転章 光と影の狭間で
すべてが終わった朝。王城へ戻る前の束の間、ハルカはようやくひとりになれた。
ひんやりとした風が頬を撫でる。
(……ライエルさんの死は、回避できたのかな)
ハルカはそっと空を見上げる。
確かに、彼は生きている。右腕の痛みも消え、笑っていた。
でも、まだどこか信じられない自分がいた。
(あれが“フラグ回収”の回避だったのか……それとも、次の分岐に入っただけなのか)
彼女の頭の中には、もう一つの疑問があった。
(……ここ、本当に『薔薇と鏡の王国』なのかな)
背景は似ている。キャラも配置も、基本的な地形も。
でも、起きていることは知らないイベントばかり。
“死に戻り”なんて、ゲームでは一度も見たことがなかった。
(私の知ってる『薔薇と鏡の王国』とは、違う)
その違和感が、じわじわと心を侵食してくる。
(でも、戻れる方法は……まだ、わからない)
ハルカはそっと拳を握った。
* * * * * *
その夜、ハルカは久しぶりにぐっすり眠った。 朝、目覚めた瞬間に実感する。
(やっぱり……身体、軽い)
起きるのが辛くない。肩も、腰も痛くない。
(38歳のときは、慢性的な肩コリと腰痛、そして毎朝鏡で見る目の下のクマが当たり前だったのに……)
「平凡な顔立ちだけど……、すっぴんのこの透明感……! 肌プルプルじゃない?」
思わず鏡の前で見入ってしまう。
(今の私、何歳くらいなんだろう。15〜16歳くらいかな……若いって……素晴らしい)
* * * * * *
その日、荷物を整理していたハルカは、何度も胸の奥に熱が広がるのを感じていた。
(ライエルさんに“成長した”って言われた)
(自分で選んで、誰かを助けられた。わたしでも、何か出来たんだ)
元の世界では、誰にも気づかれず、空気みたいに過ごしてきた。
何かを選ぶのが怖くて、間違うのが嫌で、ずっと一歩を踏み出せなかった。
でも。
(……わたし、ちゃんとやれた。あの人を救うための“小さな一歩”。でも、確かに踏み出せた)
自然と笑顔がこぼれる。
(よーし……次の推しも、絶対に救ってみせる)
……けれど、その決意の裏側には、ふとした不安も顔をのぞかせた。
(でも、私は……モブだから)
この世界には、きっと“本物のヒロイン”がいる。
誰もが見惚れるほど美しくて、控えめだけど芯が強くて、誰からも愛される……そんな主人公補正を持った、完璧な女の子が。
(ライエルさんも、ノアさんも、ゼフィルさんも……今は優しくしてくれるけど)
(でも、ここが本当にロズミラの世界じゃないのだとしたら……ヒロインは現れないかもしれない)
(それでも——もし現れたら、私はきっと、目にすら入らなくなる)
唇を噛みしめる。
(……怖い)
(忘れられるのが、一番怖い)
そうしてハルカは、静かに胸に手を当てた。
(でも、それでも。もう一度、立ち向かってみたい)
(だって今の私は、ただのモブじゃない——)




