第84話 砦を築く者
見張り台のそば、帳の展開炉周辺。
ヴィスが結界の魔導接点に何本もケーブルのような魔線を繋ぎながら、ぶつぶつと独り言をこぼしていた。
「また偏ってやがる……展開時は安定してるのに、時間が経つと中心が渦を巻く。なんでだ……?」
すぐそばでは、ハルカが端末の清掃作業を手伝っていたが、内容まではよくわからない。
ただ、「うまくいってないんですか」と声をかけると、ヴィスが思わず肩をすくめる。
「……ちょっとな。展開したはいいが、内部の魔力が妙に滞る。流れてねえんだ。循環するはずが、どっかで詰まってやがる」
ぽつぽつと、問題点を並べるヴィス。ハルカはただ黙って頷きながら、魔導結晶を拭っていた。
「いや、でもな……抑制は効いてるし、流入もねぇ。てことは……出力が……? いや、まさか……ああ、ちっ……」
突然、ヴィスが動きを止めた。
「……くそ。そういうことかよ」
魔導炉の側壁を指でなぞりながら、小さく呟く。
「……魔力の排出口がねえ。抑えるだけ抑えて、逃がすところがなけりゃ、そりゃ渦にもなるわな……」
(……あるある……誰かに説明してるうちに気づくやつ。エンジニアってそういうもんだよね……)
「おい、嬢ちゃん。ちょっとこれ持ってろ。調整入れる」
端末の補助枠を手渡され、ハルカは軽く頷いた。
なんのことかはよくわからないけど、それでも、役に立てるということが、少しだけ嬉しかった。
──その時だった。
「……あっ……!」
物陰から転がるように出てきた小さな影に、ハルカが思わず声を上げた。
淡い栗色の髪をした、まだ幼い女の子だった。三つ編みもどこかほつれていて、手には小さな水差しを抱えている。
勢いあまって足がもつれ、そのまま展開炉の縁にぶつかりそうになる——
「おっと……!」
ヴィスが反射的に片腕で受け止めた。
「おい、危ねえだろうが。子どもが入っていい場所じゃねぇぞ、ここは!」
ちょっと強めの声に、少女はびくっとして、今にも泣きそうな顔になる。
「……う、うえぇ……ごめ、なさい……」
しゃくりあげながら、ぎゅっと水差しを抱え込む。
「ちょっ、ヴィスさん……! ちょっと強く言いすぎですって!」
思わずハルカが駆け寄り、少女の前にしゃがみこむ。
「だいじょうぶ。ケガしてない? ねえ、お名前、教えてくれる?」
涙目のまま、少女はもぞもぞと口を動かす。
「……リゼ、です……。おねえちゃんと……おかあさんと、きたの……」
「ああ……この前、エレナさんにお願いしてたお母さんかな」
ハルカは優しく頷いてから、リゼの手をそっと包んだ。
「ここ、お水をあげに来たの?」
リゼは小さく頷き、水差しを見せた。
「……鳥さんに、あげたくて……でも、道が……わかんなくなって……」
「あー、なるほど。鳥さんの巣、もうちょっと向こうだったね。よくがんばったね。えらいよ」
「……えへ……」
少し安心したように笑ったその顔に、ヴィスがちらりと視線を向ける。
「……ったく。次は誰かと来いよ。機材に触れたら、冗談抜きで爆発すんだぞ、ここは」
言葉はぶっきらぼうだが、その声色に怒気はなかった。
「ごめんなさい……」
「ん……」
気まずそうにうつむくリゼに、ハルカがこっそり囁いた。
「……ヴィスさん、ほんとは優しいから、大丈夫だよ」
リゼは顔をあげて、小さく笑った。
「……また、来てもいい……?」
「……物分かりのいい子ならな」
ぽつりと漏れたその言葉に、リゼの顔がぱあっと明るくなる。
「うんっ!」
ぱたぱたと駆けていくその背中を見送りながら、ハルカとヴィスは顔を見合わせた。
「……案外、子どもに人気なんですね」
「勘弁してくれ……」
そう言いつつも、ヴィスの口元は少しだけ緩んでいた。
* * * * * *
その夜。
観測台に集まった魔導班が、淡く光る端末を囲んでざわついていた。
「……さっきの波形、見たか? こいつ……帳の初期展開時と似てるぞ……?」
「再展開の影響か? いや……座標が違う。北西の空……?」
画面には、一瞬だけ、あの結界に酷似した波長の魔力が、測定されていた。
ハルカはそのログを見ながら、ふと背筋に冷たいものを感じる。
(……誰かが、境界に……)
夜風が吹く。空には淡く白い羽根が、ひとひら舞っていた。
* * * * * *
朝靄のなか、里の入り口に影が四つ、ゆっくりと現れた。
一人は、黒いフードを深くかぶり、フクロウを模した仮面をつけた青年──仮面の梟。
その名を知る者は少ないが、王都の裏で密かに語られ始めた、革命の火種だった。
その後ろに並ぶのは、見た目も性格もバラバラな三人の若者たち。
さらに中央、どっしりとした体格に工具を揺らして歩く男がいた。
日焼けした肌に赤銅色の短髪。頭にはタオルを巻き、腰には金属器具がびっしりと吊るされている。
エレナが警戒心を隠さずに腕を組み、呆れたように声を上げた。
「……で、その熊みたいな男と、ガラの悪そうな連れは?」
仮面の梟がフードの下から答える。
「拠点の再構築を頼んだ。腕は保証する」
中央の男が一歩前に出て、低い声で言った。
「ガロスだ。王都じゃ建築士なんて言われてたが──現場じゃ親方って呼ばれてる」
と、その後ろから若者たちが勢いよく前に出てくる。
「親方の弟子でーす! 俺はラウル、よろしくお願いしまーす!」
一人目は、太陽のように明るく騒がしい青年。軽やかに片手を上げてニカッと笑った。
「ノエルです……あの、よろしくおねがいします」
二人目は、のんびりとした笑みを浮かべた青年。
一見ぽやっとしているが、ときおり不意に、職人らしい鋭い目つきで材木を見やる。
そのギャップに、周囲はつい警戒しそびれてしまうのだった。
三人目は、大柄な青年が無言で一礼し、鉄材を肩に担いでそのまま作業に向かっていく。
「……ダンだ。ああ見えて、やることは早い」
ガロスがぼそりと補足したその一言に、仮面の梟が肩をすくめる。
「なにせ、あの三人にして親方だからね。お察しを」
ガロスは、仮設小屋のひとつをじっと見つめ、ぴたりと指を差した。
「そこの壁、傾いてるな。寝てたら潰れるぞ」
ハルカがぎょっとして声を上げた。
「えっ、あれ昨日みんなで直したばかりで……」
「寄ってたかってヘタに直しゃ、余計に歪む。……砦にすんだろ? だったら土台から叩き直しだ」
その言い草に、エレナの眉がぴくりと動く。
「口の利き方、知らないわけ?」
ガロスはにやりと笑った。
「元盗賊でね。礼儀はとっくに売った」
エレナが呆れたようにため息をつく横で、仮面の梟がさらりと補足する。
「道具さえ握らせとけば黙る。扱いは簡単だよ」
ハルカはそっと、スフレを抱き上げながら心の中で呟いた。
(……なんかすごい人が来ちゃったかも)
ガロスはそのまま瓦礫の山へと歩いていき、材の質と組み方を見極め始める。
その背に、現場という戦場を知る者だけが持つ迫力があった。




