キアラとデリシア
「そこで何をしているのかしら、キアラ?」
まさかデリシアに見つかるとは思わず、キアラの心臓はドクドクと大きな音を立てる。
けれどここで動揺を見せてはこれまでの計画が壊れてしまう。
グレンの妻の座を取り戻すため、キアラは平静をどうにか装った。
「お、奥様、私は、掃除をしていただけですわ」
手に持っていたはたきを見せ、どうにか誤魔化して見せる。
第三者がこの場におらずデリシアとキアラだけだったことは光明で、お飾りの妻でしかないデリシアが何を訴えたとしてもグレンはキアラを信じるだろう、そう自信があった。
キアラは笑顔のまま何もなかったかのようにデリシアにペコリと形だけ頭を下げると、さっさと部屋を出て行こうとする。
指輪を隠した今、もうこの部屋には用はない。
後はアレクシアの部屋の掃除を頼まれた時、指輪がないと大騒ぎすればいいだけだ。
そうすればグレンはきっとデリシアを追い出す。
キアラの口元は悪女のように弧を描いた。
「あら、キアラ、貴女忘れ物をしていてよ」
すれ違いざまにキアラの腕を掴んで、デリシアがそう声を掛ける。
キアラは何のことか分からないと首を傾げた。
「えっ? 忘れ物ですか? 奥様、何のことでしょう?」
「あら、キアラ、貴女自分で置いていったものが分からないの?」
キアラの腕を掴むデリシアの手に力が入る。
デリシアは笑顔を浮かべているが、その表情から怒っていると貴族令嬢であるキアラには分かる。
デリシア自体怒りを隠す気も無い様だ。
それに先程から何故か背中がゾクゾクとする。
デリシアが部屋に入って来た時に感じた、気持ち悪い寒さがあった。
「アレクシアの指輪」
「えっ?」
デリシアの口からアレクシアの名が出てキアラはドキリとする。
何故アレクシアを知っているのかと動揺してしまう。
それもデリシアは、キアラが隠した指輪の事を知っているかのような様子だ。
何事も無かったように振る舞っていたキアラに変な汗が流れだす。
「あの指輪はアレクシアが初めてグレンから貰った大切な宝物なの、貴女はそれを勝手に持ち出したわね」
「……お、奥様、一体何のことか……」
キアラが指輪を持ち出したことだけではなく、デリシアはキアラが知らないあの指輪の想い出まで語り出した。
もしかしてデリシアは、グレンから前妻について何か話を聞いたのだろうか。
白い結婚というのは建前で、幼い妻を思い成長を持っているだけ。
本当の二人は仲睦まじいのだろうか。
キアラにそんな考えが浮かび不安になるが、グレンが「愛せない」と言っていて事を盗み聞きしていたのはキアラだ。間違いはないはず。
それに初夜の夜からグレンの態度が可笑しい事もキアラは知っている。
これまでずっと彼だけを見て来たのだから間違うはずはなかった。
「お、奥様、お戯れはよしてください、私は仕事に戻ります」
デリシアの言う事などどうせ誰も聞きはしない。
強気で出ているデリシアのこの態度は今だけの事。
グレンもメイド長も真面目なキアラを信じている。
デリシアがどう足掻いてもこの事実は変わらない。
キアラはデリシアに掴まれた手を振りほどき、ふんっと鼻で笑ってやった。
貴女は所詮お飾りの妻でしかないのよ。
勝ち誇ったキアラをデリシアは王族らしい威圧を出して睨んできたが、負け惜しみだとキアラは心の中であざ笑った。一応は元王女であるデリシアだ、流石に声に出して罵るわけには行かない。けれど蔑すむ気持ちは隠し切れなかった。
「キアラ、私、貴女を解雇すると決めたわ」
「はぁ? 解雇? 解雇ですか?」
愛されていない妻にそんな事が出来るはずがない。
キアラは「アハハハ」とデリシアをあざ笑う。
「そう、解雇よ。貴女はもうこの辺境伯家に必要ないの、三日あげるから荷物をまとめて出て行きなさい。グレンに貴女の所業を話すのはそれまで待って上げる。私の優しさよ」
どこまでも強気なデリシアにキアラは呆れてしまう。
グレンに信用されることも無い幼過ぎる妻。
この屋敷にデリシアの味方など誰もいない。
彼女の言葉に耳を傾ける者などいないのだ。
それどころか味方であるはずの故郷リガーテ国にも追い出された少女。
デリシアが怒ろうが何をしようがグレンからの強い信頼を得たキアラには怖いものなど何も無いのだった。
「奥様、どうぞご勝手に、私を解雇するならして下さいませ。ですが私はグレン様に信頼されていますの、解雇など出来ないと思いますよ。ウフフフ、奥様の訴えが聞き入れてもらえるのか、私の言葉を信じてもらえるのか、どちらがこの辺境伯家に必要かそれで分かるでしょうね、ウフフフ……」
キアラは強気な言葉を発し「失礼します」とだけ告げると、今度は頭を下げることも無くデリシアの部屋を後にした。
そして向かうのは勿論グレンの部屋だ。
「旦那様、聞いて下さい……奥様が……」
目に涙を溜め、グレンに訴える。
デリシアに解雇を突き付けられたのだと話せば、グレンの顔は渋いものになる。
「私が、奥様のお部屋をお掃除していると奥様がいらして……掃除の仕方が悪いと、リガーテ国と違うと仰って……従わないのならば解雇すると……」
「何?! それだけでか?」
「はい……勿論私にも悪いところがあったとは思いますが……いきなり解雇だなんて……」
ハンカチで目元を押さえる。
チラリと視線を送れば、グレンとフランの顔には怒りのような物が浮かんでいて笑いたくなった。
そして次の朝、デリシアはグレンに呼び出された。
これでデリシアはグレンに決定的に嫌われるだろう。
グレンはきっと自分を選び、近いうちにこの辺境伯家は自分のものになる。
もう実家の父に大きな顔はさせない。
キアラに別れを告げた元婚約者の後悔する顔を見るのも楽しみだ。
キアラは喜びを隠しきれず、朝食の片づけをしながらもニヤニヤする口元が隠しきれない。
「キアラ、少しいいかしら」
「はい、メイド長、なんでしょうか?」
メイド長に声を掛けられキアラは顔を引き締める。
デリシアに虐げられても健気に働く女性を演じなくてはグレンに疑われてしまう。
それでは計画は失敗だ。
ここは絶対にミス出来ない。
誰にもにやけているところなど見られる訳には行かなかった。
「グレン様のところへ行きます。ついてきなさい」
「はい、承知いたしました」
メイド長の様子からピリピリとした緊張感のようなものを感じた。
もしかしたらこれまでメイド長に報告していたデリシアの行為をグレンに伝えるのでは、そう思った。
「貴女たちもついてらっしゃい」
キアラをライバル視する二人のメイドとエラも呼び出された。
やはりキアラの予想は当たったようだ。
エラには目配せをし、何も言うなと合図をする。
だがエラはいつものように怯えて視線を逸らすことはなく、キアラを見た後何の感情もないままメイド長の背中に視線を戻した。
エラのくせに生意気ね、私が辺境伯夫人になったら教育しなおさなければならないわね。
思わず未来を想像しニヤリとしてしまい、急いで口元に手を置き誤魔化して見せる。
こんな風に周りを気にする必要ももうすぐなくなる。
自分はこの者たちの頂点に立つ。
メイド長だって私に頭を下げるしか無くなる。
その日が楽しみでしかない。
そして案の定グレンの部屋に着くと、その場にはデリシアも待ち構えていた。
「旦那様、問題のある奥様付きのメイドたちを連れて参りました。奥様の仰ることは本当でございます。この三人はエラだけに仕事を押し付け勝手な行動をしておりました。その上アレクシア様の遺品も盗んだのです。この私が見ましたので間違いございません。どうぞ厳しい処置をお願い致します」
キアラは自分の耳を疑った。
けれどデリシアの昂然とした表情を見て、間違いではないと悟ったのだった。
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