9・かつての部下は魔法剣士
「余計だったか?」
「そんなことはない。君が来てくれて、助かった。俺がブレイドボアにやられる可能性もあったしな」
「はっ! 面白いことを言うな。隊長が本気を出せば、この程度の雑魚、指一本でも倒せていただろう?」
とエステルは楽しそうに笑い、軽々と持ち上げていた大剣を鞘におさめた。
「え、えーっと……アシュリーさん。このかたは?」
「ああ、すまない。ミアには説明していなかったな」
混乱しているミアに謝ってから、俺はエステルを紹介する。
「彼女はエステル。俺の部下だ」
「部下……というと、宮廷魔導士の?」
「だな」
頷く。
前職は騎士でありながら、宮廷魔導士に転身した異色の経歴。
誰もが振り向くような美貌の持ち主である。
彼女の戦い方は、一言で言うと『華麗』。
剣術と魔法を組み合わせた戦い方は、今まで幾多の魔物や敵を倒してきた。
所謂、『魔法剣士』とも呼ばれる人種。
そんな彼女は宮廷魔導士の中でも、主に戦いになるような場面で活躍してくれている。
「まあ……俺が異動になって、もう部下じゃなくなっていると思うけどな。そんなことよりエステル、どうして君がここに?」
「もちろん、隊長を追いかけて……のことだ」
「俺を?」
予想だにしない答えが返ってきて、思わず自分を指さしてしまう。
「異動のことは聞いていないのか?」
「聞いた。あのブタとカマキリからな。最初は驚いたぞ。私も隊長に付いていくと言ったが、認められなかった。だから宮廷魔導士を辞めて、ここまで追いかけてきたというわけだ」
「や、辞めた!?」
そう声を荒らげても、エステルは「それがなにか?」と首を傾げるのみであった。
「なにやってやがる! 宮廷魔導士は簡単になれる職業じゃないんだぞ!? その分、給料もいい。なのに辞めるってことは……」
「構わない」
エステルは真っ直ぐな目をして言う。
「隊長のもとで働けなければ、宮廷魔導士の地位などクソくらえだ。私は命を救われた、隊長とともに働きたい。それが命令違反だとするなら、いつでも宮廷魔導士なんか辞めてやる」
「……!」
その澄んだ瞳を見て、エステルが本気だということが分かった。
エステルが騎士だった頃、俺はひょんなことから彼女を助けたことがある。
それがきっかけで、エステルは宮廷魔導士に転身し、いつまでも俺に恩を感じてくれていた。
少々向こう水な部分もあるが、命令には忠実だし、なにより一度口にしたことは絶対に破らない。
だからこれ以上言い争っていても、彼女の考えは曲げられないだろう。
「隊長は今、クロテアの辺境開拓が仕事だったんだな? 力仕事が出来る者は、何人いても損ではないはずだ。頼む。隊長のもとで再び働かせてくれ」
「はあ……分かったよ。宮廷魔導士を辞めてでも、そんなことを言ってくれる女の子を追い返すほど、俺も鬼畜じゃないしな」
「ありがとう。断られれば、路頭に迷うところだったよ」
あっけらかんと笑うエステル。
エステルの軽率な行動に少々呆れたが、彼女が味方に加わってくれるのは正直助かる。
何故なら、彼女は人一倍体力があるし、なにより強い。
人手が足りないことを痛感していた俺にとって、彼女の存在は大きかった。
「ミアもそれでいいか?」
「はい! 住民が増えてくれるのは嬉しいですからね。エステルさん、わたしがクロテアの領主をしています。領主として……そしてなにより、仲間の一人として、あなたを歓迎します!」
「あらためて、エステルだ。これからよろしく頼む」
そう言って、ミアとエステルが握手を交わす。
……予想外のサプライズではあったが、久しぶりにエステルの顔を見られて、ほっと一息。
王都から出る時には、ろくに挨拶も出来なかったからな。
他のみんなは元気だろうか……。
「よし……じゃあ、エステルも仲間に加わったところで、詳しい状況について話そうか」
と俺は一拍置いてから、エステルにこの村の現状を説明した。
「なるほど……水源と土の改善はしたが、次に村に侵入してくる魔物が問題になっているわけか」
説明を終えると、エステルは何度か頷いた。
「そうだ。魔物は俺とエステルで対処出来るとはいえ、それではキリがないだろう?」
「私たちがこうして、村から離れている事態もあるしな。防衛出来る者が二人だけだというのは心許ない」
「あ、あのー……防壁を築くっていうのは、どうでしょうか? 大きな街はそうしているんですよね?」
ミアがおずおずと手を挙げて、発言する。
確かにそれも一つの手だ。
クロテア村も一応木柵で囲われているが、所々隙間もあるし、あれでは魔物相手に気休め程度にしかならない。
今まで防壁を築き、それを維持していくだけの余裕がなかったので手を付けていなかったみたいだが、今は違う。多少余裕が出来た。
ゆえに、そうしてみてはどうかと提案したのだろう。
だが。
「いや……防壁を築くと言っても、一朝一夕では出来ない。防壁を守る人も配備しないといけないし、今の村の規模では現実的ではなさそうだ」
と答えを返す。
「ならば、隊長が村の周りを結界で囲ってみてはどうだ? 昔、やってみたことがあるだろう?」
「あの時は一週間限定だったからだ。半永久的にそれだけ大規模な結界を維持するのは、御伽噺の聖女様でもなければ実現不可能だ」
「そうか……」
俺がそう告げると、エステルは肩を落とした。
「だったら一体どうすれば……」
早くも暗雲が立ち込める議論に、ミアも表情を暗くする。
しかし俺は、今まで村に侵入してきたウルフたちの行動を見て、一つの案が思い浮かんでいた。
彼女たちを眺めながら、俺はこう口を開く。
「罠を張って、魔物たちを誘き寄せればいい」
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