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深層の祭  作者: 小虎
斜影の遺跡
5/9

005 「拝啓、父上様。未知なる崖下への挑戦です。」

 

 

 

 

 

んー、困ったな。

 

そう思案しつつ目の前で今にも泣きそうなリーアを見る。

今回の緊急クエストは口頭上約束では在るが、彼の崖下へと落ちた"荷物"をどうにかする、

この事から、つまりは崖下に落ちた物を此処に持ち上げるか、若しくはその物資と同等の価値があるものを用意、または同等の金銭を用意するという事になる。

後者は無理だ。金なんて持っていない。そもそも通貨の種類や呼称、レートすら知らない。

となると、必然的に前者という事になる。

しかし、どうしたものか。空は飛べないらしい。いや、そういう魔法が開発されていない、というのだろうか。

 

(…ティール、空を飛ぶ魔法は無いのか?"無理"なのか?)

―――無理ではないが、開発はされていない、ということだ。

 

最初無理と言っていた気がするが、気のせいだろうか。

 

(ふーん…。なら、今此処で作れるのか。)

―――生憎だが、我は原理を知らぬ。主が仮に知っているのであれば、主が魔法を唱えることにより発動は可能だ。

 

おっとビックリな事実だ。つまるところ、崖下に下りることは出来るのか。

 

(魔法はどう使うんだ?)

―――身体を借りるぞ、主よ。先ずは、今手に何か感じるものは無いか?これが魔力というものだ。

 

身体の主導権を移すと同時に。手に何か、ピリピリした感覚を感じる。

 

―――これが魔力という物だ。これを使い、空気中の元素に働きかけて現象を引き起こす。通常であれば技の威力が大きければ大きいほどこの魔力というものを多く消費する。

(ふーん…。で、その魔力の量の上限は?)

―――勿論、ある。ただし、主の魔力量は"生命体"としての所有存在量を凌駕している。故にほぼ無尽蔵と考えても良い。

(…凌駕…?どういうことだ?…。まぁいい。それで、どう使うんだ?)

―――失敬。魔法は要約すると、イメージに近い。頭の中で起こしたい事象を想像し、魔力を放つ。大体この手順で上手く行く。

(わかった。)

 

そういうと体の主導権を握る。そのまま、リーアに近づいて行き、そのまま腕に抱える。

軽い。実に軽い。体が小さいのも原因なんだろうが、持ち上げたときに自覚できるほど筋肉が盛り上がった。

きっと野生動物としてのティールのおかげだろう。さすがに筋肉はそれなりにつけていたとは言え、これほどまでに付いては居なかった。

 

「んわっ…!?」

「じゃあ、取りに行くか。」

「えっ…!??」

 

抱えたときに少し驚いたようだが、気にせずそのまま、崖の元まで行く。最初言ったことはどうやら理解できなかったようだが、崖へ近づくに連れてどんどんとその意味が解ったようだ。

 

「えっ、えっ!?何言ってんの!?落ちたら一生戻れないんだよ!?というか普通死ぬよねこれ!?」

「大丈夫だ。死にはしない。」

 

そのまま、片足を突き出す―――

 

「やめて!高さもわからないし!第一死ぬ!怖い!やめて―――」

 

その瞬間、身体は力学に沿って重力落下を始める。

 

「うっっわああああぁぁぁぁぁぁぁーーーー――――…」

 

その叫び声だけが、寂しく木霊した。

 

 

 

 

 

 

「…Light(ライト)。」

 

横には落下の影響でぐったりとよこたわるリーウ。

真っ暗な空間がほのかに、明るくなる。光源は、魔法で燈した手のひらの上の球体。

イメージをすると確かにその通りになるのだ。面白い。今一原理はわからないが。

 

さて、光さえ届かない、というのはどれ位の深さがあるのだろうか?上を見ても光は殆ど見えない。

軽く5㎞以上の深さはありそうだ。

明かりをつけた途端わかるが、まるで(ゼンマイ)の様な植物、団扇苔(ウチワゴケ)がまるで巨大化でもしたような、そんな植物。

まるで現実とは思えない、ゲームの中の世界のような、そんな植物が多々臨在している。

ただし、色は殆どが白いか、若しくは透明に近い色だ。日光が入らないから当然といえば当然か。

 

「リーウ、大丈夫か…?」

「…、最悪。」

 

顔色が悪い。いや、元々緑の毛並に、場所的に暗いのでそう見えるだけか?

恐らく酔いの症状と同じだろう。酔いというと、確か三半規管から伝えられた情報が上手く処理できずに脳が処理限界(オーバーヒート)を迎える為に起きる、筈だ。

なら…。

 

リーウに近づき、そのまだ未熟に生え揃った鬣から出ている耳を優しく掴む。

一瞬リーアは、戸惑いを浮かべる。

んー、何か、適当な言葉が思い浮かばないな…。

 

「ん…、あー…。"酔い止め"?」

「…えっ?あれっ!?」

 

抽象的なイメージ、要するに起こしたい事象を鮮やかに思い浮かべる必要は無いようだ。

恐らく、これであれば「傷を癒やす」などといったかなり抽象的な考えでも可能なはずだ。

 

「…おっ、おまっ、お前…何者なんだ…?」

「…どういう…。」

 

酔いが収まったのか、こちらへ語尾を荒くし捲くし立てる。

 

「こんな魔法聞いたこと無いぞっ!

 そもそもっ…こんな…、…あーっ、もう!」

 

崖元に大きな声が響き渡る。

 

「しかもなんなんだよ、その光!普通、ランタンとか使うのに、そんな、魔力の塊…!」

「いや、魔法は基本想像力さえあれば出来ると―――」

「そんな馬鹿な事あってたまるかっ!魔法は"スペリング"と"魔力の具現化"で起こす物だっ!

 なのに詠唱も無し!あんな大量の魔力、練るなら普通はスペリングが無いと不可能だ!

 それにっ…、あーっ、もうっ!訳がわかんねーっ!」

「…。」

 

一人で語尾を荒く捲くし立て、挙句には混乱に陥っている。ごく普通にティールから教わった事なのだが…。

如何云う事なのだろうか。まったく、彼の言っていることが解らない。そもそも、スペリングとは?魔力の具現化とは?

 

(…ティール、如何云うことだ?)

―――主、済まぬ。我々、魔物が魔法を使う際の必要条件が、"イメージ"と"魔力"であって、それが獣人(ヒト)の言う魔法である、とは限らない様だ。

   彼、その緑の獅子獣人が云った、スペリングとは、つまり詠唱の事だ。詠唱とは、魔法を唱える為の鍵と言うべきか、複雑ではあるがそれに似たような物だ。

   それを唱えた後に、開場の様なもの、つまり魔法名が唱えられる。具体的に人間の魔法と云うのはこの様な仕組みだ。これに、普段は体の中にある、目に見えない魔力を、

   実体化させる。それが魔力の具現化、だ。この二つの要素が混ざり合い魔法が発動する。

   そして、問題なのは主の魔力量―――、さっきも云ったとは思うが、その異常な保有量にある。

   恐らくどんなに使用しても枯れる事の無い、まるで源泉のような魔力で"無理矢理"練り上げたあの光の玉は、魔法にそれなりに熟知している者ならば、

   見ただけでスペリングが無く、魔力のみで無理矢理構築させられた物、とわかるだろう。

   簡単に言ってしまえば純粋な魔法は構成がしっかりとしている―――、これを魔方陣と言うが、主のあの光の玉は構成が滅茶苦茶、恐らく魔方陣が全くの規則性を成していない、

   と云う事であろう。

(…つまり、あまり魔法は使わないほうがいいのか?)

―――その緑の獅子獣人にはもう知られてしまった以上、隠すことは無い。

   恐らくそのうち一人で納得するであろうから、放っておいても問題は無いであろう。

(わかった。)

 

心のなかで思念の会話を繰り広げ、魔法使用対策委員会(今設立)で議論を重ねている間に、リーウは自己完結が出来たようだ。

 

「おいっ、オマエ!あとでみっちり訊いてやるからな!」

 

…、どうやら苦労しそうだ。

そのまま、リーウは急に走り出す。その後を急いで追う。恐らくは落ちた馬車を探すのであろう。あたりをきょろきょろと見回し、

小さいその体を生かして小回りを上手く効かせながら辺りをうろつく。

そのまま、ある方向へと向かう。暗いのによく見渡せるものだ。この今出している光がギリギリとどく距離にリーアは居る。そこから先はまったくもって見えないのだが…。

一体どうやって見回しているのだろうか。夜目が効くようになる魔法でもあるのだろうか。はたはた疑問が残る。

そこで、悲痛なリーウの叫びが響き渡る。

 

「…リーウ、どうした…?」

「…ははは…、いや、解っていたんだ…。確かに…解っていたんだ…。

 あんな高さから落ちたら、普通は粉々になるって…、解ってたんだ…。」

 

目の前にあるのは、粉々に粉砕された馬車の骨組みやタイヤ。そして辺りに散らばる血と、馬車を引いていたと思われる生き物の死骸。

そして、そこまでひどくは無いが、売り物としては使えないであろう、木箱から飛び出て砕け散った、恐らく果物や陶器の品々。

 

「…これは、酷いな。」

「酷いな、じゃねーよっ!依頼、受けたならどうにかしてくれよぉっ…。」

 

そう、急にぼろぼろと涙を流し始めながら此方へ向かって来、そして胸を叩く。

まるで小さい子供がやる仕草の様だ。いや、彼事態が身長が低い為に、まるで子供に我侭を言われている様な感覚だ。

しかし、この品物全てを如何考えても、賄える金は俺は持ち合わせていない。

 

「リーウ…、いや、流石にこの品分の金を用意するのは…」

「だって、如何にかしてくれって、それで、依頼、受けて…!」

「…、いや、どうにも…、あー…。」

「どうにかしてくれよっ!あんたなら…出来るだろっ…?あんな馬鹿げた魔法だってつかえるんだっ、時間戻したり、復元したりしてくれよっ…!」

 

そう、涙ながらに訴えられる。そして、最後に言ったその言葉が、ある一つのアイディアを産む。

 

「ああ。出来る。恐らく可能だ。」

「…、…?」

「時間、戻してやろうか。あの商品が、崖下に落ちる前まで。」

「で、出来る…のか…?」

 

泣きはらした顔が、こちらを見る。あまりの驚きに涙は止まり、目は見開かれる。

 

「ああ、やってやろうか。その"馬鹿げた魔法"で。」

 

そう、悪戯(いたづら)を始めるような表情で、思わず言ってしまう。だが問題は無い。恐らく、可能であろう。

カリフォルニア工科大学の論理物理学者、キップ・ソーンが提唱したタイムマシンの原理を利用しようか。

この理論にはスティーヴン・ウィリアム・ホーキングが量子的ゆらぎ増大の影響で不可能と唱えているが、

まるで質量を無視する行為、つまり魔法という物が存在しているのだから恐らくゆらぎの抑止、または消化する事は可能であろう。

リーアを胸元へ―――立ち位置的には腹元になるが―――よせる。

 

…うまく、そうだ、仕組みを思いだせ。そう、他の物質を超光速で…。そうだ…。

 

「…Cas(シャス) |Retrogradniリトログラッディニ

 

途端、まるでスーパースロー映像を巻き戻ししているかのように、ゆっくりと、物体が、戻ってゆく。

 

(そうだ、"それ"だけが戻れ。…いや、俺たちが時間を戻れ…。因果律は関係ない…。"因果律など今は存在しない"。)

 

戻りきる。全てが綺麗に収まる。そして、物体は上昇を開始する。そう。落ちてきた時を逆行するが如く。

 

Preruseni(プレルシェニ)

 

ここまで戻せば、あとは問題ない。魔法で、とまれと命令する。その物体の時間も、これから落下するという(ことわり)も。

…。さて、どうしたものか。停めたまでは良いものの、このままでは物体は勿論このまま再び落下する。

勿論、時間を戻しただけであるので落下してきて、地面に衝突する突然まで時間を戻した。

つまり、必然的に落下時の力のモーメントは維持しているという事になる。

このモーメントを如何にかして排除したい。運よく馬車はまるで着地でもするかのような綺麗な状態で空中に止まっている。つまりタイヤの部分を下にしている訳だ。

 

「…すっげぇ…、こんな魔法…見たことねぇよ…!」

「リーウ。」

「な、何だ?」

 

こころなしか、リーウは緊張している面持ちであった。

 

「このまま、何もしなければ馬車と積荷はまた地面に激突する。

 これはつまり時間を戻しただけに過ぎないことが起因する。今は馬車の時間を停めているからあの状態だ。

 仮に"落下"という現象の時間を停止したとしても、永続することは不可能。

 何れ魔法は解けて、何時かこの落下の勢いが再び復活。そしてまた粉々になるだろう。積荷諸共。

 そこで、落下だけをどうにかして消滅させたい。リーウ、何か良い案は無いか?」

「…えぇと…、う…ん…?」

 

詳しく説明するが、リーウは思わず頭を(かし)げる。…難しすぎただろうか。もう少し解りやすく説明しなければ…。

要点だけ絞れば良いか。

 

「あー…、つまり、地面に衝突する寸前まで戻したから…、そうだな…。

 落下の勢いをどう消したら良い?」

「ああ、んー…。例えば…。落下の勢いを全方向にかける…とか。」

「多分それやったら粉々になるな。」

「そうなのか…?それじゃぁ…、その…、ああ、そうだ!力を逆方向に変えるとか!」

「上に吹っ飛んで行くな…、ん…。そうか…!」

「何か、思いついたのか?」

 

力を逆方向にすると上に吹っ飛んで行く。だが、力を消せれば問題ないのでは?

先ほどは悩みすぎたが、抽象的なイメージでも魔法の行使は可能だ。つまり、モーメントを消失させれば…!

 

Pokles(ポクレス) Ztraty(ストラッティ)!」

「…何も、起きて無いぞ…?」

「当然だ、力なんて目には見えない。Zacatek(ザチャテック)。」

 

そう、唱えると、今度は馬車が地面に落下する。そのまま、ギシッという音をたてて地面に落ち着く。高さは3、40㎝と言ったところの高さに合った。そこまで衝撃は無かっただろう。

 

「リーウ、中味を確認してくれ。」

「わ、わかった!」

 

リーウはそのまま、馬車へと向かう。勿論、馬車を牽いていた動物も、勿論生きている。改めると、まるで馬に近い。容姿は真っ黒で、まるでティールを連想させるが。

 

「…すげぇ…!全部…完璧だ…!」

「無事完了、か?」

「本当…本当ありがとな…!」

「おぅっ…。」

 

そのまま此方に勢い良くタックル、もとい抱きつく。本当に、小さい子供のような振る舞いをする。

対応は大人びているのだが…。本当は何歳なのだろうか、一瞬気になるものの、特に必要な事でもない。気にしないようにする。

 

「さて、此処から脱出するか?」

「…どうやってだ?」

「あぁ、こうだ。」

 

そのまま、リーウを胸に抱えたまま、馬車へと近づく。

 

Letレット

「っ…!」

「飛ぶに決まってるだろう。」

 

ティールは一瞬の浮遊感の後すぐ目を瞑る。恐らく、高いところが苦手なのであろう。

景色はぐんぐんと変わる。最初は真っ暗な岩肌だったのが、徐々に岩の隙間から出る草が多くなってくる。

徐々に手元の丸い光ではなく、太陽の光が見え始め、崖を照らす。

そして、その後の事の少しの逡巡の後、徐々に上がるスピードを落とす。そして、とうとう崖の上へと辿り着く。

 

馬車を対面の方向、システィーナ側の崖へと寄せ、そこに馬車とも着地させる。

その馬の様な生き物は特に興奮することも無く、その場で佇む。なんとも利口だ。

 

「リーウ。着いたぞ…。」

 

いつの間にかガッシリと抱きついていたリーウに促す。そしてさらに一言付け加える。

 

「このまま一旦ギルドへ行こうか。」

「はぁっ!?」

 

この日で2番目程度に大きい声が、崖上で響いた。

 

 

 

 

 

 

「では、依頼品の提出をお願い致します。」

「ヴィルリタニア…、10個です。」

「承りました。少々お待ちください。」

 

現在システィーナ西部ギルドに戻ってきている。そしてあの犬人はまたもや居る。視線が妙に痛い。

 

「…視線が凄い感じる…。」

「気にするな。気にしただけ意味も無い。」

 

リーウを連れて、確かにギルドまで来た。国際間行商は戦争中でも勿論行われるそうだが、人民間の敵愾心を煽る結果にもなる。

また、それにより行商が進まない、または行商人に危害が、または殺害などと言った事もあり危険が多い。

よって、滅多に、というよりは殆どの場合で敵国関係にある場合、行商は行わないのだ。

ただ、禁止ではないため、行商人であるリーウはシスティーナへと入ってこれたのだ。

しかし、彼は子供だ。恐らくまだ幼いであろう事は今までの振る舞いで何となく解った。

一人にするには心配なのだ。此処に来るまでにも色々とあったのも相俟ってだが。

因みにリーウは服袖を掴んで体に密着している。すっかり懐かれてしまった。

 

「確認が完了いたしました。こちらが依頼達成の報酬金となります。」

 

カウンターに出されたのは金色の硬貨が1枚、銀色の硬貨が2枚、銅の硬貨が13枚となっている。

 

「あー…、悪いですが、硬貨形式を、略式説明して頂いても宜しいですか?」

「ええ、構いませんよ。金銀銅貨の名称はそれぞれリン、ガイ、センとなっております。133センで1ガイ、79ガイで1リン。

 また、此処にはございませんが白金貨で、名称がソルというものがありまして、此方は青白い色をしております。

 こちらは41リンで1ソルとなります。また、銅貨より下のもので、銅青貨のダーという物があります。此方は青緑で、239ダーで1センとなります。

 因みに、平均的な平民の月収は大体3リンとなっておりますので、ご参考に。

 では、ギルドポイントの上書きを致しますので、ギルドカードの提出をお願い致します。」

「はい、ありがとうございます。こちらがギルドカードです。」

 

通貨の事を聞いても、よくあることなのかあまり(いぶか)しがらずに説明してくれたのは少し安心した。

ただしリーウからはちょっと訝しんだ視線を向けられたのは言うまでも無い。

 

「おめでとうございます。今回の依頼報酬ギルドポイントは103です。

 FランクからEランクへの昇進条件『総合ギルドポイントが100』の条件を達しましたのでEランクへ昇格致しました。

 EランクからDランクへ昇格するには総合1000のギルドポイントが必要となりますのでご注意ください。

 現在はFランクの総合3ギルドポイントとなっております。それでは、Dランクへ向けて頑張ってください。」

 

最後はにこやかに、そう言いつつギルドカードを返してくれた。

因みにリーウの依頼は恐らく国へ帰るまでだろう。つまり闇市へ行く事になる。恐らく闇市は色々な国の行商人が集まることを想定すると、道中で山賊などが現れたりするのでは無いだろうか。

人手が多いに越したことは無い。つまり、これから考えるに、ランク区別が無いであろう。よって、何らかの形でギルドに護衛依頼が舞い込んでるに違いない。

そう高を括る。

 

「では、今日は如何なさいましょう。」

「護衛系で、ランク指定無しの物はございますか?」

「ランク指定無し、ですか…。少々お待ちください。」

 

どうやら、ビンゴのようだ。カウンターの奥の扉へ、受付嬢は引っ込んで行った。

それから直ぐに、戻ってくる。そういえば名前を聞いていなかったな、今度聞いてみるか。

 

「ええと、ランク指定が無いものでしたら、こちらになります。」

 

ずらっと並べられたのは、ざっと見て10枚の依頼書。

この中で、もっとも条件の良い物はどれか。ティールに選別してもらう。

 

(ティール、この中で報酬・ギルドポイントが最も高いのはどれだ?)

―――…主、体を借りるぞ。……、…これが最も報酬が高い。25リンだ。破格の報酬だから、恐らく何か危険があるだろう。注意した方が良い。

 これが、ギルドポイントが最も高い。620得られる。ただ、これも報酬が23リン45ガイと破格だ。如何するか?

(んー…。ギルドポイントが高いほうで。)

「では、こちらをお願いできますか?」

「はい、畏まりました。少々お待ちください。」

 

依頼書を手渡すと受付嬢は判子を持ち出し、右下の辺りに、恐らく適当に押す。そして別の紙を取り出し、そこに少し書き込みをする。

その間に…。

 

「テメっ、まだ新米の癖しやがって護衛何ざ…ギルド業ナメてんのかっ!?しかも餓鬼なんざ連れてきやがって…!」

「…何を言いたいのか、さっぱり。」

「餓鬼…。」

 

あの犬である。

自分でもよく此処まで冷たい声が出せたものだと、心底思う。リーウが若干怯えているのが掴んだ裾を通して解った。

ただ、最後の餓鬼という言葉には少々の怒りを覚えたらしい。


「下手したら死ぬかも知れねぇんだぞッ!」

 

…嗚呼、彼は、一応自分の身を心配してくれているのか。

最初のあの出会いは印象が悪いが、なんとなく彼の不器用な性格が伝わってくる。思わず、軽く笑ってしまった。案の定顔を真っ赤にする。

 

「てっテメッ、何が面白いんだよっ!」

「…いいえ、面白いのでは無いです。ただ、心配してくださって有り難う御座います。

 私はそれほどヤワじゃないですから安心してください。」

「しっ、心配なんて誰もしてねぇよっ!それに如何考えてもその細い体で…」

(炎の剣)

 

腕を右に翳し、そう心の中で応える。すると、手の中には魔法で作った炎の剣が、現れる。

それを見て、一瞬愕然と驚く犬人。

 

「この通り。魔法も使えますから。」

「―――魔法…!?」

「あら、魔法が使えるのですね。珍しいですね。」

 

因みに最後の言葉は受付嬢である。そのまま魔法で作った剣を消す。

 

「そうだ、俺は知っていると思うけど、ティール。ティール・グレイシス。」

「あ、あぁ、俺はギル、ギルバート・ワフマニノブだ。って、そうじゃねぇよ!…たくっ…。」

 

最後に不満を少々残しつつも、いつもの(といっても2回着ただけでそうだとは解らないが)定位置へと戻って言った。

因みに定位置はギルド内にある喫茶コーナーの一角、受付が見える唯一の席である。

 

「ふふ、珍しいですね。彼の事解る方が居るなんて。」

「えっ?」

 

受付嬢が小さな声で、ひっそりという。思わず聞き返す。

 

「いえいえ、何でもありません。では、こちらが依頼達成証明書となっております。

 依頼が完成しましたら、こちらに依頼主のフルネームのサインと、業務用印章を押して頂くようお願い致します。

 上記が完了いたしましたら、此方へ持ってきて頂ければ換金等を致します。

 また、現地で直接依頼が達成した場合はその趣を此方に書いていただければ、ギルドポイントのみの給与となります。」

「了解いたしました。」

「また、このギルドは定時集合制…、ええと、指定された時間に特定の場所へ集まる事を義務付けられています。

 この依頼ではシスティーナ中央広場の噴水付近、正午での集合となって居ますのでご注意下さい。」

「解りました。」

「それでは説明は以上となります。頑張ってください。」

「どうも。それでは失礼致します。」

 

そのまま、依頼達成証明書と報酬を受け取りリーウを促しながらギルドを出て行く。

さて、コレは大仕事になりそうだ。今日はゆっくり休むか。そのままリーウの馬車に乗る。幸い、中は物色された形跡も無い。

 

「さて、システィーナ中央広場に向かってくれ。リーウ。大丈夫だったか?」

「…ちょっと、怖かった。」

「悪いな。」

 

そのまま、ガシガシとリーウの頭を撫でる。恥かしそうにしていたが、気持ち良いのか退けはしなかった。尻尾が揺れていたのは言うまでも無い。

 

 

 

そのまま馬車に揺られて10分程度経つと、噴水が見えてきた。システィーナの中央部だ。

 

「ここら辺に宿は無いかな…。」

(ティール、宿、どれかわかるか?)

―――………、あれだ。

(了解。)

「リーウ、あそこに向かってくれ。」

「わかった。」 

ティールに教えて貰った宿屋の方向を指差し、向かって貰う。

パッと見たところ、建物の脇に倉庫みたいな建物があるが、それが馬車を入れる馬舎(ばしゃ)であればいいが…。

コレばっかりは店員に訊いてみないと解らないな。馬車が店横に付いたのを確認して、馬車から降りる。

リーウには心配だが、外で待っていて貰おう。

 

店内は外観の大きさと比べると意外にこざっぱりしている。受付の先に扉があることから、宿の殆どが部屋であろう。

「すみません、二人部屋は空いていますか?」

「ああ、悪いね!三人部屋しか空いてないのさ!どうするかい?30ガイになってちょっと割高になるけど構わないかい?」

 

受付を担当しているのは快活な性格で恰幅の良い、女性の垂れ耳犬人。

 

「あー…、では、それで。あと、馬舎は有りますか?」

「お客さん馬車なんて持ってるのかい?珍しいねぇ!ちょっと待ってねぇ…。

 最近馬車なんて来てなかったからあんまり使ってないんだよ…。」

 

そう言いつつ、手元の紙に記帳を済ませて行く。手際が良い。

 

「お客さん、お名前は?」

「ティール。ティール・グレイシスです。」

「はいよ…。じゃあ、案内するよ。」

 

手際良く記帳を済ませ、窓口に木で出来た、文字が書いてある置物を置く。

そのまま、脇から出て来、外へ向かう。

 

「あいあい、お客さん、馬車馬は何頭だい?」

「二頭です。」

「あいよ。」

 

んじゃ、こっちだね。そう言いながら扉を開ける。

目の前には…良かった、馬車が何事も無くあった。

 

「リーウ、馬舎、入れるぞ。」「あ、解った。」

 

馬車からひょっこりと顔を覗かせる。それに、宿の受付、この場合は女将とでも言うのか。彼女が反応する。

 

「あら、獅子人だなんて。もう例の時期なのね。」

 

恐らく、闇市。

馬舎へ案内しながら、女将さんは喋り続ける。

 

「小さいのに偉いわねぇ…。戦争が始まってからトキシンの名産品が入らなくなってねぇ。

 ウチの看板メニューが作れなくなって困ったもんだよ…。本当。あ、解ってると思うけど此処が馬舎ね。

 新しいメニュー考えるのにかなりかかったわよ。あ、こっちよ。しかも、向こうみたいな

 豊潤で豊満な果物、有名な産物よ。あの美味しいヴィーチェ(Vice)が手に入らなくなってから…。

 本当大変だったわ…!あなた達は此処を使って頂戴。ここの所全く使ってなかったから…。

 ちょっと埃っぽいけど勘弁してね。」 

 

よく喋るご婦人で…。俺とリーウはその饒舌さに若干流され気味だ。

 

「これから夕飯の支度をしなくちゃいけないの。掃除用具は要るかしら?

 あと、そっちの黒狼のお兄さんは宿代の支払いと部屋の案内があるから、掃除が終わるか、今から受付に来て頂戴。」

「掃除用具は―――」

「必要ありません。此方が全て持って居ます。」

「おっおいっ…!」

 

リーウが言おうとした事を途中で遮り、否定の趣を伝える。無論、魔法を使えば一発だからだ。

 

「わかったわ。それじゃあ、掃除の後に来るのかしら?

 夕食の用意を食堂で作っているから、来たら受付の所にベルを置いておくわ。それを押して頂戴。

 すぐ駆けつけるわ。あ、あと、食事代は宿代に含まれているから。1日かしら?」

「いや、2日でお願いします。」

「わかったわ。それじゃ、掃除頑張ってね。」

 

薄暗い建物の中に一つだけ明るい光源。ランタンのようだ。周りは干し草のカスや、埃だらけだ。良い点といえば、整備はされていないもののそれなりの設備が整っている事か。

 

「おい…掃除用具要らないって…。」

「ああ、魔法で済ませればいいだろ?」

「…。なんか、オマエ、もう規格外だな…。普通そんな事に魔法使わないぞ…?」

「そうなのか?便利だと思うんだが…。」

 

こんな便利な力を得ているのにも拘らず、何故使わないのか。甚だ疑問であるのは仕方が無いことだ。

その無尽蔵ともいえる魔力を保有する彼にとって、魔力切れというものは体験できぬ領域。

彼が魔法についてもう少し詳しくなるのは、また、もう少し後のお話。

 

「さてと…。掃除、始めるか!」

 

終わったのは3分後の事である。

 

 

 

 

 

 

「うまいな、これ。」

「海産物、ここまでこんな新鮮さで持ってくるなんて、相当手間が掛かってる。

 宿代が結構高めだけど、これなら頷けるね。」

 

掃除が終わった事を伝えると、かなり驚かれた。普通に考えて3分で終わることは先ず無いであろう。

「どうやったの?」と訊かれた物の、リーウの魔法で、と上手くはぐらかすと、納得してくれた様子だった。

ただリーウからは冷たい視線が注がれたが。そうして、今は夕食を摂っている最中だ。

今日のメニューはシリア(Serie)(港町らしい)産魚介類パスタとノースリー(Noeslee)(此方は山岳方面の農耕地帯だそうだ)の野菜の和え物、だそうだ。 

「こんなにうまかったらヴィーチェ使ったのもかなり美味しいんだろうなぁ…。」

「…なぁ、ヴィーチェって何だ?」

「知らないのか!?…なんか、色々変だよなぁオマエ…。」

 

この世界の常識は確かにないが、そこまで率直に言われると流石に傷つく物がある。

因みに、心配していたリーウの待遇―――、この大きな食堂だが、特に特筆すべき程に悪い視線などは感じなかった。

 

「ヴィーチェは、赤い外見の丸い果物で、木になるんだ。それで、果肉が黄色っぽい透明で、

 柔らかくてプルプルしてるな。コラーゲンが多いし美肌にも効果がある。美味しいしジューシーで、強精効果もあるから

 老若男女問わず大人気なんだ。」

「ふーん…。」

 

外観はまるで林檎の様だ。説明された限りではその様な印象を受けた。

 

「ごっちゃん!」

「…もう食べ終わったのか。」

 

皿をのぞき込むと綺麗に、ソースまで無くなった皿がある。

 

「あぁ、そうだ。明日の予定だが…。」

「行くんだよな?」

「いや、此処を出発するのは明後日だ。」

 

そう伝えると、リーウは驚きに目を開く。

 

「はぁっ?間に合わないだろ…!」

「いやまともに考えれば解ると思うが…、明後日依頼人が出発するって事は

 明後日でも間に合うって事だろ?」

「いやそうだけど…!」

「なら問題ないんじゃないか?」

「そうだけど…。」

 

リーウが不服そうに呻く。

 

「何か心配か?」

「…ゎぃ…。」

「んっ…?」

「怖いんだよ…。仮にも敵の国だし…。」

 

思わず唖然とする。納得が出来ないわけではない。

いやむしろ、確かに言いたい事は解るのだ。むしろ当然かもしれない。

 

「大丈夫だっ、いざとなったら守ってやるさ…っ!」

「わ…笑ってんじゃねーよっ…。」

 

顔を真っ赤にさせるリーウ。やはり、何だかんだで、幼い。

 

「御馳走様。さて、部屋に戻るか。

 明日は此処、見回って見るか?俺も此処に来て日が浅いからよく分からないことも多いしな。」

「でも、俺が外出歩いても大丈夫かよ…?」

「そう、不安そうにするな。

 どうにでもなる。」

「どっ、どうにでもなるって!…大雑把すぎるだろ…。」

 

その日、宿屋には漆黒の狼と深緑の獅子の子供が、仲良く二人揃って歩いている姿が良く目撃された。

 

 

 

「あっ」

「どうした?リーウ。」

「馬車に結界張り忘れてた。」

「…。」

 

 

 

 

 

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