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第3話 出会いは静かに毒を含む

 到着した王都の城門は、まるで絵物語の一幕のようだった。

 朝の光を受けて白く輝く城壁。重厚な扉には繊細な文様が刻まれ、衛兵たちがきびきびと配置についている。

 ゲームの中で何度も眺めた背景が、息をしている——。


 (……本当に、薔薇と鏡の王国(ロズミラ)の世界だ)


 騎士のひとりに先導されながら、私は王城の門をくぐった。


 広い庭園。石畳を歩く侍女たち。隙のない整備と装飾。

 全てが、美しかった。


 「案内はここまでだ。これからは王宮の者が対応する」


 そう言ったのは、あの時と変わらぬ低く重厚な声——ライエルだった。


 城の一角、少し外れた塔のような建物に案内された。


 「ここでしばらく生活してもらう。王の命により、お前は“魔力異常の調査対象”として保護されることになった」


 ライエルが短く説明する。


 「……え? すぐに、王様に会ったりは……?」


 ゲームでは、ヒロインが“聖女候補”として招かれた初日、謁見の間で王と対面し、全攻略キャラが一堂に会する。

 それは、物語の幕開けとして欠かせない定番だった。


 (いよいよ、あの神イベント……!?)


 高まる期待の中で発した問いだった。


 「王は現在、外政により政務を制限されている。謁見は後日、正式に日程が組まれてからだ。それまでの間、城内での様子を観察される」


 ……イベント、ないんかい。


 「観察って……」

 

 「体調、精神状態、魔力の安定度。判断に必要な基礎情報を集める。

 監督責任は本来、王立魔導研究員のノアが担う予定だが、現在別任務中につき、後日合流となる」


 つまり、今のところ私は“仮の滞在者”であり、“正式に認められていない存在”ということだ。


 (すごく、厄介な立場なのかも……)


 「部屋の者には通達済みだ。しばらくは不自由もあるだろうが……耐えろ」


 (ライエルさん……ちょっと雑!)


 それでも、彼が言うと“そういうものか”と思ってしまうのは不思議だった。


 そんなこんなで、私の王城ライフが始まった。


 


 

 * * * * * *

 

 王城での生活が始まって、まだ数日。


 私は“謎の女の子”として王城に招かれている、という立場であるはずなのに、みんなが妙に親切だった。


 (いや、優しいのはありがたいけど……え、私ってもっとこう……不審者枠では!?)


 ただ一人、新人らしいメイドの子が、廊下で私とすれ違ったときに、そっと距離を取っていたのを私は見逃さなかった。


 (そうだよね!? その反応が普通だよね!?)


 他のスタッフがNPCのごとく完璧な笑顔で対応してくる中、その子のちょっとした怯え方が逆にリアルで、私の心に突き刺さった。


 私は、毎日カルチャーショックを受け続けていた。

 朝起きれば、侍女さんが「お召し物のご用意が整っております」と完璧な笑顔で待機している。

 食事は銀の食器で、ナイフとフォークとスプーンが三種類ずつある。


 (これ絶対、間違った順番で使ってる……!)


 服はふわふわのドレスに近いワンピースで、フリルとかレースとか。靴はぺたんこだけどリボン付き。


 (いやいやいや、これで歩くの!? 滑る! 転ぶ!!)


 お風呂も、日本とまるで勝手が違う。

 巨大な浴槽に、香料の入った湯が張ってあって、侍女さんたちが服を脱がせようとしてくる。


 (無理無理無理! 人前で脱げる性格じゃないんです!)


 何度か全力で手で制して、ようやく「ひとりで大丈夫です」設定を獲得した。


 その上、毎日同じ時間に「身辺の観察」だとかでお医者さんみたいな人がやってきて、「今日は夢を見ましたか?」と聞いてくる。


 (夢!? っていうか心理チェック!? なにそれこわい!)


 王城内では丁重に扱われているけど、扱いが丁重すぎて逆に落ち着かない。


 (調査って、こういう感じなの!? もっとこう、牢屋とか……じゃなくてよかったけど!)


 新人っぽいメイドさんが、私に目を合わせないようにしてるのも気になる。


 (やっぱり私って、不審者枠なんだよね……)


 唯一の救いは、ライエルさんがたまに様子を見に来てくれること。


 「問題はないか」


 「……はい。生きてます」


 「ならいい」


 無表情すぎて怖いけど、いるだけで安心するのは、推しだからだ。


 (もう、ほんとに……ゲームどころじゃない……生きるの、難易度高い……)



 

 * * * * * *


 

 今日も、朝に起きて、決まった服を着て、同じ時間に夢を聞かれて、決まった時間にお茶を飲んで——


 とにかく、毎日が“決まったとおり”に流れていた。


 (何もしてない……というか、できてない……)


 この状況が変だってことは、自分でも分かってる。

 普通だったら、もう少し情報を集めるとか、誰かに話を聞くとか、なにかしら行動するんだと思う。


 でも私は、ただ流されていた。


 自分から動いて失敗するのが怖くて、誰かに声をかけて変な空気になるのが怖くて。


 (現実世界でもそうだったじゃん、私……)


 自分を変えたいとか、そういう気持ちもゼロじゃない。

 でもそれより前に、怖さの方が先に来て、何もできないまま今日も終わる。


 そんなふうに過ごしていたある日の午後。


 「ハルカ様」


 扉の向こうから侍女の声がした。


 「第二書院にて、お話があるとのことです。ご案内いたします」


 「……話?」


 誰から? 何の? という情報はなく、ただ“来てください”というだけのざっくり依頼。


 (いやいや、第二書院ってどこ!? ていうか私、なにかした!?)


 不安でいっぱいになりながらも、私は逆らえずに立ち上がった。


 結局、私はまた——


 自分の意思ではなく、誰かに呼ばれて、動かされるのだった。



 

 * * * * * *


 

 第二書院と呼ばれた場所は、王城の一角にある静かな書斎だった。


 大きな窓から光が差し込み、棚にはびっしりと革装丁の本。本。本。

 ふんわりと漂う紙とインクの香りが、何とも言えない心地よさを生み出していた。


 (……静か。というか、落ち着く……)


 案内されて通されたその部屋で、私を迎えたのは一人の青年だった。


 長身で、細身。

 流れるような髪は、淡い青緑のような、不思議な色。

 美しい顔立ちに整った制服姿——明らかにただ者ではないオーラ。


 その瞬間、私の脳が火を噴いた。


 (キターーーーーーーーッ!!ノア!? )


 「初めまして。僕はノア=アルフェリア。王立魔導研究所の研究員です」


 その声は、甘く、よく通る。

 言葉の端々に柔らかさがあるのに、どこか突き放すような響きが混ざっていた。


 出たーーーー! フルネーム自己紹介きたーーーー!! 公式通り! ボイス再生された!!


 「はず……!? いえ、あ、初めまして、ハルカです……」


 噛んだ。思い切り噛んだ。


 口元にだけうっすら笑みを浮かべるノア。

 あのいつもの余裕の笑み。うわ、完璧にノア……公式……

 (ノア=アルフェリア、26歳。王立魔導研究所に所属する天才研究者。

 知性と皮肉を武器に生きる攻略キャラ。冷静沈着、論理優先。

 なのに、時折見せる無防備な本音がとんでもなくズルい。

 ディアル様最推しだけど全員推しなんです。ライエルもノアも推してます。大好きですありがとうございます)


 「君のことは、少し前から聞いている。異なる空間の魔力痕跡と共に現れた存在——興味深いよ」


 (語彙……圧……え、ちょっと待って、何もしてないのに解像度高い圧すごい)


 「とはいえ、君自身に危害を加えるつもりはない。少なくとも、今のところはね」


 (“今のところ”って何!? その保留やめて!?でもそういうところがノア……うん、ノアだよ……)


 声は優しいのに、内容が怖い。

 口調は丁寧なのに、距離感が絶妙に冷たい。


 (この人、ほんと見た目クールビューティ王子系なのに、性格ドSの毒舌インテリ枠だ……最高か……)


 私は、推しに会った衝撃でこのあと何を言われたか、たぶん、あんまり覚えていない。


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