

「落ち着けラド。」

「落ち着けリーウ。」

 

出品するために来たリーウの馬車には荷物が満載である。

それだけでも狭いというのに、それに加え5人が乗車。かなり窮屈だ。

同乗しているのは、護衛の対象と、リーウと俺。それに加え、もう二人。―――同業者だ。

 

「だってよぉ。こんなガキが俺より強いとか、ありえネェだろ?

 そもそもこいつはEランクで、俺はAランクだぞ?」

「人を見かけで判断すると痛い目に合うのは昔から経験しているだろう?

 そんな短絡的で浅思慮な考え方をするから何時も大変な目に合うんだ。」

「…んだけど…ぐぅ…。」

「それに、この前の討伐依頼だって、余裕をこいて単身で突っ込んでいっただろう―――私が前線でラドの数十倍を切り捨てて、その上で打ちもらしの数匹を倒すようにお願いしていたが、それでも梃子摺っていたのはラドだろう?」

「わ、わるかった!だからそれ以上は掘り返すな!」

 

―――ラド。ミゲル・ラドクリフ。

出で立ちは白い乕人である。

体格は身長が低めで肩幅が広い。腕っぷしが強いため打撃系の攻撃を得意とする。

その武器は、斧。その大きさや形は、切り落とすことを考えず、むしろ撃砕する為の物の様だ。

正直、木槌でもいいんじゃあないだろうか?

 

そしてもう一人。

プレスト・ゲシュトップ。

長身の白い狼人であろうか。身長が結構高く、すらりとしなやかな、その体躯には似つかない長く大きな剣を扱う。

また、魔法も得意とするそうだ。

 

「元々素の実力が高く、最近ギルド員になったのならランクの低さも当然のはずだ。」

「そうだぞ!強いんだぞ!」

「リーウ、たのむ。ややこしくなるから少し黙ってくれ…。」

 

森の中でなんとも喧噪が繰り広げられる。本来なら盗賊がいるだろう。魔物がいるだろう。

だが、不思議と寄ってこないのは何故だろうか?護衛はそういう類から対象を守るためのものであるのだが…。

 

「まぁー、僕は生きて帰れればそれでいいからねー。強い人がたくさん居てくれれば安心できるよー。」

「…依頼人がこう言って居る事だから、無意味な議論は止そう。」

 

がやがや、と諠譟な馬車だが、久方ぶりに、こんな雰囲気も悪くない、と思える。

いつからだったか、そもそも人嫌いのように人と交流を持つことを拒み始めたのは。

ふと、頭の中をそんなことを考えるが、すぐにやめる。今は今なのだ、この時点を楽しめばいい。余計な事は考えるな。

 

「止まれ。」

 

白い狼、プレストがふと呟きを漏らす。と、同時に馬車が止まる。

 

「あン?どうしたんだ急に」

「集まって来ている。」

「…何がだ。」

 

やや、冷めた表情でぽつりぽつりとつぶやくその様は妙に不気味で、その表情を見てミゲルが訝しむ。

 

―――正面から3体、左右各2体、後ろから4体、森林狼(フォレストドッグ)に包囲されているぞ、主。

「…敵襲、というよりは魔襲か。」

「わかる、のか。おおよそ10体と言ったところか?」

 

白い狼がやや驚き気味にそう嘯き。

 

「…依頼人の保護を最優先に、敵の殲滅開始だ、各個立ち位置に。」

 

彼のその一言で、馬車の中から戦闘要因であるティール、ミゲル、そしてプレストが躍り出る。

二つの馬車を守るように三角形の立ち居地を意識して。

 

「…何時もはプレストと背中合わせにしてるからな、3人はなーんか、こうムズ痒いもんがあるな…。」

「余計な軽口は後だ、敵さんのお出ましだぞ。」

「ほいほい、ま、オメーなら楽勝だろ。」

 

灰の毛皮の狼が、広葉樹の幹の陰から、低木の中から現れる。その数は確かにティールが言っていた(・・・・・・・・・・)11体に間違い無い。

 

「こんなやつらヘッチャラだろ!とっとと決着付けちゃってよ!」

「うっせーぞクソ餓鬼!黙って馬車ン中に居ろ!」

「リーウ、馬車に入ったらシールド張るぞ!」

 

はいはーい!と緊張感が走るこの場面でやや気が抜けた返事をすると、そのまま馬車の中へと舞い戻る。

―――多面体の中で比較的強度に優れた形状は…確か―――「切隅二十面体。」

ふとそう呟く。並の衝撃では壊れず、その形状を維持できる、表層がハニカム構造のサンドイッチ構造で形作られた多面体。

 

「…まるでバケモンだな、こりゃ…。」

 

そう、ミゲルが嘯く。半透明の黄色い層が地中からちょうど馬車を覆うように覆いかぶさって行き、

あたりの木々がまるで風で揺れるようにざわめく。

 

「…こうか?」

 

ふと後ろを振り向き、満足げにうなずく。まるで魔力を贅潤に使いおおよそ一人では不可能な規模を作り出すティールに、ミゲルは冷や汗をかく。

勿論、それは人のみではない。集まっていた森林狼も、毛を逆立て、そして―――

 

「あッ、逃げただと!?」

 

逃走を開始した。

 

 

 

「しかし、暇だな。」

「あんな事もあったからな、実力者がそろってるから誰も寄ってこようとしねーんだろ?」

「実力者、なのか俺は?」

 

暫く、この暇な様態は続く事になる。それは馬車が目的地へ着く夕方までだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、では私はここで荷解きをするので、皆さんは自由にしていてくださーい。」

 

それなりに時間がかかるが、夜襲の可能性もある為そのまま夜になっても帰ってこないような事は止めてくれという事だそうだ。

どうやら到着はやや遅かったらしく、すでに周りは商売の準備をし終わっている様子だ。

 

「リーウも荷解き済ませるのか?」

「うん。はやく終わらせちゃって休みたい。」

 

そうあくびをしながら言う。長時間馬車に揺られてきたのだ、さらに幼い。疲労が大きくても仕方がないだろう。

手伝おうか?という問いに、大丈夫だと返される。

時間も余ってしまった。すこし、周りの店の様子も見回りに行ってみようかと、好奇心に突き動かされ、その場を後にする。

 

蒼々としていた空は既に身を深く落とし、星が見え始める。

あたりで火を焚き始め、薄く道が照らされる脇には沢山の―――といっても、極少数の―――簡易パイプテントが窮屈に設置されている。

遉に、まだどこも開いてはいないか。少々期待はずれな反面、まぁ当然かという気持ちを抱きつつ、リーウの元へと足を引き返す。

 

「なあ。」

「んー?もう戻ってきたのか?」

「いや、見回ったところで、特に何かあるわけでもないからな…。

 ところで、リーウは何を売りに来たんだ?」

「うーんと…。特産品!果物とか、オレの地域でよく取れる野菜とか。

 こっちの地域だと気候の違いでなかなか取れないらしくって、この時期だと高値で取引されるって父ちゃんが言ってた。」

「ふーん…、ヴィーチェ、だっけか。あの赤い果実。」

「そうそう、アレとか、あとは水をかけると膨らむ、繊維質の甘い果物とかもあるぞ!」

 

仮にも戦時中なら、高値も当然か―――。そして、この森の中で当然のように開けた一区画。

それが意味することは、勿論この催しが一定期間に連続で行われて来たと言う事。

今回、偶然にもリーウとの邂逅があり、色々な偶然が重なって同行する事になったこの一件。

夢だ、と思い続けてきた反面、勿論これは現実だと嫌でも理解しつつある。

その思索の狭間で、どこかこの非現実的事実(エセフィクション)を楽しいと思っている自分がいる。

人と動物。まだ見ぬ家畜とされる人と、人とされる動物。魔法という存在に生と死の混在するこの世界。

俄に、心の片隅でこれが現実と受け入れることが出来なかった当初と比べると、今は―――遥かに順応してきていた。

自身が地球ではないどこかに来ているということを、事実とは思いたくないが、だが確実にそれを受け入れる覚悟が出来てきているのだろうか。

それに、おそらくだが、この緑色の獅子の彼の影響も、恐らくはあるだろう。

 

―――そうしたら、これからどうすればいい?

 

これが事実だと受け入れた結果、次は自己存在への懐疑。まさか、遊んで暮らすなんて御免だ。

ばかばかしい。無意義な事をして生きるだなんて、まさかそんな醜いことを受け入れようとは思えない。

ギルド、という己が身を切り刻み生業とする生業。それに今は就いている事となる。

傭兵から雑用、はたまた経営者から執事まで、頼まれればなんでもこなすこの職業。

器用貧乏な自分にはある種向いている仕事ではある。だが、今はそんな大きい事を考えているわけではないのだ。

このクエストが終わったら、どうすればいいか。

 

「なー、ちょっとこれ下ろすの手伝ってくれ!」

 

この闇市が終わったとして、リーウはこの後どう行動していくのだろうか。

思った以上に、一方的であろうある種の依存関係が生まれている事に驚く。

 

「あ、ああ。この木箱、か?どこに下ろせば良いんだ?」

「そこの、えーっと、通路を正面にして、そこの正面右端の、いっこ手前においといて。」

「あー、ああ、ここか。他にはあるか?」

「んー、あとあの陶器が入ったやつも!割らないようにな!」

「わかってる。大丈夫だ。」

 

よっと。重い荷物をゆっくりと運ぶ。丁寧に、慎重に。

この闇市が終わった後はおそらく母国へ帰るのだろう。じゃあ、俺はここに留まって傭兵家業を続けるか?

かというと、悩ましい。正直、信頼できる相手を手放すのは惜しい。

 

「なぁ、リーウ。」

「ん?なんだよ。」

「この闇市が終わった後は国に―――トキシンに帰るのか?」

「そりゃ、そうだぜ!…売り上げとか、もっていかなきゃいけないし。

 万が一帰らないなんて事があったら、うちも大変だし。」

「そうか。じゃあ、これが終わったら、お別れって所か。」

 

少しの沈黙。周りの喧噪も静まり、夜の帳が下がり終えて来た所だった。

 

「…国に、一緒に、ついてきて、ほしんだけど…さ…。」

「…ん?」

 

俯き気味に、そう言って。

 

「国に帰るまで、護衛、してほしい…とか。」

「あ、ああ。」

「して、くれるか?」

 

尤も、断ることは無いだろう。

 

「勿論だ。」

 

ぱっと(わら)う。その笑顔につられて、思わず自分も苦笑してしまう。

もう暫くは、この現状を楽しんで行ってもいいだろう。

 

「もう暫く、世話になるぞ、リーウ。」

「おう!」

 

 

 

 

 

 「咲う」で「笑う」。

かつて伝わってきた当初に誤って「笑」という漢字になってしまったそうですが、

本来は「咲」だったそうです。

ここではあえて花のように表情を綻ばせて、という意味合いを持たせて使っております。

 

他には、

嗤う…貶み笑う事。

哂う…失笑の意。

听う…大口を開けて笑う。大笑いの意。

などがあります。

日本語って奥が深いですよね。

 

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