友人
実家はどこにありますかな?
忙しさのあまり、何年も墓参りを怠っていた。和香子は変わり映えのしない日々の中、気候変動や紛争、疫病で大勢が亡くなり、その遺体を燃やすために木材や燃料が消費される世界情勢の中で、ただ疲れる日々を繰り返していた。
ある日、自社工場の視察に訪れた顧客を案内していた和香子は、突然天井の板が外れ、空気を切るように落下し、10針も縫う怪我を負った。傷病休暇を利用して遠く離れた実家で療養することにした。実家の両親は既に他界しており、2、3日休んで傷の痛みが落ち着いたら墓参りをしようと決めた。
帰郷二日目、雨が降っていた。和香子がこの家に帰ってきたことを知る者はいない。ずいぶんと近所付き合いは無く、和香子は長い間他県で暮らしていたのだ。夕食の買い出しの際に唯一仲が良かった友人と再会し、気楽に話したい思いから実家に招くことにした。和香子の実家に懐かしさを噛みしめる友人に、和香子は酒の用意をした。楽しい思い出話で盛り上がっていると、友人は聞きづらそうに和香子の怪我について問いかけた。和香子は変わり映えしない人生に少し疲れていたのだろうと愚痴をこぼした。
和香子は友人の前でため息をついた。和やかな空気の中、突然の沈黙が訪れた。友人は少し躊躇いながらも口を開いた。
「和香子、実はね……この家に戻ってきてから、変なことは起きていない?」
和香子は首を傾げた。「変なこと?特には…」
友人はさらに顔を曇らせた。「和香子の怪我、もしかして…この家に関係しているんじゃないかって思ったの。実は、ここ数年でこの近辺では不思議な出来事が続いているの。」
和香子は驚いた。「どういうこと?」
友人は小声で語り始めた。「あなたが引っ越してから、この辺りで事故や不幸な出来事が増えたんだ。特に、古い家やその周りに住む人たちに。私も最近、不気味な夢を何度も見たんだ。」
和香子は不安を感じながらも、友人の話を信じきれない様子で聞いていた。「でも、それが私の家と何の関係があるの?」
友人は真剣な眼差しで和香子を見つめた。「あなたの家は古いから、何かしらの霊的な影響を受けているのかもしれない。特に、先祖の霊を敬っていないと、そういったことが起きやすいって聞いたことがある。」
和香子は自分の怠慢を思い出し、少し顔を曇らせた。「確かに、墓参りには長いこと行っていない…。でも、それだけでこんなことが起こるなんて…」
友人は慎重に言葉を選んで続けた。「今夜、私と一緒にお墓参りに行ってみない?雨が止んだら、すぐにでも。」
その夜、雨が小降りになった頃、二人は懐中電灯を手に墓地へ向かった。静まり返った夜の墓地は、雨の音だけが響く不気味な場所だった。和香子は手を合わせ、心の中で謝罪と感謝の言葉を捧げた。その瞬間、背筋に冷たい風が走り、ふと周りを見渡すと、ぼんやりとした人影が彼女たちを取り囲んでいるように見えた。
友人が小声で叫んだ。「和香子、早く帰ろう!」
二人は急いでその場を後にし、家に戻った。戻ってから、和香子は奇妙な感覚に囚われたが、友人の励ましもあり、ようやく少し安心した。しかし、その夜、和香子の夢に現れたのは、先祖の霊たちが一列に並び、彼女を見つめている光景だった。
夢の中で、和香子は一人の霊に近づき、恐る恐る尋ねた。「どうすれば、あなたたちを安らかにできるの?」
霊は静かに答えた。「敬う心を忘れず、供養を怠らないこと。」
和香子は目を覚ました。夢の中の言葉が心に深く刻まれた。翌日から、和香子は先祖を敬い、定期的に供養を行うことを誓った。そして、不思議なことに、その後の彼女の生活は少しずつ良い方向へと変わっていった。
それでも、和香子は夜の静けさの中でふと、あの墓地で感じた冷たい風を思い出すことがあった。彼女はそれが先祖からの警告だったのか、感謝の印だったのか、今でもわからないままだった。
次の日、和香子は友人に電話をかけた。しかし、自動音声が無機質に回答した。「この電話番号は現在使われておりません」と。電話番号の登録に間違いがあったのかと思い、直接友人の家に向かった。記憶と思い出を頼りに到着すると、友人の家は空家になっていた。こんなことならちゃんと友人の近況を聞いておくべきだったと後悔する和香子は、空家の隣家を訪ね、友人の引っ越し先を確認した。
隣家の住人は和香子のことをよく知る人物だったこともあり、悲痛な表情でこう言った。「和香ちゃん、言いにくいんだけどさ、この家の人たちみんな、死んじゃったんだよ」
驚く和香子。昨日は友人と酒を飲み、思い出話に花を咲かせ、夜中に墓参りをしたのだ。その友人が既に死んでいるなど、到底信じられないことだった。しかし、住民はさらに続けた。「墓に行きなさい。和香ちゃんとこのお墓の隣だからさ」
動揺しながらも、和香子は再び墓地へ向かった。昨日訪れたばかりの場所に足を踏み入れると、友人の名前が刻まれた新しい墓石が目に入った。和香子は呆然と立ち尽くし、震える手で墓石に触れた。
「どうして…」
その瞬間、昨日の友人との会話がフラッシュバックのように蘇った。楽しげに笑う友人、共に過ごした夜の温かさ。そして、友人が何度も彼女の怪我を心配していたことを思い出した。あの時の優しい言葉が、今は不気味に響く。
和香子はその場に膝をつき、涙が頬を伝った。友人が既に亡くなっていたことを知ることなく、一緒に過ごした夜が幻だったのかもしれないという現実に、恐怖と悲しみが交錯する。
その夜、和香子は再び夢を見た。夢の中で、友人は静かに微笑みながら、和香子に語りかけた。「和香子、ありがとう。あなたが来てくれて嬉しかった。でも、これからは先祖を大切にしてね」
目覚めた和香子は、友人の言葉を胸に刻んだ。友人の死を乗り越え、先祖を敬い、供養を怠らないと誓った。その後、彼女の生活は少しずつ落ち着きを取り戻していったが、友人との奇妙な再会は、彼女の心に深く刻まれたままだった。
和香子は墓地に足を運ぶたびに、友人の墓にも手を合わせ、感謝の気持ちを伝えることを忘れなかった。友人との不思議な絆が、彼女を支え続けたのだった。
そ、そんな、本当は異世界小説が書きたかったのにっ。。orz