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星をくれた天使

作者: 夕山晴

 

 ——お迎えかい? それとも、もしかして、あの子の話を聞きにきたのかい? 急に窓が開いたからびっくりしちまったよ。


 話せば私もあの子のことを思い出せて楽しい気持ちになるからね、少し聞いてくれないか? ふふ、わかるよ。あの子と同じまるで少年のようだけど……君はあの子とは目が違うね。あの子も濃い紺色の目だったが、君の方が少し深い色と言うのか……いや、あの子の目に温かみを感じられた方がおかしかったのかもしれないがなあ。


 まあ座りなよ。何のおもてなしもできない部屋でわるいなぁ。だけれど、これでも私はずっと君のことを待っていたのだろうね。こんなシワだらけの顔が、緩んでもっとシワシワだ。きてくれてありがとう。仕事中? そんなこと気にするこたぁないさ。これも仕事みたいなものだろう? 違うかい?




 私がね、あの子と一緒にいたのはほんのわずかな時間だったよ。

 だけど、忘れられないほどのたくさんの時間を過ごしたような気がするんだ。話せば長くなるが……ああ、この絵かい? さすがに勘がいいね。

 キレイだろう? あの子から最後にもらったプレゼントだ。

 何に見える? 夜空の絵さ! これをもらったときは、年甲斐もなく泣いてしまったもんだ。


 あの子はいつもそこで絵を描いていたよ。

 窓の外を覗いてごらん。その湖の前で。ああ、あのベンチは彼の特等席だった。

 一番湖が綺麗に見えるんだと言って、よく座り込んでいたよ。一度座って絵を描き出すとね、もうずうっとそこから離れようとしないんだ。


 高かった陽が、湖の方へ傾いて、沈んでいくんだ。それはもう、私でさえ美しいと思う光景でねえ。あの子はもう無我夢中でクレヨンを動かしていた。私のことなど興味もないみたいに、ずうっとね。


 初めて来た頃はさ、どこでもらってきたのか、新品のクレヨンだったんだよ。だけどすぐに小さく丸っこくなって、描けなくなってしまったんだ。あの子は泣いてね。だから私は買ってあげたのさ、私にとっては必要のない、珍しい買い物だったからよく覚えてる。


 だけども、泣いているあの子を見るより、大きな瞳に夕陽を映しているあの子を見る方が、よっぽど好きだったからさ。良い買い物だったと今でも思うんだよ。


 ああ、それで話を戻すんだけれど、私はよくあの子のそばで座っていたんだよ。湖が綺麗だったのもあるし、あの子が真剣な顔をして絵を描くのが好きだったのもあるし、私にも人に聞いてほしいことがあったりしてね。ぼんやりと湖を見ながら、聞いているかもわからないあの子に、悩みを打ち明けたり愚痴ったりしたもんだ。


 ちょうど数年前に嫁とひどい喧嘩のようなことをしたばかりでさ、私はこの家に一人だった。だからあの子の存在はありがたかったねえ。あの子は黙々と絵を描いていたよ。それこそ一心不乱にね。だから私も言いやすかった、別に聞かせるつもりも、なかったんだ。


 だけれどね、あの子はある時、話し終えた私の手を取ったんだ。手の甲に赤いクレヨンを押しつけるから、一体どうしたのかと思ったね。戸惑う私にあの子はぼそりと言ったんだよ。星、だって。


 その時の私は全くわからなかったんだけれども、その後もあの子のそばで私が一つ話し終えるたびに、手に星を描いてくれるんだよ。その時に持っていたクレヨンで、カラフルにね。


 どうやら星ってのは、あの子にとって、幸せの象徴、希望の光みたいなものみたいでね、私にも分けてくれていたみたいなんだ。まあ、直接聞いたわけじゃないからさ、もしかしたら違うのかもしれないがね。


 ん? 合ってるって? そりゃあ良かった。ああ、君たちが仕事をした後には星が増えるのかい。なるほどなあ。そういうルールか。もしかしたらそのために君たちは仕事をしているのかもなあ。


 それでさ、この絵だよ。夜空って言ったろう?

 私の手に描いてくれた星の数だけ描かれてるんだ。赤も黄色も青も橙も、全部、私に分けてくれた星なのさ。

 こう見ると、私はあの子にたくさんの話をしたんだなあと思うよ。一緒にいたのはひと夏の間だけだったのに。まあ恥ずかしい話、大半は愚痴だったと思うけどね。まったく、よく飽きずに聞いてくれたもんだよ。それで最後にこんな綺麗な絵を寄越してくれるんだからさ、嬉しくって忘れられやしない。


 本当に好きなんだよ、この絵。今でもあの子が話を聞いてくれているような気がしてねぇ。


 なぁ、君はどこからきたんだい? あの子の話を聞きにきているんだ、あの子じゃあないよね? あの子に随分とそっくりだけど。


 ……そうか。私たちで言うひ孫にあたるのかな。なんともまぁ瓜二つのひ孫がいたもんだ。あの時のあの子は十歳くらいに見えたが、あれから二十年くらいか。私も歳を取ったと思っていたがなぁ、あの子にはどうにも敵わないみたいだねえ。君はあの時のあの子の姿のままに見える。代替わり、というやつかな。——元気かい、優しいあの子は。


 欠陥品だって? そんなことあるもんか。いや、君たちにしてはそうなのかもしれないし、君たちのことに口出しするつもりもないけれどね。

 私にとってはさ、とても優しくて、ずっと忘れられない、素敵な子だったよ。


 おや、どうして君が泣くんだい。あの子の顔で泣かれると私は胸が苦しくなってしまうんだがね。

 ……大丈夫さ。誰かに何か言われた? 君はあの子とは違うよ。あの子は私の前でもクレヨンばっかりだった。


 私はそうは思わないけれどね、あの子が欠陥品だったとしても、だ。君がそうである理由にはならない。現に、君はちゃん仕事をしに私の前に現れたんだろう? あの子と比較する必要もないし、負い目に感じることもない。君は君らしく、間違いなく正しいことをしてるさ。


 うーんそうだねぇ。こういうのはどうだい? あの子があの子だったからこそ——君たちで言うところの欠陥品だったからこそ、今、私は君に会えている。君が、あの子のやり残した、その尻拭いにきているのだとしても、これは唯一無二の出会いだと思うけれどね。欠陥だって悪いことばかりでもないだろう?

 どうだい? こんな考え方は好きではないかい? ああ、どうか泣かないでおくれよ。


 なるほど。短命なのは、そういうことなのか。本当なら、君たちの仕事をきちんとこなせていれば、もっと長生きするんだねえ。


 そう、か、あの子にわたしの記憶が? 覚えていてくれたんだ。だから君が来たのかな。もう二度と会うことはないかと思っていたから、君が来てくれて、あの子の話ができて、本当に嬉しいよ。周りの他の誰にも、君たちのことは見えないしねぇ。


 え、憎むもんかい。そういう運命だったのだろうよ。とても運の良い、そんな運命だったに違いないねえ。

 ……ねえ、私はこれから、あの子に会えるのかい?


 はは、そんなことを言うのかい。あの子の顔で、なんて寂しいことを。

 ……あの子に話を聞いてもらって、私は変わったんだよ。今では孫とも一緒に住んでいる。君が言うあの子の欠陥のおかげでね、とても幸せになれた。私が未来のことを語ったから、仕事を放棄させてしまったのかもしれないねえ。本当に優しい子だったよ。

 私の寿命が、あの子の寿命を延ばすと知っていたら、もっと早くにあげられたのに。


 だから君が、あの子とよく似た君が、私の魂を運んでくれると言うなら、喜んで渡そうじゃないか。私はさ、大きな黒鎌を持ったあの子がさ、本当は天使だったんじゃないかとさえ、思うんだよ。




 ——ねえ、一つだけお願いを聞いてくれるかい? 絵を、持って行きたいんだ。夜空の絵。すごく大事なものなんだよ。私の最後の、お願いさ……




 ◆




「あれえ? おじいちゃんの絵、なくなってるよ!」

「えー、夜空の? 何言ってるの。あれだけは手放さないでしょ。すごく大事にしてるもの。どこかに仕舞ったんじゃないの」

「かなあ。このかっこいい額縁の中が真っ白なんてなんだかさみしいなぁ。おじいちゃんにまた飾ってもらえるようにお願いしようかなぁ」

「そうしなさい。今日は遅いから、もう寝るのよ。おじいちゃんももう眠ってるわ」

「はあい。わかったよ、おやすみなさーい」

「はい、おやすみなさい。…………あら、ここの窓、開けたかしら? なんだか今日は星が綺麗ねえ」




お読みいただきありがとうございました!

あの子と君は普通の人には見えないので、おじいさんの独白風にしてみました。(二人の正体、わかってもらえるかな…)

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