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メイド長との話合い

「グレタ、突然押し掛けてしまってごめんなさいね」


 エラのお仕着せの汚れと破れに気付いたデリシアは、エラを連れメイド長であるグレタの元を訪ねた。


 深い茶色の髪をキッチリと一つにまとめ真面目そうな表情をしているグレタは、デリシアの思い描いた人物そのままで、挨拶を交わしたその日からゆっくりと話をしてみたいとそう思っていた相手だ。


「いえ、奥様、構いません。奥さまはこの屋敷の女主人でございます。ご用があれば気軽にお声掛け頂ければ私が赴きますので」


 どこまでも真面目なグレタは背筋を伸ばしそう答える。

 デリシアに勧められ席には着いたが、勿論深く座る事などせず、いつでも立ち上がれるように構えていた。そんな様子のグレタを見てデリシアは優しく微笑んだ。


(ああ、この方はとても優しい方だわ……)


 デリシアの笑顔に、我儘で気まぐれな元王女など戯言だったと分かる。

 デリシアにつけたメイドたちの見る目が無かったのだと、グレタは理解した。


「私のメイドであるエラなのだけど」

「はい、エラが何か失礼を致しましたでしょうか?」


 グレタの視線が一瞬エラに向く。

 平民出身だが真面目で、新人だが成長が楽しみな少女。

 それがエラだった。


 だから奥様付きに大抜擢したのだが、青くなって俯くエラの姿には以前のような快活さは無いように見えた。


「いいえ、エラは一人で良くやってくれているわ」

「そうですか……えっ? 一人、ですか……?」

「ええ、エラ一人でよ」


 隣に座るエラの手をそっと握り、デリシアは優しく微笑む。

 元王女様が平民に向ける笑顔としてはあり得ない程愛情が籠っているその微笑み。

 エラの様子からそれが演技でもないと分かる。

 この方が我儘などあり得ない。

 グレタは報告が改ざんされていたのではと疑問を持つ。


「……奥様……」


 感激して泣き出しそうなエラを見ながら、グレタは何となくデリシアが伝えたい事が分かった気がした。


「奥様、もしかして他のメイド達は……」


 グレタの問いに、デリシアがニッコリと笑う。

 それが答えだとグレタは悟った。


「ええ、グレタ、私のメイドはエラだけよ」


 グレンと共に厳選して選んだ奥様付きのメイドたち。

 貴族令嬢である彼女たちならば、デリシアの気持ちを深く理解し尽くしてくれるだろうと、そう期待していた。


 信頼を裏切られたグレタは、ガックリと肩を落とす。

 だが今はそれよりもデリシアに働いた無礼を詫びるのが先。

 グレタは申し訳なさから頭を深く下げた。


「奥様、申し訳ございません」


 謝ってはみたが、それだけでは許されない程の事をした。

 メイド長失格だと自責の念に駆られる。


「グレタ、貴女が謝る必要など無いわ」


 満足なお世話をして貰えなかったはずなのに、デリシアはけろりとした様子でグレタを許す。

 この方は我儘王女どころか、寛大な王族そのものだ。


 だからこそメイドたちは勘違いをしたのかもしれない。

 デリシアには何をしても大丈夫。

 そう甘く見たのだろう。


 グレタは物理的に首が飛んでも可笑しくない愚行を犯した彼女たちを、主人の前で擁護する気になどなれなかった。


「ねえ、グレタ知っている? 初夜の夜、私はグレンに愛せないと言われたのよ」

「えっ……? えええっ?!」


 驚くグレタが面白かったのか、クスクスと楽しそうに笑うデリシアの様子には、悲壮感など全く見えない。

 貴族のご令嬢が新婚初夜に夫に愛されないなどといわれたら、普通気を病んで狂ってしまいそうなものだが、デリシアにはそんな様子は見られない。

 デリシアは十二歳の少女だ。万が一の確率で初夜の意味を知らない可能性もあるが、このデリシアに限ってそれはあり得ないだろう。


 それよりも何だかデリシアは楽しそうで、生き生きしているように見える。

 彼女の事を幼いからと侮った者は、きっと痛い目を見るだろう。

 愛せないと言った酷い男であるはずの主人に、最初は驚きと怒りが湧いたが、デリシアのこの落ち着き様を見てなんだか同情する気持ちが湧いていた。


 グレンでは彼女には勝てないだろうと。


「酷いでしょう。グレンたらその言葉は私を思っての言葉だと本気で信じているの、あり得ないわよねぇ」


「……重ね重ね、申し訳ございません……」


 主人の行いにもグレタは頭を下げる。

 主従ともに大変失礼な行動をしている。


 情けなさ過ぎて、グレタはもう頭を上げる気になれなかった。


「グレタ、私は気にしていないわ。だから頭を上げて頂戴。グレンの気持ちもわからないでもないしね……」

「奥様……」


「それよりも。その初夜の日に私たちの寝室に聞き耳をたてていた者がいるの。ああ、どうやってそれが分かったかは内緒よ。リガーテ国の機密事項だから」

「は、はい……畏まりました……」


 その後、デリシアからメイドたちの様子を聞かされる。

 初夜の夜、デリシアとグレンの白い結婚を知ったデリシア付きのメイド達は、愛されない妻だとデリシアを敬うことをしなくなった。


 つまりは仕事を放棄し、エラ一人に全てを押し付けたのだ。

 エラは当然平民出身の為、貴族令嬢である彼女たちに強くは出れない。

 それにメイド長であるグレタに相談したくても、彼女たちに脅され言うことを聞くしか無かった。


 そしてここ数日様子の可笑しいエラを見て、デリシアが今日グレタのところにエラを連れて来たのだが、エラのお仕着せの汚れと破れを見たグレタは衝撃を受けた。


「まさかあの子達がエラにカップやお皿を投げつけ、脅していただなんて……」


 貴族令嬢である彼女たちは品があり、同じメイドからも一目置かれる存在だ。

 仕事ぶりも真面目で、仲間にも優しい、それが彼女たちの印象だ。

 まさかそんな愚行に出るとは……

 デリシアからの話とエラの様子を見ていなければ、きっと今も信じられてはいなかっただろう。


「ウフフ、グレタは貴族令嬢という生き物に幻想を抱きすぎよ。品ある貴族令嬢だった女性が王妃になり何をしたかは歴史が語っているわ。女の嫉妬ほど醜いものはない。そんな言葉がある程なんだもの、グレンの後妻候補だった彼女たちが私に悪感情を抱くのは当然でしょう? 恋心はどうあれ、あの子達は事実今でもグレンを狙っているのだから」


「後妻……候補、ですか?」


「あら、違うの? 彼女たちはそう思っている様だったけど……」


「まさか、違います! あの者達は行儀見習いの立場です。彼女たちがグレン様の妻になるなどあり得ません」


「あら、まあ、そうだったの? てっきりフラン辺りが準備した元後妻候補だと思っていたわ。そうなると女主人のいない家に行儀見習いに出すなんて、相手の親も非常識ね。まあ、きっと人の良いグレンに無理を言ったのでしょう。結婚する前に高位貴族家のしきたりを娘に学ばせたいとか何とかいって、グレンならば簡単に信じそうだものね」


「それは……はい……お付き合いのある相手だったので、グレン様も了承しておいででした……それに奥様との縁談も上がっておりましたので、貴族出身のメイドも必要になるだろうと思われた様でして……」


「あらまあ、私の為に……ウフフフフ……それで自分が狙われたんじゃ、笑うに笑えないでしょうね、フフフ」


「……」





 この話し合いの後、グレタはデリシア付きのメイドたちを見張ることにした。

 これ以上デリシアに不敬を働くことはできない。

 デリシアとグレンの結婚は友好の証し。

 何か有れば国際問題になる。

 これ以上の失態は許されなかった。


 自身が信頼する使用人を数名使い、彼女たちの行動を見張らせてみれば、デリシアの言う通りエラだけに仕事を押し付け、彼女たちは仕事をする振りをしているだけで、お喋りしては自由に過ごし、グレンの行動を見張り、グレンと自然に顔を合わせた演技をしては自身を売り込んでいる様だった。


「奥様、私から旦那様に全てお話し致します」


 グレタのその言葉にデリシアが待ったをかける。

 この程度ではきっと彼女たちは言い訳をし、親の力を使い上手く乗り切るだろう。

 貴族出身であり、父親がグレンの知り合いであることが障害となる。

 友人に甘いグレンの事だ、デリシアのその言葉にグレタは頷くしかない。


「グレンにお話しするタイミングは私が決めるわ」


 そういった矢先、彼女たちは動き出した。

 デリシアを追い出そうとしている事が見て取れて、王命によるこの婚姻の重さを全く理解していない様子に頭が痛くなった。


 そして今日、やっとグレンに話す時が来た。


 デリシアだけでなく、アレクシアの想い出の品までに手を出した彼女たちに、同情する気持ちなどグレタからは消えていた。


 グレタにとってアレクシアは今も尚仕える女主人であり、仲の良い幼馴染であり、可愛い妹のような存在だった。


 それにグレンがアレクシアの想い出を汚した彼女たちを、許すはずがなかった。


「どうぞ厳しい処置をお願い致します」


 そう言い切ったグレタの言葉は、心底冷え切ったものだった。

こんにちは、夢子です。

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家政婦ソフィアとエルフなご主人様

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