第12話 運命の猶予は短く
翌朝。ハルカは布団の中で、ごろごろと転がっていた。
(だめだ……思い出しただけでニヤける……!)
昨晩のことが頭から離れない。
夜風の中、二人きりの縁側。ライエルの不器用な言葉。そして——頭ぽんぽん。
(何あれ……破壊力がすごすぎたんだけど!?)
枕に顔を埋めて悶える。
(あれ絶対イベントCG案件でしょ。スチル来てたでしょ絶対……いやゲームじゃないから!)
自分で自分にツッコミを入れながら、心の中は浮かれ気分全開だった。
宿の朝食を終える頃、ライエルがいつもより柔らかな雰囲気で扉を開けてくれた。
「行くぞ」
それだけなのに、なんだか昨日より言い方が優しく聞こえる。
(優しい……これ、親密度上がってる証……なのでは?)
ニヤニヤが止まらず、思わず口元を隠す。
「ハルカ様、熱でも?」
ゼフィルが静かに首をかしげる。
「い、いえ、なんでも……!」
ノアもちらりと横目でこちらを見ていたが、何も言わなかった。
* * * * * *
その日の調査は、再び遺跡の周辺部。
前回の魔力の奔流を警戒し、より慎重に進める形となった。
ハルカは意識的にライエルの様子を観察していた。
(今のところは大丈夫そう……熱も引いてたし)
そう思っていた——その矢先。
ふと、ライエルが左腕をさりげなく押さえる仕草をした。
「……?」
声をかけようとしたが、その瞬間、ノアが魔導器を確認してピタリと手を止めた。
わずかな間。そして、何事もなかったかのように作業を再開する。
ゼフィルも、空を見上げて眉をひそめる。
まるで風のない空気に、何かを感じたような仕草だった。
(……いやな予感がする)
ハルカは思わず拳を握りしめた。
昨日と違う、ざらりとした不安が、喉元を通る。
——あれは、ただの“違和感”だった。
でもそれは、あまりにも冷たくて静かな、次の“死”の兆しだった。
その日は、静かに始まった。
朝靄の立ち込める村の空気は、どこかぴんと張り詰めていた。
「今朝、鶏が鳴かなかったんです。こんなこと、初めてで……」
村人の一言に、ハルカの背中を冷たいものが撫でた。
(何かが、来る)
ノアも黙って魔導器を確認していたが、ほんの一瞬だけ眉をひそめた。
「魔力の流れが微細に乱れている。だが、まだ臨界には達していない」
「様子を見ましょう。必要なら、前線から一時退避を」
ゼフィルも冷静に判断を下す。
(……それでも、何かが違う)
ハルカの胸の奥で、警鐘が鳴っていた。
* * * * * *
再調査に向かった遺跡は、かつてより静かだった。
何も起こらないまま時間だけが過ぎていく。
「このまま何もなければ……」
そう思った、その時。
——突風が吹き荒れた。
突如発生した魔力のうねりが、遺跡の一角を爆ぜるように飲み込んだ。
「伏せろ!」
誰かが叫んだ。
ノアが防御魔法を展開するも、間に合わない。
群れをなして逃げ惑う鳥たち。そのすぐそばで、ひとりの村の少年が、何かを探すように遺跡の縁をさまよっていた。
「危ない——!」
ライエルが反射的に駆け出し、少年を突き飛ばして庇った。
その瞬間、遺跡の天井から落ちてきた瓦礫が、彼の肩を激しく打ち据える。
鈍い音と共に、彼の身体が崩れ落ちた。
「ライエルさん!?どうして……!」
駆け寄ったハルカの目に、ライエルの腕を覆う黒ずんだ痣と、強張った表情が映った。
「……無理をした。前の傷が、まだ……完全には……」
ノアが魔導器を構えて調べる。
「血圧が……低下。内部損傷の可能性が高い」
ゼフィルも応急処置を始めながら静かに言う。
「この症状、前回の魔力干渉の影響が残っていたと考えるべきです」
「そんな……助かったと思ったのに……」
ハルカの声が震える。
「……お前が泣くようなことじゃない」
ライエルが苦笑する。
その顔は、どこか諦めと安堵が混じったような、そんな表情だった。
「……悪くなかった。お前の手、あたたかかったから」
「だめ……そんなこと言わないで」
「まだ、終わりじゃないから……!」
けれど、ライエルの瞳がゆっくりと閉じていく。
その瞬間、ハルカは決意した。
(……巻き戻す。今度は、もっと早く、もっと強く、守れるように)
視界が揺れる。心臓が跳ねた。
ゼフィルが動いた。「ハルカ様……!」
ノアも魔導器を構える。「ダメだ、魔力干渉が……!」
ハルカの手が震える。喉の奥が焼けつくように熱い。
(お願い、戻して……! 私が……!)
次の瞬間、意識が闇に沈んだ。
そして——世界が、再び、反転した。




