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薔薇と鏡の王国《rewrite》—— “モブ”が書き換える、愛と死と回帰の物語。  作者: 舞見ぽこ
第3章 記憶の欠片、もうひとつの真実

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第45話 見えざる印、偽りの仮面

 意識が戻ったとき、ふんわりとしたシーツの感触が背中に広がった。


 見知らぬ天井。そして——


 「……目が覚めたんだね、ハルカ」


 顔を向けた先に、銀髪碧眼の美貌があった。

 アスランの姿のまま、なのに——

 纏う空気が、まるで違っていた。


 あどけなさすら感じられた彼の瞳は、今やまっすぐに私を射抜くような、静かな光を湛えていて。

 少年の面影はそのままなのに、どこか儚く、美しく、触れたら壊れてしまいそうな気高さがあって。


 完璧で、気品に満ちていて。だけど、ちゃんと——私だけを見ていた。


 (まって、むり……)


 (何この“ディアル様モード”。理性、どこに置いてきたっけ……)

 

 (これ……乙女ゲーで全人類が沼に落ちる瞬間じゃん……)


 (ま、またこの流れ……!近い!顔がいい!!)


 ディアル様は椅子に腰かけ、身を乗り出すようにして私を見つめていた。その瞳に、静かな心配の色が浮かんでいる。


 「ごめんね。急なことだったから、君を運ぶには、ここが一番安全だったんだ」


 そう言って、困ったように優しく笑う。


 「私の部屋だけど、気にしないで。もちろん、無理に動こうとしなくていい。身体のほうは、大丈夫?」


 (って、ここって……ディアル様の、ベッド……!?)


 ディアル様はそっと手を伸ばし、私の額に触れた。体温を確かめるような、優しい仕草。


 (ちょっと無理無理無理無理!)


 (こんな優しくされたら……)


 (っていうか!)


 (ここまで運んでくれたって……まさか、まさかのお姫様抱っこ……!?)


 (や、やだ、死ぬ……無理、尊死する……!)


 「……顔が真っ赤だ。熱が上がったのかな」


 ディアル様が首をかしげた。


 違います。ディアル様、違います。それ沸騰なんです。乙女心の限界突破による自爆です。


 (お姫様抱っこで運ばれて、目覚めたらディアル様の部屋で、しかもベッドで、額に手を……って、連続スチルってこういうこと!?)


 (あああああああ!!!)


 身体中の血が一気に沸騰した。


 「だ、大丈夫ですっ……もう……っ」


 言いかけて、視界の隅にいたモフッとした影に気づいた。


 「……キュゥン」


 子犬が、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


 ふと気づけば、ベッドの足元でワンコが丸くなっていたのだ。


 「君の相棒は、とても健気だね」


 そう言ってディアル様が子犬を撫でる仕草すら、まるで聖母だった。


 私がぽかんと見とれていると、ディアル様はふと視線をこちらに戻し、

 微笑を浮かべたまま、静かに口を開いた。


 「私は——ディアル=デ=フィレント=エルヴィオン。この国の第一王子だ。……君は、もう知ってると思うけど?」


 その言葉に、息が止まりそうになる。

 そんな穏やかな空気のなか、ふとハルカは尋ねる。


 「……記憶が、戻ったんですか?」


 ディアルはふわりと微笑む。


 「……断片的に、少しずつ思い出している。

 そして、君を見たとき——心が先に、思い出したようだった」


 その言葉に、胸の奥がきゅうっとなる。


 (あ、もう無理。好き……)


 でも、どうしても気になることがあって、私はそっと問いかける。


 「……あの、記憶が戻りつつあるのに……どうして、若返ったままなんですか?」


 彼は一瞬目を伏せ、ふっと優しく笑う。


 「それは……私にも、まだ分からない。ただ、何かが起きた。そう思うしかないんだ」


 そう答えると、彼はそっと私の頬に触れた。

 まるで心配させたことを詫びるように、慈しむように。

 触れるだけの仕草なのに、心まで包まれていく気がした。


 そのまま、何か言いかけた彼の唇が、微かに動いた——


 しかしその甘やかな時間は、長くは続かなかった。

 扉を叩く、重い音が響く。


 「煌聖騎士団の者だ。アスランと名乗る人物に用がある」


 ディアルの目が細められ、静かに立ち上がる。

 そして——再び、仮面をかぶる。


 (ディアル様……?)


 一瞬にして、空気が変わった。


 ディアルの目が細められ、静かに立ち上がる。


「……来たか」


 そう呟いた彼の表情が、ふっと変わる。


 先ほどまでの気品と誠実さをほんのり残しつつも、肩をすくめるように口元に笑みを浮かべる。


「いやはや……面倒なことになったね」


 どこか軽く、他人事のように笑って見せるその姿は、まさに“アスラン”。


 けれど。


(……違う。わかる)


 わたしの目には、見えてしまった。

 彼が仮面をかぶった、その一瞬の緊張と覚悟の揺らぎが。


「少し時間を稼ぐから、ハルカちゃんは中にいて」


 そう言ったときの声は、優しかった。

 だけどその奥には、鋼のような決意があった。


「……すぐ済ませるから、大丈夫」


 扉へと向かうディアルの背中に、思わず手を伸ばしたくなった。


 「ディアル様……?」


 けれど、その背はもう、“アスラン”のものだった。

 かつての軽薄さを纏いながら、しかし確かな覚悟を胸に——


 新たな舞台へと、歩み出していく。


 (演じている。彼は、殿下であることを隠すために)


 私は迷った。けれど、あの背を一人にするのは、どうしてもできなかった。

 たとえ何があっても、彼のそばにいたかった。


 だから——私は、ひと呼吸遅れて、静かにその後を追った。



 * * * * * *



 

 天幕の外。扉が開かれ、ひときわ騒がしい声が響く。


 「おお……久方ぶりだな、アスラン殿ッ!」


 現れたのは、煌聖騎士団団長、ギルゼノール=フレアクライト。その目がアスランを見た瞬間、ぎょっと見開かれた。


 「……やはり。やはり似ている……その立ち姿、その気品ッ……!」


 マントをばさりと翻し、勢いよくアスランに詰め寄る。


 「おおおおおお!! そのお姿、その輪郭、その瞳の輝き!

 やはり、若き日のディアル殿下ァァァァーーッ!!」


 「は……?」


 アスランは思わず眉をひそめ、額に手を当てる。


 「まってまって、前にも言われたけど……オレってそこまで殿下っぽいの?

 てか、今の比喩、めちゃ盛ってない?」


 「いや、違うぞよ!? これは……別人? されどこの若々しき輝き——!

 まるで若かりし頃のディアル様のよう……ッ!!」


 団員たちがうんざりしたように顔を見合わせた。


 「……また始まった」

 「懐かしいな、この流れ……」

 「前回の調査でも“まるで彗星のごとく”とか言ってましたよね、団長」


 副官が溜息まじりに言った。


 「団長、いいかげんにしてください。前回も“そっくりだけど反応なし”でしたよね?」


 「な、なんと! これは由々しき誤解ッ!」


 アスランは肩をすくめて笑う。


 「まあ、いいけど。王子に似てるって言われて悪い気はしないし?」


 けれどその瞳の奥には、誰にも見せない“演者”としての覚悟が宿っていた。


 煌聖騎士団の仮設拠点。張り詰めた空気の中、アスランは円卓の中央に立たされていた。

 その前で、魔石印を刻んだ古びた装置が淡く光を放つ。


「……おい、今、ちょっと光ったぞ?」


 騎士の一人がざわめいた。

 その瞬間——

 「今の光は殿下の気高さが具現化したにすぎんッ!」


 ギルゼノールの無茶な弁解に、場が一瞬凍る。


 「いや、違うッ! あれは……炊き立ての米に反応しただけだ!!」


 「炊き立ての……は?」


 困惑の空気を吹き飛ばすように、アスランが笑う。


 「いやあ、オレってば光るタイプだったのかも?」


 ギルゼノールは真顔に戻り、


 「アスラン殿は、ただのそっくりさん。似て非なる、気高き民……であるッ!」


 強引すぎる理屈で“別人”を押し通す。


 その瞬間——


 「お待ちなさい」


 冷たい声が空気を断ち切るように響いた。


 現れたのは、王妃派筆頭の参謀。鋭い眼差しで一行を見下ろす。


 「その者が“そっくりさん”にしては出来すぎている。簡単には信じられん」


 空気が重くなる中、ギルゼノールは小さく息を吸い、アスランの肩に手をかけると、次の瞬間——


 「お主のせいで! 拙者がどれほど風評被害を受けたと思っている!!」


 スパーン! と、アスランの頭を平手で叩く。


 「いでっ!? ちょ、なに!? え、えぇ!?」


 「おまえが殿下に似てるから、私がどれほど苦労したことか!!」


 さらに、ギルゼノールは勢いよくマントを脱ごうとするが——


 「ぬぅっ!? ……っ、く……なんと……外れぬ……ッ!」


 肩の金具がうまく取れない。

 じたばたともがく姿に、部屋全体が凍りつく。


 「…………………………」


 団員、参謀、副官、アスラン(ディアル)、ハルカ。

 全員が「え……」という顔で沈黙。


 するとギルゼノールは、何事もなかったかのように仁王立ちのままマントを翻し、芝居を再開。


 (副官:……金具、緩めとくって言ったのに……)

 

 「この者がディアル殿下だと!? ならば——我が喉を切って殿下の潔白を示そうぞッ!!」


 「だ、団長!?」


 副官が慌てて制止に入る。


 「拙者の命に代えてもこの者は只人ッ!!!」


 (……拙者!?)


 (いやいや、普段は“わたくし”じゃなかったっけ? 熱入りすぎてキャラ変わってる……!)


 と、ハルカは内心で突っ込む。


 ギルゼノールはさらに頭を地に擦りつける勢いで深く土下座した。


 「拙者が長年お仕えした殿下は、もっとこう……威厳と静謐の化身ッ! このような軽薄な風体の者とは、似ても似つかぬのでござるッ!!」


 参謀が一歩踏み出し、目を細める。


 「……馬鹿馬鹿しい。だがそこまで言うなら、今回は目を瞑ろう」


 (団長の芝居に慣れきった私たちも問題なんですけどね……)


 副官がぼそっと呟く。


 ギルゼノールの心の中には、嗚咽がこだました。


 (殿下……お守りしましたぞぉぉぉ……!)


 こうして、アスランはひとまず“解放”された。


 だが、真実を知る者の胸の内には、消えぬ火が灯っていた。

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