転章 選ぶことを、選んだ私
空がゆっくりと色を変え、窓の外に朝が訪れる。
私は書きかけのノートを閉じ、手を止めた。
ノアとの日々は、いま思えばとても静かで、穏やかで、
だけど、その静けさの中に、たしかな温度があった。
彼の手のぬくもりも、あの夜の涙も、全部。
忘れられるはずがない。
だけど、それでも私は前に進まなくちゃいけない。
だって、物語はまだ、終わってないのだから。
* * * * * *
ふと、思うことがある。
私って、こんなふうに誰にでも揺れてしまうの?
ライエルのことを思えば胸が熱くなって、
ノアを思えば、涙がにじんで——
でも、違う。
誰にでも、じゃない。
私が惹かれるのは、その人の痛みや、覚悟を見たときだけ。
自分の弱さを知っていて、それでも誰かを守ろうとする姿に、
私はどうしようもなく、心を動かされてしまうんだ。
ライエルは、初恋のような人だった。
あの人に守られて、私は“少女”に戻った気がした。
そしてノアは——
彼の犠牲と回帰を通して、私は“選ぶ覚悟”を知った。
同じ「好き」でも、まるで質が違う。
そしてそれは、彼らと出会ったときの、私自身の在り方が違ったから。
——「誰が一番か」じゃない。
——「どのとき、どんな私が、誰と向き合っていたか」。
そうやって、私の“選び方”は形作られているんだと思う。
* * * * * *
私は乙女ゲームのフルコン勢だった。
推しはもちろん全員。ルートを進めるたびに「この人しかいない」と思って、
本気で感情移入して、泣いて、笑って——
だからこそ戸惑う。
今、目の前のこの世界で、それと同じようなことが起きている。
これって、もしかして、ゲームのルート通りに動いている……?
最初は、そう思っていた。
でも——今はもう、違う。
だって、私はもう“プレイヤー”じゃない。
今の私は、この世界を生きる“私”なんだ。
誰かの選択肢を選んでいるんじゃない。
誰かと向き合って、誰かと生きて、
私自身の意思で、道を選んでる。
——だから、きっと大丈夫。
この先どんな誰かと出会っても。
また誰かを、好きになってしまっても。
私はもう、迷わない。
“誰を選ぶか”じゃなくて、“誰と進みたいか”。
それを決められるのは、私だけだ。
* * * * * *
研究所の裏口から、ひとり静かに出ると、
遠くの空に小さな竜騎船が飛んでいた。
目的地を知らないその機影を、私はしばらく見つめていた。
まるで、次の物語が、向こうから近づいてくるようで——
私は、そっと胸に手を当てる。
……大丈夫。
たぶん、まだこの物語は続いてる——そんな気がしているだけで、確信なんてない。
もしかしたら、ここで終わりなのかもしれないし、いつか“あっちの世界”に戻れる日が来るのかもしれない。
それでも、いまは。
ただ、前を向いて歩きたいと思う。




