第68話 真実への道筋
私はスフレを膝に乗せたまま、薄暗くなり始めた寝室の窓辺でじっと考え込んでいた。
「……ねぇ、ちょっと整理してみようか」
スフレは静かに丸まったまま、私の声を聞いている。
あの日を、再び思い出す。
伝令が駆け込んできたのは、朝食の時間帯だった。別拠点にいた辺境伯一派が襲撃され、壊滅したという。
それを聞いたときは、ただ呆然とするしかなかった。
(……何か、おかしい)
言葉にならないざらつきが、心の奥にひっかかっていた。
そのとき、膝の上で眠っていたスフレがぴくりと顔を上げ、部屋の隅をじっと見つめた。
「……スフレ?」
なにか、気配を感じたように。音でもしたのか、あるいは——
小さく首をかしげるその仕草に、ふと胸の奥がざわめく。
(……そういえば、あのとき)
じわじわと、霧が晴れるように記憶が蘇る。
夜明け前に“襲撃”され、その数時間後には“壊滅”の報が届いていた。
確かに、隠れ里には通信班があり、各拠点と連絡を取り合う設備も整っている。
けれど、その日届いた報せは、早馬による伝令だった。
(……通信が、できなかった?)
通信が出来ない何らかの理由があったのだろう。
だからこそ、伝令は馬で直接この地まで駆けてきた。
——だとしても。
100名を超える精鋭の部隊が壊滅し、その全容が把握され、伝令が発たされるまで。
本当に、そんな短時間で可能だったのか?
おかしい。何かが、ずれている。
(もしかして、“壊滅”って……)
伝令の言葉に、誰も疑問を挟まなかったことに、いまさらながら背筋が冷える。
* * * * * *
(……もしかして)
胸の奥が、ぞわりと冷たくなる。
これまでずっと、隠れ里に裏切り者が潜んでいると思っていた。
でも、それはあの爆発のせいだった。
(里の端にある物資庫の、小さな爆発……)
あれが起きたのは、辺境伯たちが別拠点に移動したあと。
まるで「里の中に敵がいる」と思わせるように仕掛けられた騒ぎだった。
(もし、あの爆発自体が目くらましだったとしたら……?)
その混乱に乗じて、何かが——いや、誰かが動いたのでは?
思考が急速に研ぎ澄まされていく。
(情報を錯綜させ、疑心を生ませ、レオニスを孤立させる……。そのための、布石だった……?)
確信に近い疑念が、静かに胸に根を張った。
* * * * * *
私はヴィス、エレナと共に、爆発のあった物資庫の跡地を調べに行った。
焦げ跡の中心から、私は不自然な破片を拾い上げる。
「これ、焼け残ってる……? いや、焼けてない?」
ヴィスが眉をひそめて受け取り、慎重に確認する。
「……時限式の起動装置の一部だ。これ、起動後しばらくして爆発するタイプだな」
(つまり、爆破のときに犯人はここにいなかった)
あれは、遠隔で起動された“偽装”の破壊工作。
私たちの目を欺き、疑心を生むためだけの。
* * * * * *
真相に迫るには、あともう1ピース残っていた。
あの時の違和感の正体——。
私は資料を閉じ、ため息をついて椅子にもたれた。
——そのときだった。
夕飯の支度をする食堂の方から、香ばしい匂いがふわりと漂ってきた。
(……おいしそう。何焼いてるんだろ)
その香りに釣られるように、ふと鼻を鳴らしたとき——胸の奥に、奇妙な引っかかりが残った。
(……なんだった? あのときの……)
私は目を閉じ、記憶の底へと潜る。倒れ伏したレオニス。膝をつくゼフィル。血と土の気配の中に——なにか、違和感。
ふと、鼻の奥に微かな刺激がよみがえる。
——香り。
(香り……そうだ、あの場にあってはいけない匂いが……)
私は立ち上がり、ある人物の顔を思い浮かべる。
* * * * * *
作戦資料を捲っていたカイネルが、私の足音に反応し顔を上げる。
「少しだけ、お時間いただけますか」
「……なんの用だ」
「王妃に仕えていた頃、特殊な魔術部隊を指揮されていたと聞きました。香りや煙を用いた操り系の魔術……ご存知ですよね」
ぴくり、とカイネルの指が止まる。
そして、重い声が落ちた。
「ああ。夜帳の魔煙のことか」
「……やっぱり、実在するんですね」
「俺が名づけた部隊だ。王妃の命令で動く暗殺と諜報の私兵。術者は全員、嗅覚と幻覚作用を用いる特殊な魔術に長けていた。
香や煙で対象の感覚を乱し、命令を刷り込む……そんな連中だ」
確信が背を駆け上がる。
「術の痕跡には……なにか、残るんですか」
「ああ。香りだ。術が残っていれば、周囲にわずかに香が漂う」
その瞬間、記憶がすべて結びついた。
(あのとき、ゼフィルの周囲に漂っていたのは——お香の匂いだった)
森にあるはずのない、甘く鼻をつく匂い。
あれは、操られていた証拠だったのだ。
ゼフィルは、自分の意志であの場にいたわけじゃなかった。だから、泣いていた——抵抗できないまま、人を傷つけることに。
私の中で、長い迷路が終わる音がした。
これで——すべてのピースが、はまった。
* * * * * *
——夜が、明けようとしていた。
まだ朝日も届かぬ薄明のなか、隠れ里は静寂に包まれている。
すべてが眠りについたかのような空気。
だがその静寂の裏で、黒い影がひとつ、音もなく動いていた。
フードで顔を隠した細身の影が、ぬかるんだ地面を踏みしめ、人気のない建物へと近づいていく。
扉を開けることはない。すでに施錠されていないのを知っているかのように、自然に、静かに入り込む。
その先にあるのは、寝台。
光の届かぬその部屋で、ただひとり、深く眠るゼフィル。
彼に、影がそっと手を伸ばした——その瞬間。
「……やっぱり。あなただったんですね」
低く、静かな声が闇を切り裂いた。




