第34話 偽物と、本物と
王都を出て、小型の魔導馬車で東の林へ向かう道中。
「うわー、こういうとこ初めてかも。なんか遠足っぽくない?」
隣の席で、アスランが上機嫌に窓の外を眺めていた。
(遠足……って、こどもじゃないんだから)
私は思わずため息をひとつ。
今回の任務は、林の中で発生した小規模な魔力異常の調査。
魔導植物の一部が暴走しているらしく、管理局が手を焼いていた。
本来なら正式な調査隊が派遣される案件だけど——アスランがこのエリアで過去に“誤って”魔導反応を暴発させた前科があり、
責任を兼ねて、という形で送り込まれている。
そしてなぜかその補佐に、私。
(どうして私が……と思ったけど。
もう決まったことだし、やるしかない)
* * * * * *
林の入口で馬車を降り、簡単な結界を展開。
「うおっ、なんかこの空気、ピリピリしてるなぁ。魔力の湿気?」
「魔力探知の反応が強い……このへん、魔力素が偏ってるみたい。術式、あまり乱発しないほうがいいかも」
私は携帯型の魔導探知機を見ながら、自分のメモを確認した。
まだ術式の記述は読めないけれど、感覚と補助アイテムでなんとか操作できるようになってきた。
「りょーかい!」
返事だけは元気だった。
地図を頼りに進んでいくと、暴走した魔導植物が茂る一帯に出た。
「よし、ここだ。じゃあ、軽く押さえつけるだけね。私はこの抑制用スクロールを使うから、
アスランは近くの動きそうなのだけ見張ってて」
「任せて! いっけぇええええ!」
「って、ちょっと!? いま展開してる最中——」
アスランの杖から放たれた魔力弾が、暴走植物をすっ飛ばす。
そしてその余波が、ハルカのバリアに当たって跳ね返り——
ドカァン!!!
「ごめん!! ごめんて!!」
「……ちょっと、今のは危なすぎるよ!」」
結局、軽い爆風で荷物が吹っ飛んだ。
* * * * * *
なんとか片づけを終え、再度進入。
そのときだった。
草むらの先に、小さくうずくまる影が見えた。
小動物?
私はそっと近づこうとした。
その瞬間、アスランが無言で私の前に立ち塞がった。
「っ!?」
その表情は、今まで見たことがないほど真剣で、冷静だった。
まるで別人のように——凛としていて。
「近づかないで。罠かもしれない」
低く抑えた声。
杖を構え、指先が微かに光を帯びる。
その動きには、迷いも無駄もなかった。
私は、その後ろ姿に目を見張った。
(いまの……誰?)
数秒後、アスランは魔力の干渉を感知したらしく、ワンコの周囲に展開されていた小さな結界を見破る。
「ふぅー。オレって、やるときはやるんだよ?」
次の瞬間には、いつもの調子に戻っていた。
(でも、いまの一瞬……やっぱり、誰かに似てた)
銀髪、碧眼、あの瞳の鋭さ。
軽さの裏に、何か深いものを抱えているような——
(……ディアル様を、思い出した)
でも、違う。
あの人は、あんな軽薄な言動はしなかった。
——今、目の前にいる彼とは、まるで別人。
……なのに、私は彼の後ろ姿から目を離せなかった。
(やっぱり、気になる。
この人の中に、何かがある気がする)
* * * * * *
朝霧に包まれた林の中、薄曇りの空に一筋の光が差し込む。
テントの外で湯気の立つカップを手に、私はアスランの寝顔を見つめていた。
(……変な夢、見たって言ってたっけ)
昨夜のことを思い出す。調査を終えて、簡易テントの中。
狭い空間で、背中合わせに寝袋を並べて過ごすことになった。
「おやすみー。ハルカちゃん、寝ぼけて襲ってこないでね?」
「ちょっ!!…………余計なこと言わない」
「ごめんって〜、でもなんか、こうやって誰かと寝るのって久しぶりかも」
そのひと言が、なぜか胸の奥にひっかかった。
アスランの言葉にはいつもどこか無邪気さがあるけれど、ふとした拍子に、深い孤独が透けるようで。
(……この人、ほんとにおバカで、手のかかる弟…ううん、息子って感じなのに。
ときどき、妙にドキッとさせるようなことを言ってくるんだから)
思わず自分の胸元を押さえる。心臓の鼓動が、どこか不安げに跳ねていた。
* * * * * *
林の調査を終え、街へ戻る馬車の中。
アスランは相変わらず飄々として、揺れる窓の外を眺めている。
「……あのさ、ハルカちゃん」
「なに?」
「オレって、たまに思うんだよね。なんでここにいるんだろうって。気づいたらここにいて、気づいたらみんな普通に接してくれてて」
「……気づいたら?」
「うん。思い返しても、昔のことってあんまり覚えてないし。ずっとこの世界にいたはずなのに、どこか“他人の人生”みたいな感覚っていうか……」
私は息を呑んだ。
(……それって、私と同じ)
頭の中で警鐘が鳴る。彼は——アスランは、本当にこの世界の人間なの?
(……もしかして)
(やっぱり彼は——私と同じ、“異世界から来た人間”なんじゃないの?)
疑念が、じわじわと胸に広がっていった。
* * * * * *
街に戻ると、いつになく騒がしい気配が流れていた。
通りには煌聖騎士団の紋章が刻まれた馬車が数台。兵士たちが道を塞ぎ、近隣住民に何かを尋ねている。
「えっ、なになに? なにごと?」
アスランがきょろきょろする横で、私は足を止めて看板を見つめた。
《第一王子ディアル・デ・フィレント・エルヴィオン殿に関する情報を募集する》
(……ディアル様)
ゲームでは堂々たる王子だった彼が、今この世界では“行方不明”の存在。
事態は、確実に動いている。
* * * * * *
そのときだった。人垣の向こうから、ひときわ大きな声が響いた。
「我らが栄光を、この地に示さんッ!!」
ばさぁっ!!
マントが風を切る。
現れたのは、煌聖騎士団の筆頭指揮官——ギルゼノール=フレアクライト団長だった。
「民よ、安んじたまえ!!
我が名はギルゼノール=フレアクライト! 煌聖騎士団・東方方面軍筆頭指揮官にして、“烈火の白狼”の異名を戴く者なり!!
この鋼の忠義と閃光の正義をもって、必ずや失踪された王子殿下を見出してみせようぞよ!!」
(……ぞよ!?)
私は一歩引きかけて、口元を押さえた。
(ちょ、想像の十倍濃い……! 動きが……マント……それにポーズ……!)
ゲーム内でも多少クセのある人気キャラだったけれど、実際に動いて喋ると、情報量が違いすぎる。
声がやたら通るし、仕草がいちいち芝居がかってるし。
隣でついてきていた副官らしき青年が、小さく肩をすくめた。
「……団長、名乗りは短めにと申し上げたはずですが」
「何を申すか、名乗りこそ騎士の魂ぞよ!!」
(副官、ツッコミが冷静すぎる……!)
私は笑いを堪えるのに必死だった。
* * * * * *
そんな中、騎士のひとりがすれ違いざまにアスランを見て立ち止まる。
「……あの青年、どこかで……」
「えっ?」
騎士はすぐに首を振って去っていったが、私は背筋がひやりと冷えるのを感じた。
アスランは変わらずにこにこしている。
「いや〜、やっぱオレ、目立つ顔なんだな!」
その瞬間だった。
「ま、まさか……! そのお姿、その輪郭、その瞳の輝き……っ!」
突如、ギルゼノール団長がマントを翻しながらアスランの方へ駆け寄ってきた。
「おおおおお!! そ、そんなはずは……しかし、まさか! ここにおわしたのですね、殿下ァァァァーー!!」
「えっ、えっ、誰が?」
「いや、違うぞよ!? これは……別人? いや、されどこの若々しき輝き——そう、まるで若かりし頃のディアル様!!!」
団長は両手を天に掲げ、勝手に盛り上がっていた。
「若き日の殿下は、まさに蒼穹のごとき気高さと美貌を兼ね備え、ひとたび笑えば百花繚乱! 剣を構えれば雷光のごとくッ!! そのご威光たるや——!!」
「ちょ、待って待って、オレってばそこまでイケてた!?」
「誰も貴殿のこととは言ってませんよ、団長が盛大に盛ってるだけです」
副官が冷静に突っ込みを入れながら、アスランを取り囲む。
「確認のため、お連れします。身分証もない以上、調査させていただきます」
「え、えええっ!? ちょっと、オレ、無実だよ!? なんか似てただけで連行される世界なの!? ちょっとハルカちゃーん!!」
「……わ、私もどうしたらいいのか……」
アスランはぎゃあぎゃあと騒ぎながらも、大人しく連れて行かれた。




