第1話 カラス
不定期での連載作品となります。よくあるベタな話ですがお付き合いください。
頻度は月に1回くらいを予定しておりますが、自分のペースで進めたいので投稿は前後する可能性はあります。エタることはないのでご安心ください。
また、Side???は誰というわけではなく、第三者視点での場面なので、深い意味はありません。
設定は甘めなので、矛盾点あれば教えてください。
私の名前は天宮蓮奈。「株式会社天宮商事」という大企業の社長令嬢で、一人っ子のため次期社長として周囲から期待されて生きてきた。その期待がプレッシャーとなっているのは否めないけど、むしろそのプレッシャーのおかげで何事にも一生懸命取り組むことができた。
大学を卒業してからは天宮商事の営業部に所属している。今の私に求められているのは営業成績トップ。だから私は今必死になって営業活動に勤しんでいる。というのにこの営業部には問題児がいて私達の士気を下げることばかりしている。
その問題児の名は葛原粕男。粕男なんて名前をよく子供につけたなって思うけど、名は体を表すという言葉通り彼はクズでカスな男。それでもって私の同い年の幼馴染なんだから私の人生の汚点と言ってもいいくらい。
粕男はとにかくチャラくて何をやっても中途半端で終わる。幼稚園の時から女の子ばかりに声をかけてはエッチなことをしようと企んでいる。そんな粕男を阻止するのが私の役目。女の子に手を出そうもんならビンタを喰らわして二度と近づけさせないようにするんだけど、すぐにターゲットを変えて手を出そうとする。
だからこれまでに何千回ビンタを喰らわせてきたことか……。それでも懲りない根性だけは認めるけど、その情熱を別のことに向ければいいのにといつも思う。
で、たまに女の子から離れて別のことに情熱を向けるとまずは物を揃えるところから始まるから物を揃えるために借金をする。友人や先輩、後輩にお金を借りるんだけどすぐに飽きてやめてしまう。そのまま借金を踏み倒すということを繰り返してきた。ただ情けないことに一番お金を貸しているのは私なんだけどね。
だってやっと心を入れ替えたのね、と思うとどうしても真っ当になってほしいからお金を貸してしまうのよ。それで飽きて失望する。もうこれも何度繰り返してきたことか……。
そんな粕男は高校を卒業してうちの会社に就職した。粕男の実力じゃ絶対にうちの会社に就職なんてできない。俗にいう縁故採用ってやつ。私の家と粕男の家はお向かいさんの関係だから両親同士仲が良くて粕男の両親が私の両親に頼み込んで入社が決まったみたい。
私よりも社会人としては4年先輩になるんだけど、営業成績はいつも最下位。それでもって社内の女子社員を毎日ナンパ。軽くあしらわれて終わるくせにとことん落ち込む。落ち込むから毎日夜の街で酒浸りの生活。次の日に出社してくると二日酔いがひどくて酒臭い。
そんなわけで営業部の皆は「はあっ」とため息をつく毎日。別の部署に移してもらいたいぐらいだけど、彼を受け入れようとする部署もない。そういう状態なのにクビにはならないのが不思議なところ。
「河合ちゃ~ん、今日夜空いてる~?一緒に飲みに行こうよ~!」
ほら、早速朝一番に経理部の新人の河合さんをナンパしている。
「葛原さん、前も言いましたけど、私彼氏がいるんです。彼氏を裏切りたくないんで一対一で飲みに行きたくありません!他を当たってください!」
なんでこの男は成長しないんだろう……。何度も断られてるのにいつか行けると思っているのが本当に意味が分からない。
「ううっ。あ、蓮奈~、今日もまた振られちまったよ~。慰めてくれよ~」
「何言ってるのよ。私があんたを慰めるわけないでしょ。今日も一人でやけ酒することね」
「蓮奈はいつも冷たいよな~。俺の相手してくれてもいいじゃ~ん!」
「私はあんたみたいなチャラい男は興味ないの。それに私にはこの会社を背負って立つという義務があるの。あんたみたいに遊んでる暇はないの。少しは会社のために仕事の一つでも取ってきたらどうなの」
「今日もやけ酒だな~」
いつもと同じ。私が説教すると必ず無視してどこかに行ってしまう。それと他の女の子には手を出そうとするのに私には一切手を出そうとしたことがない。正直粕男には全く興味がない。でも私に手を出そうとしないのが私に全く魅力がないと言ってるみたいでモヤモヤしてしまう。
※
Side???
ここは場末のバー。いつ潰れてもおかしくない店ではあるがこの店が潰れることはない。なぜなら——
「マスター、依頼だ」
「いらっしゃい。仕事内容と報酬を教えてもらおうか」
そう、ここは表向きはバーだが裏稼業の者達が仕事の斡旋を受ける場所。依頼内容は表立ってできないことばかり。盗みや殺しの案件もある。逆に護衛や調査なんかの依頼もあり、依頼主も全てが悪人ばかりという訳ではない。
「分かった。一番腕の立つ奴に口利きしてやる」
「恩に着る。ではマスター自慢のカクテルを一杯もらおうか」
依頼主は出されたカクテルを飲みながらマスターと談笑し、店を出て行った。それから約1時間したところにある男がやってきた。
「やあマスター、何かいい仕事は入ったかい?」
「いらっしゃい、ちょうどいいところに来たな、カラス」
カラスと呼ばれた男がカウンターに座る。
「とりあえず一杯頼もうか、マスター。それで仕事内容は?」
「これだ」
マスターはスッと紙切れを差し出した。
「天宮商事の社長令嬢の護衛?こんな仕事も珍しいね」
「そうだな、最近は殺しの案件が多いからな。依頼主には一番に腕の立つ奴を用意すると言ってしまってな」
「なるほど、それでマスターは僕をご指名したいというわけだね?」
「どうだ?引き受けるか?」
マスターができあがったカクテルをカラスと呼ばれた男に差し出す。
「ああ、たまにはこういう仕事もあった方がいい。悪人の殺しとは言え、最近は手を汚すばかりの仕事ばっかりだったからね。引き受けよう」
「話が早くて助かる。それで報酬だが破格の10億だ」
「10億!?はあ、それなりに手を汚す必要があるってことになるね」
「俺もそう思う。もしかしたらかなり厄介な仕事かもしれんぞ」
「まあいいさ、どちらにせよそんな厄介ごと、僕にしかできないだろうさ」
カクテルグラスを持ち、中身をグイッと一気に飲み干したカラスと呼ばれる男は依頼を引き受け夜の街へと消えていった。
※
「え?今日から急遽営業部に新人が入るんですか?」
「ああ、このあと朝礼で紹介するつもりなんだが、天宮君に教育係をお願いしたいんだ。頼めるかい?」
「はい、一生懸命やらせていただきます!」
「流石は天宮君だ。最初は葛原君に頼もうと思ったんだが流石に彼だと……」
「彼では不適任です。私が責任を持って務めさせていただきます」
課長とそういうやりとりが朝からあり、朝礼で新人が紹介された。彼の名前は大唐昴君、私より2個下の長髪でまあ、かなりのイケメン。粕男は顔は男前なんだけど、いつも夜遅くまで飲み歩いてるから目の下のクマもひどいし、いつも鼻の下を伸ばしてるからだらしないのよね。ってなんで大唐君と粕男を比較してるのよ私。
「天宮蓮奈と申します。これから大唐君の教育係となります。ビシバシいくので頑張ってくださいね!」
「はい、頑張りますのでよろしくお願いします!」
体を90度に折り曲げて礼をする大唐君。なんて礼儀正しいのかしら。粕男とは大違い。
「茅野ちゃ~ん、今日飲みに行こうよ~」
「いやです!」
「ぐはっ!」
粕男は今日も通常運転みたいね。
「天宮先輩、今のあれは営業部の方ですよね?」
「ええ、葛原と言って営業部の、というか会社のお荷物なのよ。気にしなくていいから」
「そ、そうなんですね。分かりました」
「じゃあ早速顔を覚えてもらうためにお得意先へ出向いて挨拶回りをしましょう」
「はい!車の運転は僕に任せてください!」
営業車に乗り込み、最初の訪問先である北上運送への道順を教えながら道を進んでいた。
「天宮先輩、何かつけられてるみたいです」
「ええっ!どういうこと?」
「さっきから後ろを黒い車がずっとついてきてるんです」
そっと後ろを見ると大唐君の言うように黒い車が2台、後ろに続いている。
「大袈裟だなあ大唐君、偶々じゃない?」
「会社を出た時からずっとですよ?おかしくないですか?ちょっとスピード上げますね!」
グンッとスピードが上がり、後ろの車との距離を引き離していく。ところがこちらのスピードに合わせて黒い車も速度を上げてついてくる。
「ね?言った通りでしょ?確実につけられてますよ。どうしますか?撒きますか?」
ど、どうしよう……。こんなこと今までなかったからどうしたらいいか分からない。それにつけられてる理由も分からないし……。とりあえず大唐君の言う通りにした方がいいかな。
「撒けるならそうしたいけど、そんなことできるの?」
「ええ!任せてください!」
さらにスピードを上げ、交差点をギャギャギャと音をあげながら左に曲がる。これって俗にいうドリフトってやつ?
「きゃあ!」
左に曲がったかと思うとすぐに次の交差点で右に曲がる。すごいスピードだから思わず声が出ちゃった。
「はい、これでもう大丈夫ですよ。なんでつけられてたのでしょうね?」
スピードが落ち、通常のスピードに戻ったところで後ろを振り返ると黒い車はなかった。
「す、すごいね大唐君。つけられていたのに気づいたのもそうだけど何か普通の人じゃないよね?」
「あ、分かります?実は前職が探偵事務所だったんでこういうのは得意なんですよ」
笑いながら話す大唐君。爽やかな笑顔にキュンとしてしまった。なんだろう、カッコイイじゃない。
その後は跡をつけられるというようなこともなく、お得意先への挨拶回りは無事に終わった。
※
Side???
「おい、跡をつけてたのに気づかれて撒かれたんだって?情けないぞ!」
グラスに入っていたウイスキーを飲み干し、地面に叩きつける男。バリンッと割れたグラスの先には車で跡をつけていた男達が立っていた。
「まさか気づかれるとは思ってもいませんでしたし、撒かれるとも思っていませんでした。一つ言えるのは確実に裏の世界の者が一枚嚙んでますよ」
「我々の正体に気づいたというのか?それはないはずだ。だがお前らの腕は確かだ。それを上回る腕を持ってるってことはお前らの言うように我々と同じ裏の世界の奴だな。どういう奴か探れるか?」
「天宮商事に潜伏なんて簡単なんですぐにどういう奴かは探れますよ」
「よし!じゃあすぐにどんな奴が絡んでるか調べてこい!」
グラスを叩きつけた男がそう言うと、男達は暗闇へと消えていった。
―数日後—
「親分!ヤバいです!どうやらあのカラスが一枚噛んでるようです!」
「な、なんだと!カラスだと!」
親分と呼ばれた先日グラスを叩き割った男が狼狽する。
「はい、社内に潜入したらアホな男がいましてね。ベラベラと色んなことを話してくれましたよ。そいつから話を聞くと天宮蓮奈は営業部に配属されていて、今教育係として教えている新人が大唐昴という名でして。おおからすばる——名前の中にカラスがあるんですよ!」
「確かカラスの名の由来は名前にカラスという字が入ってると聞く。そいつがカラスか」
「はい、新人として急遽入ったというのも不自然ですし、今は天宮蓮奈が教育係としてついているので常に一緒にいる状態です。確実に護衛として雇われてますね。どうします?」
「そいつの顔は見たのか?」
「はい、ちゃんとこの目で見ましたよ。これまで謎だらけで顔すら見せたことのない男が素顔を曝け出してるんですから驚きですよ」
「よし!じゃあまずはカラスが一人のところを襲って捕縛しろ。そのあとならば天宮蓮奈を攫うことくらい簡単だろう?」
「承知しました!」
※
あれ?ここはどこ?どこかの工場跡地みたい。って私体をロープで縛られてる!そうだ!帰り道の途中で何者かに襲われて意識を失ったんだった!
「先輩、どうやらやられちゃったみたいですね」
左を向くと大唐君の姿があった。私と同じく体をロープで縛られている。
「大唐君も襲われちゃったの?」
「はい、迂闊でした。でもなんで僕まで襲われちゃったんでしょうか?」
「ん?僕までってどういうこと?まるで私が襲われるのは確定してた言い方じゃない」
「あ!違います違います!そういうことじゃ……」
「はっはっはっ!お前がカラスか!素顔を曝け出したのは迂闊だったな!」
ガスマスクをつけた集団が私と大唐君を囲んだ。カラスって何?
「ああ、そういうことか。まあそれはいいとして何故天宮先輩を襲った!?」
「簡単なことだ。天宮商事の跡取りはこの小娘だけだ。こいつが消えれば跡取りはいなくなる。そうなれば喜ぶライバル企業は沢山いるんだよ!」
かなり太ったガスマスクの男が大唐君にそう告げた。そうか、私命を狙われていたんだ。しかも私が死ねば喜ぶ輩がかなりの数いるんだ……。自分の立場を全く考えてなかった。今思えば私の周りにはいつも誰かしらいてくれてた。特に粕男。もしかしてあいつそういうことが分かってた?
と、その時だった。工場内に煙幕がたちこめ、周りが見えなくなった。
パン!パン!パン!
銃声がした。どういうこと?怖い、怖いよ!
「うぐっ!」
「ぎょえー!」
「ぐわー!」
パン!パン!パン!
「うわっ!」
「痛えっ!」
「ぐふっ!」
銃声の数の度に男達がやられている声がする。こんな煙幕で何も見えない中で確実に人に当てられるなんてすごいを通り越して異常よ。私は体の震えが止まらなかった。
銃声が鳴り終わり、煙幕が晴れるとそこには太ったガスマスクの男に向かって銃を向ける大唐君がいた。
「さあ、これでチェックメイトだ。まずはお前の正体を確認するのと、お前に仕事を依頼した奴を吐いてもらおうか」
観念したのかガスマスクの男は手を挙げたまま大唐君にされるがままの状態となっていた。大唐君がガスマスクを外すと見たこともない醜い顔をした男が現れた。
「不動組の親分じゃないか。不動組が動いてるとは思わなかったな。さあ、それで依頼主を吐いてもらおうか」
「断る」
パン!
大唐君は容赦なく親分と言われた男の太ももを撃った。
「うぎゃーーー!」
「死にたくはないだろう?命だけは助けてやる。さあ吐くんだ」
「ほ、北斗商事!北斗商事の社長からだ!頼む!殺さないでくれ!」
「いいだろう、約束は守る。このまま運び屋を呼んでやる。待っていろ」
銃を下ろし、私の方へ近づく大唐君。ナイフを取り出して私のロープを切ってくれた。
「ありがとう大唐君。あなたは一体何者なの?」
「僕が何者かは教えることができません。ただ一つだけ教えておきますね。今回僕達を救ってくれた人はあなたのことを常に護ってくれています。だから安心してくださいね。僕は仕事が終わったのでこのまま姿を消します。短い期間でしたがありがとうございました」
フッと大唐君は姿を消し、その後救急車と警察がやってきて私は無事保護された。
※
Side???
「それにしてもいいんですか先輩?僕の手柄みたいになっちゃいましたよ?」
「あー、それは全然気にしていないから大丈夫だよ。蓮奈が無事だったことが何よりだからね」
事件のあった工場跡地。警察や救急車が完全に去ったあと、二人の男が姿を現した。一人は先ほど蓮奈の前を去った大唐昴。そしてもう一人は葛原粕男だった。
「それにしても昴は優しすぎ。太ももに銃口を向けるなんてことして。眉間にちゃんと向けないと。あんな奴殺してしまった方がいいのに」
「いや、天宮先輩の前で人殺しは良くないと判断したんですよ。むしろそういう機転が利いたって褒めてもらいたいくらいですよ」
「うーん、それは確かにそうだ。蓮奈がトラウマ持っちゃったら良くないよね。うん、確かにナイス判断だ」
今回、煙幕を張り、銃で親分以外を撃ち殺したのは他でもないこの葛原粕男だ。裏社会で掃除人と呼ばれる最強の男——カラスがこの男の正体である。表向きは粕男を名乗っているが、本名は葛原鹿鴉雄。
葛原一族は裏社会でそれぞれ鹿鴉雄のように名前の一部を取ったコードネームで呼ばれている掃除人一家だ。幼少より過酷な鍛錬を積み、愛する者を護るという使命を持つ。鹿鴉雄の愛する者——お分かりのように天宮蓮奈である。
今回のバーからの依頼主も鹿鴉雄は知っている。蓮奈の父親である。これまでは鹿鴉雄の善意で蓮奈を護ってきた。だが今回の依頼で分かるように、本格的に蓮奈の命が危険に晒されるようになった。つまり、正式に裏社会の人間として鹿鴉雄に依頼をしたのである。
「天宮先輩のお父さんも直接先輩に依頼すればいいのに。変な奴紹介されてたら危ないですよ?」
「マスターも社長も僕のことは知ってるからね。ちょっとした茶番劇をやったまでさ。だから僕にこの仕事が来るのは必然なんだよ」
裏社会の仕事は裏社会の者を通じて行われるというルールがある。そのルールに則って行動するのが裏社会を生きる人間なのだ。
「さあ、もう一仕事残っているからね。とりあえず昴は帰っていいよ」
「はい、心配はしてないですけど、気をつけてくださいね」
「もちろん、気遣いありがとうね」
次の日、北斗商事の社長が謎の死を遂げたというニュースが取り上げられたが真相は闇の中に葬られたのであった。
お読みいただきありがとうございました。