第16話 ふたりで選んだ未来
封印の力が、再び強く揺れた。
ライエルは光に包まれ、まるで吸い込まれるようにその場から動けなくなる。
「ダメ! 行かないで!」
ハルカが必死に手を伸ばし、彼の手を掴む。
その光の中で、赤い衣の少女が静かに現れた。
「あなたたちは、本当に、似ている」
ハルカが息を呑む。
「……あなたは……?」
少女は柔らかく微笑む。
「わたしが、かつて贄に選ばれた妹なの」
光の中、封印に縛られていた白い衣の少女——姉が、うっすらと浮かび上がっていた。
「本当は、わたしが贄に選ばれた。でも、怖くて泣いて……それを見た姉が、私の代わりに祠に入ってくれた」
「本当に誰よりも優しいのは姉なの……。だからこそ、姉の魂は最も澄み、強く、封印の錘として今も残されている」
その声は、穏やかに震えていた。
「だから、今ここに囚われているのは……わたしの、姉」
ハルカが震える手でライエルの手を握りしめる。
「誰かがまた犠牲になって、終わるなんて……そんな未来、絶対に選ばせない」
光が再び強まり、ライエルの足元が崩れかける。
「……だったら、俺が——」
彼が言いかけたその時、ハルカが叫ぶ。
「違う! 想いは、誰かを犠牲にするためにあるんじゃない!」
「あなたを失ってまで守る未来なんて、わたしは望んでない……!」
ライエルの目が大きく見開かれる。
「……ハルカ……」
彼女の手は震えていた。それでも、決して離そうとはしなかった。
「わたしがここまで来られたのは、あなたがいてくれたから」
「だから、今度は私があなたを守りたい」
その目の奥にある真剣な想いに、ライエルはゆっくり手を重ねた。
「……もう誰も、置いて行きたくない」
「お前を、絶対に——」
想いがひとつになったふたりの手が重なった瞬間、封印の光が激しく揺れ、砕けるような音が響いた。
「ありがとう……お姉ちゃん」
囚われていた白い衣の少女——姉が目を開け、涙を浮かべて微笑んだ。
赤い衣の妹は、その姿を見て静かに頷く。
「もう、大丈夫だよ。……一緒に、行こう」
姉妹が見つめ合い、手を取り合う。
「ふたりで旅立とう。今度こそ、誰の代わりでもなく——自分たちの意志で」
彼女たちの身体が光に包まれ、ふわりと空に浮かび上がっていく。
穏やかな風と共に、ふたりの魂は夜明けの空へと溶けていった。
——夜が明ける。
木々の間から朝日が差し込むなか、ハルカとライエルは祠を後にした。
夜明けの光が、森の梢を越えてゆっくりと降り注ぐ。
淡い金色の光が、静寂の祠跡をやさしく包んでいた。
風が一筋、頬を撫でる。
新たな朝の匂いが、希望のように空気を満たしていく。
その中で、ライエルがまっすぐにハルカの前に立った。
空の光を映した瞳が、真っ直ぐに彼女を見つめる。
「今度こそ……誰も失わずにすんだ。……ハルカ、お前の強さが導いてくれた」
「……いえ、私ひとりじゃ無理でした。ライエルさんがいてくれたから——だから、ここまで来られたんです」
ハルカの微笑みに、ライエルが照れくさそうに目を伏せ、しかしすぐにまた正面から見返す。
「……お前は、本当に強くなった。いつの間に、そんなに遠くまで歩けるようになったんだ」
そして——
彼は静かに剣を抜いた。
刃が光を受けて煌めき、やがてその切先を、ゆっくりと地に伏せる。
剣の柄に両手を重ね、片膝をつくその姿は、まさに騎士の礼。
それは、王国でも限られた者にしか許されない、真なる忠誠の証——
《忠誠の誓約》。
風が止まり、世界がその一瞬を見守るように静まった。
「……この命に代えても、何があってもお前を守る」
「ハルカ。お前のために、この剣を振るう」
その声には、迷いがなかった。
ただまっすぐに、ひとりの騎士として、ひとりの少女に捧げる誓い。
ハルカは目を見開き、胸を打たれる。
そして——静かに、微笑んだ。
空はすっかり明けていた。
そしてふたりは、新しい未来へと歩き出す。




