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第4話 測定結果ゼロってどういうことですか

 ノアは胸元の内ポケットから眼鏡を取り出した。


 ふいに空気が変わる。


 フレームをかけた彼の表情は、一瞬で“研究者”の顔になる。




 (……メガネ姿。あ、これは完全にお仕事モード……)




 その雰囲気に、なんだかこっちまで背筋が伸びる気がした。




 「では、さっそく測ってみようか。力があるかどうか、ね」




 そう言って、ノアが差し出したのは、丸い水晶玉だった。




 台座に固定されたそれは、ふわりと淡く光を放っていて、いかにも“魔力を測れます!”って感じの代物だ。




 (きた……乙女ゲー定番イベント……! 主人公の正体判明とか、覚醒イベントとかが始まるやつ……!)




 私はどきどきしながら、その水晶玉にそっと手をかざした。




 しん……とした空気。




 ノアがそばで見守っている。


 その甘くよく通る声で「力を抜いて、意識を集中して」と優しく言ってくれた。




 (落ち着け、落ち着け……! 何か起きて……いや起きて……でも、もし何も起きなかったら……)




 そして——




 ……何も、起きなかった。




 水晶玉は、静かなまま。光ることも、震えることも、発熱することもなし。




 私は、何度も手をかざしなおした。




 ノアは、しばらく無言だった。


 でも、その顔にはわずかな困惑と興味が入り混じっている。




 「……まったくのゼロ。正確には、微弱すぎて測定不能領域だ。人の魔力値としては、最低限以下」




 最低限以下。




 (……あれ?)




 ヒロインって、“聖女の力”を持ってるのに?


 ゲームでは、序盤でそれに目覚めるイベントがあって……




 なのに私は——何もない?




 「……私って、やっぱり、モブなの?」




 自分でも口にしたくなかったその言葉が、ぽろりとこぼれてしまった。




 ノアは何も言わなかった。




 ——ただ、その瞳にほんのわずかな違和感が浮かんでいた。


 




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 “ゼロ”という結果。それは明確でありながら、妙にすっきりしすぎていた。




 (これは……“空白”だ)




 魔力がゼロなら、それなりの痕跡や揺らぎ、流れの停滞があるはず。


 だが彼女の測定結果には、そうしたものが一切見られなかった。




 まるで「何か」が、その存在を隠しているかのように——


 あるいは、測定の法則そのものが通じない領域に属しているかのように。




 「……興味深いね」




 ノアは微かに目を細める。




 彼女の中には、“測定できない何か”がある。


 それが“無”なのか、“異質”なのかは、まだわからない。




 ただひとつ、確かなことがある。




 ——彼女は、“ただの存在”ではない。





 


 ------------------------------------------------------------------------------




 空気が、変わった。




 測定の翌日から、それははっきりと感じ取れた。




 侍女たちはいつも通りに見えて、どこかよそよそしい。


 目を合わせず、必要最低限の言葉だけを交わし、距離を取るようになった。




 (あれ……? なんか、冷たくない?)




 気のせいかもしれないと思ったけれど——違った。




 食事の内容が、明らかに質素になっていた。


 豪華な銀のカトラリーは姿を消し、素朴な木製のスプーンとフォーク。


 飾り付けられていた果物やハーブティーも、見当たらない。




 (えっ……これって……あからさまに待遇下がってない!?)




 廊下を歩けば、使用人たちがヒソヒソと何かを囁いているのが聞こえる。


 「魔力、ゼロだったらしいわよ」「じゃあ、あの子……」




 私を見ていた視線が、急に逸らされる。




 (うわっ、めっちゃ避けられてる……!)




 昨日までは“特別な何か”として、過剰なほどに丁寧に扱われていた。


 それが今は、“得体の知れない存在”として、腫れ物のように扱われている。




 (そっか……“聖女様”じゃなかったんだ、私……)




 当たり前だよね。ゲームの中なら主人公補正とか、特別な力があって当然だけど、私はただの——




 「……いや、何かの測り間違いってこともあるし!」




 誰にも聞かれてないのをいいことに自分を鼓舞する。




 (うん、大丈夫。“ただのゼロ”じゃない。……たぶん)




 でも、心の奥に沈んだ小さな不安は、じわりと広がっていくのだった。


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